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教育パパの成果

2017年3月17日(金) 溝の口「枕草子」(第6回)

日中はようやく春の暖かさが感じられる陽気となりましたが、
夜になると、やはり風が冷たくて、ゴミ置き場まで行くにも、
ダウンを羽織って行きました。

溝の口の「枕草子」は、前回の続きの第20段の後半から、
第21段、第22段「すさまじきもの」の前半までを読みました。

第20段前半で、中宮さま(定子)は、周りの女房たちに古歌を
一首ずつ書くようにお命じになりましたが、後半はそれに続いて、
「古今集」の上の句をお読みになり、下の句を答えるように、と
女房たちにお尋ねになるところから始まります。

誰もすらすらとお答えする者がなく、一番お答え出来た宰相の君でも、
せいぜい十首程度。そこで、中宮さまが、半世紀近く前の、村上天皇の
女御だった「宣耀殿の女御」のお話をなさいます。

この方は藤原師尹の娘・芳子で、入内前に父上がおっしゃったことは、
「第一にお習字をしっかりとなさい。次に琴(きん)の琴を人よりも上手に
弾けるようになりなさい。その上で、『古今集』二十巻を全部暗誦なさい」
というものでした。

「古今集」二十巻は約1,100首あります。「百人一首」だって全部暗誦する
のは楽ではありませんよね。1,100首は、聞いただけで気が遠くなりそうな
歌の数ですが、この宣耀殿の女御は、それを憶えていたのです。

ある日、村上天皇が女御のもとへいらして、暗誦テストを開始されました。
「いつ、どんな時、誰それが詠んだ歌」という詞書のあるものを選んで、
女御にその歌を答えさせなさいます。。

やがて前半の十巻分が終了しました。女御は全部間違いなく答えました。
帝は「さらに不用なりけり」(全く無駄なことだったなあ)とおっしゃって、
一旦はおやすみになったのですが、「やはり今夜中に決着をつけないと、
明日になったら、女御が後半の歌を確認してしまうかもしれない」と思って、
また起き出して、とうとう二十巻全部のテストをしてしまわれました。それでも、
女御が間違われることは、遂にありませんでした。教育パパの成果これにあり、
と言ったところでしょうか。

でも、「帝がお嬢様に古今集暗誦のテストをしておられます」という
知らせを聞いた女御の父・師尹は、心配で心配で、あちこちのお寺に、
娘が間違えることのないよう、お祈りのお経を依頼し、ご自身は、
宮中のほうを向いて、必死に祈り続けていらっしゃったそうです。

このお話をお聞きになって、一条天皇は「おじいさまはすごいね。
私では三、四巻だって無理だよ」と、祖父に当たる村上天皇の
暗誦テストの根気に感心をしておられました。

18歳の中宮に、15歳の天皇。こうして中宮さまは上手にリード
しながら、年若い天皇の文化的教育の一翼を担っていらっしゃる
のでした。

その中宮さまも亡くなってしまわれた今、清少納言は「まことに、
露おもふことなく、めでたくぞおぼゆる」(本当に、まったく何の
心配もなく、素晴らしいことと感じておりました)と、当時を偲び、
この段を締めくくっています。


古くても新鮮!!ー「枕草子」の世界ー

2017年4月21日(金) 溝の口「枕草子」(第7回)

「枕草子」が書かれたのは、今から千年程前のこと。でも、二十一世紀を
生きる我々が読んでも、「そうそう、そうなのよねぇ」と、共感できることが
次から次へと出て来るので、拍手喝さいをしたくなります。今回読んだ
ところから、少し拾ってみましょう。

第23段「たゆまるるもの」の「遠きいそぎ」
これは、昨年12月30日の「くたびれ果てて年の暮れ」という何とも情けない
タイトルで書いた記事の中で引用しましたが、「たゆまるるもの」とは、「気が
ゆるんじゃうもの」ということで、「いそぎ」は「用意・準備」の意ですから、
「遠きいそぎ」は、「まだ先の準備」のこと。

私だけじゃないと思うんですが、違います?学生時代の試験の準備とか。
わかっているのに、前夜にならないとやる気が出ない、ありませんでした?

第25段「にくきもの」(今風に訳すなら「ムカつくもの」ですかね)では、
平安時代特有のものを除けば、すべてが現代にも通用することばかりで、
その筆致の冴えに唸らされます。

先ず、急いでいる時にやって来て長話をする人。今なら長電話なども
入るでしょう。「後でね」と言える相手ならいいけど、言えない相手が
やっかいなのは、今も昔も同じこと。

硯に髪の毛が入っていたり、墨の中に石が入っていて、墨をする度に
ギシギシする時。「あるある」って思いますよね。

寝ている時に、蚊が「ぶぅーん」と、如何にも情けない音を立てて、顔の
傍を飛び回る。これも千年経っていても「そうそう」。

まだまだ色々書かれているのですが、この段の最後の一文を紹介して
終わりにしますね。

「開けて出で入るところ、閉てぬ人、いとにくし」(開けて出入りする所を、
開けたままで閉めない人って、チョームカつく)

千年前の古い文章でも、こんなにも新鮮なのが「枕草子」の世界です。


お坊さんはイケメンでなくっちゃぁ~

2017年5月19日(金) 溝の口「枕草子」(第8回)

朝から青空が広がり、一週間ぶりの夏日となって、ちょっと動くと
汗ばむような陽気の一日でした。

溝の口の「枕草子」、今回は第28段の「心ゆくもの」から、第32段の
「小白河といふところは」の途中までを読みました。

清少納言という人は、美醜に対する好悪の感情がはっきりとしていて、
「枕草子」の中で、「美しいものは好き」、「醜いものは嫌い」と、一貫して
言い切っています。

その一つの例として、第30段の冒頭部分をご紹介しましょう。

「説経の講師は、顔よき。講師の顔をつと目守らへたるこそ、その説く
ことの尊さもおぼゆれ。ひが目しつれば、ふと忘るるに、『にくげなるは
罪や得らむ』とおぼゆ。」(説経をするお坊さんは、イケメンに限るわ!
だってイケメンだとじっと顔を見つめちゃうから、気持ちも集中して、
説いていらっしゃことの有難味も感じられる、ってものよ。これが醜男の
お坊さんだと、つい目を逸らしちゃうので、お話も「あれ、何だったっけ?」
になるのよね。醜男なお坊さんって、仏さまから『役立たず』ってお叱りを
受けるんじゃないか、と思ってしまうわ。)

いやはや、イケメンではないお坊さん、これでは立つ瀬がないですね。

さすがに、言い過ぎたと思ったのか、このあとに、言い訳めいた文を
添えています。

「この詞、停むべし。すこし歳などのよろしきほどは、かやうの罪得がた
のことは、書き出でけめ、今は、罪いとおそろし。」(こんなこと、ホントは
言っちゃいけないわよね。もう少し若い時なら、こんな罰当たりなことを
書いても平気だったでしょうけど、もうこの歳になると、本当に罰が当たり
そうで怖いわ。)

思ったことがここまでスパッと小気味よく書いてあると、読む人も、苦笑は
しても、非難する気にはなれませんね。


「あゝ無常」

2017年6月16日(金) 溝の口「枕草子」(第9回)

「あゝ無情」(レ・ミゼラブル)の主人公の名は「ジャン・ヴァルジャン」、
今日の「枕草子」の「あゝ無常」の主人公の名は「藤原義懐(よしちか)」。

前回前半を読んで時間切れとなった第32段「小白河といふところは」は、
作者が、まだ宮中に出仕する7年余り前の20歳位の時、小一条大将殿
(藤原済時)の小白河の山荘で営まれた法華八講という一大イベントでの
出来事を記した段です。

時は花山天皇の御代で、天皇の叔父に当たる義懐は、この貴公子たちが
一堂に会した場においても、ひときわ鮮やかで、取り巻きを従えて、王朝式
ナンパ(拝聴に来ている女車に、使者を遣わして返事を貰って来させようと
する)に興じ、そこにいる者たちも、その顛末を固唾を飲んで見守っている
という有様でした。

結局、ナンパは成功しませんでしたが、中座して帰ろうとした清少納言を、
ひやかしたり、得意絶頂の壮年(30歳)義懐の姿は、まだ若かった清少納言
には実にカッコよく見えたことでしょう。

これが寛和2年(986年)6月18日のことで、同23日、花山天皇は兼家・道兼
父子の策謀にまんまと引っかかって、あっけなく出家し、退位してしまわれ
ました。兼家にとっては、自分の孫にあたる懐仁(やすひと)親王(一条天皇)を
天皇にするため、花山天皇にはいち早く退位していただく必要があったのです。

翌24日、義懐も出家しました。あの清少納言が目撃した、栄華の真っ只中に
あった日から、僅か六日後のことでした。

「『桜など散りぬる』も、なほ世の常なりや。『置くを待つ間の』とだに、いふべくも
あらぬ御有様にこそ、見えたまひしか。」(「桜などが散ってしまった」という
はかなさも、やはり通り一遍のことに過ぎませんわ。露が置いている間だけ
綺麗に咲いて、露が乾きしぼんでしまったみじめな朝顔を見ると、「ああ、露が
置いている間の朝顔など却って見なければ良かった」と、歌にも詠まれて
いるけれど、今思えば、ほんの一時の盛りであった義懐さまのあのお姿は、
「却って見なければ良かった」とさえ言えそうもない、華やかなご様子だと、
拝見したことでしたよ。)

口語訳が長くなりましたが、この最後の一文には、「人の世は明日のことさえ
わからない」という、恒久的な無常観が凝縮されていて、千年経った今も、
ハッとさせられますね。


鶯 VS. ホトトギス

2017年7月21日(金) 溝の口「枕草子」(第10回)

今日の「枕草子」は、第35段「池は」から、第38段「鳥は」まで、
すべて「類聚章段」を読みました。

この中で、作者が最も力を注いで書いているのが、「鳥は」の
段の「鶯」と「ホトトギス」についてです。

皆さまなら、「鶯」と「ホトトギス」、どちらに軍配をお上げに
なりますか?

清少納言は何といってもホトトギス派です。

紙面は、鶯のほうにホトトギスの3倍位割いているのですが、
それは、ホトトギスに比べて鶯はこんなところがダメなのよねぇ、
と、鶯をけなすために筆を費やしたからなのです。

先ずは、鶯が、漢詩などにも「めでたきもの」(素晴らしい鳥)
として詠まれ、姿、形もあんなに上品で可愛いのに、と美点を
挙げた上で、

①宮中では全く鳴かず、賤しい家の見所も無い梅の木で鳴く
⇨価値観が分かっていない鳥、ということになる

②夜鳴かない⇨眠たがり屋のようでみっともない

③鶯は春の鳥なのに、夏・秋の終わりまで、老い声になっても鳴く
⇨引き際を心得ていない

と、欠点をあげつらうのですが、これは、やはり鶯が、雀や鳶や烏など
とは違う、普通の鳥ではないだけに、期待度も高くなってしまうからで、
だからこそ、晩節を汚すようなことはして欲しくない、というのが、
清少納言流の考え方なのですよね。

一方のホトトギスは、「なほさらにいふべきかたなし」(今更、何にも
言うことなんかないほど、素晴らしいわ)と最初に言っておいて、
声は聞こえても、まともには姿を見せず、「チラ見せ」なところが、
口惜しいほどの心がけだ、と褒めます。

夜中に起きて初音を聞きたいと心待ちにしていると、期待に応えて
鳴きだした声が、洗練されていて、魅力たっぷりで、もう魂まで
その声に惹かれて彷徨い出てしまうくらい、と続きます。

ホトトギスは夏の鳥だけど、鳴くのは5月だけで、6月になれば、
ピタッと鳴くのを止めてしまう。その潔さが何とも言えず、
「すべていふもおろかなり」(何もかも、口にするだけ野暮って
ものよ)と、結んでいます。

これで、先に鶯を非難したのが、ホトトギスを引き立てるための
手段であったことが、お分かりいただけるかと思います。

清少納言は「枕草子」で、鶯は2例、ホトトギスは16例取り上げて
いて、彼女のホトトギス贔屓は、この数字からも明らかですが、
「万葉集」や「古今集」に詠まれている数を見ても、圧倒的に
ホトトギスが多いのです。清少納言のみならず、古来、日本人は、
ホトトギスの姿を見せない奥ゆかしさや、短期間しか鳴かない
引き際のよさに、魅せられて来たようです。

038「鶯」 038「ホトトギス」
            鶯                        ホトトギス


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