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「源氏物語のあらすじ」・・・第九帖「葵」(その6)

2020年9月29日(火)

先週(9月24日)のオンライン「紫の会」で、第9帖「葵」を
読み終えましたので、あらすじにまとめたものを、UPして
おきます。今後も「かなり詳しいあらすじ」は、講読会後に
書いている全文訳の3ヶ月分程度を、1回にまとめて更新
していきたいと考えております。

全文訳の、2020年8月17日の「葵」(15)「葵」(16)
8月27日の「葵」(17)、9月14日の「葵」(18)に該当する
部分となります。

「源氏物語のあらすじ」・・・第九帖「葵」(その6)は⇨⇨こちらから


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斎宮の伊勢下向に付き添う母親

2020年9月24日(木) オンライン「紫の会・木曜クラス」(第2回・通算49回・№2)

「紫の会」のオンラインでの例会はまだ2回目ですが、皆さまZoomにも
すっかり馴染まれたようで、もう途中での接続トラブルなどもなく、少し
余裕が感じられるようになってきました。

前半で読んだ「葵」の巻末部分につきましては、月曜クラスのほうで
ご紹介しましたので(その記事は⇨⇨こちらから)、そこでも予告しました
が、今日は「賢木」のプロローグの途中で大きく脱線したお話について
書くことにします。

3月10日に「斎宮女御」と題した記事を書いておりますが(⇨⇨こちらから)、
そこでは、「佐竹本三十六歌仙絵」にまつわる話を中心に記しましたので、
今日はもう少し『源氏物語』に絡めてのお話です。

歴史上の「斎宮女御」は、自身も第61代・朱雀天皇の御代の斎宮となり、
母親の死によって退下後、第62代・村上天皇の女御となった徽子女王で、
第64代・円融天皇の御代の斎宮となった娘(規子内親王)につき従って
伊勢に下向した母親のほうです。

『源氏物語』で「斎宮女御」と呼ばれるのは、源氏の兄・朱雀天皇の御代の
斎宮に選ばれ、朱雀天皇の譲位によって退下し、冷泉天皇の女御となった
(のちに「秋好中宮」と呼ばれている)六条御息所の娘にあたる方です。

六条御息所は、このまま京に留まっていたら、源氏との恋を諦めきれない
自分の弱さ、未練がよくわかっています。ですからそれを断ち切るために、
娘の斎宮と共に伊勢へと下向する決心をしたのでした。「親添ひて下り
たまふ例も、ことになけれど」(親が付き添って伊勢に下った例も特にない
のだけれど)とあって、母親が娘の斎宮に付き添って伊勢に下るという
のは先例のないこと、と本文に書かれています。

『源氏物語』が執筆されたのは第66代・一条天皇の御代なので、読者は
「先例のないことではないでしょうに」と思いがちですが、『源氏物語』の
桐壺帝は、第60代・醍醐天皇をモデルにしていると言われています。
「賢木」の巻での天皇はその皇子・朱雀帝(源氏の異母兄)ですから、
歴史的に見ても第61代・朱雀天皇の御代、ということになります。

なので、『源氏物語』で、母親が娘の斎宮と一緒に伊勢に下った先例は
無い、としたのは間違っていないのです。

来月はいよいよ『源氏物語』屈指の名場面、「野宮の別れ」を読むことに
なります。余談が多すぎるとその情趣を損ねてしまいますから、横道に
逸れぬよう、心して読みたいと思います。

本日の講読箇所を通してお読みになる時には、先に書きました第10帖
「賢木」の全文訳(1)をご覧ください(⇨⇨こちらから)。


第10帖「賢木」の全文訳(1)

2020年9月24日(木) オンライン「紫の会・木曜クラス」(第2回・通算49回・№1)

こちら木曜クラスも今月は、月曜クラスと同じ第9帖「葵」の最後と
第10帖「賢木」の冒頭を読みました。「葵」は月曜クラスのほうで
書きましたので(⇨⇨こちらから)、今日は少しですが、「賢木」の
最初の部分になります(127頁・1行目~128頁・3行目まで)。
(頁・行数は、「新潮日本古典集成 源氏物語二」による)

斎宮の下向の日が近づくにつれて、御息所は何となく心細くお思いに
なっております。高貴で煙たい本妻だと思われていらした左大臣家の
葵の上がお亡くなりになった後、「たとえしっくりいってなかったとしても、
今度は御息所が本妻の座におつきになるのでは」と、世間でも噂申し
上げ、野宮の内部でも期待に胸をときめかせておりましたが、葵の上
亡き後は却って源氏の君のお通いがふっつりと途絶え、あきれるほど
冷たいなさりようをご覧になるにつけ、「源氏の君が心底嫌だと思われ
ることがあったのであろう」と、御息所はすっかりお悟りになったので、
一切の未練を断ち切って、ひたすら斎宮と共に伊勢に下向しようと
なさっております。

斎宮に母親が付き添って一緒に下向したという先例はないことだけれど、
斎宮がまだお一人で行かせるには忍びないお歳であることにかこつけて
源氏の君との辛い関係を解消しようと、御息所はお考えでしたが、源氏の
君は、さすがに御息所が「もうこれっきり」と、遠くへ行っておしまいになる
のも、残念に思われて、お手紙だけはしみじみとした書きぶりで、度々遣
わしておられました。

源氏の君にお逢いになることは今更とんでもないことだと、御息所もお思い
でした。「あちら(源氏の君)は、私に対して気に食わないと、根に持って
いらっしゃることもあろうし、自分は自分で逢えばいっそう物思いが募るに
違いないので、つまらないことだ」と、ご自身に強く言いきかせようとなさって
いたのでありましょう。


やっと当選「シャープのマスク」

2020年9月21日(月)

シャープのマスクが売り出された頃は、マスクがドラッグストアや
スーパーの棚から消えてしまっており、すぐにでも欲しくて応募を
試みましたが、先ずは会員登録が受け付けてもらえません。
その後、会員登録をしなくても抽選申し込みが出来るようになりま
したが、今度は送信ボタンを押しても送信されないことの繰り返し
が5~6回続き、第1回目の応募は諦めました。第3回目になると、
応募はスムーズに出来ましたが、なかなか当選したとの通知は
届きません。

そのうちにマスクがあちらこちらで販売されるようになり、当選が
待ち遠しくてならない状態から解放されました。そして第21回目の
今回、当選のお知らせメールが届きました。日本製の良質なマスク
ですし、折角ですから手続きをして購入しました。

姉も前回(第20回目)当選したそうで、さすがにつけ心地が良いと
言っています。近所のスーパーまで行くだけに使ってしまうのも
勿体ない気がして、いつから使おうかと只今思案中です。

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清少納言の一番嬉しいもの

2020年9月18日(金) オンライン『枕草子』(第2回 通算第43回)

今年の彼岸の入りは明日19日。「暑さ寒さも彼岸まで」とはよく言った
もので、今日が暑さ納めとなるのでしょうか。明日からはもう真夏日に
なることもなさそうですし、いよいよ秋本番ですね。

オンライン『枕草子』の2回目、つくづく思うのは、オンライン講座での
音読を一人ずつ順番に読んでいただく形にして良かった、ということ
です。本当に皆さま、情感豊かに読まれるので、「ああ、もうしっかりと
内容も把握して読んでおられるのだなぁ」と聴いておりました。

今回は第256段~第259段迄を読みました。第258段は「嬉しきもの」
という類聚章段で、いろいろと作者が「嬉しい」と思うものを挙げている
のですが、やはり清少納言にとって一番嬉しいことは、中宮さまに誰
よりも目をかけていただいているのが実感できる時だったのでありま
しょう。次の第259段は、それを具体的に記した段となっています。

清少納言は、嘗て中宮さまの御前で、「もう生きてる甲斐もないわ、と
思われるような時でも、白い良質の紙が手に入ったり、綺麗な高麗縁
(こうらいべり)の茣蓙を目にしたりすると、やっぱり人生捨てたもんじゃ
ない、と命までもが惜しくなるんですよね」と、語ったことがありました。

その後、清少納言は道長方に通じている人間だと仲間の女房たちに
誤解され、宮仕えが嫌になって、長く里下がりをしていることがありま
した。

もうその頃には、言った本人も忘れてしまっていたのですが、中宮さま
から、先ずは白い紙が20枚届けられました。更に二日後には、綺麗な
高麗縁で縁取られた茣蓙が作者の許に届いたのです。

「どんなにムシャクシャする時でも、この二つがあれば生きて行ける」
との清少納言の発言を、しっかりと覚えていて、「さあ、これで元気を
お出し」と、励まそうとしてくださる中宮さまでした。ご自身も父の関白・
道隆亡き後、兄・伊周は道長との政争に敗れ、おまけに弟・隆家と共
に花山院奉射事件まで起こして左遷され、中宮さまも自ら髪を切って
落飾した辛い時期だったにも拘らず、です。

中宮定子の不遇については一文字も記すことなく、ひたすら中宮さま
への敬愛の念のみを書き綴った作者の意地とも言える執筆姿勢に、
二人の深い絆と同時に、『枕草子』という作品が、中宮定子への
オマージュであることを改めて認識させられる段であろうか、と思われ
ます。


ラストシーンは左大臣家の寂しい新年

2020年9月14日(月) オンライン「紫の会・月曜クラス」(第2回・通算49回・№2)

5ヶ月のブランクがあって、「紫の会」の例会(オンラインのみですが)を
再開しましたので、本来会場で読んでいたなら、3月、遅くとも4月に
読み終えていたはずの「葵」の巻を今月読了し、次の「賢木」へと進み
ました。

第10帖「賢木」は、『源氏物語』の中でも屈指の名文「野宮の別れ」の
場面から始まりますので、今日はそれをじっくりと味わっていただく
予定だったのですが、結果としてはそこまで行き着かず、プロローグ
のところで大幅な横道に逸れてお終い、となってしまいました。

その横道の話は、木曜日クラス(24日)のほうでご紹介することにして、
今日は、「葵」の巻のラストシーンについて触れておきたいと思います。

「葵」の巻は、ほぼ源氏22歳の時の出来事が書かれていますが、最後
は年が改まり、源氏23歳の春の場面が描かれています。

舞台は左大臣家。前年の8月に葵の上を亡くした左大臣家では、新春を
迎えたからといって、悲しみが癒えるわけではありません。院の御所、
宮中への新年の挨拶を済ませた源氏は、その足で左大臣家を訪れます。

元日に涙は禁物、と思っても、なまじ源氏の訪問を受け、いっそう在りし
日のことが思い出される左大臣夫妻にとっては、堪えようもありません。

それでも、源氏がそこで見たのは、大宮が心を込めてご用意くださった
新年の見事な装束でした。娘を喪い、既に婿ではなくなってしまった源氏
ですが、葵の上の生前と全く変わりなく、源氏のお召し物を新調してお待ち
になっていたのです。

その衣装に着替え、源氏は「今日、自分が来なかったら、大宮はどんなに
がっかりなさったことだろう」と、大宮をおいたわしく思うのでした。

「年が明けても涙が降る」という、源氏と大宮の贈答に対して、「おろかなる
べきことにぞあらぬや」(お悲しみは並一通りであるはずもないのです)との
草子地が加えられ、「葵」の巻は幕を閉じます。

二条院での紫の上との新たな人生の始まりで終わらず、この左大臣家の
もの悲しい様子を伝えて「葵」の巻のラストとしたのは、作者自身の中にも
葵の上の死を悼む思いが強く、それを読者と分かち合いたかったからでは
ないでしょうか。

先に書きました「葵」の全文訳(18)で、この場面を通してお読みいただければ、
と存じます(⇨⇨こちらから)。


第9帖「葵」の全文訳(18)

2020年9月14日(月) オンライン「紫の会・月曜クラス」(第2回・通算49回・№1)

オンライン「紫の会」は、今月で2回目となりますが、ようやく第9帖「葵」を
読み終え、次の「賢木」の巻に少しだけ入りました。こちら(月曜クラス)で
「葵」の全文訳の残りを、24日の木曜クラスで「賢木」の全文訳を書きます。

「葵」の巻、120頁・14行目~123頁12行目迄の全文訳です。
(頁・行数は、「新潮日本古典集成 源氏物語二」による)


源氏の君は、紫の上のことを、今まで世間の人も、どこの誰とも存じ上げ
ないのはいかにも軽く見えそうなので、父宮(兵部卿の宮)にお知らせ
申し上げよう、とお思いになって、裳着のことを、人に広くはおっしゃい
ませんが、普通よりも立派に、とお考えになって準備なさるご配慮など、
とても有難いことですが、紫の上はこの上なく源氏の君を疎まれて、
「長年、全面的に源氏の君をお頼りして、いつもまつわりついていたのは、
我ながら呆れ果てるような気持ちだった」と、悔しさばかりが募って、
まともに目を合わせることもなさいません。

源氏の君が冗談をおっしゃっても、辛く迷惑なことと塞ぎ込まれて、以前
とはすっかり変わってしまわれた紫の上のご様子を、おかしくも、気の毒
にも思われて、源氏の君が、「長年大切に思ってまいりました私の真心も
通じず、打ち解けてくださらぬご様子の情けないこと」と、恨み申し上げて
おられるうちに、年も改まりました。

元日は、例年通り、院の御所に参上なさり、続いて帝、東宮の許にも拝賀
にお出でになりました。その足で源氏の君は左大臣邸へと向かわれました。

左大臣は新年であるにも拘らず、亡き葵の上のことなどをお口になさって、
もの寂しく悲しいとお思いになっているところに、いっそうその悲しみが増す
かのように源氏の君までがいらっしゃったので、じっと我慢しておいでですが、
堪え難くお思いになっておりました。

源氏の君は一つ御年が加わられたせいか、堂々たる風格までが加わられて、
以前よりも実に美しくお見えになります。左大臣とお会いになったお部屋を
出て、葵の上と過ごしたお部屋にお入りになると、女房たちも珍しく源氏の
君を拝見して涙をこらえることが出来ません。源氏の君が若君(夕霧)を
ご覧になると、すっかり大きくなってよくお笑いになるのも不憫に思われます。
目元や口の辺りがただ東宮とそっくりなので、人が見て不審に思うと困る、
と源氏の君は見ておられました。

お部屋の調度なども葵の上の生前と変わらず、衣桁に新調された装束など
が、例年と同じように掛けられているのに、そこに女物の装束が並んで掛け
てないのが、張り合いなく、物足りない思いがするのでした。

大宮からはお便りが届き、「元日の今日はたいそう我慢しているのですが、
このようにあなた様がお出で下さると、却って涙がこぼれてまいります」など
とお書きになっており、さらに「昔と変わらぬつもりでご用意しましたお召し物
も、この数ヶ月いっそう涙に目もふさがって、色合いもつまらなくご覧になろう
かと存じますが、せめて今日だけはやはりお召しになってくださいませ」、と
言って、たいそう心づくしの数々のお召し物を、さらにとり重ねて差し上げ
なさいました。

必ず今日お召しになるようにと、大宮がお思いになっている下襲は、色も
織り方も並々ではなく格別なのを、このお気持ちをどうして無駄に出来よう
か、と思い、源氏の君はお着替えになりました。もし今日こちらへ顔を出さ
なかったら、残念にお思いになったことだろう、と大宮のお気持ちがおいた
わしく感じられました。

お返事には、「春が来たのか」ということを、先ず私をご覧になることで知って
いただければと思い、参上いたしましたが、思い出されることが多くて、何も
申し上げることができません。

「あまた年今日あらためし色ごろもきては涙ぞふるここちする(これまで何年
もの間、元日は、お心づくしの美しい装束に着替えておりましたが、今日また
こちらに伺って着てみると、涙がこぼれ落ちて昔のことが思われます)とても
気持ちを静めることが出来ません」

と、申し上げなさいました。大宮からはつぎのような返歌が届きました。
 
「新しき年ともいはずふるものはふりぬる人の涙なりけり」(新しい年にも
かかわらず、降り注ぐのは年老いた親の涙でありますことよ)

どなたも、並一通りのお悲しみであろうはずもなかったのでございます。

                                  第九帖「葵」了

「総角」の巻に入る

2020年9月11日(金) 溝の口「オンライン源氏の会」(第3回・通算143回)

今月でオンラインでの例会も3回目となりました。皆さまも私もだいぶ緊張が
ほぐれてきた感じです。

前回で「椎本」を読み終え今回から第47帖「総角」に入りました。先月予告を
しましたが、本文を読み始める前に、手芸がとてもお上手な方に「総角結び」
の実演講習をしていただきました。

「総角結び」というのは、古代の男子の髪型「角髪」(みずら)から考案された
もので、浄化、魔除け、あるいは人間同士の「縁」などの意味を込めて、今も
装飾結びの代表として使われています。気をつけていると、あちらこちらで
見かけるもので、大相撲の土俵の屋根から下がる房なども「総角結び」です。
13日から始まる秋場所をテレビでご覧になる時には、ちょっとそこにも目を
遣ってみてください。

不器用な私でも、ご指導頂いたお蔭で、「総角結び」ができました。
          
           DSCF4316.jpg

                  
本文のほうは、「椎本」の巻の最後で、大君と中の君の姿を垣間見た薫が、
大君を理想の女性として脳裏に焼き付けたのを受け、いよいよ大君に対し
アタックを開始するのですが、今日はまだその触りのあたりを読みました。

同じオンラインでの講座でも、『枕草子』や『紫の会』に比べ、お一人に音読
していただく1回の量が、かなりなボリュームになっているのですが、流石に
ここまで読み進んでくると、皆さま難無くこなしておられました。

今日はまだ32度まで気温が上がり真夏日でしたが、明日は一気に27度まで
下がるとのこと。ただ雨でムシムシするそうですが、それでも楽なのでは、と
期待しています。


七ヶ月ぶりのデパート

2020年9月8日(火)

「○ヶ月ぶりの」と大仰に冠した出来事も、新型コロナがなければ
ごく普通にしていることばかりです。「四ヶ月ぶりの外食」、そして
今日の「七ヶ月ぶりのデパート」。どちらも、それだけが目的なら
今はまだ積極的にはしないのですが、病院受診の為に出掛けた
ことで実現しました。

コロナ禍の前にデパートに立ち寄ったのは、2月8日の淵野辺での
最終講読会の帰りですから、ちょうど七ヶ月前、ということになります。

その時は地下だけ(だいたいいつもそう)でしたが、今日は出産祝い、
鳩居堂の便箋や季節の絵葉書、総角結び用の紐、など、地下の
食品以外にも買いたい物がいろいろあったので、病院からの帰り、
30分余デパートの上階フロアを回りました。勿論、最後は地下で、
あれこれ買い物をしました。

総じて、コロナの影響なのか、空いていました。地下は、結構人が
いましたが、それでもいつも行っているスーパーのほうがずっと
混んでいます。

なのに、疲れました!これまで仕事帰りにデパートに寄ってもさほど
疲れることはなかったのに、「巣ごもり」で身体がなまってしまった?
半年以上、スニーカー以外の靴を履かなかったから、今日の靴が
合わなくなってしまったのか(これまではいくら歩いても平気な靴
だったのに)、足の裏あたりを揉みたくなるような疲れ方で、夕食後は
何もする気がせず、眠くて寝落ち!今頃(23時過ぎ)になって、足の
疲れも回復し、ブログの更新でもしようかな、という気になりました。

猛暑の間、散歩もさぼりがちだったけど、この週末からは涼しくなる
ようですし、少し頑張って脚を鍛えよう、と思います。


オンラインでミニミニクラス会

2020年9月4日(金)

昨夜は、パソコンの電源が突然「プツン」と落ちてしまい、何度電源を
入れ直しても同じ現象。わっ、困った!明日は大学時代のクラスメイト
と「リモートカフェタイム」の約束をしてるのに、どうしよう?プロジェクター
用の小さいパソコンにもZoomはインストールしてあるので、取り敢えず
それでやるしかないけど、来週の講座はどうすればいいんだろう?と、
かなりパニック状態になっていました。もう丑三つ時も過ぎてるし、
いつもパソコンのことでお世話になっている方に連絡することも出来ず、
諦めて寝ました。

朝になって「無駄だろうなぁ」と思いつつも、電源を入れてみたら何と
「自動修復準備中」の文字が・・・。で、間もなく自動で復活しました。
ヤレヤレです。午後からのオンラインでのミニミニクラス会にも、
いつものパソコンで参加できました。

ちょうど1ヶ月前の8月4日に、友人と二人でリモートカフェを楽しみました
(その記事は⇨⇨こちらから)。

「次回は大学時代の他の友人たちにも声を掛けてまたやりましょうよ」
と、その折約束したことが今日実現したのです(友人は今回も、手作り
の「豆寒天」を用意していました・・・今日は写真無しですが、ちゃんと
黒蜜も添えてあって、美味しそうでした!)。

四人で顔を合わせるのは、昨年5月の仙台でのクラス会以来。幹事の
一人だった仙台在住の友人もZoomデビューを果たしてくれました。
他の三人は、少し離れてはいますが神奈川県在住です。でも、一つの
画面に映っているので、みんな同じ場所に居る感覚になれます。

先ずは「仙台でのクラス会が去年で良かったわね。今年だったら中止
せざるを得なかったものねぇ」から始まり、あれこれと2時間余、各自
用意したお茶とお菓子を時折つまみながら、お喋りに興じました。

どうしてもコロナの話題が多くなる中で、「食事の支度が大変になった」と
いうのは、誰しも主婦ならではの実感。冷凍食品を上手に使っているとの
話も聞かせてもらいました。そう言えば私も、3月以降外食したのは6月の
病院受診日の已むを得ぬランチ1回だけで(その記事は⇨⇨こちらから)、
コロナで圧倒的に増えたのは台所に立つ時間だと思います。

我々が大学生だったのは半世紀前。今は全員、血圧だのコレステロール
だのと、薬のお世話になっているようですが、こうしてオンラインでの
カフェタイムが楽しめたのは、まだそれなりに元気だからこそ。「また
お会いしましょうね」と手を振りつつ、パソコンの画面を閉じたのでした。


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