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リモートカフェタイム

2020年7月29日(水)

新型コロナの感染拡大が止まりません。昨日、この様子ではもう
近いうちに全国の一日の感染者数が1,000人超えちゃうのかなぁ、
と思っていましたが、今日は一気に1,000人を大きく超えて1,200人
以上の感染者が出てしまいました。ずっとゼロだった岩手県でも
初の感染者が出たとのこと。私のような基礎疾患持ちの高齢者は、
ますますじっとしているほかありません。

こうなると、たとえ実際に顔は合わせていなくても、オンラインで
繋がれるというのは有難いですね。

姉がその昔(半世紀ほど前)、大学の学生寮で文字通り寝食を共
にしたお仲間の方たちと「リモートカフェタイム」(このネーミングは
その中のお一人の考案によるそうで、オシャレですよね)をすること
になり、私も招待してもらいました。お二人は溝の口の「紫の会」に
ご参加くださっているし、もう一人の方は初対面でしたが、以前より
拙ブログにコメントを戴いているので、多少緊張はしたものの、すぐ
打ち解けることができました。初対面の場所が、まさかオンラインの
画面の中になるとは(@_@)でしたが・・・。

最年少(この歳では似合わない言い方ですが)で、しかもお邪魔虫な
はずの私が、ついつい『源氏物語』のことなどになると、喋り続けて
しまってスミマセン🙇

おかげさまで、しばし長梅雨の鬱陶しさも、コロナの憂さも忘れ、
「リモートカフェタイム」を楽しませていただきました。先輩諸姉に感謝!


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この夏初めての蝉の声

2020年7月25日(土)

4連休といったところで、コロナの感染拡大など無くても、
特別なこともなく過ごしたと思いますが、今はましてや
「stay home」です。

熱中症の心配を考えると、外出時のマスクが欠かせない
今夏は、長梅雨で、カンカン照りの猛暑日にならないのは
歓迎すべきなのかもしれませんが、やはり気分は晴れま
せんね。

毎年、梅雨明けを告げるかのように蝉が鳴き出すので、
今年はまだ先だと思っていましたが、「もう待ち切れない」と
いったふうに、今しがた、大きな声で勢いよく鳴く蝉の声が
聞こえてきました。

梅雨もそろそろ明けてあげないと、蝉も声の張り上げ甲斐が
ないのでは。案の定、すぐに鳴くのを止めてしまいました(笑)。

「行く人のマスク姿は蝉の目に如何に映るやコロナ禍の夏」

                

淵野辺「五十四帖の会」記念文集

2020年7月21日(火)

新型コロナの感染者は増え続け、長梅雨も明けず、鬱々とした中で、
7月も早下旬となりました。

今年2月に、先陣を切って『源氏物語』を読破した淵野辺クラスですが、
この度、幹事さんから「紫のゆかり」と題した、言わば「五十四帖の会」
の卒業文集のような一冊が送られてきました。

共に歩んだ参加者たちの「読了感想文」に始まり、月例会の年表、
6回に及ぶ研修旅行の記録、と、どこのページを開いても懐かしい
思い出がよみがえります。

今にして思えば、本当に私たちは紫の糸によって手繰り寄せられた
縁で結ばれていたのでしょう。14年余の長きに渡り、この会をリードし、
終了後にこうして文集を編集してくださった幹事さんに、改めて感謝
しています。

この会が最終回を迎えた2月8日の時点では、屈託なく喋り、笑い、
おやつを手でつまんで食べることにも抵抗がありませんでした。
新型コロナに脅かされて暮らす毎日が直ぐそこに待っていようとは、
まだ参加者の誰も想像していなかったと思います。でも、2月末に
予定されていた納会は中止となり、その頃から、巣ごもり生活が
スタートしたのでした。

淵野辺の帰りには、ちょっとデパ地下で買い物をしたりするのも楽しみ
で、そんなことが何でもなく出来ていた日々が、すごく遠い昔のようにも
感じられる今日この頃です。

         DSCF4293.jpg


『枕草子』のお試しミーティング

2020年7月17日(金)

火曜日の夜、湘南台の講読会が中止になった記事を書いて
いた時は、本当に止めて良かったのか、と半ば後悔の気持ちが
ありましたが、その後、コロナの感染者はますます増えて、今日
東京では293人と、もう300人に迫っています。ここはやはり
中止が賢明な選択だったと、思えるようになりました。

そんな中で、今日は来月から例会をスタートさせる溝の口の
『枕草子』のオンライン講座のお試しミーティングを行いました。

多くの方が既に『源氏物語』のオンライン講座にご参加になって
いるので、初めてのミーティングにしては、スムーズに話し合い
が出来たかな、というのが、私の印象です。もしトラブル続出で、
繋がらない方があったりしたら、月末に再度ミーティングを、と
考えていましたが、それも必要なく、次は例会で、ということに
なりました。

オンラインでは、一斉に音読をし始めると、会場でのように、
他の人の声を自然に耳にしながら合わせて読む、というのが
難しく、これは一人ずつ順番に音読してもらうほうがいい、と
思い、予め、読む箇所を割り振っておいて読んでいただくことに
しました。高校生のように、その場で「はい、次を読んで」なんて
指名したら、次回から参加者ゼロになりそうですので(笑)それは
ありません。

新型コロナの先行きが不透明な今、会場での例会となると、
マスクは外せない、入室、退室の際の消毒、ドアを開けて換気に
気をつける、人との距離は十分に取る、などなど、ものすごく緊張
を強いられます。それに比べると、自宅に居て出来るオンラインの
例会は、そうした心配からは完全に解放されています。そりゃあ
対面の良さには勝てません。でもこのご時世では、これが一番
安心して講読できる方法ではないでしょうか。

そうそうもう一つ、このオンラインの『枕草子』には、静岡県に住む
私の姉も参加することになりました。どこにいてもネット環境さえ
あれば参加できるというのも、リモートの利点ですね。


明日の中止に思うこと

2020年7月14日(火)

先週の今頃、5ヶ月ぶりの高座渋谷での講読会を終えた時点では、
明日の湘南台の例会も行くつもりでおりました。でもその後東京を
中心に首都圏ではコロナの感染者が急増、ここ神奈川では大半が
感染経路不明となっているのにも、いっそう不安を掻き立てられて、
結局中止にしていただきました。

一旦は開催で決まっていたのに、私が「どうしましょう?」と電話を
したので、中止にせざるを得なかったのだと思うと、予定に入れて
おられた皆さまに対して、申し訳ない気がするのですが、このクラス
には、別の意味での申し訳なさも感じています。

それは、湘南台だけは、ネットでの会場の抽選予約を受け付けて
いないからなのです。毎月1日(休日ならその翌日)の朝、2ヶ月先
の講読会の会場確保のため、わざわざ湘南台公民館まで出向き、
会場申し込み順を決める抽選に加わり、その結果で使用する部屋
を申し込んで来てくださっています。

現在三人の方が順番に行ってくださっているとのことですが、湘南台
クラスは既に20年が経過、その間に私も高齢者の仲間入りをしました
が、皆さまも高齢になっておられます。この毎月のご苦労を思うと、
それを無にしてしまうことが、なんとも申し訳ないのです。

今私が関わっている中で、ネットでの会場申し込みが出来ないのは
湘南台だけです。八王子、溝の口、高座渋谷は、決められた期間に
ネットで申し込み、後で抽選結果もネットで見て確定する、という方法
を採用しています。

「源氏物語を読む会」だけではなく、他のサークルの方々も高齢化
しておられて、この毎月初めの会場予約のために出向くのが負担に
なっているはず、と、昨日電話でお話している時に、まとめ役の方が
おっしゃっていました。ネットで出来るようにして欲しい、と要望を
出しているけれど、採用してもらえないのが現状だそうです。

どこの自治体でもネット申し込みでやっていることですから、別に
実現化が難しいわけでもないと思うのですが、藤沢市は、どうして
未だに会場へ足を運ばせる形をとっているのか解せません。

来月こそコロナが収まりを見せて、怖気づかずに湘南台へと向かえる
ようになっていてほしい、と願っています。


不器用な恋

2020年7月10日(金) 溝の口「オンライン源氏の会」(第1回・通算141回)

梅雨前線の停滞で、豪雨による被害もいっそうひどくなっています。
被災地の方々は、降り続く雨にどんな思いで過ごしておられることか
と、心が痛みます。

加えて首都圏のコロナの感染者がここへ来て急増。今日の報告では
東京は243人、神奈川でも32人、となっています。1週間前のブログに
「東京で100人超え」と嘆いたばかりなのに・・・。ほぐれかけた気持ちが、
また縮こまってしまいました。

先月の2回のお試しミーティングを経て、溝の口の「第2金曜クラス」と
「湖月会」合同のオンライン希望者による第1回目の例会を行いました。

2月の通常の講読会で読んだ、第46帖「椎本」の続きです。

これまで父・八の宮に何もかも頼り切っていた姫君たち(大君と中の君)
にとって、父宮の急死後の心細さはこの上ないものでした。

そんな中、薫は度々の弔問の使者を遣わすだけではなく、自らも9月に、
そしてまた年の暮にも、宇治を訪れました。

今は父宮に替わって薫の応対をする大君に、薫はますます心惹かれ、
再訪の折に、大君に告白をします。その仕方が実に不器用で、自分の
思いを上手く伝えることが出来ず、逆に大君の気分を損ねるような結果
を招いてしまいます。

先ず薫は、匂宮が中の君に対して恋慕の情を募らせていることを持ち出し、
「よろしければ私が仲を取り持ちます」と言います。何も匂宮にかこつけて
遠回しに言うこともないのに、薫の言葉は大君が心を閉ざす方向へと導く
ばかりです。

「つららとぢ駒ふみしだく山川をしるべしがてらまづやわたらむ」(張っている
氷を馬が踏みしだく山中の川を、匂宮の案内をしながら、先ずは私が渡り
ましょう)、つまり、匂宮の案内よりも私が先にあなたと結ばれたい、との
意で、この歌で大君は完全に心を閉ざしてしまいました。

最後には「京の私の所に移り住みませんか」と提案して、中の君の顰蹙
まで買ってしまう有様でした。

女たらしの匂宮とは比べものにならない誠実な薫ですが、それだけに、
いつも不器用で、恋が空回りしてしまうのも薫です。読者からすると、
歯がゆくもあり、滑稽でさえあるのですが、一方で悲哀を感じさせられる
のが薫の恋です。

これから、大君、中の君、浮舟を相手に展開していく薫の恋の行方を、
ご一緒に読んでいきたいと思います。


五ヶ月ぶりの講読会

2020年7月7日(火) 高座渋谷「源氏物語に親しむ会」(通算148回 統合98回)

九州地方に大きな被害をもたらした豪雨が、まだ断続的に降り続いて
いる中での今年の七夕となりました。

高座渋谷のクラスが前回例会を行ったのは、2月4日。新型コロナの
感染がニュースになり始めた頃でした。でもまだこの時は、こんなに
長く人々の生活を脅かすことになるとは思っていませんでした。

今日も東京での感染者は3桁です。とても気を緩めることの出来る
状態ではありませんが、6月まで閉館していた学習センターも、利用
制限付きで今月から開館したのに伴い、5ヶ月ぶりに高座渋谷へと
足を運びました。

今、会員数は11人ですが、今日の参加者は7人(私を加えて8人)。
24人が定員の部屋では利用の上限が8人となっており、ちょうど
範囲内に収まるので、との連絡を受けて再開を決めました。

教室に入る前に、手の消毒と、検温。部屋の中にもアルコール消毒液
が置いてあり、退出前に、使ったテーブルや椅子も消毒するように、
との指示がありました。

私もずっとマスクをしたまま話をしました。このクラスはもともと一人ずつ
順番に音読しているので、全員で声を出すこともなく、予定通りに例会を
終えることが出来ました。

肝心の講読内容ですが、今回から第37帖「横笛」に入りました。

女三の宮と柏木の話が終結し、次なる夕霧と落葉の宮の恋(といっても、
これも夕霧の一方的な恋慕ですが)の緩やかな進展が語られる巻です。

薫(柏木と女三の宮の不義の子)の順調な成長を示すエピソードが
語られる一方で、既に23、4歳になる女三の宮が、容姿はもとより、
いつまで経っても幼さの抜けない様子を伝えている箇所があります。

共に出家の身でありながら、朱雀院にとってはなお、女三の宮のことが
気掛かりでなりません。「私と同様に極楽浄土を願って仏道に励みなさい」
と書かれたお手紙が届き、それに対して女三の宮は、「私も父上と同じ
山寺に入りたい」と、頼りない筆跡でしたためた返事をなさったのです。
書き損じの紙を見た源氏が、「こんなことを書いては、ご心配なさって
いる父上に、余計心配をおかけするではないか」と、お諫めになりました。

「女三の宮は年を経ても幼稚なままで」と、直接記すわけではなく、
こうした有様を伝えることで、読者に「ああ、そうなのだ」と、自然と
分からせてしまう作者のいつもながらの見事な手法に、唸らされた
一場面でした。


今月の光琳かるた

2020年7月5日(日)

災禍は新型コロナだけにとどまらず、九州の熊本では球磨川が
豪雨のために氾濫して、甚大が被害が出ております。更なる雨も
心配されていますが、どうかこれ以上災害が広がりませんように。

7月も早5日です。「今月の光琳かるた」にどのかるたを選ぼうかと
思案していたところ(もうこの季節の歌は残っていません)、私が
訪問させていただいているブログのタイトルに、「そうだ」と思い
ついたのがこの歌です。

「住の江の岸に寄る波よるさへや夢の通ひ路人目よくらむ」
                      十八番・藤原敏行朝臣
 DSCF4288.jpg
(住の江の岸に寄る波、その「よる」ではないが、「夜」に
 見る夢の中の通い路までも、あの人は人目を避けて
 逢ってはくださらないのであろうか)

第二句までは、「寄る」と同音の「夜」を導き出すための序詞で、
長い序詞の歌は訳し難いのですが、現実の人目があるところでは
言うまでもなく、誰の目も無いはずの夜の夢の中でまで、人目を
気にして逢いに来てくれない男を恨む、女の歌として詠まれて
います。「さへ」の語源は「添へ」で、添加を示す副助詞です。
「その上~までも」の意となります。

古へには、相手が自分のことを思っていると、その姿が夢の中に
現れる、と考えられていました。ですから夢にも現れてくれないのは、
相手の自分への愛が不足している証拠、ということにもなり、いっそう
嘆きが深まる要因ともなったのでありましょう。

小野小町も同趣の歌を詠んでいます。
「うつつにはさもこそあらめ夢にさへ人めをよくと見るがわびしき」
(現実にはそうであろうが、夢の中までも人の目を避けていると
 思われるのが情けないことよ) (『古今集』・恋三・656)

作者藤原敏行には、皆がよく知っている名歌があります。
「秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる」
(秋が来た、と目にははっきりと見えないけれど、ふと感じる風の音
に、ハッとさせられることですよ)(『古今集』・秋上・169)

こちらが『百人一首』に採られていたなら、藤原敏行の知名度は、
今よりも上がっていたのではないかと思われるのですが・・・。


「源氏物語のあらすじ」・・・第九帖「葵」(その5)

2020年7月3日(金)

何やら気忙しく過ごしているうちに、今年も後半に入って
しまいました。

前回ブログを更新した頃(1週間位前)までは、少し気持ちも
前向きになっていたのですが、昨日から東京での感染者が
100人を超え、また後退りの心境になりつつあります。

「源氏物語のあらすじ」は、本日分で、溝の口「紫の会」が講読
したところまで追いつきました。

全文訳の、2020年1月30日の「葵」(12)、2月10日の「葵」(13)
6月25日の「葵」(14)に該当する部分を、粗筋に纏めたものに
なります。

「源氏物語のあらすじ」・・・第九帖「葵」(その5)は⇨⇨こちらから


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