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対等な夫婦関係ー夕霧と雲居の雁ー

2018年2月26日(月) 溝の口「湖月会」(第116回)

先月は大雪に見舞われ、30分早く例会を切り上げたため、今月は30分
繰り上げて13:00の開始となりました。

丁度30分で、第2金曜日のクラスが1月に読み終えたところまで追いつき、
いいペースで最後は第2金曜日のクラスと足並みを揃えることが出来ました。

第37帖「横笛」に入り、柏木の一周忌も終わりました。二歳となった薫は
可愛い盛りです。秋になり、夕霧は一条の宮に落葉の宮(柏木の未亡人)
を見舞います。

落葉の宮は、母・御息所と二人、静かで風雅なお暮らしぶりです。楽器の
演奏などでしっとりとした時間を過ごした後、妻子の待つ自邸に帰宅すると、
大勢の子どもや女房たちがごちゃごちゃと寝ている賑やかさ。夕霧は先程
の一条の宮との風情の違いに幻滅を感じ、落葉の宮と逢ってみたい思いを
募らせます。

振り返ってみれば、雲居の雁とは何の男女の駆け引きもなく結婚したものだ、
と夕霧は感慨に耽り、雲居の雁がこんなに威張って大きな顔をし続けている
のも無理のないことだなぁ、と思っておりました。

当時の上流貴族の姫君たちは、文字通り深窓の令嬢として育てられ、結婚
するまで、相手の男性と顔を合わせることなど皆無です。ところが、夕霧と
雲居の雁の場合は、祖母の大宮に、幼い頃から共に育てられた従姉弟同士
です。一緒に成長したので、顔を合わせるどころか、それこそ喧嘩もする
遠慮のない間柄だったでしょう。

夕霧12歳、雲居の雁14歳の時に、雲居の雁の父・内大臣(今は致仕大臣)
によって一旦は引き裂かれましたが、6年後に晴れて結婚しました。

このような対等な立場でいられる結婚をした夫婦は、他にはありません。
子どもの夜泣きに、「あなたが今時の若い人のような恰好をしてフラフラ
出歩き、夜更けにお月見だなんて格子を上げたりなさるから、物の怪が
入って来ちゃったんでしょ」と、夫の浮気を疑ってストレートに責めつのる
雲居の雁の姿は、実に現代的です。

雲居の雁が登場すると、まるで今のホームドラマを見ているような感じが
するのは、こうした源氏物語においては、極めて珍しい対等な夫婦関係が
根底にあるからではないでしょうか。


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二度目の「65歳からのアートライフ」

2018年2月25日(日)

2016年8月23日の記事で一度ご紹介した「65歳からのアートライフ」
ですが、今回は日曜日とあって(前回は火曜日でした)、13:30開場の
少し前に着きましたら、もう入り口には「最後尾はこちら」の札を掲げた人
が立っているほど長蛇の列が出来ていました。チケットは完売とのこと。

「横浜市青葉区から全国へ発信する音楽イベント」ということで、会場は
田園都市線「青葉台」駅に直結した「東急スクエア」5Fにある「青葉区民
文化センター・フィリアホール」。温かな雰囲気に包まれた、音響効果も
高い500席のコンサートホールです。

今日の公演は「15周年記念特別コンサート」とのことで、出演者の方々が
オペラの場面を演じられるといった、様々な洒落た演出が施されていて、
我々聴衆も大いに楽しませていただきました。

何よりも素晴らしいのは、お歌いになった皆様の若々しさです。プログラムに
年齢が書かれていなかったら、絶対に実年齢よりも遥かにお若い年齢だと
思ってしまいます。歌声はもちろん、お姿もお若い!!

我々の高校の同期生は68歳で若いほうから二番目。最高齢の方は93歳で、
90代の方が三人、どの方も溌剌とした歌声を聴かせて下さり、生きる勇気を
戴きました。

青葉区長さんが朗読された詩にもあったように、「青春」とは気持ちの問題で、
もう終わった、と思ったらお終いだけれど、青春の心を持ち続けている間は
「青春」を謳歌することが出来る、ということを実践して見せてくださったのが、
今日の「65歳からのアートライフ」だったと思います。

           65.jpg
  

直談判も功を奏さず

2018年2月22日(木) 溝の口「紫の会・木曜クラス」(第23回・№2)

昨日で少し自信がついたので、今日はあまり心配もせずに、階段で
七階から下り、また上りは四階で一休みして、無事に帰宅しました。
明日、明後日は、家に籠って過ごします。

このクラスは2/12(月)と同じ所を講読しました。前半は、僧都から少女
(若紫)の素性を聞き、藤壷の姪(若紫の父・兵部卿の宮は藤壷の兄)
だと知った源氏が、少女の後見を願い出て、尼君に伝えて欲しいと
僧都に依頼するものの、取り合ってもらえず、僧都はそのまま初夜の
勤行のために阿弥陀堂に上ってしまわれた、というところまででした。

今日はその続きの後半をご紹介します。源氏は眠れぬままに、僧都では
全く埒が明かなかった若紫引き取りの件を、奥の部屋に居る尼君に直接
訴えます。

しかし、僧都や尼君と、源氏との間にはあまりにも温度差があり過ぎて、
まともな話として受け止めてはもらえません。

源氏は藤壷の面影を宿す若紫を垣間見て、何としても叶わぬ恋を、この
身代わりの少女を引き取ることで埋めようと必死です。でも、尼君は、
源氏が若紫を垣間見たことも知らないわけですから、源氏がここに
自分に相応しい妙齢の女性がいると、どこかで誤った情報を仕入れて
こんなことをおっしゃっているのだ、としか考えられません。ましてや、
源氏の心の内に秘めた藤壷への思いや、その姪と知っていっそう強く
なった若紫への執着など、全くご存知ないことですから、まだ雀の子を
逃がされてしまった、と言ってべそをかいているような子供に求婚されても
戸惑うばかり、というのも仕方のないことでした。

結局、尼君に直接申し出たところで、この話が何らの進展を見ることは
ありませんでした。難航する「引き取り願望」が成就するのはいつのこと?
と、初めて「源氏物語」を読んだ人は気が揉めたことでしょうね。

源氏と尼君との遣り取り、詳しくは先に書きました「若紫」の全文訳(5)を
ご参照ください。


第五帖「若紫」の全文訳(5)

2018年2月22日(木) 溝の口「紫の会・木曜クラス」(第23回・№1)

今日は2/12(月)と同じ、「若紫」の巻の193頁・2行目~201頁・8行目迄を
読みました。その後半部分(197頁・11行目~201頁・8行目)の全文訳です。
前半部分は、2/12の「若紫」の全文訳(4)をご覧ください。
(頁・行数は、「新潮日本古典集成本」による)

源氏の君は気分もとても悪い上に、雨が少し降って来て、山風も冷え冷えと
吹いているので、滝壺の水嵩も増して、水の音が激しく聞こえてまいります。
少し眠たそうな読経の声が途切れ途切れに心に沁みるように聞こえたりなど、
いい加減な人でも、場所が場所だけに心打たれる気分になる風情でした。
ましてや源氏の君は、あれこれとお考えになることが多くて、うとうととなさる
ことも出来ずにいらっしゃいます。僧都は初夜のお勤めと言っておりましたが、
夜も随分と更けてしまいました。

奥の部屋でも、人が寝ないでいる様子がはっきりとわかって、たいそうこっそり
とではありますが、数珠が脇息に触れて鳴る音がかすかに聞こえ、親しみを
覚える衣擦れの音がして、「上品な感じだ」と源氏の君はお聞きになって、
狭い所ゆえ近いので、部屋の外に立て巡らしてある屏風の中ほどを、少し
引き開けて、扇を鳴らしなさると、思いも寄らない気がするようでしたが、
聞こえないふりをするのも如何なものか、ということで、にじり出て来る人が
ある様子でございました。

誰もいない様子に少しさがって、「変だわ、空耳かしら」と、不審がるのを
お聞きになって、「仏さまのお導きは、暗い中でも決して間違いのないはず
ですのに」とおっしゃる声が、とても若々しくて上品なので、女房はどんな声で
お返事をすればよいのか、と気が引けますが、「どういうご案内をいたせば
よろしいのでしょう。分かりかねますが」と、申し上げます。源氏の君は、
「ほんに、出し抜けのことと、不審に思われるのもごもっともではありますが、
  
初草の若葉のうへを見つるより旅寝の袖も露ぞかわかぬ(あどけなく可憐な
あの方を見てからは私の旅寝の袖も恋しさの涙で少しも乾くことがありません)
と、申し上げていただけませんか」

と、おっしゃいました。「ここには全くそのようなお言葉を伺って分かるような
人もいらっしゃらないご事情はご承知だと思われますのに、いったいどなたに」
と、申し上げると、源氏の君が「自然にしかるべき事情があって申し上げている
のだろう、とご推察ください」とおっしゃいますので、女房は奥に入って尼君に
申し上げたのでした。

尼君は、まあ、何て今風な。この姫君が男女のことが分かる年頃でいらっしゃる
とお思いなのかしら。それにしても、あの若草の歌をどうしてお聞きになったことか、
などとあれこれ奇妙に思われて、考えもまとまらず、時が経ってしまうので、失礼な
ことになると思い、
 
「枕ゆふ今宵ばかりの露けさを深山の苔にくらべざらなむ(今夜だけの旅寝の枕に
結ぶ草の露けさをこの奥山の露けさに比べないで頂きとうございます)
私共の袖は乾きそうにはございませんのに」

と申し上げなさいました。
 
「このような取次ぎを介してのご挨拶は、私はまだ遣り方も存じませず、初めての
ことでございます。恐れ入りますが、このような機会に真面目に申し上げたいこと
がございます」と、源氏の君が申し上げなさると、尼君は「間違った噂をお聞きに
なったのでしょう。とても立派なご様子のお方に、どんなお返事が出来ましょうか」
とおっしゃるので、女房たちは「源氏の君がバツの悪い思いをなさるようなことが
あってはなりません」と尼君に申し上げました。「そうですね。若い人なら困ること
でしょうが、私なら構わないでしょう。真面目なおっしゃりようは恐れ多いことで」と
言って、尼君はにじり寄って来られました。

「突然で、軽薄だとお思いになられるに違いないこんな折りですが、私としては
そのようなつもりはございませんので、仏さまはもとより私の真意をお見通しの
はず」と言ったところで、尼君が落ち着いていて、気後れするような様子である
のに気が引けて、源氏の君はすぐにも言い出せずにいらっしゃいます。尼君は
「ほんに思いも寄らないこのような折に、こうまでお話を伺ったり申し上げたり
しますのも、どうして浅いお気持ちからなどと思いましょうか」とおっしゃいました。

源氏の君が「こちらの姫君はおいたわしいお身の上と伺っておりますが、私を
その亡くなられた母君の代わりと思っては頂けないでしょうか。私も幼い時に、
身近に育んでくれるはずの人に先立たれてしまいましたので、妙に頼りない
有様で年月を過ごしてまいりました。同じような境遇でいらっしゃるようですから、
お仲間にして頂きたいと、心から申し上げたいのですが、こうした機会は滅多に
ございませんので、どうお思いになるかを気に掛けることもできず、申し出たので
ございます」と申し上げなさると、「たいそう嬉しく思うべきお話ではございますが、
何か聞き間違えていらっしゃることでもおありなのではないかと憚られまして。
老いさらばえたこの私一人を頼りとしている者はおりますが、とてもまだ頑是ない
年頃で、大目に見て頂ける点もなさそうでございますので、お話を本気で伺う
ことも出来かねるのでございます。」と、尼君はおっしゃいました。

「すべてちゃんとお伺いしておりますのに、堅苦しくあれこれとお気遣いなど
なさらず、私がこうした思いを寄せておりますのは普通とは違う気持ちである
ことをご覧頂きとうございます」と、源氏の君はおっしゃいますが、尼君は、
姫君がまったく不似合いであることを源氏の君がご存じなくておっしゃっている、
とお思いになって、気を許したお返事もなさいません。僧都が戻って来られた
ので、「まあ、こうしてお願いの糸口がつきましたので、とても心強うございます」
と言って、源氏の君は屏風をお閉めになりました。


恋の空回り

2018年2月21日(水) 湘南台「源氏物語を読む会」(第198回)

エレベーターが使えなくなってから初めて外出をしましたが、階段は
一段毎に足を揃えてゆっくりゆっくりと上り下りしたので、、今のところ、
膝には特に痛みは生じていません。下りる時は休まずそのまま降りて
しまいましたが、上る時はちょうど中間にあたる四階で、置かれている
椅子に数分座って膝を休めました。明日もこんな感じで往復すれば
大丈夫かな?と思っています。

湘南台クラスは、第46帖「椎本」の後半を読みました。

八の宮が亡くなられて心細さが募るばかりの姫君たちですが、それでも
季節は秋から冬へと移り、年の暮れとなりました。薫は、新年になると
多忙な公務が待っているので、年内に宇治へお出でになりました。

雪が降り積もり、風が吹きしく山里をわざわざお訪ねくださる薫に、大君も
感謝しつつ対面なさいます。大君のお話なさる態度の奥ゆかしさに、薫は、
こんなふうにお話するだけではそのうち満足できなくなるだろう、という
お気持ちになって、我ながら、出家ばかりを考えていたのに、あっけない
変貌ぶりだ、とお思いでした。

でも、その気持ちを薫は率直に伝えることができません。匂宮の気持ちに
すり替えて、よろしければ自分が匂宮と中の君の仲を取り持ちます、と
何とも遠回しな話にしてしまいます。今でも居そうですよね、目の前の
彼女に告白したいのに、「僕の友達が、君の妹に熱心でさ」などと言って、
事の核心からわざと外れてしまう恋に不器用な若者が。

それでも、「つららとぢ駒ふみしだく山川をしるべしがてらまづやわたらむ」
(張り詰めた氷を馬が踏みしだく山の中の川を、匂宮のご案内をしながら、
先ずは私が渡りましょう)と、自分が大君と結ばれたい気持ちを歌に詠み
ますが、大君は「思はずに、ものしうなりて」(心外で、不快になって)、逆に
心を閉ざし返事もしてくれません。

日暮れも近づき、供人に急かされて帰ろうとなさった時、薫は事もあろうに、
「私の京の邸もここと変わらぬ静かなところですので、お気が向かれたら
お移りになりませんか」と、姫君たちの顰蹙を買うような提案までなさった
のでした。

どうしても大君に対する自分の恋心を上手く表現できず、空回りしてしまう
薫です。優しくて誠実な人柄だけにあれこれ考え過ぎて、結局は損な役回り
を引き受けることになってしまう人、いつの時代にもいるのだなぁ、と、思い
ながら読むところです。


エレベーターが使えない!!

2018年2月18日(日)

2月の初めから始まったマンションのエレベーターの交換作業。

A階段、B階段と順番に来て、三週目の明日からはここC階段の
エレベーターが一週間使えなくなります。

昨日、今日の二日間で、両手に持ちきれないほど食料の買い溜めを
して来ました。普段はやらないことですが、そのために一週間分の
献立表も作成しました。

暗くなる前に、仕事の時に持って行くカートやパソコンなどを駐車場まで
運び、車の中へ入れました。テキストは、やはり前日に目を通したいので、
これはバッグに入れて当日持ち運ぶつもりです。

膝さえ痛めていなければ、これまでだって、買い物から帰って来たら
エレベーター前に「定期点検中」の札が掛かっていて、「あららぁ~」と
思いながらも七階まで階段で上って来ていましたので、一日に一往復
位のことに、ここまで神経を尖らせることもないのですが、今は、膝に
とって一番良くないと言われている階段の上り下りですから、出来るだけ
膝の負担を少なくして、と無い知恵を絞るしかありません。

幸いこのところ膝の調子も悪くありませんし、管理人さんが、四階以上の
住人のため、階段の踊り場に休憩用の椅子を置いて下さったので、
途中で一回膝を休めれば何とかなるのでは、と思っているところです。


清少納言と紫式部の違い

2018年2月16日(金) 溝の口「枕草子」(第17回)

先月22日の大雪が、今月11日にもまだ残っているのを見て、
このような平地でも寒い日が続くと雪って融けないものなんだなぁ、
と感心し、これまでは本当に京都市中で1ヶ月以上も雪が融けない
なんてことがあるのか、と、「枕草子」の雪山の話には?だったの
ですが、妙に納得したのでした。

今日は80段から読み始め、丁度その雪山の82段の途中までを
読んだのですが、雪山に関しては次回にお伝えすることにして、
今回は同じ段の中に書かれている、斎院から中宮さまに新年の
初卯のご挨拶として卯槌が届けられた時の清少納言と、「紫式部
日記」に書かれている紫式部の斎院観を比較してご紹介したいと
思います。

正月二日の早朝、まだ中宮さまもおやすみになっているところに
斎院からのお手紙が届くと、清少納言は「ふと、めでたうおぼえて」
(途端に、素敵だわという気分になって)、中宮さまに早く見せたくて、
格子を一人で上げようと四苦八苦するほど興奮しています。

斎院は詠んだ歌に合わせて卯槌を卯杖の体裁(頭部を紙で包む)に
して、お手紙には何も書かず、その卯槌の頭を包んだ小さな紙に、
歌をお書きになっていました。

こうした斎院のセンスの良さは今に始まったことではなく、中宮さまで
さえ、お手紙の遣り取り一つにも神経を使い、書き損じも多くなる程だ、
と清少納言は斎院をとても高く評価しています。

一方の紫式部はどうでしょう。

斎院に仕える中将の君(弟・惟規の恋人)の手紙をこっそりと見せられて、
「手紙も歌も斎院が一番」と、自慢しているのに、激しく反駁しています。

「そりゃあ、あちらは風流な生活ぶりでしょうよ。でも、仕えている女房たち
だってこちら(彰子のサロン)のほうが上だと思うわ。斎院のお住まいは
人の出入りもなくて、花鳥風月を愛でていればいいような毎日だけど、
こちらは宮中ですからね、そんな浮世離れしたことはしていられないの
ですよ」と、敵意を露わにしています。

素晴らしいものは素晴らしい、そこには競争意識などを排除して認めて
しまう清少納言と、置かれた環境や立場を優先して考える紫式部。
このあたりにも、感覚的な清少納言と理性的な紫式部の違いが
顕著に表れていて、面白いですね。

因みに、この時の斎院は村上天皇の第十皇女・選子内親王です。
円融、花山、一条、三条、後一条、の天皇五代に渡って斎院を務め、
「大斎院」と称された方です。


垣間見した少女の素性

2018年2月12日(月) 溝の口「紫の会・月曜クラス」(第23回・№2)

春を思わせる陽気は昨日一日だけで、今日はまた北風の冷たい
冬の寒さに戻ってしまいました。

振替休日の月曜日でしたが、例会は変わりなく行いました。

小柴垣のもとでの垣間見で、源氏は一人の美少女に目が釘づけと
なりました。それは、その少女が片時とて忘れることのない藤壷の
面影を宿していたからでした。

聖のもとに戻った源氏を僧都が訪ねて来て、自分の僧坊へと源氏を
いざないます。僧都の僧坊に居る少女の素性が知りたい源氏は、
その誘いを受けて、そちらへと宿をお移しになりました。

そこで源氏は唐突にも、「こちらにいらっしゃる女の方はどなたで
いらっしゃいますか」とお尋ねになります。「お知りになってもがっかり
なさるのが落ちでしょう」と僧都は笑いながら、「故按察使大納言の
未亡人が拙僧の妹で、夫の死後尼になり、このところ体調を崩して
自分を頼ってこちらに籠っております」と話しました。源氏は、少女が
尼君の娘だと思っているので、「その大納言には姫君があったと
お聞きしていましたが」と、鎌をかけておっしゃると、僧都の返事は、
「はい一人おりました。父親の死後、兵部卿宮が通って来られるように
なったけれど、宮の北の方のことなどに悩んで亡くなってしまいました」
というものでした。

兵部卿宮と藤壺は同腹の兄妹です。兵部卿宮の娘=少女(若紫)は
藤壷の姪だ、と源氏は理解し、似ていても不思議はない、と、ますます
若紫に興味が湧いてきます。「その亡くなられた方には、残された
お子様はおられませんか」と確認すると、「女の子がいる」と僧都が
答えたので「さればよ」(ああ、やっぱり)と、源氏は納得なさったのでした。

こうなると、源氏は何としても若紫を手許に引き取って、理想の女性に
育て上げたい、思うのですが、僧都や尼君は、実態を知らない源氏が
勘違いをして求婚して来ているのだろう、としか考えてくれません。
これから先は、しばらくその攻防が繰り返されることになります。

本日講読しました箇所の前半部分の全文訳を、先に書きましたので、
この記事の補足としてお読みいただければ、と存じます。


第五帖「若紫」の全文訳(4)

2018年2月12日(月) 溝の口「紫の会・月曜クラス」(第23回・№1)

今回は、「若紫」の巻の193頁・2行目~201頁・8行目迄を読みました。
その前半部分(193頁・2行目~197頁・10行目)の全文訳です。
後半部分は2/22(木)のほうで書きます。
(頁・行数は、「新潮日本古典集成本」による)

源氏の君が横になっていらっしゃると、僧都のお弟子が、取り次ぎの者に
惟光を呼び出させました。狭い所なので、その会話を源氏の君もそのまま
お聞きになります。使いの僧は「ここにお立ち寄りになっておられることを、
今しがた人が申しましたので、何はさて置き、お伺いすべきところでは
ございますが、拙僧がこの寺に籠っていることはご存知でいらっしゃり
ながら、内密になさっておられますのを嘆かわしく存じまして、差し控え
させて頂きました。旅先でのお宿も、こちらの坊でご用意したしますものを。
まことに残念でございます。」と、僧都の言葉を申し伝えました。源氏の君は、
「去る十日過ぎ頃から、瘧病を患いまして、度重なる発作に堪えられなくなり
ましたので、人の教えに従って、急に山を尋ねてやってまいりましたが、
もしこのような名だたる行者が祈祷の効き目を現さなかった時には、世間体の
悪いことになりますのも、普通の場合より、気の毒なことになろうかと憚られ
まして、ごく内密にしていたのです。今すぐ、そちらへもお伺いいたしましょう」
とお返事をなさいました。

折り返しすぐに僧都が参上なさいました。法師ではありますが、こちらが気後れ
するほどの方で、人柄も重々しく世間から思われていらっしゃる人物なので、
身分に相応しくない軽々しいお忍びのお姿を、源氏の君はきまり悪くお思いに
なります。僧都はこうして山籠りをしている間のお話などを申し上げなさって、
「同じ柴の庵ですが、少しは涼しい遣水の流れもご覧にいれましょう」と、熱心に
申し上げなさるので、源氏の君は、あのまだ自分を見たことのない女性たちに、
大げさに自分の美しさを話して聞かせていたのを、気恥ずかしくお思いになり
ますが、あの可愛い少女のことも気掛かりなので、お出でになりました。

なるほど格別に数奇を凝らして、同じ草木でもことさら風情が感じられるように
植えてあります。月もない頃なので、遣水の辺りに篝火を灯し、燈篭などにも
火入れがしてありました。南面のお部屋がとてもきれいに整えてあります。
室内の薫香が奥ゆかしく香りを出し、名香の香りなども満ちているところに、
源氏の君のお召し物に薫きしめた香りを運んでくる風が格別なので、奥の部屋
にいる女性たちも気を遣っている様子でございました。

僧都は、この世の無常を説くお話や、来世のことなどをお話して差し上げなさい
ます。源氏の君はご自身の罪深さが恐ろしく、どうしようもない思慕の情に心を
奪われて、命ある限り、このことに思い悩まなければならないのだろう、ましてや
来世の苦しみはいかばかりか、と思い続けられて、このような俗世を捨てた山住み
もしてみたいとお思いになるものの、昼間見た少女の面影が気になって恋しいので、
「こちらにおいでになるのはどなたなのでしょうか。お尋ね申し上げたい夢をみたの
ですよ。今日になって思い当たりました」と、申し上げなさると、僧都は微笑んで、
「唐突な夢のお話でございますな。お尋ねになったところで、ご期待には添えない
ことでございましょう。亡き按察使の大納言は、もう亡くなって随分経ちますので、
ご存知ではございますまい。その北の方というのが、拙僧の妹でございます。
その按察使の大納言が亡くなって後、尼になっているのですが、このところ体調を
崩しまして、私がこうして山に籠って京にも出ないものですから、頼り所にして
籠っているのでございます」と、申し上げなさいました。

「その大納言殿にはご息女がおいでになるとお聞きしておりましたが、そのお方は?
色めいた気持ちからではなく、真面目に申し上げているのです」と、源氏の君が
当て推量でおっしゃると、「娘が一人だけございました。亡くなってもう十年余りに
なりましょうか。亡き大納言が入内も考えて、たいそう大事に育てておりましたが、
その希望通りにことも運ばぬうちに亡くなってしまいましたので、ただこの尼君が
女手一つで世話をしておりましたところ、誰が手引きをしたものやら、兵部卿の宮
がこっそりと通って来られるようになったのですが、もとからの北の方がご身分の
高いお方であったりして、気苦労が多く、始終物思いに捉われた挙句に、亡くなって
しまいました。心労から病になるものだと目の当たりにいたしました」などと申し上げ
なさったのでした。

「それならその人の子だったのだ」と、源氏の君は納得なさいました。「兵部卿の
宮のお血筋だから、あの人にも似ているのであろうか」と思うといっそう心惹かれ、
「引き取って一緒に暮らしたい。人柄も上品で可愛らしく、却って、と思わせる
小ざかしさもなく、親しく共に暮らし、思うように教育して、その姿を見たいものだ」
と、お思いになっておられたのです。

「それはお気の毒なことですね。そのお方には、あとに残された忘れ形見もない
のですか」と、あの少女の素性を、やはりはっきりと知りたくて、お尋ねになりますと、
「亡くなりました頃に生まれました。それも女の子でして。それにつけても心配の種だ
と、妹は余命いくばくもない今、思い嘆いているようでございます」と、僧都は申し上げ
なさいます。源氏の君は「やっぱりそうだった」とお思いになりました。

「妙なことを申し上げるようですが、その幼い方の後見を私にさせて頂けないか、
尼君にお話くださいませんか。思うところがありまして、私には通って行く妻も
ございますものの、どうもしっくりしないからでしょうか、独り暮らしばかりいたして
おります。まだ不似合いな年頃だと、世間並みの男と同じようにお考えになっては、
私はきまり悪い思いをすることになりましょう」などとおっしゃるので、僧都は「大変
嬉しいはずのお言葉ではございますが、まだ全く頑是ない年頃でございますので、
ご冗談にもお世話頂くのは難しうございましょう。そもそも女人は、周囲の人の世話を
受けて一人前におなりになるものですから、私がとやかく取り上げて申し上げられる
ことではございません。あの子の祖母に相談してお返事申し上げましょう」と、
素っ気なく言って、取りつく島もないご様子なので、年若なお心には恥ずかしくて、
源氏の君は、それ以上上手くお話出来ずにいらっしゃいました。

「阿弥陀仏のいらっしゃるお堂でお勤めをする時刻でございます。初夜のお勤めを
まだいたしておりません。済ませてから参上いたしましょう」と言って、僧都はお堂に
お上りになりました。


浮舟の存在が告げられる

2018年2月11日(日) 淵野辺「五十四帖の会」(第146回)

久しぶりに真冬の寒さから解放された上、雨の予報も外れて気持ちの
良いお出かけ日和となりました。

一昨日講読した「横笛」では、無心に筍をかじり散らしている可愛い盛り
の薫でしたが、今日読んだ「宿木」では時が流れ、恋に悩み苦しんでいる
25歳の青年です。

亡き大君を忘れ得ぬ薫は、その面影を求めて中の君への思いを募らせて
行きますが、中の君は匂宮という夫がある身ですし、薫は後見人としては
有難い存在であっても、懸想されることは煩わしく、何とか薫の気持ちを
逸らせたい、と切り出したのが浮舟の存在でした。

先頃、二条院に訪ねて来た者が「あやしきまで、昔人の御けはひにかよひ
たりしかば、あはれにおぼえなりにしか」(不思議なほど、亡き姉君のご様子
によく似ていたので、しみじみとした思いがいたしました)と、中の君が語る
のを聞き、薫はまるで夢の話のようだと思います。父・八の宮の、他人には
知られたくない事情があることなので、と、言葉を濁す中の君の態度から、
薫は八の宮の隠し子がいることを察したのでした。

その時はまださほど気持ちが傾くこともなく、なおも中の君を思い続けて
いる薫でしたが、晩秋に宇治に出掛けて、弁の尼(柏木の乳母子)から、
浮舟の素性を聞き出します。

それによると、八の宮が北の方を亡くして間もない頃、中将の君という
女房に情けをおかけになったところ、やがて身籠って女の子(浮舟)を
産んだのですが、八の宮はそれをとても嫌がって、この母娘を無視する
態度をお取りになったため、中将の君も八の宮邸に居辛くなり、お暇を
とって、その後受領の妻となった、ということでした。

浮舟が実際に姿を現すのはこの巻の最後になりますが、それに先立ち、
このように中の君の口からその存在が、そして弁の尼から詳しい素性が、
薫に対して、と同時に読者に対しても告げられました。

この先、八の宮の第三の姫君はどのような形で登場し、薫とどのように
関わって行くのだろう、と初めてここを読んだ人たちは、次なる物語の
展開を予想し、様々な思いを巡らしたことでしょう。


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