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秘密の露見

2019年2月10日(日) 淵野辺「五十四帖の会」(第158回)

心配された大雪にはならなかったものの、底冷えのする「名のみの春」が
続きます。

宇治十帖の中で一番読み応えのある第51帖「浮舟」ですが、このクラスは
そろそろ終盤に入ってまいりました。

有明の月に照らされながら、宇治川を匂宮に抱かれて小舟で渡り、対岸
の隠れ家で共に甘美な二日間を過ごした浮舟でしたが、その後の彼女を
待ち受けていたのは過酷な現実でした。

何も知らない薫は、自邸近くに浮舟を迎えるための家を新築し、妻の
女二宮にも浮舟をそこに住まわせる許可を取る、といったまめ人らしい
用意周到さで、浮舟を京に引き取る準備を進めていました。

一方の匂宮は、薫の先手を打って、乳母の夫の遠国赴任に伴い、家が
留守宅となるのを利用して、その家に浮舟を住まわせようと策を弄します。

そうこうしているうちに、薫が、匂宮と浮舟の仲を知ることになるのですが、
その秘密の露見に至る設定が実に見事なのです。

匂宮は、浮舟の許に手紙を届ける役目を、乳母子の時方の従者にさせて
いました。薫のほうは、自身の随身(今ならガードマン)にさせておりました。
宇治で彼らは二度も鉢合わせをし、随身は、この時方の従者を大内記の家
で見かけることがあるので不審に思い、詰問すると、相手は辻褄の合わない
返事をします。この随身はなかなか機転の利く男だったので、時方の従者を
尾行させ、匂宮の所へ行って大内記に宇治からの返事の手紙を渡すのを
突き止めたのでした。

六条院に里下がり中の明石中宮のお具合が悪いとのことで、匂宮も薫も
六条院へお出でになりました。女房の詰め所で、熱心に紅の薄様に書かれ
ている手紙(カラーの薄紙を使うのは恋文)をご覧になっている匂宮の姿を、
薫は目にします。

その後、随身から事のいきさつを聞き、手紙の届け先、先程匂宮が脇目も
ふらずに読んでいた手紙の色などからして、それが浮舟からの返事だった
ことに薫は思い当たったのでした。

この使者たちの鉢合わせから、薫が事実を知るまでの流れには、さも実際に
ありそうな事柄が書き連ねてあり、無理がありません。紫式部の筆力たるや
恐るべし、です。

秘密を知った薫はどうしたか?知られた浮舟はどうなるのか?

今日のクラスが一番先まで進んでいますので、ここで一遍に書いてしまって
は面白くないですよね、もう長くなってもおりますし。 なので、この先はまた
徐々に・・・。


春来たれども悲しみは癒えず

2019年2月8日(金) 溝の口「源氏物語を読む会」(第128回)

溝の口の第2金曜日のクラスと、第4月曜日のクラスは、今月から
光源氏の物語の最終章・第41帖「幻」を読みます。「幻」は短い巻
なので、おそらく来月には第二部まで読了ということになるでしょう。

紫の上の死から4ヶ月余り。妻の服喪期間は3ヶ月ですので、既に
喪も明けた状態で源氏は新年を迎えました。でも、紫の上不在の
春は悲しみが増すばかりで、御簾の内に籠ったまま、拝賀に訪れた
人たちにもお会いにはなりません。僅かに弟の蛍兵部卿宮とだけ
ご対面になったのでした。

紫の上に長く仕えた女房たちも、まだ喪服を身にまとって紫の上を
偲ぶ日々を送っておりました。源氏は所在なさに任せて、そうした
女房たちと紫の上の思い出話に興じることもしばしばでした。

朝顔とのことで紫の上が気を揉んでおられたこと、女三宮の降嫁後
は、ましてや口には出さないものの、どんなに耐えておられたかを
思い出すにつけ、もう一度夢の中ででも逢いたいとお思いになるのも
詮無いことでありました。

読者もまた、こうした紫の上の自己犠牲によって保たれていた六条院
の平和のことを思い出し、源氏と共に、紫の上を追慕することになるの
です。

紫の上を失ったショックでおかしくなって出家した、と人に噂されたくない、
という思いや、召人(めしうど=主人から情けをかけられたことのある
女房)たちが、紫の上がいなくなってしまった上に、自分までが今出家して
いなくなったら、どんなに嘆き悲しむだろうという思いを抱えて、まだ出家
を遂げる時期ではない、と堪えながら、六条院の他の女君たち(花散里や
明石の上)にもご無沙汰のまま、1月は過ぎて行ったのでした。

「幻」の巻は、紫の上亡き後の1年を月次絵のように展開させている巻
です。2月、3月につきましては、第4月曜日の「湖月会」のほうで書きたい
と思います。


安定感はヒロインには不要

2019年2月7日(木) 八王子「源氏物語を読む会」(第157回)

2月に入ってから、寒暖の差の激しい日が続いています。今日は立春
ほどではありませんでしたが、16時過ぎの八王子駅前の温度表示は
15℃になっていました。でも明日からまた気温は降下して、土曜日は
5℃にも達しないとの予報が出ています。

八王子クラスも、今回から第51帖「浮舟」に入りました。

二条院の西の対の西廂で言い寄った女は、匂宮の前から忽然と姿を
消してしまいました。それは母君がこの事件を知って、強引に浮舟を
二条院から連れ出してしまったからですが、匂宮は中の君が嫉妬心
からどこかに隠してしまったと思い、中の君をお恨みになっています。
事実を知れば好色な匂宮のこと、浮舟をそのままにしておかれることは
あるまいと、中の君は誤解も致し方なし、と思い、匂宮に対しては口を
噤んでおられるのでした。

「浮舟」の巻はそのような状況の中で始まりますが、やがて新しい年が
やって来ます。前年の2月に生まれた若君は2歳となって、とても可愛らしく、
他にはこのような男の子を儲けることもないかもしれない、思うと、匂宮も
いよいよ若君を慈しんでおられます。正妻の六の君には煙ったい父親の
夕霧がいるので気も張りますが、中の君の許では、匂宮は気兼ねなく
打ち解けて、中の君を誰よりも大切にしてくださっています。

ここ数年の中の君には、心安らかに新年を迎えることはありませんでした。
父や姉の喪中であったり、匂宮と六の君の結婚で思い悩み、身重の体で
宇治へ帰ろうかとまで考えていたりで、明るい新年とは程遠かったのですが、
やっと落ち着いた穏やかな新年となったのです。

「ありしよりはすこしもの思ひしづまりて過ごぐしたまふ」(以前よりは少し
物思いも収まってお過ごしになっている)と、地の文にも書かれています。

しかし、このような生活が安定した女君はヒロインの座を降りることになり
ます。玉鬘もそうでした。ヒロインに不可欠なのは不安定な要素であって、
結婚し、子供が生まれ、落ち着いてしまった女性はお呼びではなかった
ようですね。

2019・新年会(その5)&ちょっとだけ古典文法(32)

2019年2月5日(火) 高座渋谷「源氏物語に親しむ会」(通算135回、統合85回)

昨日はまるで「立春サービス」ではないか、と思われるほど気温が上昇、
最高気温は20度にまで達しました。今日は10度近く気温が下がって、
早々に「名のみの春」となり、また冬に戻ったかのようです。

本年最後の新年会は、高座渋谷のクラスでした。いつもの会場が使えない
ため、大和の文化施設「シリウス」内の学習センターでの講読会となるのに
合わせて、新年会も計画されました。

大和駅に11:35に集合して、駅ビルのレストラン街にある「つきじ植村」へ。
3年前に100回を迎えた時もここで記念ランチをいただきました。

     DSCF3846.jpg
     周りを見渡しても、殆どが我々と同じような中高年の
     女性グループ。お料理も質、量共にその層に合わせた
     ような感じでした。

     DSCF3848.jpg
          ご欠席の方が3名ありましたので、
          今日は集合写真もこじんまりと・・・。


駅ビルを出て3分ほど歩けば、今日の講読会の会場「シリウス」があります。

いつものように「古典文法」から入りました。

今回で終止形に付く助動詞はお終いで、婉曲の助動詞「めり」となります。
「婉曲」とは、断定表現でもよさそうなところを、わざと遠回しに表現すること
で、それによって、柔らかさや、遠慮がちな気持ちを表そうとしたものです。
口語訳では「~ようだ」「~ようです」と、なります。

では、これまでと同じように、「めり」について、覚えなければならない基本
事項(「意味」・「活用型」・「接続」)の確認をしてまいりましょう。

★覚えることその①⇨「意味」…「婉曲」(~ようだ・~ようです)

◎あはれに言ひ語らひて泣くめれど、涙落つとも見えず。(しみじみと語り
合って泣いているようだが、涙がこぼれ落ちるとも見えない。)

※「めり」は、平安時代特有の助動詞で、次の鎌倉時代以降は使われなく
なりました。これは平安時代は、物事を断定せず婉曲に表現することを
良しとする風潮があったからだと考えられます。平安貴族は目の前に
流れている紅葉を見ても「紅葉流るるなり」(紅葉が流れている)とは
言わず、「紅葉流るめり」(紅葉が流れているようだ)と表現したのです。
如何にも平安貴族的な思考と言えましょうが、今でも、日本人には断定を
避けて婉曲に表現することを好む傾向があり、例えば、「雨が降って
来ましたね」と言うところを、「雨が降って来たようですね」と言ったりします。

※また、ラ変型活用語の連体形に「めり」がつくと、連体形の語尾の「る」が
撥音便化し、なおかつ、その「ん」が表記されない場合があります。
・あるめり→あんめり→あめり ・ざるめり→ざんめり→ざめり 
・たるめり→たんめり→ためり・なるめり→なんめり→なめり 
・べかるめり→べかんめり→べかめり

★覚えることその②⇨「活用型」…「ラ変型」
 語   未然形 連用形 終止形 連体形 已然形 命令形   活用型
 めり   ○    めり   めり   める   めれ   ○     ラ変型   
 
★覚えることその③⇨「接続」…終止形に付く(ただし、ラ変動詞、及び

ラ変型の活用をする語には、連体形に付きます。)→なぜ「ラ変(ラ変型)」
は連体形に付くのか、ということは、⇨⇨㉗の回の説明を参照してください。

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「源氏物語」の講読のほうは、第35帖「若菜下」の後半に入っております。

長年恋慕って来た女三宮への思いを遂げた柏木でしたが、正妻の落葉の宮
のもとへは当然帰る気になれず、実家の致仕大臣邸にそっと忍びこみます。
横になっても、眠ることなど出来るはずがありません。ここに至って、ようやく
自分の犯した罪の重さを自覚し、この先源氏にどのような仕打ちを受けること
になるのか、とおののいているのでした。

源氏を恐れているのは女三宮とて同じです。柏木とは全く心を通わせて
おらず、交通事故に遭ったような不幸な出来事なのですが、女三宮では、
源氏に対する釈明など思いつくはずもなく、まだ源氏に知られたわけでも
ないのに、明るい所に出て来ることさえ出来なくなっておりました。

沈み込んでいてまともに目を合わそうともしない女三宮に、源氏は、自分が
二条院の紫の上にかかりっきりで、六条院にはずっとご無沙汰しているのを、
女三宮が怨んで拗ねているのだと勘違いして、ご機嫌を取ろうとします。

それぞれにちぐはぐな思いを抱いている三者が、この先どのような運命を辿る
ことになるのか、手に汗握る緊迫した場面が展開してまいりますが、ここでは
不要なおしゃべりは控えますね。


今月の光琳かるた

2019年2月1日(金)

わあーっ、もう2月です!早1年の1/12が終わったということですよね。
今年もそんなふうにして、来月には「1年の1/6が終わった」、再来月には
「1年の1/4が終わった」と言って、何やら焦りながら1年が過ぎて行く気が
します。

新年早々半ば過ぎになってしまった「光琳かるた」の入れ替えを、今月は
ビシッと1日にしました(別にそんな自慢するようなことではありませんが)。

「百人一首」の冬の歌は6首しかなく、これで全部紹介し終えることになり
ます。

「鵲の渡せる橋に置く霜の白きを見れば夜ぞ更けにける」
                         六番・中納言家持
   DSCF3840.jpg
 (鵲が翼を広げて天の川に渡した橋に置いた霜が、真っ白で
  あるのを見ると、夜が更けたのだなぁ、と思われることよ)

7月7日の七夕の夜、牽牛と織女は年に一度の逢瀬を果たすことになって
いましたが、ある時、雨が降って天の川の水嵩が増し、織女は向こう岸に
渡れませんでした。そこで同情した鵲が、群れを成して飛んで来て翼を広げ、
織女を牽牛の許へと渡す橋となってくれたのです。以後、毎年、織女は鵲橋
を渡って牽牛に逢いに行けるようになりました。

この歌は、そうした七夕伝説をもとに、宮中の御階(みはし)を見ながら、天上の
鵲橋を幻視したものだと考えられています。⇨⇨2018年10月16日の記事にも
書きましたが、凡河内躬恒の「心あてに折らばや折らむ初霜の置きまどはせる
白菊の花」(29番)を散々貶した正岡子規が、どうせ嘘を詠むなら、これくらい
壮大な嘘を詠め、と言ったのは有名な話です。

作者の大伴家持は「万葉集」第4期を代表する歌人で、「万葉集」の編纂に
携わった人物と目されています。

余談になりますが、天の川の左上に輝く「琴座」の一等星ベガが織女星、
天の川の右下に輝く「わし座」の一等星アルタイルが牽牛星です。ベガと
アルタイルの距離は15光年。9兆4600億キロの15倍という、気が遠くなる
ような距離です。電波と光は同じ速さと言われているので、もしどちらかが
LINEで「今夜が待ち遠しい♡」と送信したら、実際にそれが相手に届くのは
15年後ということになるんですよね。

                        
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