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切り替えが巧みな匂宮

2022年10月5日(水) 溝の口「オンライン源氏の会」(第28回・通算168回)

天気予報通り今日は雨の一日となりました。真夏日だった昨日から
気温も10度程下がって、夕方買い物に行く時、薄手のカーディガン
を羽織って出たのですが、風が冷たく感じられました。明日はもっと
下がって、11月半ば頃の気温になるそうです。

「宇治十帖」の中で最も長い第49帖「宿木」も、1/3位まで読み進み
ました。

気乗りのしなかった夕霧の六の君との婚儀でしたが、いざ結婚して
みると、六の君はさすがに夕霧自慢の娘だけあって、匂宮も満足の
うちに一夜が明けました。

二条院へお帰りになると、早速六の君の許へと「後朝〈きぬぎぬ〉の
文」を遣わされ、その後、昨夜寂しい思いをしたであろう中の君を
可哀想に思い、匂宮は中の君の居る西の対へお渡りになりました。

昨夜の泣き明かした名残でほんのりと赤くなっている中の君の顔を
ご覧になると、「今朝しも常よりことにをかしげさまさりて見えたまふ」
(今朝はまた日頃より殊に可憐な風情が目立つ感じでいらっしゃる」
ので、匂宮は「あいなく涙ぐまれて」(思わず涙ぐまれて)とあります。
「こんなことで泣くの?」と、言いたくなるような匂宮ですが、もうここ
では100%、中の君を見つめ、中の君のことしか考えていないのです。

体調のすぐれない中の君を気遣い、加持祈祷も評判の僧に頼もうと
思うとか、中の君の涙を自分の袖で拭って差し上げるとか、食欲の
無い中の君のために、上手な料理人をわざわざ呼び寄せて特別に
料理を作らせるとか、あの手この手で、中の君を慰め労わろうと
する匂宮です。それが無理なく出来る人なのだと思います。

極めつけは「後の世まで誓ひ頼めたまふことどもの尽きせぬ」(来世
までもと誓って頼らせなさる言葉の数々が尽きない)ことでしょうね。
中の君も「後の契りや違はぬこともあらむ」(来世でのお約束は本当
にそうなるかもしれない)と、匂宮に深く心惹かれていることがわかり
ます。

中の君といる時は中の君、六の君といる時は六の君、今目の前に
いる女性だけに気持ちを切り替えることの出来る匂宮だからこそ、
であって、この後もっとそれがはっきりと現れるのが浮舟といる時
です。誰と一緒にいても、その向こうに大君を見ている薫との違いは
大きく、女性の立場からすると、やはり自分だけを見ていてくれる人
のほうを選びたくなるのではないでしょうか。


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紫の上の述懐が持つ意味

2022年10月4日(火) 高座渋谷「源氏物語に親しむ会」(通算162回 統合112回)

10月に入ってもまだ続いていた真夏日現象も、今日で終わるようです。
それは良いのですが、明日からは気温がグーンと下がって、この数日
で3ヶ月分の気温降下が生じるとのこと。体調管理が難しくなりますね。

このクラスが今講読中の第39帖「夕霧」も、だんだんと終盤が近づいて
きました。

夕霧と落葉の宮の噂は、一条御息所の四十九日が近づく頃には、源氏
や紫の上、朱雀院の耳にも入るようになっていました。

源氏は、夕霧ともあろう者が、致仕大臣の気持ちもわからないはずは
なかろうに(致仕大臣は、落葉の宮の亡夫・柏木と、夕霧の妻・雲居雁
の父親)、と思うものの、これも前世からの因縁だったのだろう、と諦観
しています。

夕霧が六条院を訪れた際に、源氏は落葉の宮のことに話題を向けよう
としますが、亡くなられた御息所の話に逸らしてしまい、素知らぬ振りを
する夕霧に、「かばかりのすくよけ心に思ひそめてむこと、いさめにかな
はじ、用ゐざらむものから、われさかしに言出でむもあいなし」(これ程
生真面目な男が心にこうと思うようになったことは諫めても無駄だろう。
聞き入れようともしないのに利口ぶって口出しするのもつまらないことだ)、
と思って止めてしまわれました。

落葉の宮の父・朱雀院は、小野の山荘に残って出家を願う落葉の宮に、
反対の意向を示されます。既に夕霧と結ばれていると思っておられる院
は、夕霧の煮え切らない態度を気に病んで落葉の宮は出家した、と世間
で取り沙汰されるのを案じておられました。夕霧とのことに口出しすれば、
落葉の宮が恥ずかしい思いをなさるであろう、と、この一件については
一言もおっしゃることはありませんでした。

当の夕霧は、御息所の四十九日の法要を全て取り仕切って盛大に行い、
落葉の宮との結婚は御息所の望まれたことだったと、亡き人のせいにして、
落葉の宮にお帰りいただくため、一条の宮の手入れを進めておりました。

このように、誰一人として本気で落葉の宮の気持ちを思い遣り、理解しよう
としない男たちの姿が次々と描かれる中にあって、紫の上の述懐だけは
異彩を放っています。

「女ばかり、身をもてなすさまも所狭う、あはれなるべきものはなし」(女ほど、
身の処し方も窮屈で、可哀想なものはない)。これは直接的には落葉の宮
に同情しての思いですが、そのような個人の問題を超越したところでの当時
の女性の生き難さを訴えたものと考えられます。「ただもう何もわからない、
というふうに、引っ込み思案になって黙っているだけでは、他人からはつまら
ない女だと見られ、生きている喜びも味わうことが出来ますまい。事の良し悪し
のけじめもわかっていながら、口に出せないのも残念なことだ。上手に身を
処すにはどうしたらよいのか」と、あれこれ考えながら、女一宮(今上帝と明石
女御の第一皇女)の養育に当たっておられる、とあります。

次の「御法」の巻で紫の上は他界しますので、これはもう彼女の人生の総括
とも言える述懐ですが、イコール作者・紫式部の思いを端的に示したものでも
ありましょう。『紫式部日記』には、万事に控え目な中宮彰子のサロンにあって、
自分を包み隠して宮仕えをしている紫式部の鬱屈した思いが随所に窺えます。

男性陣の身勝手さが目立つ言動を前後に配したことで、紫の上の述懐がより
印象付けられる効果をもたらした感もあります。


「白彼岸花」と「Y1000」

2022年9月30日(土)

明日からは10月。「おせち料理」の予約案内があちらこちらで目に
付くようになり、もう一気に年末に向かって走り出しそうです。

最近、訪問先のブログでよく見かけるのが「金木犀」と「彼岸花」。
どちらも秋を象徴する植物ですね。

その中で気になったのが、今年の白彼岸花が少し黄味がかって
艶が足りない、と書かれている四国にお住いのブロ友さんの記事
でした。

昨年、ちょっと離れた百均に行こうとして、間違って遠回りをした時、
真っ白な彼岸花が咲いているのに目を奪われました。で、今年も
去年と同じように真っ白に咲いているかしら?と、昨日、そこまで
散歩してみました。

するとどうでしょう、やはり少し黄味がかっているのです。既に一部
が枯れており、盛りを過ぎていたせいもありましょうが、四国でも
同じ現象が見られるということですし、何か今年の気象などが影響
しているのかな?とも思いながら、スマホを向けて、いつもながら
下手な写真を撮ってきました。

        彼岸花①


これも別のブロ友さんが書いておられた記事で知った「Y1000」です。
普段スーパーでもヤクルトの売り場に立ち寄ることはないのですが、
長年不眠症に悩まされ、睡眠導入剤のお世話になっている私としては、
キャッチフレーズの「睡眠の質向上」に引かれ、少しでも効果があれば、
と思って探してみました。案の定、いつ行っても「品切れのおわび」の
札が出ており、その横には「1家族1パックまで」と書き添えてあります。
なるほど、人気商品なのだ、と納得しましたが、先日、台風が接近中
の時間帯に買い物に行ったら、1パックだけ残っていました。さっそく
飲み始めて、もう残り1本です。

    ヤクルト1000
    昨夜飲まなかったら、眠りが浅くて、一度目が覚めて
    しまうと寝付けない状態となりましたので、やはり効果
    があるのかな?いや、薬ではないのだから、1パックで
    そこまでは?でしょうね。


匂宮と六の君の結婚

2022年9月26日(月) 溝の口「湖月会」(第161回)

昨日、今日と二日続けて秋らしい晴れ渡った青空のお天気と
なりました。外に出した洗濯物がすっきりと乾くのは気持ちの
良いものですね。

オンラインクラスと、第2金曜日のクラスと、この「湖月会」の
3クラスは同じところを読んでおりますので、ブログ記事も
講読箇所の前半、中盤、後半からそれぞれ紹介するように
しています(上手く分散できないこともあるでしょうが)。

今月は第49帖「宿木」で、いよいよ匂宮と夕霧の六の君との
結婚当日の場面を読みました。中の君に対して心苦しさを
覚えながらも、匂宮は六の君の待つ六条院へと出掛けて
行きました。

中の君とは愛で結ばれましたが、六の君とは政略結婚です。
匂宮は「ものものしくあざやぎて、心ばへもたをやかなるかた
はなく、ものほこりかになどやあらむ」(しっかり者で気が強く、
気立てもおっとりとしたところがなく、気位の高い女なのでは
なかろうか)と、危惧しておられましたが、そんなお人柄では
なく、匂宮は六の君にも「御心ざしおろかなるべくもおぼされ
ざりけり」(ご愛着もひとかたならぬ思いがなさったのでした)。

六の君は21、2歳になっています。当時としてはかなり晩婚
ですが、それだけに成熟した女の魅力に溢れていることも、
匂宮を満足させる要因となりました。秋の夜長とはいえ、
中の君のところでグズグズしておられたので、お越しになった
のはもう夜も更けてからでしたが、それにしても「ほどなく
明けぬ」(あっけなく夜が明けた)というのは、何よりも匂宮が
六の君をお気に召した、という証拠でありましょう。

源氏が末摘花と初めて逢った時は、夜深いうちに退散して
しまっています。末摘花があまりにも期待外れで、夜が長く
感じられ、明けて来るまで我慢していられなかったからです。

誰でもそうだと思います。今だって、病院で受診の順番待ちの
ような時間はすごく長く感じられるし、仲良しランチでお喋りに
興じているような楽しい時間は、あっという間に経ってしまう
ではありませんか。

この六の君の生母・藤典侍は、源氏の腹心の家来である惟光
の娘です。匂宮の母は源氏の娘・明石中宮です。源氏と惟光、
孫の代になってもこうして繋がりが保たれているのですね。


今月の光琳かるた

2022年9月24日(土)

このところずっと下旬になっている「光琳かるた」の入れ替えですが、
今月もまたこんなに遅くなってしまいました💦

昨日がお彼岸のお中日で、さすがに猛暑も鳴りを潜め、夜などは
窓を開けていると涼しすぎるくらいになりました。先月はまだ秋の
歌を取り上げること抵抗を感じる暑さでしたが、今月はこの歌に
相応しい季節となっております。

「夕されば門田の稲葉おとづれて蘆のまろ屋に秋風ぞ吹く」
                     七十一番・大納言経信
   光琳かるた・71番経信
   (夕方になると、門田の色付いた稲葉を秋風が訪れて、
   さらさらと音を立てて蘆吹きの小屋に吹き付けている)

『金葉和歌集』では、次のような詞書が書かれています。
「師賢朝臣の梅津の山里に人々まかりて、田家ノ秋風といへること
をよめる」(源師賢の梅津の山荘に人々が集って、「田家ノ秋風」と
いう題で詠んだ歌)

この歌の作者「大納言経信」も、詞書にある「師賢朝臣」も、宇多天皇の
第8皇子・敦実親王を祖とする「宇多源氏」に属します。宇多源氏には
詩歌管弦の道に優れた人が多く、経信も師賢も、その道の第一人者と
して認められておりました。経信は桂に別荘があり、「桂大納言」とも
呼ばれていましたが、師賢の山荘があった梅津とは距離的にも近く、
二人は山荘における風雅な生活を共有していたのだと思われます。

皆さまは「三舟の才」と聞くと、誰を思い浮かべられますか?おそらく、
あの『大鏡』で最も有名な道長の大堰川逍遥の段の、「藤原公任」では
ないでしょうか。でも平安時代には、もう一人「三舟の才」と言われた人
がおりました。それが、この大納言経信です。下記の逸話は『十訓抄』、
『古今著聞集』、『袋草紙』のいずれにも載っていて、当時は公任と
並び称されていたようです。

白河天皇が大堰川に行幸された際、漢詩・和歌・管弦の三つの舟を
川に浮かべ、その道に優れた人をお乗せになりました。ところが、
経信卿が姿を見せなかったので、帝のご機嫌がたいそう悪くなった
ところへ、しばらく遅れて経信卿は参上しました。漢詩でも、和歌でも、
管弦でも、どの道にも通じている経信卿は、岸辺に膝まづいて「おーい、
どの舟でも構わないから漕ぎ寄せてくだされ」と言いました。その場に
於いては、これほど誇らしく、見事な振る舞いはありませんでした。尤も、
そのように言わんがために、わざと遅参したとも言われています。
この時経信卿は、管弦の舟に乗って、漢詩と和歌を献じたのでした。


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