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中の君が浮舟を自分の許へ呼ぶ理由

2024年4月12日(金) 溝の口「源氏物語を読む会」(第179回)

桜も葉桜の部分が目立つようになりましたが、今日は気温も
上がり、昼間は、コートを着ていると暑く感じられるほどでした。
明日からはもっと高くなり、日曜日には夏日となる予報が出て
います。もう初夏に向かっている感じですね。

このクラスは、第50帖「東屋」を講読中です。

前回、偶然の重なりから、浮舟が匂宮に見つけられてしまい、
言い寄られているところまでを読みました。

今日はその続きとなりますが、ちょうど宮中から、匂宮の母の
明石中宮のお具合が悪いとの使者がやって来て、かろうじて
浮舟は危機を脱することが出来ました。

中の君は右近から事情を聞いていましたが、匂宮は参内なさり、
今夜は宮中にお泊りだろうから、と、何も知らぬふりをして、浮舟
をご自分の部屋(西の対の母屋)にお呼びになりました。「とても
気分が悪いので」と、浮舟は断ってきましたが、中の君は折り返し、
「いかなる御ここちぞ」(どのようなご気分なのですか)とお尋ねに
なって、浮舟を何とかしてこちらに来させようとなさいます。

なぜ中の君は、しつこく自分の許に浮舟を来させようとするのか、
それは、浮舟と匂宮との間には何事も無かった、ということを周囲
に知らしめたかったのだと思われます。ここで浮舟が中の君の前
に姿を現わさなかったら、浮舟には中の君に顔向けならない事態
が生じた(匂宮と関係を持った)と、女房たちが推測し、噂となって
広まるに違いないと、中の君は考えたのでしょう。

そうした人の噂に左右され易い上流貴族社会のあり方を、中の君
は、このまでの経験で学んでいたからこそ、ここは浮舟の潔白を
証明するために、重ねての誘いの言葉をかけ、それが功を奏した
結果となりました。浮舟はやって来たのです。

この先が、国宝源氏物語絵巻「東屋」第一段に続く場面となるの
ですが、そこはまた別のクラスで読んだ時にご紹介したいと思い
ます。


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第42帖「匂兵部卿」(3)と第43帖「紅梅」(1)

2024年4月10日(水) 中央林間「宇治十帖の会」(第3回)

この「宇治十帖の会」の会場のすぐ近くにある児童公園の
桜も、一昨日夜から昨日にかけての花嵐で殆ど散ってしまい、
地面に花びらの絨毯を敷き詰めた状態になっていました。

今日は久々の快晴。気温もこの時期らしい心地良い暖かさ
となり、過ごし易い一日でした。

「宇治十帖の会」も早3回目となりました。会員も20名にまで
増え、「会として成立する人数が集まるかしら?」と、幹事さん
たちと気を揉んでいた頃が嘘のようです。

相変わらず、ちょっと読んでは横道へ、が多いので、なかなか
予定した程には進めないのですが、今日で第42帖「匂兵部卿」
を読み終え、後半は第43帖「紅梅」に入りました。

続けて、あらすじをご紹介しておきます(前回の「匂兵部卿」(2)
のあらすじは⇒こちらから)。

「匂兵部卿」(3)
薫は、俗世はつまらないものだと考え、なまじ女になど執着したら、
出家の妨げになると思っており、結婚志向はありませんでした。
19歳で三位の宰相となり、右近の中将も兼任したままの、所謂
「宰相の中将」になりました。帝や中宮のお目見えもめでたく、
並々ならぬ待遇を受けているにもかかわらず、自分の出生には
何か秘密があるらしい、ということに薄々気付いていて、浮ついた
色恋沙汰には気乗りがせず、万事控え目に振る舞っているので、
自然と「老成した方」と周囲にも思われるようになっていました。

匂宮が冷泉院の女一宮にご執心だとの噂を聞くにつけ、薫は同じ
冷泉院内で暮らしているので、なるほど、このような奥ゆかしく
たしなみ深い方との結婚ならよかろうか、ともお考えになりますが、
冷泉院が他のこととは異なり、女一宮にだけは薫を近づけないよう
にしておられるので、無理をしてまでとも思えず、また、逢って宮を
恋しく思う気持ちが萌したならば、それも厄介なことになろうかと、
近づくことは避けておられるのでした。
 
薫は特定の女性を愛し抜く、といったことは避けつつも、自分よりも
低い階層の女性とは人目に立たぬよう関係を持っておられたので、
彼女たちの中には進んで三条の宮に仕え、召人となる者も大勢
いました。薫が本気ではないことを知りつつも、「縁が切れてしまう
よりは」と、自らを慰めているのでした。

薫が「母(女三宮)の存命中は、お側で過ごしたい」とおっしゃるの
で、右大臣(夕霧)も、娘のうちの誰か一人は薫と娶せたい、と望み
ながら、口に出せずにいらっしゃる。叔父と姪では近すぎて面白味
もない関係ではあるものの、薫と匂宮以外には婿君として考えられ
る人物もいないのでした。

娘の中では、北の方(雲居雁)腹の娘たちよりも、藤典侍(惟光の娘)
腹の六の君が一際優れており、劣り腹で世間から低く見られること
を憂慮して、六条院に引き取り、落葉の宮の養女となさいました。
薫や匂宮も、この六の君になら心惹かれるに違いない、と、夕霧は
この娘が若い公達たちの気を引くよう、暮らしぶりにもあれこれと
工夫をなさっているのでした。

宮中で賭弓〈のりゆみ〉の行事があり、勝者側の左大将である夕霧
が、還饗〈かへりあるじ〉を開催することになりました。六条院で、
親王たちにも列席いただいて盛大なものを、とお考えであります。
明石中宮腹の御子たちはみな美しくていらっしゃいますが、中でも
匂宮は抜きん出ておられました。

薫は負け方の中将なので、ひっそりと退出なさったのを夕霧に引き
留められ、六条院へと向かわれました。道中、雪もちらつき、風情
ある夕暮時、貴人たちは牛車に揺られながら笛を吹き、この世の
極楽浄土の様相を呈する六条院へとお着きになりました。

宴もたけなわの折から、梅の香に薫の薫りが引き立てられて、
御簾の内から覗いている女房たちも、その香りをほめそやして
おりました。夕霧がとり澄ましている薫に「一緒に歌ってくださら
ないのですか。随分とお客様ぶっておられますね」と言ったので、
薫は素っ気なくならない程度に「神のます」などと口ずさまれたの
でした。

「紅梅」(1)
その頃(具体的には「匂兵部卿」の巻から四年の空白があり、
年立としては「椎本」~「総角」の巻と重なる)、世間で「按察使
の大納言」と申し上げていた方は、故・致仕大臣の次男で、
亡くなった柏木の弟にあたる方でした。子供の頃から利発で、
華やかな趣があり(美声の持ち主として度々登場)、年と共に
昇進して羽振りもよく、帝の信任も厚くていらっしゃるのでした。

既に亡くなられた北の方との間に、大君と中の君の二人の姫君、
再婚した真木柱との間に一男を設けておられました。真木柱は
源氏の弟・蛍兵部卿宮と結婚して一女(宮の御方)がありました
が、兵部卿宮と死別後、宮の御方を連れて按察使の大納言と
再婚されたのでした。

大納言は真木柱の連れ子も自分の娘たちと分け隔てなく育てて
おられましたが、それぞれの姫君に仕える女房たちの間には
トラブルが生じることもありました。そんな時も真木柱の明るい
気性が幸いして、上手く収めておられたので、世間の噂になる
こともなく過ぎておりました。大納言は三人裳着も済ませ、
寝殿の南面に大君、西面に中の君、東面に宮の御方を住ま
わせておられました。父親のいない宮の御方ではありましたが、
父の蛍兵部卿宮からも母方の祖父・式部卿宮からも多くの遺産
を頂戴され、不自由のない上品な暮らしをしていらっしゃいました。
 
大納言家の姫君は評判となり、帝からも東宮からも入内のご希望
がありました。帝に入内しても、明石の中宮と肩を並べるのは
難しかろうと、最初から諦め、東宮にも右大臣(夕霧)の長女が
既に入内していましたが、后がねとして育てた娘を入内させない
まま終わらせるのも残念で、大君を東宮妃となさったのでした。
大君は十七、八で、華やかな美貌の持ち主でした。
 
中の君は姉以上に気品のある方なので、大納言は臣下の男と
娶せるには惜しいと思っており、できれば匂宮を婿としたいと
お考えでした。匂宮が、殿上童をしている大納言の息子を
可愛がっておられ、「弟のお前と付き合うだけで終わりにしたく
ない、と、大納言に伝えてくれ」とおっしゃったことを知り、
大納言は、これは脈ありだと喜んでおられました。先ずは、
大君を東宮に入内させ、父の致仕大臣が果たせなかった立后、
を自分の代で果たせるようにと願っていらっしゃるのでした。
真木柱も継娘の大君に付き添い、気を遣ってお世話なさって
いました。


末摘花の叔母の登場

2024年4月8日(月) 溝の口「紫の会」(第77回・№2)

今日は入学式が行われた学校も多かったようで、溝の口へ
向かう電車の中でも、何組かの親子を見かけました。桜も
まだ咲き誇っています。花曇りではありましたが、満開の
桜の下での記念写真は、入学式の良き思い出となることで
しょうね。

先月から読み始めた第15帖「蓬生」です。

源氏18歳の秋、末摘花と逢い、その後須磨に退居する迄、
末摘花の生活は、源氏の援助によって困窮から抜け出して
いましたが、源氏は26歳の春、須磨へと謫居してしまいました。

そこから末摘花は再び窮乏の生活へと追い込まれることに
なりながらも、周りの女房らの勧める亡き父宮が残された邸
や調度類の売却を拒み、荒廃し切った邸で、頑なに昔のまま
の暮らしに固執し続けていました。

そんな物語が叔母の登場で新たな展開を見せます。

「この姫君の北の方のはらから、世におちぶれて受領の北の方
になりたまへるありけり」(この姫君〈末摘花〉の母君の姉妹で、
零落して、受領の北の方となられた方がありました)と、紹介
されています。末摘花の母君の姉妹で、落ちぶれてしまった為、
受領の妻に納まった、というのです。

「北の方」とは正妻のこと。同じ正妻と言っても、姉(末摘花の母)
は宮(親王)家の正妻、妹は受領の正妻、身分差の甚だしかった
当時においては、天と地の違いがあったはずです。この姉妹、
かなり年も離れていたと思われます。姉が常陸宮と結婚した頃
は、家の羽振りも良かったのでしょう。もちろん出自は「やむごと
なき筋」(高貴な血筋)とありますから、おそらく当時は上達部
(上級貴族)の家柄だったと思われます。その後、父親が亡く
なるか失脚して、家は没落し、妹であるこの叔母が結婚する頃
には、相手が受領でもやむを得ないところまで落ちぶれていた
のではないでしょうか。

しかし、亡き末摘花の母君もプライドの高い方で、妹が受領の
妻となったことを「家の恥」と思い、見下しておられたらしく、
宮家の血を引く末摘花を、自分の娘の女房にすることによって
叔母は復讐しようと謀り、末摘花を自邸へと誘います。しかし、
そんな話に乗ってくるような末摘花ではありません。

そうこうしているうちに、この叔母の夫が大宰の大弐となり、
叔母は末摘花も伴って下向しようと、言葉巧みに持ち掛けます
が、末摘花が「さらにうけひきたまはねば」(決して承知なさらない
ので)叔母は、「自尊心ばかりが強くても、こんな草茫々の所に
長年住み着いた人を、源氏の君だってお世話しようとお思い
にはならないでしょうよ」と、嫌味を投げかけるのでした。

叔母にとっては、このように常陸宮家が衰退してしまった今こそ、
長年澱のように胸の内に溜まっていた劣等感を拭い去るまたと
ないチャンスだったのでしょう。

末摘花と叔母、対照的な二人を描くことで、それぞれの心模様が
鮮やかに浮かび上がって来る場面です。

この場面、詳しくは先に書きました「蓬生・全文訳(4)」をご覧下さい
(⇒こちらから)。


中の君と浮舟の差

2024年4月3日(水) 溝の口「オンライン源氏の会」(第45回・通算186回)

今日は「花冷え」というのでしょうか、気温も余り上がらず、
雨模様の一日となりました。

第4月曜日の溝の口「湖月会」を一週遅らせて、一昨日に
3月の例会を行いましたので、今日のオンラインクラスは
一日空けて、同じところを読みました。

一昨日のブログには、匂宮が浮舟を見つけることになった
偶然の重なりを紹介しましたが、本日は匂宮に初めて声を
掛けられた時に浮舟の心に浮かんだことと、右近(中の君
の女房)から、匂宮が浮舟に迫っている事態を告げられた
時の中の君の心に浮かんだことを比べて、この異母姉妹
の差を考えてみたいと思います。

先ず、匂宮に手を捉えられて「名前が聞きたい」と言われた
際の浮舟です。「このただならずほのめかしたまふらむ大将
にや」(自分にただならずご意向を伝えて来ておられる大将
〈薫〉であろうか)噂に聞く良い匂いも感じられるし、と思って
います。

冷静に判断すれば、それはあり得ないことだとわかるはず
なのです。浮舟が居る場所は、二条院の西の対の普段物置
として使われている西廂の奥まった所。部外者の薫が、自由
に出入り出来る訳はないのに、薫ではないか、と考えるあたり
に、浮舟の物事を的確に捉えることが出来ない未熟さを伝え
ている気がします。

一方の中の君はどうでしょう。「また匂宮の困った女癖だわ。
浮舟の母君が知ったら何と思うことか。くれぐれもよろしく頼む
と言い置いて行ったのに」と思いながらも、「どうして匂宮は
浮舟のことにお気づきになったのかしら」と、落ち着いて考え
ています。

同じ八の宮の娘といえど、中の君は父宮に宮家の姫君として
恥ずかしくない教養や心構えを教え込まれていたはず。父宮
も姉の大君も亡くなって、京へと迎え取られ、自分のことは
自分で決めて行かねばならなくなってからの中の君は、その
生来の聡明さが、随所で発揮されるようになっています。

浮舟は、父・八の宮に認知してもらえず、母が受領の後妻と
なり、東国の田舎で育ったため、上流貴族社会というものを
知りません。そのような環境の中で、母親に100%任せっきり
の生活を送って来たのですから、深く考えを巡らすことなど、
出来なくて当然だったと言えましょう。

「東屋」の巻での浮舟の心情は、殆ど語られないままなのです
が、こうした僅かなところからでも、よく言えば、素直、可愛い、
悪く言えば、単純、浅薄な浮舟像が伝わってまいります。

このような浮舟がどう変わっていくことになるのか、「宇治十帖」
のクライマックスが近づいてきましたね。


偶然の重なり

2024年4月1日(月) 溝の口「湖月会」(第178回)

元日の大地震からちょうど3ヶ月。被災地の能登でも
桜が開花した、と、テレビのニュースで報じていました。
まだ8,000人余りの方々が、避難所生活を送っておられ
るとのこと。一日も早く、落ち着いた暮らしを取り戻して
いただきたいと願っております。

このクラスは第4月曜日が例会日ですが、私の都合で
1週後ろへずらしていただき、本日が3月分の講読会と
なりました。

第50帖「東屋」の後半に入りましたが、ここで、浮舟の
運命に関わってくる出来事が起こります。

浮舟が二条院に滞在していることは、ごく一部の中の君
付きの女房が知っているだけで、勿論匂宮は知る由も
ありませんでしたが、偶然の重なりで、二人は出会うこと
になってしまいました。

どんな偶然の重なりだったかというと、

①浮舟の母・中将の君が、浮舟を一人二条院に残して
常陸介の邸に帰ってしまった。

②匂宮の許に大勢の上達部が訪れて、寝殿で遊びに
興じておられたので、こうした時は、匂宮は日が暮れて
から西の対にお出でになるのが常となっており、女房たち
も安心して各自の局で休んでいた。

③匂宮が西の対にいらした時に、中の君は洗髪中で、
御座所におられなかった。

④中の君が不在でも、若君が起きていれば、匂宮はその
相手をしながら、中の君が戻って来るのを待っておられた
はずなのに、あいにく若君はお昼寝中だった。

⑤手持無沙汰の匂宮が、その辺りをうろついておられると、
西廂のほうに、見慣れぬ女童(浮舟付き)が見えたので、
匂宮が西廂の中を覗かれた。

⑥襖が少し空いており、屏風が1枚畳まれているところから、
几帳も1枚帷が横木に掛かっていて、女性の装束の襲の
色目が見えた。

それで好色癖のある匂宮は、この女(浮舟)に近づくことに
なったのです。

この偶然の重なりが一つでも欠けていたら、匂宮が浮舟を
見つけ出すことなどなかったはず。現実においても、こうした
偶然の重なりで、想定外の出来事が生じるのはよくあること
だと思います。ここでの設定があまりにも巧妙なので、所詮
フィクションだと分かっていても、つい「たら・れば」の世界に
のめり込んでしまうのですよね。


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