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清少納言の歌人としての力量

2021年6月18日(金) オンライン『枕草子』(第11回 通算第52回)

オンラインでの『枕草子』も、いよいよ大詰めに入ってまいりました。
今回は第298段までの三巻本の本編を読み終え、おまけ的な「一本」
の「一本六」までを読みました。

本編の最後の三段(第296段~第298段)は、清少納言の家集的
挿話となっています。

第296段・・・遠江守の息子と恋仲の女房が、作者の許に「彼が私の
同僚を私に内緒で口説いてるって、人から聞かされて、問い質したら、
嘘だと言い張るんだけど、どうしたらいいかしら?」と相談してきたので、
作者が代作をした歌。

「誓へ君遠江のかみかけてむげに浜名の橋見ざりきや」(お誓い下さいな。
遠江の守〈神と掛ける〉にかけて、絶対に他の女とは浮気していないと)

遠江守は嘗ての夫・橘則光、その息子は清少納言との間に生まれた
則長、とすると、後輩が恋人の母親に相談してきた、ということになります。

第297段・・・目立つ所での逢引はドキドキするのだけど、男のほうは
一向に気にする様子もなく、「なんでそんなにそわそわするんだい?」
なんて言うので詠んだ歌。

「逢坂は胸のみつねに走り井のみつくる人やあらむと思えへば」(逢坂
の関には走り井がありますが、こうしてあなたと逢っていると、その
走り井のように、いつも胸が走り騒いでなりません。見つける人がある
のではないかと思うので)。

第298段・・・作者が地方に下向するという噂を耳にした人が、「この噂は
本当なの?」と、訊いて来たので、それに対して答えた歌。

「思ひだにかからぬ山のさせもぐさ誰か伊吹のさとは告げしぞ」(その
ようなことはこれっぽっちも考えてもいないのに、いったい誰がそんな
告げ口をしたの?)

この歌は、掛詞、縁語のオンパレードで、言わば一種の言葉遊び的な
歌です。歌の情趣には乏しくて、これが本編の最後というのは、いささか
物足りなさを感じさせます。

清少納言は、曽祖父・清原深養父、父・清原元輔という名高い歌人を
輩出した家系の割には、歌の才能は今一つだった気がします。本人も
それを自覚していて、「なまじな歌を詠めば父の名を汚すことになります。
だから私は歌を詠みたくありません」と中宮さまに直訴して、「それなら
好きにするがいい」と許可を貰ったりしていましたね。

プレッシャーもあったことでしょう。でも、これほど感性豊かで、的確な
言葉でエッセーを綴ることのできる人が、歌が苦手というのは不思議
でもありますが、実際、上記の三首を見ても、散文表現の精彩には
程遠いのが彼女の和歌です。自撰の私家集も残っていません。


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暗転し始める源氏の運命

2021年5月14日(月) オンライン「紫の会・月曜クラス」(第11回・通算58回・№2)

昨日のブログに「取り残されている関東も、間もなく梅雨に入る
のでしょうか」と書いた途端、今日、関東甲信の梅雨入りが発表
となりました。東海まではあんなに早かったのに、関東甲信は
平年よりも遅い入梅です。この隣り合わせの地方での入梅時期
の差、不思議な感じがします。

桐壺院の崩御から一年近くが経ち、朱雀帝を擁する右大臣方の
勢力は一段と強まり、源氏方の人たちは全面的に後退せざるを
得ない状況となっています。ここから源氏の不遇の物語が始まる、
と言ってもよいでしょう。

この政情激変の象徴的な出来事が、本日の講読箇所に出ており
ます。

東宮との面会のため、宮中にお出でになっていた藤壺が、退出
なさる日、お供をするために参内した源氏は、先ず異母兄である
帝を訪ね、その後藤壺のいらっしゃる東宮御所へと向かいました。
その途中、右大臣の孫にあたる頭の弁と出くわします。頭の弁は、
時流に乗って今をときめく若者です。頭の弁は「白虹日を貫けり。
太子畏ぢたり」と、口ずさみます。これは『史記』に書かれている
始皇帝暗殺未遂の話で、「白虹(武器・兵士)が日(帝)を貫く現象
にも太子の丹は失敗を恐れた」、その結果、太子が恐れた通り、
暗殺は失敗したということを意味しています。つまり、頭の弁は、
東宮を擁する源氏が、朱雀帝に逆心を抱いても失敗するぞ、と
脅しているセリフなのです。

面と向かってこうまで言われても、「とがむべきことかは」(どうして
咎め立てなどできようか)というのが、今の源氏の置かれた立場
だったのです。

果たして暗転し始めた源氏の運命や如何に?と、気掛かりになって
まいりますね。

この場面、前後も含めて詳しくは、先に書きました「第10帖・賢木の
全文訳(16)」をお読みいただければ、と存じます⇨⇨こちらから


第10帖「賢木」の全文訳(16)

2021年6月14日(月) オンライン「紫の会・月曜クラス」(第11回・通算58回・№1)

昨日の1,000記事目のブログにも書きましたが、予定通り1,001記事目は
この『源氏物語』の全文訳となりました。

今回は、166頁・1行目~170頁・12行目までを読みましたが、今日の
全文訳はその前半部分(166頁・1行目~168頁・9行目)です。後半は
5/24のほうで書きます。
(頁・行数は、「新潮日本古典集成 源氏物語二」による)


九月二十日の月が次第にさし昇って風情ある時刻なので、帝が「管弦の
遊びなどでもしてみたい折だね」とおっしゃいます。源氏の君は、「私は
これから中宮が今夜ご退出になるそうなので、そのお世話に参りましょう。
父院が御遺言なさったこともございますので、中宮には他にお世話申し
上げる人もおいでにならないようですから、東宮のご縁でお気の毒に
思われますので」と申し上げなさいます。帝が、「東宮を私の養子にする
ように、と、父院が御遺言なさったので、格別気にはかけていますが、
特に何かをして差し上げる必要もないようでして。東宮はお歳よりも
ご筆跡などが格段に優れていらっしゃるようです。このような異母弟の
東宮は、何事につけてはかばかしくない私の名誉になることです」と
おっしゃるので、源氏の君は、「総じて、東宮はなさることなどが、
とても聡明でしっかりしていらっしゃるようですが、まだたいそう幼くて」
など、そのご様子も申し上げなさって、退出なさると、弘徽殿の大后の
ご兄弟の藤大納言の子で、頭の弁という者が、時流に乗って、今を
時めく若人で、何の屈託もないのでありましょう、妹の麗景殿の女御の
ところに行く途中で、源氏の君が先払いをひそやかにするのに出会った
ので、しばらく立ち止まって、「白虹日を貫けり。太子畏ぢたり」と、とても
ゆっくりと口ずさんでいるのを、源氏の君は、ひどく顔を背けたい思いで
お聞きになりますが、どうしてそれを咎め立て出来ましょうか。弘徽殿の
大后のご意向は、たいそう恐ろしく、面倒なことになりそうな噂ばかり
聞こえて来る上に、こうした大后の近親の人々まで、態度に出して
あれこれと言っているようなので、わずらわしくお思いになりますが、
気にも留めない振りをしておられました。

藤壺のもとへといらして、「帝のもとにお伺いして、今まで夜を更かして
しまいました」と、申し上げなさいました。

月が明るく照っているので、昔はこのような折は、亡き桐壺院が管弦の
遊びを催されて、華やかなお扱いをしてくださったことなどを、藤壺が
思い出されるにつけ、同じ宮中でありながら、変ってしまったことが多く、
悲しいのでした。
「九重に霧や隔つる雲の上の月をはるかに思ひやるかな」(宮中には
幾重にも霧がかかって、私を隔てているのでしょうか。雲の上の月を
遥かにお偲びしていることですよ)
と、王命婦を取次にして、源氏の君に歌を贈られました。藤壺の御座所も
近いので、ご様子も、ほのかではあるけれど、なつかしく聞こえるので、
源氏の君は辛さも忘れて、先ず涙ぐまれたのでした。
「月かげは見し世の秋にかはらぬを隔つる霧のつらくもあるかな(月の光は
嘗ての秋と変わらないのに、それを隔てる霧が辛うございます)『霞も人の』
とか、昔もあったことなのでございましょうか」
などと、お返しになったのでした。藤壺は、東宮のことをいつまでも名残惜しく
思い申し上げなさって、様々なことを語り掛けなさいますが、東宮が深くも
心にお留めでないのを、たいそう気掛かりに思い申し上げておられました。
東宮はいつもはとても早くおやすみになるのですが、母君がお帰りになる
迄は起きていよう、と思っていらっしゃるのでしょう。藤壺がお帰りになる
のを、恨めしげにお思いになっておりますが、さすがに後を追ったり出来ずに
いらっしゃるのを、藤壺はいじらしいとご覧になっておりました。


1,000記事目です~散歩道の紫陽花~

2021年6月13日(日)

一昨日、ブログをUPした後、ちょっと修正しようと「記事の管理」の
ページを開いたら、「記事検索 [該当 999件] 」の表示が・・・。
「あっ、次で1,000記事になるんだ!」と、気付きました。やっぱり
忘れていましたね💦

明日オンライン講座があるので、そこで1,000記事目でも良いとは
思いましたが、順序からすると、『源氏物語』の全文訳になります。
ちょっと事務的な感じになっちゃうなぁ、と悩み(悩むほどのことでも
ないのでしょうが)、昨日の散歩道で綺麗に咲いていた季節の花・
「紫陽花」を1,000記事目としてUPしておくことにしました。2015年
3月から始めて6年3ヶ月での達成です。

この時期は少し歩くと、個人のお宅の庭先にも小さな公園の片隅にも、
紫陽花が今を盛りと咲いています。このところ陽差しの強い日が多く、
雨が恋し気にも見えましたが、今日からお天気は下り坂との予報です。

東海までは先月既に梅雨入りして、取り残されている関東も、間もなく
梅雨に入るのでしょうか。明ければまた猛暑の日々が待っていますし、
これからしばらくは過ごし難い日々となりますね。

      紫陽花
   道路脇のちょっとした花壇。普段は何気なく通り過ぎて
   いますが、この紫陽花に目を惹かれ、立ち止まりました。

   紫陽花②
    公園の柵から溢れ出すように咲いている紫陽花。
    西陽をまともに受けて暑そうでした。


匂宮に見る差別意識

2021年6月11日(金) 溝の口「オンライン源氏の会」(第12回・通算152回)

オンラインで第12回目、ということは1年経ったのですね。早いものです。
もう皆さまも私も、ごく自然に何の抵抗も無くオンラインで『源氏物語』を
ご一緒に読んでいる、という感じです。

逆に、通常の対面講座の時よりも距離感が無くなっているせいか、皆さま
と雑談もし易くなって、つい講読内容とは無関係の話が弾んでしまうことも
しばしばです。今日も気付けば残り10分になってしまって、もう次に進む
には中途半端だし、ということで、最後はおしゃべり会にしてしまいました。
これもオンラインならではの楽しみ、ということで、ご参加の皆さま、お許し
下さい。

さて、『源氏物語』はというと、第47帖「総角」の後半、宇治の中の君の許へ
自由に通えぬことに苦慮する匂宮と、度々の大君の拒絶に遭いながらも、
姫君たちが匂宮の手前、恥をかくことのないよう心配りをする薫の姿が
描かれているところを読みました。

匂宮は、逢いたい時に逢える所に中の君を住まわせたい、とお考えですが、
夕霧が、匂宮を娘の六の君の婿にと望んでいる手前、京に中の君を妻として
おおっぴらに迎えることも憚られます。かと言って、母・明石中宮や姉・女一宮
の女房として宮仕えさせれば気楽には逢えるものの、中の君を「さやうの並々
にはおぼされず」(そんな並々の相手とはお考えにはなれず)、自分が将来
帝位に就くようなことがあれば、中宮にもしてやりたい、と思っておられるの
でした。

のちに、匂宮は中の君の異母妹・浮舟に情熱的な愛を傾けることになります。
宇治川の対岸の隠れ家で二人だけの濃密な時を過ごした匂宮が、浮舟を見て
思ったのは、「姫宮にこれをたてまつりたらば、いみじきものにしたまひてむかし、
いとやむごとなき際の人多かれど、かばかりのさましたるは難くや」(女一宮に
浮舟を差し上げたならば、きっと秘蔵の女房になさることだろうよ、随分身分の
高い女房が大勢仕えているけれど、浮舟程の美人はいないのではないか)と
いうことでした。

同じ八の宮の娘といえども、浮舟は召人(お手つき女房)腹で、父宮に認知して
もらえなかったがために、養父である常陸介の娘、即ち「受領階級」の娘として
匂宮も受け止めていることがわかります。所詮女房クラスの女ということで、
中の君に対する意識とは全く異なっています。

5月21日に「差別意識の甚だしさ」というタイトルで『枕草子』の記事を書き、その
最後に、「特権階級の貴族にも、上流、中流、下流の差別が存在し、『源氏物語』
には、その身分差から生じる悲哀が嫌という程書かれています」と記しました。

この匂宮の、中の君と浮舟に対する意識の差も、上記の事例として挙げられる
一つでありましょう。


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