fc2ブログ

2019・新年会(その4)

2019年1月28日(月) 溝の口「湖月会」(第127回)

昨年は大雪に見舞われ、新年会は無事に終了したものの、講読会を
前半で中止せざるを得なくなり、翌月30分開始時間を繰り上げ、何とか
第2金曜日のクラスと足並みを揃えることが出来たのでした。

今年は朝から青空が広がり、気温も高めのお出かけ日和に恵まれました。

新年会の会場は一昨年来おなじみとなった玉川高島屋6Fにある「梅の花」。
有名なお豆腐料理のお店です。

      DSCF3830.jpg
       これは最初にセッティングされていたお料理で、
      左上が「牛タンと根菜 赤味噌仕立て」。下は左が
      「冬の卯の花煮」、右が「焼き野菜 豆腐ソース」。

その他にも、「茶碗蒸し」、「とうふしゅうまい」、「ふく福豆冨の蟹湯葉あん」、
「生麩田楽と湯葉揚げ」、「鶏ごぼうの御飯」(湯葉のお吸物と香の物付き)、
「デザート(・豆乳ピスタチオアイス・豆腐ショコラ・みかんのレアチーズ)」
が、次々に供されて、どのクラスでも同じですが、楽しくお喋りに興じながら
のお食事は、瞬く間に時間が過ぎて行きました。上品なお豆腐料理が中心
ですから、いくらでも美味しくお腹に納まってしまうのですが、やはりこれだけ
戴くと、お店を出る頃には満腹状態でした。

       DSCF3839.jpg
       毎年、このクラスでは「カルトナージュ」の認定講師で
       いらっしゃる代表の方から、全員に手作りのお品を
       お年玉として頂戴しています。今年はこの小箱。
       オシャレで、素敵でしょ!
  

       DSCF3834.jpg
      今日も参加者全員で集合写真。2時間では物足りない
      くらいでしたね。
 

このあと、二子玉川から溝の口まで電車で移動して、30分時間をずらして
例会開始。第40帖「御法」を読み終えました。

紫の上が亡くなって、帝をはじめ、多くの方々から弔問の使者が源氏の許に
遣わされます。この巻の最後の歌の贈答は、秋好中宮と源氏によって取り
交わされたものですが、ここで詠まれた秋好中宮の歌が、「源氏物語」全795首
中、私が最も好きな歌ですので、紹介させてください。

「枯れはつる野辺を憂しとや亡き人の秋に心をとどめざりけむ(枯れ果てた
野辺をお嫌だと思って、亡き人は秋に心をお寄せにならなかったのでしょうか)
今なむことわり知られはべりぬる(紫の上が亡くなられて、私も初めて今、秋の
野辺の風情がこんなにも寂しく嫌なものだ、ということがわかりました)」

嘗て春秋争いをした紫の上に対する敬愛の念と、源氏の悲しみにそっと寄り添う
思い遣りに満ちていて、秋好中宮という一人の女性の人柄を映し出す名歌だと
思っております。


スポンサーサイト



若紫、11歳の春

2019年1月24日(木) 溝の口「紫の会・木曜クラス」(第34回・№2)

先月、溝の口の11年目に入っているほうのクラスでは、紫の上の臨終の
場面を読みました(第40帖「御法」)。享年43歳でした。

第5帖「若紫」で、源氏に引き取られたのが10歳の冬。この第7帖「紅葉賀」
で11歳の春を迎えます。2ヶ月程の間に源氏にすっかりなつき、少納言の
乳母も、若紫の二条院での新生活に安堵しておりました。

元旦に、朝賀のため宮中に参内なさろうとして、源氏は若紫の許に顔を
お出しになりました。新年早々、若紫はお人形遊びに熱中しています。
例の粗忽者の犬君ちゃん、またしても若紫のお人形の御殿を壊してしまい、
若紫はそれを一大事だと思って源氏に訴えます。一つ歳を取っても(当時
は数え年ですので、お正月毎に一歳年齢が加わります)、相変わらずの
あどけなさです。

少納言の乳母に、「もう夫をお持ちになったのですから、ちゃんと奥方様
らしくならさなければ」と言われて、「そうなんだ。女房たちの夫はみんな
不細工だけど、私の夫はこんなに若くて素敵な人なんだわ」と、無邪気に
喜んでいます。

こんな子供っぽい若紫なので、二条院にお仕えしている人たちも、この
女の子はいったい何者?とは思うものの、床を共にしながら、まだ男女の
関係もないとは考えていないのでした。

これが若紫の11歳の春の様子です。ここから32年半を生きたわけですが、
いくら出家を願い出ても源氏に許して貰えず、それでも死ぬ間際まで残される
源氏のことを思い遣っていた紫の上。最後まで自身の努力で善き人を貫いた
紫の上を、この頃の若紫の姿から誰が想像し得たでしょうか。

若紫11歳の春の場面、詳しくは先に書きました第7帖「紅葉賀」全文訳(4)で
ご確認いただければ、と存じます。


第7帖「紅葉賀」の全文訳(4)

2019年1月24日(木) 溝の口「紫の会・木曜クラス」(第34回・№1)

第7帖「紅葉賀」に入って2回目。第2月曜日のクラスと同じ15頁・13行目
~21頁・10行目までを読みました。その後半部分、19頁・8行目~21頁・
10行目までの全文訳です。前半は1/14の「紅葉賀」の全文訳(3)をご覧
ください。 (頁・行数は、「新潮日本古典集成本」による)


少納言の乳母は、思い掛けず結構なお扱いを受けることになったものよ。
これも亡き尼君が、姫君のことをご心配になって仏さまへのお勤めをなさる
時にもお祈りなさっていたお蔭であろうか、と思っております。源氏の君には
葵の上がとても重々しい北の方としていらっしゃるし、あちらこちら大勢の
女性と関わっておられるので、姫君が本当に成人なさった暁には厄介なこと
も起こるであろうか、と考えていました。けれども、源氏の君がこのように
格別大切にしてくださるご寵愛ぶりは、少納言の乳母としてもとても心強い
ことでありました。

服喪は、母方の祖母の場合は三ヶ月ですので、十二月の下旬には喪服を
お脱がせ申し上げますが、若紫には母親も無く、祖母の尼君に母親代わり
に育てられなさったので、派手な色ではなく、紅、紫、山吹の無紋の小袿など
を着ておられる若紫のご様子は、たいそう当世風で可愛らしうございました。

源氏の君は朝拝に参内なさろうとして、若紫のお部屋に顔を出されました。
「今日からは一つ年を取って、大人らしくおなりになったかな」と言って、
にっこりなさっているのが、とても素晴らしくて魅力的でいらっしゃいました。

若紫は早々とお人形を並べ立てて忙し気にしておられますが、三尺の一対の
御厨子に御道具類を並べ置いて、また源氏の君が小さな御殿を沢山作って
差し上げたのを、辺りいっぱいに広げて遊んでおられるのでした。「鬼を払うと
言って、犬君がこれを壊しちゃったので、直しているんです」と言って、大変な
ことになったとお思いのご様子です。「本当に何とも考えのない人がやったこと
らしいですね。すぐに直させましょう。今日は不吉な言葉は謹んで、お泣きなさい
ますな。と言ってお出かけになるご様子が立派なのを、女房たちは御簾際に
寄って拝見しているので、若紫も立って出て行きご覧になって、お人形の中の
源氏の君を着飾らせて、宮中に参内させる真似などなさっておりました。

少納言の乳母が「せめて今年はもう少し大人びてくださいませ。十歳を越えた
方はお人形遊びはいけないと申しますのに、このように婿君などをお持ちに
なりましたからには、奥方らしくおしとやかにお振舞いになって、お相手なさら
ねばなりませんのに、お髪を梳かし申す間でさえ、いやがりなさるなんて」など
と申し上げます。若紫が遊びにばかり夢中になっておられるので、恥ずかしい
ことなのだ、と分かっていただこうと思って乳母が言ったところ、若紫は「私は
それなら夫を持ったのね。この女房たちの夫はみんな不細工な男たちばっかり
だけど、私はこんなに美しくて若い夫を持ったんだわ」と、やっと今お分かりに
なったのでした。幼いとは言え、新年になって一つ年を取られた証拠なので
しょうね。

このように子供っぽいご様子が何かにつけてはっきりと分かるので、二条院に
お仕えしている人々も、変だな、とは思っておりますが、まさかこんな男女の関係
のない添い臥でいらっしゃるとは思いも寄らないことでした。 


「タントタント」のランチと映画「私は、マリア・カラス」

2019年1月22日(火)

年末に新聞で「私は、マリア・カラス」の紹介記事を読み、「観たいなあ」と
思いながらも、映画どころではない慌ただしい日々に忙殺されていたところ、
10日程前、友人からお誘いメールが入って来ました。やはり年末からずっと
この映画が気になっているとのこと。19日以降も上映していれば可能だけど、
と返信して、映画情報をチェックしていたら、24日までは確実なことが分かり
(今は2/7迄になっています)、二人で日程調整をして、今日、久々に渋谷の
「ル・シネマ」に足を運びました。

ここでの映画鑑賞の時、我々にはお決まりのコースがあります。先ずは、
「ル・シネマ」のチケット売り場で待ち合わせ。チケットを買ってから、すぐ
脇のエスカレーターで繋がっている東急本店8Fの「タントタント」でランチ。
映画が始まる時間まで食事とお喋りを楽しんで、映画を観て帰る、という
コースです。

これまで「タントタント」の写真をUPしたことがなかったので、今日はカメラを
持参しました。一番お手軽なパスタコース(1,850円)を注文。追加料金324円
で、「本ズワイ蟹のフレッシュトマトスパゲッティ」をチョイスしました。以前にも
書きましたが、ここのパスタは一度もハズレがなく、ソースの美味しさはもとより、
パスタの茹で加減なども絶妙です。
     
      DSCF3828.jpg
     映画の半券を持っていると、右上の「赤ブドウジュース」
     (もしくはスパークリングワイン)がサービス。これにサラダ、
     パン、デザート、コーヒーも付く、満足度の高いランチです。


食べ物の話になると、ついつい長くなってしまいますが、今日のメインはこの後の
映画「私は、マリア・カラス」です。

亡くなって既に40年余になりますが、20世紀が生んだ最高のディーバとして抜群
の知名度を誇っているマリア・カラス。「ル・シネマ」は小さなシアターですが、ほぼ
満席状態でした。

全編マリア・カラスの言葉と歌で構成されており、古い映像や音源の中には状態
が良好とは言えないものもありましたが、ドラマチックな歌姫の半生が、これまで
観たマリア・カラスを扱ったどの映画よりも直に伝わって来て、心を打たれました。

歌と恋、名声とスキャンダル。「マリアとして生きるにはカラスの名が重すぎるのー」、
パンフレットにも刷られた彼女の言葉が切なく響きます。マリア・カラスが望んでも
手に入れることが出来なかったのは、何の変哲もない平穏な暮らしだったのかも
しれません。「人生誰もが一度っきりだけど、何を持って幸せって言うんだろう」、
エンディングで流れる「私のお父さん」の卓越した彼女の歌声を聴きながら、
そんなことに思いを馳せておりました。 

         マリアカラス


「枕草子」の成立事情

2019年1月18日(金) 溝の口「枕草子」(第28回)

現在「枕草子」の講読会でテキストとして使っている「新潮日本古典集成」
は、上下二冊に分かれており、上巻は第136段迄です。今回第130段~
第134段まで読みましたので、次回残りの二段を読んで上巻が終わります。
「枕草子」もまもなく折り返し点となります。

今日読みました最後の段(第134段)には、「枕草子」の成立事情の一つを
示す記述がありますので、それをご紹介しておきたいと思います。

この段は「取りどころなきもの」(何の取り柄もないもの)という類聚章段で、
例として「容貌憎さげに、心悪しき人。」(不細工な上に、性格も悪い人。)
と「御衣糄め〈米偏に索〉(みぞひめ)の、ふりたる。」(炊いたご飯で作った
洗濯糊の腐ったもの。)を、挙げておりますが、これに対して読者から
「なんで誰しもが嫌がる物をわざわざ書くの?」という声があったのでしょう。

そこで作者は、どんなものだって後になって何かの役に立つ、って言うし、
そもそも、この草子を誰かに見せることは想定していなかったのだから、
「『あやしきことも、憎きことも、ただ思ふことを書かむ』と思ひしなり」
(「いやしいことも、不快なことも、ただ思いついたことを書こう」と思ったん
です)、と釈明しています。

第97段で、中宮定子の弟の隆家が、とにかく立派な扇の骨を手に入れた
ので、それに見合う紙を張らせて姉君に進呈したい、と語った時、清少納言
が「そんなに立派な骨なら、それは扇の骨ではなくて、くらげの骨なんですね」
と発言すると、隆家が「これは私の発言、ということにしよう」と言いました。
くらげには骨がないので、当時は滅多にない幸運に巡り合うことを「くらげの
骨にあふ」と言っており、それを清少納言が実に巧みに取り入れたので、
「その発言、いただき」となったわけです。

そして作者はここでも、「こんなことはみっともない自慢話で書くべきでは
ないのだけど、人が『一つだって抜かしちゃダメよ』と言うので、仕方ない
から書きましたわ」と、弁明しています。

第97段や第134段は、「枕草子」という作品が完成以前にすでにある程度
流布していて、読者の評判を聞きながら書き継いだり、手を入れたりした
のであろう、という成立事情を知ることのできる段でもあるのです。


今月の光琳かるた

2019年1月17日(木)

このところずっと遅れ気味で、新年こそは、と思っていたのですが、
また半ばを過ぎての「今月の光琳かるた」となってしまいました

先月予告したとおり、今月はこの歌です。

「大江山いく野の道の遠ければまだふみも見ず天の橋立」
                            六十番・小式部内侍
   DSCF3827.jpg
(大江山や生野を越えて行く道のりは遠いので、私はまだ天橋立を
 踏んでみたこともないし、母からの文を見てもおりません)

「いく」は「生野」の「生」と「行く」を、「ふみ」は「踏み」と「文」を掛けた
「掛詞」で、「ふみ」は「道」の縁語でもあります。

「金葉和歌集」ではこの歌に長い詞書があって、歌の成立事情を伝えて
います。「和泉式部、保昌に具して丹後国に侍りけるころ、都に歌合の
ありけるに、小式部内侍、歌よみにとられて侍りけるを、中納言定頼、
局のかたにまうできて、歌はいかがせさせ給ふ、丹後へ人はつかはして
けむや、使まうでこずや、いかに心もとなくおぼすらむ、などたはぶれて
立ちけるをひきとどめてよめる」

小式部内侍の母親は、言わずと知れた天才歌人和泉式部です。その母が
夫の保昌と共に丹後国に居た頃、都で歌合があり小式部内侍が歌人として
選ばれたのですが、中納言定頼が小式部内侍の部屋にやって来て、「歌は
どうしました?丹後へ使者は遣わしましたか?その使いはまだ戻って
きませんか?どんなにじれったいことでしょうね」と、からかって立ち去ろうと
したのを引き留めて詠んだ歌、ということなのです。

当時、小式部内侍の歌には母親・和泉式部の代作疑惑が浮上しており、
定頼のからかいも、そうした事情から生じたことだったのでしょう。この長い
詞書は、その疑惑を小式部内侍が見事に払しょくしたエピソードを伝えた
ものです。さらに説話集「十訓抄」では、驚いた定頼が返歌も出来ず逃げ
出した、と書かれております。

このエピソードは誰もが知っている話だったとみえ、、尾形光琳も下の句の
かるたに、定頼の後姿を描いています。

しかしこの話、実は捏造されたものではないかという新たな疑惑も浮上して
います。それは詞書にある「歌合」に該当する記録も、そこで小式部内侍が
詠んだはずの歌も全く残っていないことに起因しています。

定頼は文壇の大御所公任の息子ですし、共に大物の二世同士。しかも恋人
関係に合った二人が、仕組んで打った芝居に尾ひれがついて、この出来過ぎた
話に発展したのではないかという説もあります。もし、それが事実なら、恋人の
名誉回復のため、軽薄なピエロ役を自ら演じた定頼の男気を評価してあげたく
なりますね。


2019・新年会(その3)

2019年1月16日(水) 湘南台「源氏物語を読む会」(第209回)

新年会の3回目は、湘南台クラス。ここ数年はずっと隣駅「六会日大前」
にあるお寿司屋さんでしたが、今回は200回記念の時と同じ、湘南台の
フレンチレストラン「プチパピヨン」となりました。

前菜の「キノコのテリーヌ」に始まり、「紅芯大根のスープ」、「真鯛・海老・
帆立の盛り合わせ焦がしバターソース」、「デザート」、それにワンドリンク、
パン、コーヒーが付いたコース。どのお料理を取っても美味しく、今日もUP
する写真に迷いましたが、珍しくスープの写真にしてみました。

      DSCF3815.jpg
       春を感じさせてくれる綺麗な色と、少し胡椒の
       効いた大人の味が印象的

      DSCF3818.jpg
      〆は毎度のことながら、参加者全員の集合写真で


今回はレストランから講読会の会場への移動も、同じ湘南台の西口
から東口へだけなので、講読会も予定の時間に開始できました。

第47帖「総角」を読み終え、次の「早蕨」の巻に少し入りました。

「宇治十帖」の最初の三帖「橋姫」、「椎本」、「総角」のヒロインを務めた
大君は「総角」の終盤で亡くなり、ヒロインの座を下りました。

「椎本」で父を、そして「総角」で姉を亡くした中の君は、庇護者を失い、
これまでは父や姉によって守られていましたが、ここから先は一人で
判断をし、生きて行かねばならなくなりました。でもそうなったことで、
彼女は次なるヒロインの資格を得たのです。

「早蕨」、「宿木」の二帖は、中の君をヒロインとした物語が展開して
行くことになります。


平安貴族の男性美

2019年1月14日(月) 溝の口「紫の会・月曜クラス」(第34回・№2)

今日は「成人の日」。往きは振り袖姿の女性を一人も見かけなかった
のですが、帰りは溝の口駅の周辺や、駅のホームで綺麗に着飾った
20歳の娘さんたちを何人も見かけました。

今、このクラスが講読中の第7帖「紅葉賀」における光源氏もちょうど
同じ年頃、一番華やかな青年期の真っ只中にあります。

しかし、源氏の場合は12歳で今の成人式にあたる「元服」をし、その夜
葵の上と結婚しましたので、19歳にしてすでに結婚7年目の妻帯者です。

そんな源氏の心にいつもあるのは、自分の妻・葵の上ではなく、父帝の
妻・藤壺でした。藤壺が実家の三条の宮に退出なさっていると聞くと、
どんなご様子であろうかと気になり、源氏はお出でになりました。

応対に出て来た女房たちと雑談をしていると、藤壺の兄の兵部卿の宮
が訪ねて来られました。この方は若紫の父君ですが、まだ娘が源氏の
もとに居るということをご存知ではありません。

ですから兵部卿の宮は何も思うところなく源氏にお会いになるのですが、
源氏の目に映る宮は「いとよしあるさまして、色めかしうなよびたまへるを、
女にして見むはをかしかりぬべく」(とてもたしなみ深いご様子で、色っぽく
もの柔らかでいらっしゃるのを、女にして付き合ったならさぞ風情が感じ
られよう)と、思われるお姿をしておられました。

一方の源氏をご覧になる兵部卿の宮も、源氏は実際には娘婿になる
わけですが、そんなことは毛頭お考えにはなく(娘が源氏に引き取られて
いるとは全く思ってもおられないので当たり前なのですが)、同様に、
「女にて見ばやと、色めきたる御心には思ほす」(女にして付き合って
みたい、と色めいたお心でお思いになっている)のでした。

今の感覚ですと、共に些か変態じみているのですが、当時はここを読んで
おかしいと思うこともなかったのでしょう。平安貴族の男性美に対する最大
の褒め言葉が「女にして見たい」だったということは、男性に求められて
いたのは女性的な美しさで、これは「平安時代」が文字通り「平安な世」で
あったことの象徴の一つと言えるのかもしれません。

本日講読箇所の2/3程の全文訳を先に書きました。1/2程度の所では
区切りが悪く、24日のほうは短くなってしまいますが、我慢してお読み
いただけると有難いです。


第7帖「紅葉賀」の全文訳(3)

2019年1月14日(月) 溝の口「紫の会・月曜クラス」(第34回・№1)

今年最初の全文訳のUPです。前回から入った第7帖「紅葉賀」ですが、
今回は15頁・13行目~21頁・10行目までを読みました。その前半部分、
15頁・3行目~19頁・7行目までの全文訳です。残りは24日(木)のほうで
書きます。 (頁・行数は、「新潮日本古典集成本」による)


藤壺はその頃、宮中からお里に退出なさったので、源氏の君は例によって、
何とかお逢い出来る機会はないかと様子を窺い廻るのに夢中で、左大臣家
からは足が遠のいていることをうるさく言われておられました。それだけではなく、
あの若紫をお引き取りになったことを、「二条院に女性をお迎えになったそうです」
と、申し上げた人があったので、葵の上はとても不愉快に思っておられました。

「葵の上はどのような女性が引き取られたのかご存知なく、そのようにお思いに
なるのも無理のないことだが、素直に普通の女のように怨み言をおっしゃるのなら、
自分も包み隠さず事情をお話してお慰め申すであろうに、思いも寄らないふうに
ばかりお取りになるのが不愉快なので、ついよろしくない浮気沙汰も起こすことに
なってしまうのだろうよ。葵の上のご様子は、不十分でどこが不満といった欠点も
おありでなく、初めて契りを交わした女性なのだから、愛おしく大切に思い申し上げ
ているこちらの気持ちをお分かり頂けないうちは仕方ないけれども、しまいには
きっと思い直してくださるだろう」と、安心できる、軽率ではない葵の上のご気性も
ご存知なので、自然と信頼できる点では、また格別なお方なのでした。

若紫は源氏の君に馴染まれるにつれて、とてもよい気立てや容貌で、無邪気に
源氏の君になついて傍からお放しになりません。源氏の君は、若紫の素性は
二条院の中の者たちにも明かすまい、とお思いになって、今も離れた西の対に
お部屋の設備をまたとなく立派に整えて住まわせ、ご自身も明け暮れお入りに
なってあれこれいろんな事を教えておられました。

手本を書いてはお習字をおさせになったりしながら、源氏の君は、まるで今まで
他所に居た娘を引き取ったような気がなさっているのでした。政所や家司などを
はじめ、自分のとは別に家計を分けて、安心してお仕え出来るようになさいました。
惟光以外の者は、どういうことなのか分からずに不審がっておりました。父君の
兵部卿の宮も、ご存知ではありませんでした。

若紫は、やはり時々以前のことを思い出される時は、尼君を恋慕っておられる
ことが多うございました。源氏の君がいらっしゃる時は気が紛れておいでですが、
夜などは、時にはこちらにお泊りにもなるものの、あちこちの女性のもとにお通い
になるのがお忙しくて、日が暮れて出ていらっしゃるのを、あとを追ったりなさる折
などがあると、源氏の君はとても可愛いとお思いでした。源氏の君が、二、三日
宮中にお仕えし、左大臣邸などにもお出でになる折は、若紫が、とてもひどく
塞ぎ込んだりなさるので、可哀想で、まるで母親のいない娘を持ったような気がして、
お忍び歩きもおちおち出来ない気がなさっておりました。

僧都は、このようにしている、と様子をお聞きになって、奇妙なことだと思いながらも、
嬉しく思っておられました。僧都が亡き尼君の法事などをなさる際にも、源氏の君は
丁重なお布施を届けさせなさるのでした。

藤壺が退出しておられる三条の宮に、どのようなご様子か気になって源氏の君が
お出でになると、王命婦、中納言の君、中務などと言った女房たちが対面しました。
他人行儀なお扱いをなさることだ、と源氏の君は穏やかならず思われますが、気を
静めて、当たり障りのない世間話を交わしているうちに、兵部卿の宮がいらっしゃい
ました。源氏の君がお出でになっているとお聞きになり、対面なさいました。

兵部卿の宮はたしなみ深いご様子で、色っぽくもの柔らかでいらっしゃるのを、女に
して付き合ったならさぞ風情が感じられよう、と、人知れず宮をご覧になるにつけても、
あれやこれやで親しみを覚えられて、懇ろにお話など申し上げなさいます。

兵部卿の宮も、源氏の君のご様子がいつもと違って親しみ易く打ち解けていらっしゃる
のを、たいそう素晴らしいとご覧になって、源氏の君を娘の婿に、などとはお考えにも
ならず、女にして付き合ってみたい、と色めいたお心でお思いになっておりました。

日が暮れると、兵部卿の宮が御簾の中にお入りになるのを、源氏の君は羨ましく、
昔は父帝のご配慮で、藤壺のたいそう間近で、人伝ではなく、お話も申し上げたのに、
今はすっかり冷たくなさるのも、辛く思われるのは仕方のないことでございましたよ。

「もっとしばしばお伺いすべきですが、特別のご用でもございませんと、自然と
ご無沙汰になってしまいますので、しかるべきご用などをお申しつけいただけましたら、
嬉しく存じます」などと、堅苦しいご挨拶をして退出なさいました。命婦も手引きして
差し上げる術もなく、藤壺のご様子も、以前よりはいっそう源氏の君とのことを辛いこと
とお思いになっていて、命婦にも心を許そうとなさらないご様子が恐れ多くもお労しくも
あるので、源氏の君が命婦に何を頼んだところで甲斐の無いまま日が過ぎて行き
ました。「何とはかない仲なのであろうか」と、思い乱れなさることは、お互いに尽きぬ
ものでございました。


2019・新年会(その2)

2019年1月11日(金) 溝の口「源氏物語を読む会」(第127回)

風は冷たいものの、気温は昨日より7、8度上がり、寒中としては
過ごし易い一日でした。

二日続けての「源氏物語」講読会の新年会となりました。今日の
会場は溝の口駅から5分余り歩いた所にあるフレンチレストラン
「ラ・ポルテ」。11:30に集合し、暖かな陽差しに包まれて、11種類
もの次々に運ばれて来るオシャレなお料理に舌鼓を打ちました。
賑やかな話し声、笑い声が部屋に満ち、今日もまた、あっという間
に楽しい2時間が過ぎて行きました。

お隣の席に座られた方が、11種類のお料理名を全部訊いて書いて
下さいましたが、その中から私が特に「これは美味しい!」と思った
二品の写真をUPさせて頂きました(今日はちゃんと忘れずに全部の
お料理をカメラに収めました)。

     DSCF3807.jpg
             舞鶴産ヒラマサのサラダ

     DSCF3811.jpg
  ヤンバル黒糖のクリームブリュレ・メレンゲ入りアイスクリーム

     DSCF3813.jpg
        昨日同様、最後は参加者全員で記念撮影


駅の方へと戻り、予定時刻より約20分遅れての例会開始となりましたが、
ちょうど区切りよく、第40帖「御法」の最後までを読むことが出来ました。

紫の上のご葬儀も終わり、源氏はもとより、誰も誰もが紫の上を惜しみ、
悲しみに包まれた秋となりました。

夕霧は野分の後に紫の上を垣間見たこと(第28帖「野分」)を思い出し、
致仕大臣は妹・葵の上も同じ8月に亡くなった(第9帖「葵」)と、悲しみを
新たにし、秋好中宮は紫の上と春秋優劣を繰り広げたこと(第24帖「胡蝶」)
を懐かしみ、源氏を弔問します。

光源氏の物語の終焉が近づき、作者は読者に対しても、これ迄の出来事を
一緒に振り返る機会を与えてくれているのだと思います。

「ああ、そう言えばそんなこともあったなぁ、こんなこともあったなぁ」と、様々な
場面が走馬灯のように駆け巡る中、次回はいよいよ第二部の最終章「幻」に
入ります。


訪問者カウンター