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藤壺の変貌

2024年2月22日(木) オンライン「紫の会・木曜クラス」(第43回・通算90回・№2)

天気予報通りの寒い一日となりましたが、明日はもっと
寒くなり、最高気温が5度止まりだそうです。一昨日は
23度を超えていたのですよ。数日のうちに20度近くも
気温が変化するのには、身体も気持ちもついて行くの
が大変です。5度と聞いた時、一瞬最低気温だと思って
しまいましたから。

このクラスも今回で第14帖「澪標」を読み終えました。

朱雀院が斎宮をご所望だと知った源氏は、帝の母である
藤壺に相談します。朱雀院の気持ちを知りながら、それを
無視して、冷泉帝の許に入内させることには、やはり後ろ
めたさを覚え、藤壺の後押しを得て、自分を肯定する方向
に持って行きたかったのでしょう。こうした巧みな心理描写
は、『源氏物語』(作者・紫式部の筆力)ならでは、ですね。

藤壺は、そうした源氏の心境をしっかりと見抜いていたの
だと思います。「院にもおぼさむことは、げにかたじけなう、
いとほしかるべけれど、かの御遺言をかこちて知らず顔に
参らせたてまつりたまへかし」(朱雀院におかれましても、
がっかりなさいますことは、本当に恐れ多く、お気の毒で
はありますが、御息所のご遺言を口実にして、素知らぬ
振りで帝に入内申し上げなさいませ)と答えたのでした。

「ええっ、これがあの藤壺?!」と、読者を驚かせる発言
です。これまでの藤壺は、御簾の向こう側で息を潜めて
いるような印象がありましたが、もうここでは「国母」(天皇
の母)としての強さ、逞しさが前面に打ち出され、嘗ての
面影はありません。

源氏が須磨に謫居し、朱雀帝の外戚として右大臣一派が
全盛を誇っていた時から、ひたすら東宮(今の冷泉帝)を
守り、無事に帝位に就けることを願い続けて来た藤壺です。
ようやくそれが叶った今、源氏と共に冷泉帝の御代を支え
るのが新たな使命となっているのも感じられます。

藤壺に背中を押され、安堵を得た源氏は、斎宮を冷泉帝に
入内させることにしました。

藤壺は、もはや源氏の恋の対象ではなく、政治的パートナー
へと変貌を遂げた、と言っても過言ではないでしょう。

この場面、詳しくは先に書きました「全文訳・澪標(19)」で
お読みいただければ、と存じます(⇒こちらから)。


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三つ目の選択肢

2024年2月19日(月) オンライン「紫の会・月曜クラス」(第43回・通算90回・№2)

2月で20度超え、という異常な暖かさも明日の昼間迄で、
夜は一気に気温が下がり、その後はまた冬に逆戻りと
なるようです。こうした時の体調管理は難しいですよね。

「紫の会」は、会場クラスもオンラインクラスも、今月で
第14帖「澪標」は読了です。この巻の最後は六条御息所
の死後、残された一人娘の斎宮の処遇を巡って、源氏が
あれこれと考えて、最終的には冷泉帝に入内させよう、と
決心するところまでが描かれているのですが、会場クラス
の記事で紹介した時(2/12)には、選択肢は二つでした。
源氏の「好き心」と「親心」。即ち、斎宮の後見者となった
源氏が、斎宮を自分の妻の一人とするか、養父の立場で
斎宮を帝に入内させるか、たっだのですが(⇒こちらから)、
今日はその選択肢が三つになったことをご紹介します。

それは、6年前の「発遣の儀」(大極殿で、帝が斎宮の髪に
黄楊の小櫛を挿し、「京(みやこ)の方(かた)に赴きたまふ
な」と斎宮に告げ、伊勢へと送り出す儀式)の際、朱雀院が、
斎宮の「ゆゆしきまで見えたまひし御容貌を、忘れがたう
おぼし置きければ」(不吉な予感を抱かせるほど美しく見え
なさった斎宮のご容貌を、忘れ難く心に留めておいでだった
ので)、ぜひ院参させて欲しい、と、まだ御息所がご存命
だった頃に、お申し入れがあったのでした。でも、気乗りが
せずにお返事を控えておられた御息所が亡くなってしまわれ、
周囲の者たちも、この話は無かったものと思っていましたが、
朱雀院からは懇ろにお申し越しがあったのです。

こうして、この先の斎宮の処遇に関する選択肢がもう一つ
加わりましたが、それを知った源氏はどのような行動を
取ったでしょうか。そこからは、22日に読んだ時にお伝え
いたします。

勿体ぶった書き方をしているようですが、話の先を知らずに
読んでいた当時の読者は、あれこれと想像をして楽しんで
いたのではないでしょうか。そして、「早く続きが読みたい」
という気持ちを募らせていたのではないかと思うのです。

この場面、短いのですが詳しくは、全文訳で通してお読み
いただければ、と存じます(⇒こちらから)。


せめぎ合う「好き心」と「親心」

2024年2月12日(月) 溝の口「紫の会」(第75回・№2)

風は冷たいものの、日差しの中に春の訪れが感じられる
一日となりました。

今月で、「紫の会」は第14帖「澪標」を読了です。「澪標」の
巻の最後は、源氏が藤壺と図って、斎宮を帝に入内させる
こととする迄が書かれていますが、そこに至るには、源氏
自身も、斎宮に対する思いを封印しなければなりません。

「下りたまひしほどより、なほあらずおぼしたりしを、今は
心にかけてともかくも聞こえ寄りぬべきぞかしとおぼすには、
例の、引き返し、いとほしくこそ」(斎宮が伊勢に下向された
頃から、ただでは済まされないと思っておられたのに、今は
始終心に掛けて、どのようにも言い寄ることが出来そうだ、
とお思いになる一方で、いつものように、思い直しては、
それはお気の毒な事であろうよ)というのが、源氏の心境
でした。

伊勢に下向なさる頃から、斎宮に対して「好き心」を抱いて
いた源氏です。それから6年が経ち、退下して帰京後、母の
御息所が亡くなり、源氏が斎宮の庇護者となりました。源氏
の一存で、斎宮をどのように処遇するのも可能となった今、
やはり無視できないのが、「私の娘を色恋の対象としないで」
という御息所の遺言です。世間も、源氏が斎宮に手を出すの
ではないかと考えるに違いないと思うと、ここは下心なしに、
親代わりとして斎宮のお世話をし、帝に入内させて、自分は
後見役に徹するのが良かろうとの考えに至ったのでした。

それでも、「いかでさやかに御容貌を見てしがな、とおぼす」
(なんとかしてはっきりとお顔を見たいものだ、とお思いになる)
源氏を、「うちとくべき御親心にはあらずやありけむ」(安心
できる親心とはちょっと違っていたのではないでしょうか)と、
作者も草子地で皮肉っています。

斎宮への好き心がいつ歯止めを失って、入内させるのを取り
止めようという気持ちになるやもしれぬ、と、自分に自信が
持てない源氏は、この段階では、斎宮を娘分として帝へ入内
させる意向を誰にも話さずにいるのでした。

まさに「好き心」と「親心」の狭間で揺れている複雑な源氏の
思いが巧みに描写されている場面です。詳しくは先に書いた
「全文訳・澪標(17)」でご覧下さいませ(⇒こちらから)。


六条御息所の生涯

2024年1月25日(木) オンライン「紫の会・木曜クラス」(第42回・通算89回・№2)

さほど長い巻ではありませんが、第14帖「澪標」も終わりが
近づいてきました。来月で読み終える予定です。

娘・斎宮の退下に伴い帰京した六条御息所でしたが、今更
源氏との復縁を望む気持ちはさらさらなく、そんな御息所に
源氏も積極的にはなれないまま半年が経ち、重病を患った
御息所は出家。慌てて見舞いに駆け付けた源氏に、御息所
は、斎宮の後見を依頼し、その際、娘を決して色恋の対象に
しないで欲しい、と手厳しい遺言を残したのでした。

それから7、8日後、御息所は亡くなりました。享年36。

六条御息所は、『源氏物語』の前半において、心に残る女君
の一人です。ここでその生涯を振り返っておきましょう。

六条御息所は大臣家の娘で、16歳で東宮(桐壺帝の弟)の
妃となり、翌年には姫君(ここでの斎宮、のちの秋好中宮)も
生まれましたが、御息所20歳の時に東宮は死去。将来は
中宮の座も夢ではなかったはずの人生が、ここから大きく
狂い始めました。

父の大臣も、娘が国母となり、自分が外戚として権力を手中
にすることに期待して入内させたのでありましょうね。今年の
大河ドラマ「光る君へ」を見ていても、その辺りのことはわかる
と思います。

東宮の兄である桐壺帝は、六条御息所に宮中に留まるように
勧めますが、御息所はその誘いを断り、帝の息子である源氏と
浮名を流すようになりました。奥ゆかしさ、豊かな教養、センス
の良さにかけては右に出る者はいないと評判の御息所に、若い
源氏が熱心に言い寄り、二人は恋に落ちたのですが、その後
源氏は、次第に御息所が重荷に感じられるようになり、気持ち
が冷めていきます。

源氏が若紫を引き取り、その養育に力を注ぐようになってから
は、いっそう源氏のお通いは間遠となり、御息所は娘が斎宮に
卜定されたのに伴い、いっそのこと一緒に伊勢に下ってしまおう
か、と思い悩みます。

そして第9帖「葵」の最大の見せ場である、「車争い」で、葵の上
の従者たちは、六条御息所の牛車を押し退ける狼藉を働いた上、
「愛人風情のくせに」と御息所のプライドをずたずたに引き裂く
侮辱の言葉を投げかけました。この御息所の受けた屈辱は、
やがて生霊となって、葵上に憑りつくこととなります。

生霊の正体が御息所と知った源氏は、御息所を疎ましく思い、
すべてを悟った御息所は、未練を断ち切るべく、伊勢下向を
決心したのでした。時に御息所は30歳。あの「景情一致」の
名場面として知られる野宮での別れを経て、御息所は伊勢
へと旅立ち、6年の歳月を娘の斎宮と共に伊勢で過ごしました。
その間、源氏にも須磨・明石での流謫の日々がありました。

そしてこの第14帖「澪標」で、最期を迎えようとする時、源氏と
再会し、重い遺言を残して他界したのでした。

でも、これで終わりではありません。第二部に入って、今度は
死霊となって登場します。ここはまだだいぶ先のことですし、
またそこを読む時に取り上げたいと思います。

第9帖「葵」、第10帖「賢木」通して、女として苦悩する姿が丹念
に、切なく描かれていることで、私たちは「六条御息所」という
女君に心惹かれるのでありましょう。

御息所の死と、その後の様子は、先に書きました全文訳「澪標
(16)」からどうぞ(⇒こちらから)。


六条御息所の遺言

2024年1月15日(月) オンライン「紫の会・月曜クラス」(第42回・通算89回・№2)

一昨日はこの辺りでも雪が降り、急に寒中らしい厳しい寒さ
がやって来ました。明日は最高気温が4度、最低気温が-4
度の予報です。南関東では滅多にない寒い一日となりそう
です。

今日は、先週の月曜日の会場クラスと同じ、第14帖「澪標」
の第4ポイント、「六条御息所の死と娘斎宮の処遇を源氏が
考える」の前半部分を読みました。

朱雀帝の譲位に伴い斎宮も退下し、母・六条御息所と共に
京へと戻ってまいりました。源氏がお手紙を差し上げても、
御息所は昔のように源氏と縒りを戻そうともせず、源氏も
また、そんな御息所をわざわざ訪ねようと思わないまま、
半年が過ぎ、御息所は病に倒れ出家してしまわれました。

驚いてお見舞いに訪れた源氏に、御息所は斎宮の後見を
依頼します。源氏に異存はありません。「自分の心の及ぶ
限り、何事につけても後見いたしますので、斎宮のことは
ご心配なさいますな」と言って、御息所を安心させようと
します。それに対して御息所は、「いえ、それは難しいこと
です。父親がいても、母親を亡くした娘は哀れなもの。
ましてや父親でもないあなたが、娘を愛人として扱うような
後見の仕方をなさったなら、嫉妬の渦に娘は巻き込まれて
しまうことになりましょう」と言い、「うたてある思ひやりごと
なれど、かけてさやうの世づいたる筋におぼし寄るな」(嫌な
気の廻しようですけれども、どうぞ決してそのような色めいた
事はお考えになりませぬように)、と、源氏の心を見透かした
かのような、鋭い釘を刺したのでした。

「あいなくものたまふかな」(バツの悪いことをおっしゃるもの
だな)と思いながらも、辺りが暗くなり、大殿油の薄明りの下、
斎宮の姿が見えるかもしれないと、几帳のほころびから、
そっと覗いてみた源氏の目に映った斎宮は、上品で気高く、
魅力的で、源氏の好き心をそそるには十分でしたが、一方で
たった今、御息所から斎宮に対しての処し方には、厳しい注文
が付けられたばかりで、それを無視することは出来ません。

心惹かれても一線を越えることができない新たな源氏の男女
関係における悩ましさがここに始まったと言えるかと思います。

この場面につきまして詳しくは、先に書きました「澪標・全文訳
(15)」をご覧頂ければ、と存じます(⇒こちらから)。


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