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「代官山ASOチェレステ日本橋店」と「深雪アートフラワー展」

2018年8月29日(水)

ちょうど2年前の8月29日に集まって以来のミニミニ同窓会となりました。

もう半世紀以上も昔に、九州・宮崎で一緒に過ごした幼馴染たちと、
我々に英語を教えてくださっていた先生とで、その幼馴染のうちの
一人がアートフラワーの展覧会に出展するのに合わせて集まるように
なってから、随分経ちました。

ランチをいただきながらお喋りに興じ、アートフラワー展で目の保養、と
いうのがお決まりのコースとなっています。

展覧会の会場が日本橋の三越なので、ランチもだいたいその界隈で、
ということになるのですが、今回は猛暑も考慮し、同じ三越の中にある
「代官山ASOチェレステ日本橋店」にしました。

      DSCF3603.jpg
     前菜の「タスマニア産オーシャントラウトと帆立のマリネ」。
     デザートのような甘いバナナソースが不思議にマッチする
     おしゃれな一品!

      DSCF3607.jpg
      「オマール海老のクリームソース トマトを練り込んだ
      自家製タリオリーニ」。
    +1,000円ではありましたが、折角なのでこちらをチョイス。
    それ自体が美味しいパンに、ちょっと塩味の効いたホイップ
    バター(このホイップバターを目当てに来店される方もある
    そうな)が供されていましたが、オマール海老の旨味の融け
    込んだクリームソースのお味は格別。1/3ほど残っていた
    パンでお皿を拭くようにしていただきました。

       DSCF3609.jpg
           デザートは「チェレステ特製モンブラン」。
     ピラミッドのような形をしたふわふわのメレンゲに包まれて
     いるのは確かに上質なモンブラン。さすが「特製」とうたって
     いるだけあります。

洗練された名店のランチを堪能して、エスカレーターで10階から7階へ
下りれば、そこはもう夢のようなアートフラワーの世界。残念ながら
作品のお花は一切撮影禁止でしたので・・・。

       DSCF3612.jpg
     いつ見ても、ため息が出るばかりの繊細な手作業の結晶。  
     ひと時~響きあう花・華~の世界に酔わせていただきました。
      

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作者が一番言いたかったこと

2018年8月27日(月) 溝の口「湖月会」(122回)

もう8月も余すところ僅かとなっての三日間連続猛暑日で、今日も
弱冷房車を避けて電車に乗りました。

帰宅後も冷房を効かせた中で過ごしていましたが、先程凄まじい
雷雨に見舞われ、おかげでエアコン要らずの涼しさとなりました。

溝の口の第2金曜日と第4月曜日のクラスは、共に第39帖「夕霧」の
後半に入っております。

第2金曜日(8/10)のほうで書きましたように、世間でも取り沙汰される
ようになった夕霧と落葉の宮の仲ですが、それぞれの父親である源氏と
朱雀院は、一歩引いた所で憂慮しているだけで、自ら問題の解決に乗り
出そうとはしません。

読者に歯がゆさを感じさせるこうした父親たちと比べて、俄然光を放って
いるのは紫の上の述懐です。

「女ばかり、身をもてなすさまも所狭う、あはれなるべきものはなし」
(女ほど、身の処し方も窮屈で、不憫なものはありません)という言葉に
始まりますが、最初に語られるこの言葉が、紫の上の心の内を端的に
表していると思います。

何かに情趣を感じたところで、それを少しも理解していないように、ただ
おとなしく振舞うのでは、一体どこに生きている甲斐があるというもので
あろうか。何の常識も身に付けていないつまらない女だと見られるように
なってしまったら、育ててくださった親にも申し訳ないことになろう。ことの
善悪をしっかりとわきまえ、きちんと自己主張のできる主体性を持つこと
こそが大事なのだ、と、考えているのです。

これは単に落葉の宮への同情だとか、紫の上が養育している女一宮の
教育のあり方、といった個々の問題を超越したところの、作者・紫式部の
女性観を示したものに他ならないと思われます。

万事が控え目で、お嬢様育ちの女房たちがお仕えしている中宮彰子の
サロンで、「出る杭は打たれる」ことを恐れ、自分を包み隠して宮仕えを
している紫式部の鬱屈した思いが凝縮されているかのようでもあります。

次の「御法」の巻で生涯を閉じる紫の上の晩年とも言える今、その口を
通して語られるだけに、我々に訴えかけて来るものも大きく、当時の女性
の生き難さを作者がどれほど痛感していたかを思い知らされます。

紫式部が千年後の女性たちを見たら、どんな感想を抱いたでしょうね。


国宝「源氏物語絵巻」東屋第一段

2018年8月26日(日) 淵野辺「五十四帖の会」(第152回)

8月のラストサンデーとなった今日、残暑と言うには暑過ぎる一日で、
この辺りも36度の猛暑日。いつもは弱冷房車に乗る私も、さすがに
避けたい気分でした。

源氏物語の講読会の中で先頭を行くこのクラス、来月で第50帖「東屋」
を読了予定です。

今回は国宝「源氏物語絵巻」東屋第一段に描かれている場面の箇所を
読みましたので、この絵巻をご紹介しておきたいと思います。

二条院の西の対(中の君の居室)の西廂で、偶然浮舟を見つけた匂宮に
言い寄られて困惑する浮舟でしたが、母・明石中宮が重篤との知らせに、
匂宮はようやく浮舟のもとを離れ参内なさいました。事なきを得た浮舟を、
中の君は自分のもとに呼び寄せて、物語絵を見せ慰めます。

右近という女房が物語を読み、浮舟は絵を見ているので、おそらく紙芝居
のような形の物語であろうと思われます。当時の物語絵の鑑賞方法を示す
一資料ともなっています。中の君は洗髪後の髪を乾かすため、髪を梳らせ
ながら、浮舟の容貌が亡き姉・大君によく似ているのを感慨深く眺めている
のでした。

     国宝「源氏物語絵巻」東屋第一段
   浮舟と右手に控える女房が、まるでスライドさせたかのように
   似ているのは、浮舟の身分が女房に近いものであることを 
   意図的に示そうとしたからだ、いう説もあります。
   また、浮舟は御簾の外の廂の間に座っており、中の君さえ、
   部屋の境目辺りに配されており、一番上席にあたる母屋の
   内部には匂宮のために敷かれた繧繝縁の畳が、開けられた
   襖から見えているのがわかります。国宝「源氏物語絵巻」には
   象徴的に暗示されるものが多く描かれていますが、これは、
   中の君、浮舟といった女性たちが、匂宮の支配下にあることを
   表していると考えられています。


勝手な思い込みですが・・・

2018年8月24日(金)

5月に復帰させていただいた「栄花物語」の講読会ですが、今日で
第9巻「いはかげ」を読み終えました。長歌の贈答を残して、この巻の
本文の最後となるのが一条天皇の辞世の歌です。

「露の身の仮の宿りに君を置きて家を出でぬることぞ悲しき」
(露のようなはかない身が仮に宿る現世にあなたを残して出家する
のは悲しいことであるよ)

この歌の前に、「一条院御髪下させ給はんとて、宮に聞こえさせ
給ひける」(一条院が出家なさろうとして、中宮〈彰子〉に申し上げ
なさった歌)と書かれています。一条天皇(既に譲位なさっているので
院となっている)が中宮彰子に向かって詠まれた歌、つまり、ここでは
「君」は彰子ということになります。

でも、この歌には異同が多く、彰子の父・道長の「御堂関白記」では

「露の身の草の宿りに君を置きて塵を出でぬることをこそ思へ」

となっています。意味上の相違はさほどないように思えますが、私が
どうしても気になるのは、中宮定子(亡くなる頃には皇后でしたが)の
辞世の歌三首のうちの次の一首です。

「煙とも雲ともならぬ身なりとも草葉の露をそれとながめよ」
(煙にも雲にもならない私の身ですが、草葉に置く露を私だと思って
ご覧ください)

「御堂関白記」によれば、一条天皇の辞世の歌が詠まれたのは寛弘
8年(1011年)6月21日のことで、翌22日に天皇は崩御なさっています。
意識も薄れて行くような中で定子のことが思い出され、(露の身となった
あなたを草の宿りに残して、私は一人俗世を出て行くことになると思って
いるのです)と、一条天皇がお詠みになったとは考えられないでしょうか。

御製歌ですから当然筆記する人も居たことと思いますし、「御堂関白記」
の歌のほうが実作に近いはずです。これも甚だ勝手な思い込みですが、
「栄花物語」の作者(赤染衛門か)は、そのまま書いてしまうと、一条天皇
が定子のことを思ってこの歌を詠まれたのではないか、と、私みたいな
勘ぐる輩が出て来そうなので、そうならないように、道長や彰子を慮って
意図的に改ざんした気がしてならないのです。

以上、独断と偏見の「栄花物語」感でございました。


源氏、末摘花に逢いに行く

2018年8月23日(木) 溝の口「紫の会・木曜クラス」(第29回・№2)

今日は二十四節気の「処暑」。もう暑さも収まってよいはずなのですが、
何と新潟では40度を超えたそうで、東京も猛暑日に近い暑い一日と
なりました。向こう一週間はまだ酷暑の日々が続くようです。

第6帖「末摘花」の2回目。18歳の春を迎えた源氏は、たまたま乳母子
である大輔の命婦から聞いた亡き常陸宮の姫君(末摘花)に興味を抱き、
頭中将と互いにライバル意識を燃やしながら、ラブレター合戦を繰り広げ
ましたが、どちらに対しても姫君からのお返事はありませんでした。

そうこうしているうちに、源氏は瘧病を患って北山で若紫を知り、その後
藤壷との密通、懐妊、と、末摘花のことなど考えている暇もないうちに
半年が経ちました。

秋になり、夕顔の死から一年、源氏はやはり夕顔ことが恋しく思い出され、
またこのままでは末摘花に負けた形で終わることになるのも口惜しく、
命婦を責め立てて、末摘花と逢う機会を作らせたのでした。

八月二十日過ぎ、期待に胸を膨らませ、源氏は荒れ果てた故常陸宮邸を
末摘花に逢うべく、訪れました。

日頃の様子からして、末摘花が源氏の期待に応えられる女性だとは思え
ないので、一度逢っただけで源氏の訪れがなかったら、姫君が傷つくことに
なろうかと、命婦は案じながらも、源氏からしつこくせっつかれるのも煩わしく、
源氏の希望を受け入れたのでした。

命婦に身づくろいをされても、これから男性と対面する(しかも相手は源氏
です!)緊張感も何もない末摘花。次回はいよいよ二人の初めての逢瀬の
場面となります。

まあ読者も、ここまで読んだだけでも、末摘花はちょっと普通の姫君とは
違うな、という印象を抱くとは思いますが、この先は想像もつかない展開
が待っています。

先に書きました全文訳で、ここに至るまでの命婦の心の動きなどがよく
お分かりいただけるかと思いますので、ご参照くださいませ。


第六帖「末摘花」の全文訳(4)

2018年8月23日(木) 溝の口「紫の会・木曜クラス」(第29回・№1)

今月の「紫の会」は「末摘花」に入って2回目。252頁・6行目~260頁・12行目
迄を読みました。その後半部分(256頁・14行目~260頁・12行目)の全文訳
です。前半部分は8/13(月)の「末摘花」の全文訳(3)をご覧ください。
(頁・行数は、「新潮日本古典集成本」による)

源氏の君は相変わらず世間の女の様子を、気のないようなふりをして色々と
聞き集め、これと言った人には心を留めなさる癖がおありなので、物足りなさを
感じていた夜のひと時、ちょっとした話のついでに、こんな方がおられます、と
だけお耳に入れたのに、こんなにも本気になっておっしゃり続けるので、命婦は
何となく気が重く、姫君のご様子も、女らしくもなく、風情などもないのに、なまじ
手引きなどして却って姫君にお気の毒なことになるかもしれない、などと思って
いましたが、源氏の君がここまで熱心におっしゃるのに、聞き入れないというのも、
ひねくれているようだ、と考えたのでしょう。

父・常陸宮のご在世中でさえ、時代遅れのお邸とのことで、訪れる人もなかった
のに、ましてや今は、訪問者は途絶えてしまっているので、このような世にも
珍しいお方からのお手紙が華やかな雰囲気を伝え来るのを、しがない女房たち
も相好を崩して、「やはりお返事なさいませ」とお勧め申し上げるけれど、姫君は
呆れるほど内気なご気性で、一向に見向きもなさらないのでした。

命婦は、「それならば、しかるべき機会に、源氏の君が物越しにお話申し上げ
なさる折をご用意しよう。お気に召さねば、それで終われば良いことだし、また
そうなるご縁があって万が一にもお通いなさろうとも、咎め立てする人もいない
のだから」などと、浮気っぽい軽はずみな性分で心に決め、自分の父君にも
こんなことがあるのです、とも言わないのでした。

八月の二十日過ぎ、夜が更けるまで出て来ない月が待ち遠しいところに、星の
光だけは鮮やかで、松の梢を吹く風の音も心細くて、姫君は昔のことを命婦に
話し出してお泣きになります。命婦がちょうどよい機会だと思って、お便りを
差し上げたのか、源氏の君はたいそうこっそりと常陸宮邸にお出でになりました。

月が次第に出て来て、荒れた籬の辺りが気味悪く、源氏の君がぼんやりと
ご覧になっていると、命婦に琴の琴を勧められて、姫君がかすかに掻き鳴ら
される趣は、まんざらでもありません。もう少し親しみ易い華やいだ雰囲気を
付けたいものだ、と命婦はその浮ついた性分から、じれったく感じながら座って
おりました。常陸宮邸は、人目も無い所なので、源氏の君は気兼ねなくお入り
になります。随身に命婦をお呼ばせになりました。
 
命婦が源氏の君のご来訪をたった今初めて知ったという顔をして、「本当に
困りましたわ。これこれということで、源氏の君がお越しだそうです。いつも
お返事がないのを恨みなさいますが、私の一存ではご無理だと申し上げては
お断りしてまいりましたので、源氏の君は『私自身が道理をお教え申し上げよう』
と言い続けておられるのです。何とお返事申し上げましょう。普通の身分の
人の軽々しいお振舞いとは違いますから、すげないお扱いも心苦しいので、
物越しで源氏の君のおっしゃることをお聞きあそばせ」と言うと、姫君はとても
恥ずかしいと思って、「人にどうお話してよいか知らないのに」と言って、奥へと
にじり入られるご様子は、とてもぎこちないものでした。

命婦は笑いながら、「随分子供っぽくていらっしゃるのが困ったことです。この上
ないご身分の姫君でも、親などがいらしてお世話をなさっている間なら世間知らず
でいらっしゃるのも無理からぬことですが、こんなにも心細いご様子ですのに、
やはり世間知らずのまま引っ込み思案でおられるのは似つかわしくございません」
と、教え申し上げます。

姫君はさすがに、人の言うことを頑なに拒否はなさらぬご性分なので、「お返事は
しないで、ただ聞いていよ、と言うのなら、格子などは下したままでお逢いしましょう」
とおっしゃいます。命婦は「簀子などでは失礼でございましょう。源氏の君は、よもや
無理強いをするような浅はかなお気持ちなどは起こされないでしょうから」などと
たいそう上手く言いくるめて、廂の間の二間と、母屋の境の襖を命婦自身の手で
しっかりと閉めて、お座布団を置いて、源氏の君を招じ入れる場所を整えました。
 
姫君はとても恥ずかしくお思いでしたが、このような人に応対する場合の心構え
なども全くご存じないので、命婦がこう言うからには、何か事情があるのだろう、と
思ってその場にいらっしゃいました。乳母のような老女房などは、自分の部屋に
入って横になり、宵寝をしている頃でした。二三人いる若い女房は、世間で評判の
源氏の君のお姿を見たいものだと思い申し上げて、緊張し合っていました。

命婦がまずまずのお召し物にお着替えさせ、取り繕い申し上げると、姫君ご自身
は何の緊張もなくておいでになります。源氏の君は、この上なく美しいお姿を、この
お忍びのために用意なさったご様子がたいそう優雅で、ものの情趣が分かる人に
見せたいところですが、何の見栄えもしないお邸なので、命婦は、ああお気の毒に、
と思うものの、ただ、姫君がおっとりとしておられるのを、先ずは安心だわ、出過ぎた
ことをお目にかけたりはなさるまい、と思っておりました。源氏の君からいつも責め
立てられていることの責任を逃れたことで、お気の毒な姫君の物思いが生じるの
ではないかと、気掛かりに思っているのでした。


中の関白家の栄光

2018年8月17日(金) 溝の口「枕草子」(第23回)

去年の8月の例会の日(8/18)のブログには、「ここ数日にぴったり!」
と題して、秋へと移り行く季節の感慨を小気味よく記した段(第41段)を
紹介し、数日来真夏日にもならず、エアコンのリモコンもどこに置いたか
を忘れ、うたた寝には上に掛ける物が欲しい日が続いていることを書いて
います。

それに比べると今年はまだ随分暑いとは思いますが、それでもあの連続
猛暑日のうんざりする暑さは遠のいた気がいたします。今は秋虫の声が
聞こえています。

もし今年の夏のように千年前の京都で40度に迫る日が続いていたら、
清少納言はどんなふうに書き残したでしょうか。

前置きが長くなりましたが、今回の「枕草子」は、前回少し読みかけた
第99段を最後まで読みました。せめて切りのいい100段まで、と思って
いたのですが、例によって横道・裏道に逸れすぎて、すみません🙇

この段は中宮定子の父・道隆が亡くなる僅か二ヶ月前の話で、中の関白家
の栄光に包まれた姿を映し出しているだけに、人の世の無常がいっそう
感じられる段でもあります。

長徳元年(995年)2月、中宮さまとご両親(関白道隆と北の方の貴子)、
兄・伊周、弟・隆家、東宮妃となった妹・原子(淑景舎)、さらには道隆の
初孫・松君(伊周の長男・のちの道雅)まで、中宮定子のおられる登花殿に
参集した折の華やかな場面が語られています。午後になると一条天皇も
お出でになり、そのまま中宮さまと日が沈む頃まで仲良くお昼寝。お戻りに
なると夜も中宮さまに清涼殿に来るようにとのご催促。そのご寵愛ぶりが
窺われます。原子も東宮からしきりにお戻りになるよう御使いが参りますし、
これで定子が皇子をお産みになれば、中の関白家の将来は盤石となる
はずでした。

目に入れても痛くない初孫の松君を膝に抱きながら道隆はこの時、自分から
伊周、伊周から松君へ、と摂関職が受け継がれて行くことを思い描いていた
ことでしょう。

宮中の女官から摂関家の御曹司の妻となり、関白の北の方(正妻)となった
貴子は、この頃清少納言ら宮廷女房の憧れの存在だったに違いありません。

最後は、冗談好きの陽気な道隆が女房たちをあんまり笑わせるので「いみじう
笑ひて、ほとほと打橋よりも、落ちぬべし」(私たちは笑いころげて、すんでの
ところで、打橋〈人が渡る時だけ渡した板〉から落っこちそうになりました)と、
結んでいます。

道隆死後の中の関白家の凋落ぶりを思うと、口惜しさで胸が張り裂けそうに
なりながら執筆していたのかもしれませんが、そうしたことには一言も触れずに
いることで、作者は中の関白家の矜持を示したかったのでありましょう。


芽生える信頼関係ー匂宮と中の君ー

2018年8月15日(水) 湘南台「源氏物語を読む会」(第204回)

このクラスの6月の例会時は梅雨寒で長袖着用。7月は岐阜県で
40度を超えた連続猛暑日の真っ只中。「ひと月のうちに気候は
大きく変化するものなのですね。来月に期待したいと思います。」
と先月(7/18)のブログに書いたのですが、今日は午前中から
室内の温度が30度を超える相変わらずの猛暑、期待は見事に
裏切られました。

第47帖「総角」に入って6回目。中の君と結ばれた匂宮は、薫の
援護射撃もあって三日間宇治に通い、中の君への愛を日毎に
深めて行きました。中の君もまた、自分でも信じられないほど
匂宮に惹かれ始めておりました。今後宇治へ通うことの困難さを
思うと、立ち去り難い匂宮です。

「中絶えむものならなくに橋姫のかたしく袖や夜半に濡らさむ」
(我々の仲は絶えるはずもないことなのに、あなたは独り寝の袖を
夜半に泣き濡らすこともありましょう)

それに対して中の君は、

「絶えせじのわがたのみにや宇治橋のはるけきなかを待ちわたるべき」
(絶えることはあるまいとおっしゃるあなたのお言葉を当てにして、
この遥かな宇治の地で、私はずっと待ち続けることになるのでしょうか)

と返歌をします。

この先たとえ途絶えを置くことになろうと変わらぬ愛を誓う匂宮と、
時間的、空間的な隔たりがあっても、匂宮を信じて待ち続けることに
なろう我が身を詠む中の君。二人の間には他者には分からぬ夫婦の
信頼関係が芽生え始めていることを感じさせる贈答歌です。

これが、次回読む「宇治の紅葉狩」の時の匂宮に対する、大君と
中の君の受け止め方の相違となって現れて来ることに注意して
おきたいと思います。

来月から「総角」のクライマックスへと向かうことになります。
湘南台クラスの皆さま、乞うご期待!


男のロマン

2018年8月13日(月) 溝の口「紫の会・月曜クラス」(第29回・№2)

お昼頃は今日も暑い日差しが照り付けていて、もう立秋から一週間に
なろうというのに、いったいいつまで続く猛暑なのかしら、と思いながら
出掛けました。ところが休憩時間に外を見てびっくり。空が真っ黒になり、
もうこれは雷雨間違いなし、の気配でした。終了時には川崎市高津区に
大雨警報が出ていると聞き、急ぎ駅に向かいましたが、その後どうなった
でしょうか?天気予報で「関東甲信は大気の状態が非常に不安定」と
言っていましたが、当たりましたね。でもおかげで今夜は涼しいです。

第6帖「末摘花」の2回目。末摘花の住まいの庭先で頭中将と鉢合わせを
した源氏は、そのまま連れ立って左大臣邸を訪れ、管弦の遊びに興じた
のでした。その後二人はラブレター合戦を展開しますが、末摘花からの
反応はどちらに対してもゼロの状態が続きます。

やがて夕顔の死から一年が経ち、やはりもう一度あのような女性と恋を
したいと願う源氏は、大輔の命婦を責めて、末摘花との対面を実現させた
のでした。

その結果は?は次回となります。

それにしても、源氏も頭中将も、なぜそこまで末摘花に心惹かれるのでしょうか。
一言で言えば「男のロマン」なのだと思います。

帚木の巻での「雨夜の品定め」で、左馬頭も言っておりました。「さて世にありと
人に知られず、さびしくあばれたらむ葎の門に、思ひのほかに、らうたげならむ
人の閉ぢられたらむこそ、限りなくめづらしくはおぼえめ。いかではた、かかり
けむと、思ふより違へることなむ、あやしく心とまるわざなる」(そのように生きて
いるとも人に知られず、寂しく荒れ果てた雑草の生い茂る宿に、思いの外に
可愛らし気な女がひっそりと住んでいるなんて言うのは、この上なく珍しく思われ
ます。どうしてまあ、こんな所にこんな美女が、と意外に感じられることに、妙に
惹きつけられるものなのです)と。

ここでも頭中将が「あらましごとに、いとをかしうらうたき人の、さて年月を重ね
ゐたらむ時、見そめていみじう心苦しくは、人にももて騒がるばかりや、わが心も
さまあしからむ」(仮にも大層風情ある可憐な人が、あのような所でずっと寂しく
暮らしている時、通うようになってとてもいじらしくてたまらなくなったら、世間で
取り沙汰されるほど、自分も不様に取り乱すことになるのだろうか)と、思って
います。

草深い山里や、荒れ果てた宿に思い掛けない美女が住んでいて、貴公子に
発見されて恋に落ちる、というのが、昔物語の一つのパターンで、男たちは
自分がその貴公子となるのを夢見ていたのです。源氏と頭中将の場合は、
共に、プライドが高く可愛気のない政略結婚の妻に辟易しているという背景
があり、こうしたラブロマンスへの憧れがより強かった、とも考えられます。

この末摘花を巡る源氏と頭中将の恋のさや当ての様子は、先に書きました
「末摘花の全文訳(3)」をご参照ください。


第6帖「末摘花」の全文訳(3)

2018年8月13日(月) 溝の口「紫の会・月曜クラス」(第29回・№1)

第6帖「末摘花」に入って2回目。今回は252頁・6行目~260頁・12行目迄を
読みました。その前半部分(252頁・6行目~256頁・13行目)の全文訳です。
後半部分は8/23(木)のほうで書きます。
(頁・行数は、「新潮日本古典集成本」による)

お二人共、お約束の女性にも甘える形で、そのまま別れていらっしゃることも
出来ず、牛車に同乗して、月が風情あり気に雲隠れする道中を、横笛を吹き
合わせながら左大臣邸にお着きになりました。前駆なども追わせなさらず、
こっそりと邸内に入って、人目につかない渡殿で共に直衣を持って来させて
お着替えになりました。

何食わぬ顔をして、今来たばかりのようにお二人で笛を吹き興じていらっしゃる
ので、左大臣はいつものように聞き過ごされることなく、高麗笛を取り出しなさい
ました。左大臣は名手でいらっしゃいますので、とても趣深くお吹きになります。
御琴を取り寄せて、御簾の中でも音楽の道に堪能な女房たちにお弾かせに
なりました。

中務の君は、特に琵琶が達者なのですが、頭中将が気があるところを見せても
相手にせず、ただこの源氏の君のたまさかのお情けが慕わしく、お断り出来ずに
いるのが自然と知れ渡って、大宮なども快からずお思いになっておられるので、
憂鬱できまりの悪い思いがして、つまらなさそうに物に寄りかかっていました。
中務の君は、源氏の君のお姿を全く拝見できない所に行ってしまうのも、やはり
心細くて思い乱れているのでした。
 
源氏の君と頭中将は、先程の常陸の宮の姫君の琴の琴の音を思い出されて、
みすぼらしい住まいの様子なども、風変わりで面白いと思い続け、仮にも大層
風情ある可憐な人が、あのような所でずっと寂しく暮らしている時、通うように
なってとてもいじらしくてたまらなくなったら、世間で取り沙汰されるほど、自分も
不様に取り乱すことになるのだろうか、とまでも、頭中将は思っておりました。
源氏の君がこんな風にただならぬ様子でうろついておられるのを、「どうして
このままお過ごしになれようか」と、何となく癪で油断ならない思いがしている
のでした。

その後、源氏の君も頭中将も恋文をお贈りになっているようでした。どちらにも
お返事はなく、気掛かりで面白くないので、「あんまりではないか、あのような
侘びしい暮らしをしている人は、物の情趣を解するところを、ちょっとした草木や、
空の佇まいにつけても、それにかこつけて歌を詠んだりして、その女の気立てが
自然に偲ばれるような折々があってこそ、風情があるというものであろう。
重々しいと言っても、ここまでひどく引っ込み思案なのは、面白くないし見苦しい」
と、頭中将は源氏の君以上に、苛立っておりました。

頭中将はいつものあけっぴろげなご性格で、「あの方からのお返事はご覧になり
ましたか。試しにほんのちょっと手紙を贈ってみましたが、バツが悪い状態で
終わってしまいましたよ」と、愚痴をこぼすので、「ああやっぱり言い寄ったのだな」
と、にやりとなさり、「さあ、私はどうしても見たいとも思わないからか、見るという
こともないよ」と源氏の君がお答えになると、姫君が差別したな、と思うにつけ、
頭中将はとてもくやしいのでした。
 
源氏の君はさほど執着もしていない上に、ここまで情けなく扱われると、気持ちも
冷めて来ておられましたが、このように頭中将がしきりに言い寄っているなら、
女は頻繁に手紙を書き慣れているほうに靡くことであろうよ、その時女に得意顔で
初めの男を振ったような様子を見せられるのはたまらないだろう、とお思いになって、
大輔の命婦に熱心に相談なさいました。

「姫君がどのようにお思いなのか気掛かりで、私の手紙に見向きもなさらぬご様子
がとても辛い。一時の浮気だと私のことをお疑いなのでしょう。いくら浮気者だと
言っても、そんなにすぐに心変わりなどはいたしませんのに。姫君に私を信じようと
いう、ゆったりとした気持ちがなくて、私が思っているのとは違う結果ばかりを生み、
それで私が冷たいので離れた、となると、自然と私の落ち度ということになりましょう。
気長な性分で、傍からとやかく言う親兄弟もなく気楽な女性は、却って可愛く思われ
るだろうに」と源氏の君がおっしゃると、命婦は「さあ、どうでございましょう。仰せの
ような風情あるお通い所には、とてもご無理で相応しくないようにお見受けいたします。
姫君はただもう恥ずかしがって内気な点にかけては、世にも珍しくていらっしゃるお方
で」と、知っているご様子をお話申し上げます。

気が利いて才気がある、というところは欠けているのであろう。しかしとても子供っぽく
て、おっとりとしているほうが可愛いだろう、と、夕顔のことを思い出して命婦に
おっしゃるのでした。瘧病にお罹りになったり、人知れぬ藤壺とのことに悩んだりで、
他のことになど気を取られているお暇がないご様子で、春夏が過ぎ去りました。

秋の頃、夕顔のことを静かに思い続けて、あの砧の音の耳についてうるさかったこと
までもが、恋しく思い出されるにつけて、常陸の宮邸にはしばしばお手紙をお遣わしに
なりますが、相変わらずお返事がないので、男女の仲を全く理解しようとしないのが
面白くなく、このまま負けて終わりたくない、というお気持ちまでが加わって、命婦を
お責めになります。

源氏の君が「どういうことなのだ。本当に私はまだこんな経験をしたことがないよ」
と、とても不快そうにおっしゃるので、命婦はお気の毒に思い、「私は姫君には、
『ご縁が無くて似つかわしくない間柄でいらっしゃいます』だなんて申し上げては
おりません。万事につけてご遠慮がひどくて、お返事もお出来にならないのだと
拝見しております」と、申し上げると、「それこそが世間知らずというものだ。まだ
分別がつかない年頃だとかで、親がかりで自分のことが自分の思い通りにならない
うちは、そのように照れて恥ずかしがっているというのも無理はない。あの姫君なら、
何事もしんみりとお考えになると思うからこそ、お便りを差し上げているのだ。私は
何となく、所在なくて心細い思いばかりしているから、姫君が同じような気持ちで
お返事を下さったなら、それで願いが叶う気がしようもの。何やかやと色めいたこと
ではなくて、あの荒れた簀子に佇んでみたいと思っているのだよ。こう手応えが
ないと、とても辛く、納得も出来ないので、姫君のお許しがなくてもお逢い出来る
ように取り計らってくれ。焦れてけしからぬ振舞いなどはまさかしないから」などと、
説得なさいます。


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