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浮舟の辞世の歌

2019年7月4日(木) 八王子「源氏物語を読む会」(第162回)

天気予報から☀のマークが消えて、もう幾日になるでしょうか。
でもまだこの先も、しばらくは梅雨空が続くようです。

八王子クラスは今回で第51帖「浮舟」を読み終えました。

薫と匂宮の二人から、京へ迎え取るとの申し出を受けて、どちらか
を選ぶことでは解決できない思いに苛まれる浮舟は、ついに自死
の道を選ぶに至ります。

浮舟の母・中将の君は、前回ご紹介した通り、些か思慮の足りない
ところもある女性ですが、浮舟にとっては自分をこの上なく慈しんで
育ててくれた掛け替えのない母親です。その母が、夢見が悪いと
浮舟の身を案じて手紙を寄越し、阿闍梨のお寺に誦経を依頼する
よう、お布施などを託けて来ました。娘がすでに死を覚悟している
などとは思いも寄らぬ母の気持ちが、浮舟には悲しくてなりません。

浮舟は母に二首の辞世の歌を残します。

「のちにまたあひ見むことを思はなむこの世の夢に心まどはで」
(あとでまたお会いできることを考えていてください。つまらない
夢のことで心配などしないで)

表向きには、もうすぐ私も京へ行くのだから、また後ですぐに会えるわ、
と言っているようですが、心の内では「また来世で会えることを思って
いてください。この(子を掛けている)世で見る夢のことなどには心を
痛めないで」と、言っていることが分かります。

そして、山寺からは早くも誦経を始める合図の鐘の音が聞こえてくる
ので、次の一首を詠みました。

「鐘の音の絶ゆるひびきに音をそへてわが世尽きぬと君に伝えよ」
(あの私のための誦経の鐘の音が消えて行く響きに、私の泣く声を
添えて、私の命は尽きたのだと母に伝えておくれ)

何とも切なく堪らない歌です。

紫式部は「源氏物語」の中で、795首もの歌を創作しています。
登場人物に成りきって歌を詠む才能は、他に追随を許さないものだ
と思います。

実人生の中で詠んだ歌は、やはり和泉式部などには及ばない気が
しますが、作中歌にこそ彼女の本領が発揮されており、藤原俊成が、
「源氏見ざる歌詠みは遺恨の事なり」(源氏物語を読まない歌人は
後々の悔いを残すことになる)と言ったのも頷けますね。


ちょっとだけ古典文法(37)

2019年7月2日(火) 高座渋谷「源氏物語に親しむ会」(通算140回 統合90回)

「ちょっとだけ古典文法」、37回目の今日は、副助詞(種々の語に付いて意味を
添え、主部となったり、下の文節を修飾したりするる助詞)と、係助詞(種々の
語に付いて、強意・疑問・反語などの意味を添える助詞)の2種類の助詞です。

今回も「副助詞」・「係助詞」の中から、どうしてもこれだけは、というものだけを、
取り上げておきます。

★副助詞
①「だに」
ア、程度の軽いものを示して、より程度の重いものを類推させます。
  (Aでさえ~〈ましてやBは~〉)
 ◎光やあると見るに、蛍ばかりの光だになし。(光はあるか、と思って見るが、
  蛍ほどの光さえない。) 
イ、最低限を示します。(せめて~だけでも)
 ◎御声だに聞かせたまへ。(せめてお声だけでもお聞かせください。)

②「すら」・・・「だに」のア、と同じ使い方(Aでさえ~〈ましてやBは~〉)
 ◎聖すら前の世のこと夢に見る、いと難かなり。(聖でさえ、前世のことを
夢に見るのは難しい。)

③「さへ」・・・語源が「添へ(そへ)」なので、「添加」を示します。
        (〈その上〉~までも)
 ◎羽風さへその身のほどにあるこそいとにくけれ。(羽風までも分相応にある
                                 のがとても嫌だ。)

④「し」・・・強意(特に口語訳の上では出て来ないのですが、強意であることを
          知っておいてください。)
 ◎名にし負はばいざ言問はむ 都鳥(「都」という名を持っているならば、さあ
                        訊いてみよう都鳥よ)

★係助詞
①「ぞ」・「なむ」・「こそ」・・・強意の用法で、「ぞ」・「なむ」は文末を「連体形」で結び、
 「こそ」は「已然形」で結びます。この決まりを「係り結びの法則」と言います。
 ◎遣戸よりぞ入りたまひぬる。(遣戸からお入りになった。)
 ◎歌をなむ詠みて出だしたりける。(歌を詠んで差し出した。)
 ◎男は「この女こそ得め」と思ふ。(男は「この女を自分のものにしたい」と思う。)

※「ぞ」・「こそ」の上に「も」が付き、「もぞ」・「もこそ」になった場合は、悪い結果を
 予想して「~したら困る」、「~したら大変だ」と訳します。
 ◎「雨もぞ降る。」(雨が降ったら困る。)
 ◎「烏などもこそ見つくれ。」(烏などが見つけたら大変だ。)

※「こそ~已然形」が文末にならず下に続く時は、逆接にして訳します。
 ◎人こそ見えね秋は来にけり(人の訪れはないけれども、秋はやって来た
  ことだなあ)

②「や(やは)」・「か(かは)」・・・こちらも「係り結びの法則」で、結びは「連体形」と
 なります。 「や」「か」は、主として「疑問」を表し、「やは」・「かは」は「反語」を
 表します。
 ◎この鏡には文や添ひたりし。(この鏡には手紙が添えられていたか。)
 ◎われは、さやは思ふ。(私は、そのようにおもうだろうか、いや思わない。)

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「源氏物語」の講読は、今月で「若菜下」を終えたかったのですが、ほんの少し
だけ来月に持ち越しとなってしまいました。

延び延びになってしまった女三宮主催の朱雀院の五十の御賀も、師走に入って
タイムリミットが迫って来ました。源氏は12月10日過ぎを御賀の日と決めて、
その前に、六条院で舞の試楽(リハーサル)を行うことにしました。

こうした舞楽の方面に特に優れている柏木を外すのは、いかにもつまらないし、
また他の人も変に思うだろう、と、源氏は試楽の当日柏木を呼んで、助言を
請うのでした。

大成功に終わった試楽の後の宴席で、源氏は酔ったふりをして「過ぐる齢に
添へては、酔ひ泣きこそとどめがたきわざなりけれ。衛門の督心とどめて
ほほゑまるる、いと心はづかしや。さりとも今しばしならむ。さかさまに行かぬ
年月よ。老はえのがれぬわざなり」(寄る年波には勝てず、酔うと泣き上戸に
なってしまいますねぇ。衛門の督〈柏木〉がそう思ってにやにやしているのが、
とても恥ずかしいことだ。でも、それだって今しばらくのことでしょう。逆行しない
のが歳月というものよ。老いは誰も逃れられないことなんだから」と、柏木に
向かって嫌味を浴びせかけました。

これが柏木を打ちのめす決定的なものとなり、退出した柏木はそのまま病の
床に臥せって、やがて死を迎えることとなるのです。

源氏は全ての点で、柏木よりも優位に立っている人間です。その源氏が唯一、
柏木に抱いた劣等感が「若さ」でした。源氏ほどの男でも「老い」を恐れ、それが
若い柏木への嫉妬を生み、この陰湿なイジメへと繋がったのかと思うと、人間の
弱さ、限界というものを、ここに見る気がいたします。千年前にそれを文字にした
紫式部って凄すぎませんか?


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