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ライバルの出現

2018年7月26日(木) 溝の口「紫の会・木曜クラス」(第28回・№2)

ようやく猛暑日から解放され、久々にエアコンをつけなくても暑さを
感じない夜を迎えています。でも、今度は台風が接近しているようで、
全く気の休まらない今年の日本の夏ですね。

第2月曜日のクラスと同じく、このクラスも今回から第6帖「末摘花」に
入りました。

源氏は故常陸宮邸を訪れ、乳母子である大輔の命婦にせがみ、
姫君(末摘花)の琴の琴の演奏を聴かせて貰いましたが、命婦は
なかなかのしっかり者で、ボロが出ないうちに姫君の演奏を上手く
止めさせてしまいました。

命婦の局を出た源氏が、もう少し姫君のことが何かわかるかも
しれない、と姫君の居る寝殿に近づくと、そこで後を付けて来て
いた頭中将に見つかってしまいました。

「いくら何でもこんなことをする人はいないよ」と憎らしがる源氏に、
頭中将は「いや、こうしたお忍び歩きにはお供の人選がこそが大事
なんですよ。これからは私を置いて行かないほうがいいんじゃない
かな」と反論して後に引きません。

源氏は口惜しくもありますが、頭中将が知らない夕顔の遺児(のちの
玉鬘・父親は頭中将)の行方を自分が知っていることに密かに優越感
を抱いているのでした。

源氏と頭中将、従兄弟(源氏の父・桐壺帝と頭中将の母・大宮は兄妹)で、
義兄弟(源氏の妻・葵の上と頭中将は兄妹)で、親友で、かつライバル
でもある二人は、必要もないところで競争心をむき出しにして読者の
笑いを誘うこともしばしばです。末摘花の場合も然り、次の「紅葉賀」
では、源典侍という老女を巡っての茶番劇まで繰り広げられます。

この頭中将には統一呼称がなく、官位が変るごとに呼び方がややこしく
変化しながらも、第二部が終了するまでずっと源氏の傍らで名脇役ぶり
を発揮し、時には可笑しく、また時にはホロリともさせてくれます。
読者の目は源氏に注がれがちですが、この頭中将も「源氏物語」を
支えている男君の一人だと思います。

源氏と頭中将が出くわした場面、詳しくは先に書きました「末摘花」の
全文訳(2)でご覧ください。


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第六帖「末摘花」の全文訳(2)

2018年7月26日(木) 溝の口「紫の会・木曜クラス」(第28回・№1)

今月から読み始めた「末摘花」の巻ですが、今回は245頁・1行目~
252頁・5行目迄を読みました。その後半部分(249頁・4行目~252頁・
5行目)の全文訳です。
前半部分は7/9(月)の「末摘花」の全文訳(1)をご覧ください。
(頁・行数は、「新潮日本古典集成本」による)

命婦は気の利く女で、あらが見えない程度にしておこうと思ったので、
「空も曇りがちのようですわね。私の部屋に客が来る予定でございます。
戻っていないと嫌われていると思われてもいけませんので。またそのうち
ゆっくりと。御格子を下しましょう」と言って、さほど姫君に琴を弾くように
勧めもせずに戻って来たので、「なまじ聴かないほうがましな程度で
終わってしまったね。これでは上手かどうかも分からなくて残念だ」と
おっしゃるご様子からすると、姫君に興味をお持ちになったようでした。

「どうせなら、姫君のお側近くで立ち聞きさせてくれよ」とおっしゃいますが、
命婦は源氏の君が心惹かれる程度のところで止めておくのがいい、と
思うので、「さぁ、それは如何なものでございましょう。このようなとても
侘びしいお暮らしぶりに消え入りそうなご様子で、辛そうにしておいで
ですので、どうしたものかとお見受けいたしますが」と言うと、確かに
それもそうだ、すぐに自分も相手も打ち解けて親しくなってしまうような
人は、結局その程度の身分の者、ということになる。こちらの姫君は
おいたわしく思われるほどのご身分の方なので、「やはり私の気持ちを
それとなく伝えておくれ」と、命婦にお頼みになりました。

源氏の君は他にも約束しておられる所がおありなのでしょう、たいそう
こっそりとお帰りになります。命婦が「帝があなたさまのことをまじめ一方で
いらっしゃる、とご案じになっておられますのが、おかしく思われる時が
しばしばございます。でも今夜のようなお忍び姿を帝はどうしてご覧に
なられることがございましょうか」と申し上げると、源氏の君は引き返して
来て、笑いながら「お前にだけはそんな事言われたくないね。この程度の
ことを浮気っぽい振舞い、と言うなら、女のお前はどうなるんだい」
とおっしゃるので、「私のことをすごく浮気っぽい女だと思って、時折
こんな皮肉をおっしゃるんだわ」と、命婦は恥ずかしくなって何も
言わないのでした。

寝殿のほうに行けば、姫君の様子も伺えようかと源氏の君はお思いに
なって、そっと立ち退きなさいました。透垣のほんのちょっと折れ残って
いる物陰に立ち寄りなさると、元から立っている男がいたのでした。
誰だろう、姫君に懸想している好色者がいたのだ、とお思いになって、
源氏の君が物陰に寄り添って立ち隠れなさっていると、それは頭中将
だったのです。

この夕方、宮中から一緒に退出なさいましたが、源氏の君がそのまま
左大臣邸にも寄らず、二条院でもなくて、引き別れなさったので、どこに
行かれるのだろう、と見過ごせなくて、頭中将はご自分も約束した女の所
があったのですが、源氏の君の後を付けて、様子を窺っていたのでした。
粗末な馬に狩衣姿の身軽な格好で来たので、源氏の君はお気づきでは
ありませんでしたが、さすがにこんな意外な所にお入りになったので、
訳もわからないでいるうちに、琴の音に耳を取られて立っていれば、
源氏の君が帰ろうとして出て来られるかと、心待ちにしていたのでした。

源氏の君はその男が誰かともお分かりにならず、自分だと知られまいと、
抜き足に歩み退きなさると、頭中将がさっと寄って来て、「私を置き去りに
なさったのが辛くて、お見送りしたのですよ
もろともに大内山は出でつれど入るかた見せぬいさよひの月」(ご一緒に
宮中を退出しましたのに、行く先をくらましておしまいになるのですね)

と恨んで言うのも癪ではありますが、相手が頭中将だとお分かりになると、
少しおかしくなりました。源氏の君は、「突拍子もないことをするんだね」と、
憎らしがりながら、

「里わかぬかげをば見れどゆく月のいるさの山を誰かたづぬる」(あちら
こちら訪ねる女性の所があることは分かっていても、後を付ける人が
どこに居るものですか)と、お返しになりました。
 
 頭中将は「私がこんな風に後を付け回したら、どうなさいますか」と
申し上げ、「真面目な話、このようなお忍び歩きには、随身によって
事が上手く運ぶこともあるはずです。私を放って行かれないのが賢明で
ございましょう。身をやつしてのお出ましは、ご身分にふさわしくない拙
生じましょうから」と、逆にお諫め申されるのでした。源氏の君は、このように
始終見つけられるのを口惜しいとお思いになりますが、頭中将があの
撫子を尋ね出せずにいることを、たいへんな手柄のように心密かに
思い出しておられました。


「ボリショイバレエ 2人のスワン」

2018年7月24日(火)

昨日ほどではないけれど、まだ猛暑日は続いています。明日以降、
ようやく暑さも峠を越えそうですね。

少し前に表題の映画の紹介記事を読み、いつも一緒に行く友だちに
声を掛けようと思っているうちに、豪雨や猛暑などで、すっかり忘れて
しまっていたところ、先週、彼女のほうからお誘いの声が掛かり、都合
よく共に今日ならOK、ということで、酷暑の中、渋谷での映画鑑賞と
なりました。

バレエ映画は東急文化村の「ル・シネマ」でしか見ることがなく、この
ブログにも何度か書きましたが、東急本店のイタリアン「タント・タント」
でのランチとセットで楽しむのがお決まりのコース。ところが「文化村」が
改修中とのことで、今回は初めての映画館「ヒューマントラストシネマ渋谷」
へ足を運びました。

尋ね尋ねてやっと映画館に到着。映画の上映は一日一回、しかもその
座席数はたった60席というミニシアター。ランチの前にチケットを買い
ましたが、もう二人並んでの良い席は無く、バラバラで席を取りました。

近年はすっかり土地勘が無くなってしまった渋谷で、しかもこの猛暑。
外を歩く気にはなれず、同じビルの12Fにある「THE LAGIAN TOKYO」
でランチをすることにしましたが、ランチメニューは「アフタヌーンティー」
のみ。最初のサンドイッチ2個以外は14種類のスウィーツ。しかし、どれも
美味しくて完食。自由におかわりが出来る9種類のフレーバーティーが
またどれもいい香りで、結局6種類も飲みました。

さて、些か甘味腹ながらお腹も満たされて、今日の目的の映画です。

タイトル通り、この映画はボリショイバレエアカデミーで、主役の座を
目指す正反対の二人(一人は恵まれた家庭の美しい少女、もう一人は
貧しけれど類まれな身体能力を持つ少女)の成長物語で、この設定だと、
昭和の少女漫画によくあった、お金持ちの少女のほうが意地悪で、貧しい
少女の才能を妬み、あれこれと嫌がらせをしかけて来る、という常套
パターンを連想するのですが、そうではありませんでした。お金持ちの
少女はそんな嫌な性格ではなく、後味の良い映画です。

特にラストシーンは、あのアダム・クーパーの痺れるような「リトルダンサー」
の演出を真似したのかな?と思わせる終わり方でした。

いよいよ来週は三年に一度の「世界バレエフェスティバル」。この映画の
おかげで、ワクワク感が今いっそうUPしています。


こじれる時というものは・・・(3)

2018年7月23日(月) 溝の口「湖月会」(第121回)

ついに東京でも青梅市で40度超えの暑さを記録。東京都心も39度を
超えました。熊谷市では国内最高気温となる41.1度を観測したとの
ことで、気象庁は、今年の記録的な暑さを「一つの災害と認識している」
と発表。地震に豪雨に猛暑、災害続きの日本列島です。

でもそんな中、体調不良による欠席者もなく、第2金曜日のクラス同様、
この「湖月会」も今回より11年目に入りました。

まめ人夕霧の、落葉の宮への恋慕を描いた第39帖「夕霧」ですが、
何事もないまま一夜を過ごし、明け方に帰って行く夕霧の姿を僧たちに
目撃されたことから、誤解が誤解を生み、すれ違い、思い違いが重なって
ついに落葉の宮の母・御息所を死に追いやってしまう最悪の結果を
招くことになったのです。

前回、二日目となる夜に手紙だけを寄越して自身は姿を見せない夕霧の
本心を知りたい御息所が、もう字もしっかりと書けない体調ながら、手紙を
夕霧の許へと遣わされたところまでを読みました。

宵を過ぎた頃、その手紙を受け取った夕霧でしたが、文字が乱れていて
判読もしづらく、灯りを近くに寄せて読もうとした途端、目ざとく見つけた
雲居の雁に背後から手紙を奪われてしまいました。国宝「源氏物語絵巻」
夕霧の段に描かれている場面です。

     国宝「源氏物語絵巻」夕霧

雲居の雁に手紙を隠されてしまい、夕霧がそれを見つけるまでに丸一日
を要しました。すぐに駆けつければ、御息所も一命をとりとめられたかも
しれなかったのですが、その日が「坎日(かんにち)」(陰陽道ですべてが
凶とされる日)だったため、真面目人間の夕霧は禁を犯すことが出来ず、
結局、一昨夜の釈明をしたためた手紙を腹心の家来に早馬で届けさせ
なさったのでした。

昨夜も訪れなし、それに対する最後の賭けとも言える御息所の恨みの
お手紙だったのに、全く音沙汰ないまま一日経って今日も日が暮れて
しまいました。御息所は娘・落葉の宮の「宿世」(持って生まれた運命)
を嘆かれたあと、仮死状態に陥ってしまわれました。律師たちが慌てて
蘇生のための祈祷をしているところへ、夕霧からの手紙を受け取った
との報が御息所の耳にも届きます。「ああ、今頃手紙が届くようでは、
今夜もお出でにはならないのだろう」と、ショックを受けた御息所は、
そのまま息絶えてしまわれました。

一旦狂いだした歯車によって、物事が悪いほうへ悪いほうへと運ばれて
行く過程が、ものの見事に描かれています。実際、事がこじれる時という
ものは、こんなふうなのかもしれない、と思わされます。

作者が、小野の山荘と三条殿(夕霧と雲居の雁の邸)の場面を交互に
描いて緊張感を高めながら話をクライマックスに持って行く手法なども、
心憎いばかりです。


中宮定子の変化

2018年7月20日(金) 溝の口「枕草子」(第22回)

これだけ暑さが続くと、「ねえ猛暑さん、ちょっと休んでくれても
いいんじゃない?」と言いたくなりますが、この猛暑さん、聞く耳
を持たないようで、まだ2週間は続くとの予報です。「被災地に
比べれば何のこれしき!」と思って乗り切るしかありませんね。

今日の「枕草子」は、第95段から第99段の初めのところまでを
読みました。この辺り、ずっと日記的章段が続きます。

第96段はおそらく正暦5年(994年)後半~長徳元年(995年)の
春のことと思われる記事です。

中宮さまの弟君や妹君、殿上人など大勢の方々がお集まりの時、
清少納言が他の女房と雑談をしているところに中宮さまから文が
投げて寄越されました。それには「思ふべしや、いなや。『人、第一
ならず』は、いかに」(お前のことを思ってあげようかしら、それとも
やめておこうかしら。「人に一番に思われてない」というのはイヤ?)
と書かれていました。

清少納言は普段から、「私は人から一番に思って貰えないなら
死んだほうがましだわ。二番、三番なんてのは絶対イヤ!」と
言っていたので、中宮さまが清少納言を試してみようと、お考えに
なってのことでした。

「いえいえ、中宮さまのお側に居られるなら、何番目だって構いません」
と清少納言が答えると、中宮さまは「何卑屈になってるの、全然ダメ。
自分がこうだと決めたことはそのまま押し通さなきゃ」とおっしゃいます。
「でも、それは相手によりけりで」と清少納言がいっそう縮こまっていると、
「それがダメって言ってるの。自分が一番思われたい、という相手に
一番に思われるよう心掛けるのが大事でしょ」と、中宮さまは暗に、
「お前を一番大事に思っている私の期待に応えなさい」と示されたので、
作者は「いとをかし」(なんて素敵なこと!)と思ったのでした。

清少納言は正暦4年(993年)冬に出仕しており、長徳元年(995年)の
初夏(4月10日)に道隆が亡くなっていますので、作者が宮仕えに慣れ、
中宮定子も父・関白道隆の権力をバックに、我が物顔に振舞えた頃、と
いうことで、先に記した時期設定が可能となるのです。

一つ戻って第95段は、長徳四年(998年)8月の記事で、父の没後、
兄弟たちは花山院奉射事件を起こして左遷され、定子も自らの手で
落飾した時期を経て、兄弟たちは京へ召還、定子自身も一条天皇に
よって事実上還俗させられ再入内をしていた時にあたります。

中の関白家没落後、一番安定していた時期とは言え、清少納言との
会話にも大きな変化が窺えます。「中宮さまのお気持ちを秋の月の
心として見ているのでございます」「なるほど、この場には相応しい
セリフね」と言った具合で、4年前の怖いもの知らずの自信たっぷり
だった中宮さまの面影はここにはありません。

この二段、中宮さまの心の内を思い遣りながら比較して読むと、
ふと一抹の寂しさがこみ上げてまいります。


三日夜の餅

2018年7月18日(水) 湘南台「源氏物語を読む会」(第203回)

とどまるところを知らない連日の猛暑、今日は岐阜県ではついに
40度を突破したとのこと。いつになったら解放されるのでしょうか。
先月のこのクラスの例会の頃は梅雨寒で、長袖を着ていたことを
思うと、ひと月のうちに気候は大きく変化するものなのですね。
来月に期待したいと思います。

第47帖「総角」の中盤。薫の企てによって、匂宮と中の君は結ばれ
ました。中の君の結婚相手には薫を、と願っていた大君にとっては、
想定外の出来事でしたが、こうなったからには宮家の誇りを持って
中の君の後見をしよう、と決心しました。

三日目の夜はお餅の用意が必要だ、と女房たちに教えられ、未婚の
自分が采配を振るうことに引け目を感じながらも、大君は妹のために
尽すのでした。

この「三日夜(みかよ)の餅」は、通常は婿となる男君が続けて通って
来た三日目の夜、正式に結婚が成立したことを示すため、披露宴に
あたる「露顕(ところあらわし)」と共に、当時の儀式として、新婚の
夫婦に振舞われたものです。

これは、婿となった男に自家の火で調理した餅を食べさせることで
同族化する目的があったと言われています。餅の種類や数などには
諸説ありますが、銀盤に小さな餅三つを載せて供し、婿はそれを歯で
噛み切ることなく食べるのが作法とされていたようです。噛み切るのを
禁じたのは、二人の縁が切れるのを忌み嫌ったからでありましょうが、
お餅はよほど小さなものだったのでしょうね、お婿さんがその場で
喉に詰まらせたりしては大変でしたから。


身に余る光栄

2018年7月13日(金) 溝の口「源氏物語を読む会」(第121回)

西日本を襲った豪雨から一週間、死者の数はとうとう200人にまで
達してしまいました。水が引いた後は猛暑続きで、被災地の方々の
ご苦労を思うと、関東の猛暑など何のその、と思えます。

先月、溝の口の二クラスは丸十年が経ったと、このブログでもお伝え
しましたが、今日、教室にまいりましたら代表者の方から「始まる前に
少しお時間を頂けますか」と言われ、何のお話かな?と思いながらも
「わかりました」と、お答えしました。

そうしましたら、全く予期せぬ感激のサプライズが待っていました。
何とこの十年に対する「感謝状」と「御礼の辞」を頂戴したのです。

どこのクラスもそうですが、このように長く「源氏物語」の講読会を続けて
来られたのは他ならぬ皆さまのお蔭であり、大好きな「源氏物語」を自分
勝手な解釈をしながらお話出来る場があることに感謝しなければならない
のは私のほうなのです。

それでも、このような過分なお言葉を戴いた上は、54帖目の「夢の浮橋」の
最後の行まで全員で読み終えられるよう、私もお手伝いが出来れば、と
思います。

第4月曜日の「湖月会」のほうでは、先月の120回を迎えた時に、代表者の
方がご自身のブログに取り上げてくださいましたし、まさに「身に余る光栄」
に包まれて、溝の口クラスの11年目が始まりました。

     DSCF3586.jpg
   立派な和紙にしたためられて、立文仕立ての形で頂きました

講読では、国宝「源氏物語絵巻」夕霧の段に描かれている有名な場面を
読みましたが、このことは、23日に書かせていただきます。


今月の光琳かるた

2018年7月12日(木)

七月は旧暦では秋となりますが、新暦では盛夏。何か涼し気な歌は
ないかしら?と光琳かるたを見ていましたら、下の句の札に滝の絵が
書かれているのがありました。まだブログでも紹介していなかったので、
今月の歌はこれにしました。

「滝の音は絶えて久しくなりぬれど名こそ流れてなほ聞こえけれ」
                          五十五番 大納言公任
    DSCF3577.jpg
 (もう滝の水音は絶えて久しく経ってしまったが、滝の評判は
  流れ伝わり、今もやはり聞こえていることよ)

ここに詠まれている大覚寺の滝殿は、今もこの歌にちなみ、
「名古曽(なこそ)の滝」と呼ばれて、その遺跡は残っています。

作者の藤原公任は、康保3年(966年)摂関家嫡流の小野宮家
の嫡男として生まれました。母は醍醐天皇の孫娘・厳子女王で、
同じ年に兼家の五男として生まれた道長よりも、はるかに尊貴な
血筋です。

彼が12歳の時に、父・頼忠は円融天皇の関白となり、15歳での
元服の儀式は清涼殿で挙げる栄誉に浴しました。しかし、頼忠の
娘・遵子は円融天皇の中宮となったものの、皇子を産むことなく、
一方の兼家の娘・詮子は懐仁親王(のちの一条天皇)を産んだ
ことで、両家の明暗が分かれました。

兼家が一条天皇の摂政に就任以後、小野宮流に摂関職が戻って
来ることはなく、政治的には公任は道長の後塵を拝する立場となって、
最後まで大臣の座に就くことも叶いませんでした。

長徳元年(995年)の関白道隆の死に端を発する九条流内部の政権
争いでは、公任はもはや一傍観者に過ぎず、こうしたことで彼はある種
の悟りの境地に至ったのかもしれません。自身の文芸の才を最大限に
活かして道長に追従し、自らの道を切り開いて行ったのです。

この歌も道長の嵯峨遊覧に同行した際に詠まれたものですし、「大鏡」
でよく知られている「三舟の才」の話も、道長が嵯峨嵐山に逍遥した時
のエピソードで、これらはそうした公任の処世のあり方を示しているとも
言えましょう。

公任が撰した「三十六人撰」(選ばれた歌人を「三十六歌仙」と称す)は、
定家の「百人一首」の撰にも大きな影響を与え、初期の歌人の選出は、
明らかにこれを参考にしていると思われます。


忘れられぬ人

2018年7月9日(月) 溝の口「紫の会・月曜クラス」(第28回・№2)

一昨日、西日本の豪雨による被害が拡大しないことを祈るばかり、
と書きましたが、その願いは届かず、ニュースで報じられる度に
どんどん悲惨になっていて、心が痛みます。

溝の口の「紫の会」は、今回から第6帖「末摘花」に入りました。
この巻は、直接的には第4帖「夕顔」に繋がる巻です。

第2帖「帚木」・第3帖「空蝉」・第4帖「夕顔」は、「帚木三帖」と称され、
いわゆる「中の品」の女性、空蝉と夕顔をヒロインとする物語でした。

その後、第5帖目に本流(紫の上系)の話「若紫」が挟まれましたが、
この「末摘花」で、再び支流(玉鬘系〈帚木系〉)の話へと戻る形に
なります(第7帖「紅葉賀」から第14帖「澪標」までは、紫の上系の
話が続きます)。

「夕顔」の巻で、源氏17歳の秋、廃院に伴った夕顔は物の怪に
とりつかれ、あっけなく命を落としてしまいました。それから約半年、
18歳の春を迎えた源氏は、夕顔のことが忘れられずにいます。

「末摘花」の巻の冒頭文です。
「思へどもなほ飽かざりし夕顔の露におくれしここちを、年月経れど
おぼし忘れず」(いくら愛しても愛し足りないと思われたあの人が、
夕顔に置く露のようにはかなく亡くなってしまったその悲しみを、
年月が経ってもお忘れになることはなく)

半年足らずのことを「年月経れど」は、ちょっと大げさな感じもしますが、
年を越しているので、足掛け二年ということになり、この表現となった
のでしょう。

あんな恐怖の一夜の中で夕顔に死なれたことを思うと、「もうこりごり」
となる気がするのですが、源氏の場合は「こりずまに」(性懲りもなく)、
優し気で、親近感を抱かせてくれた夕顔のような女性を求め続けて
いたのです。

この背景にあるのは、葵の上や六条御息所のような源氏が今関わって
いる女性たちは、打ち解けることのない気の張る方ばかりで、源氏は
癒されることがなかったからだと考えられます。

あれっ?でも若紫を引き取ったんでしょ?と思われる方があるかも
しれませんが、「若紫」の巻は源氏18歳の晩春からその年の冬までの
お話で、「末摘花」の巻は源氏18歳の早春から翌年の正月までのお話
ですので、「末摘花」の冒頭では、まだ源氏は若紫の存在すら知らない
のです。

「若紫」の巻が、「末摘花」の巻に時期としてはすっぽりと重なることも、
認識して読むべきだと思います。

今日読みましたところの前半部分の全文訳を先に書きましたので、
ご参照頂ければと存じます。


第6帖「末摘花」の全文訳(1)

2018年7月9日(月) 溝の口「紫の会・月曜クラス」(第28回・№1)

今月から新たな巻、第6帖「末摘花」に入りました。
今回は245頁・1行目~252頁・5行目迄を読みましたので、その
前半部分(245頁・1行目~249頁・3行目)の全文訳を書きます。
後半部分は7/26(木)のほうで書きます。
(頁・行数は、「新潮日本古典集成本」による)


いくら愛しても愛し足りないと思われたあの人が、夕顔に置く露のように
はかなく亡くなってしまったその悲しみを、年月が経ってもお忘れになる
ことはなく、どちらの女君も、打ち解けてくださらない方ばかりで、気取って
たしなみ深さを競われるといった有様に、源氏の君は、優しく親しんでくれた
夕顔のいじらしさに似る者はいない、と、恋しく思っておられるのでした。

何とかしてこのようなご大層な評判のお方ではなく、とても可愛らしい人で、
気遣いの要らない人を見つけたいものだ、と性懲りもなく思い続けていらっ
しゃるため、ちょっとでも秀でた噂が聞こえてくる辺りのことは、隈なくお耳に
留められるので、「さあどうであろうか」と気持ちが惹かれる程度の様子が
感じられる女のところには、ほんの一行にもせよお手紙をお遣りになるよう
ですが、なびき申し上げずに知らん顔をしている女は、めったに居そうにも
ない、というのも、全く珍しくないことでしたよ。

かと言って、すげなく気の強い女は、どうしようもなく物の情けを解さない
真面目さなどが、あまりにも物事の度合いを知らないようでいて、そのくせ、
そのまま最後まで突っ撥ね切れずに、すっかり崩れ落ちて、つまらない男の
妻になったりもするので、源氏の君が途中でお止めになってしまわれたこと
も沢山ございました。
 
あの空蝉のことも、事あるごとに、くやしく思い出されております。軒端の荻
にも、しかるべき機会がある時には、気をお引きなさることもあるようです。
灯りに照らし出されたしどけない姿は、またあんなふうなところを見てみたい、
とお思いでした。総じて女のこととなると、すっかり忘れ去ることはお出来に
ならないのでした。

左衛門の乳母と言って、大弐の乳母の次に大事に思っている乳母の娘で、
大輔の命婦という宮中にお仕えしている女房は、皇族の血筋の兵部の大輔
なる者の娘でした。命婦はとても色めいたことが好きな若い女房で、源氏の君
も召し使っていらっしゃるのでした。母の左衛門の乳母は筑前の守と再婚して
夫の任国に下ったので、命婦は父の家を実家として出仕しておりました。

故常陸宮が晩年に設けられて、たいそう可愛がって大切にお育てになった
姫君が、父宮に先立たれ、心細く後に残っているのを、命婦が何かのついでに
源氏の君にお話申し上げたので、気の毒なことだなぁ、と源氏の君は関心を
お持ちになり、姫君のことをお尋ねになります。

「ご容貌などは詳しくは存じません。控え目で人付き合いをなさいませんので、
私は然るべき宵などに物越しでお話いたします。琴の琴を睦まじい話し相手
と思っておられます」と、大輔の命婦が申し上げると、「琴の琴は三つの友の
一つだが、今一つは女性にとっては感心しないものだろう」と言って、「私に
その姫君の琴の琴を聞かせておくれ。父宮がそういった方面にはたいそう
造詣が深くていらしたから、姫君も並々の腕前ではあるまいと思う」と
源氏の君はおっしゃるのでした。

命婦は、「それほど大げさにお聞きあそばすほどではございませんでしょう」
と言うものの、源氏の君が興味を抱くように上手く申し上げるので、「随分と
勿体ぶっているね。この頃の朧月夜にそっと亡き常陸宮邸に出掛けよう。
お前もそれに合わせて宮中から退出して参れ」と源氏の君がおっしゃると、
面倒なことだ、とは思いますが、宮中でも行事がなくのんびりとした所在ない
春の日に、命婦は退出して来ました。

父親の大輔の君は、よそに住んでいて、常陸の宮邸には時折顔を出して
おりました。命婦は父が住んでいる継母の所には寄りつかず、常陸の宮の
姫君の辺りに親しみを感じて、ここには来ているのでした。

源氏の君はおっしゃった通り、十六夜の月が趣深い頃にお出でになりました。
「まぁ、困りましたわ。琴の音が冴え渡りそうな夜の様子でもございませんのに」
と申し上げますが、「いいからあちらに行って、ただ一曲だけでも良いので
琴の琴をお弾きくださるようお勧めしておくれ。何も聴かずに帰るのはしゃく
だからね」とおっしゃるので、命婦は気楽な自室に源氏の君をお通しして、
不安にも、もったいなくも思いましたが、寝殿に参上したところ、まだ格子も
上げたままで、姫君は梅の花が咲き匂っているのを眺めておられました。

命婦は「好都合だわ」と思って、「御琴の音色がどんなにか聴き映えするか
と思われます今夜の風情に惹かれて参上いたしました。いつも気忙しく
出入りするばかりで、なかなかお聴かせいただけないのが残念で」と言うと、
「琴の琴の良さを分かってくれる人がいるのですね。でも宮中にお出入りして
いる耳の肥えた人が聴けるほどにはとても弾けはしないけど」と言って、
琴の琴を取り寄せるのも、命婦は心配で、源氏の君がどのようにお聴きに
なることか、とハラハラしておりました。

姫君がほのかに掻き鳴らされるのが趣深く聞こえます。どれほど上手と
いう訳でもありませんが、琴の琴という音色の筋が特別の楽器なので、
源氏の君は聴き難いともお思いになりません。

たいそうひどくどこもかしこも荒れてしまって、寂しい所に、親王と言う身分
のお方が、古風に窮屈な程、大切にお育てになったであろうその名残もない
現状に、姫君はどれほどの物思いを尽くしておられることだろう、このような
所にこそ、思わぬ美女が住んでいて恋に落ちるという話が、昔物語には
よくあるものだ、などと源氏の君は思い続けられるにつけ、気持ちを
打ち明けてみようか、ともお思いになりますが、あまりにもぶしつけだと
お思いになるだろう、気が引けてためらっておられました。


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