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三つ目の方法

2021年10月8日(金) 溝の口「CD源氏の会」(第1回・通算141回)

10月に入っても、夏日、真夏日の連続です。さすがに日が落ちると
風がひんやりと感じられますが、それにしてもいつまで半袖が必要
なのでしょうね。これでは衣替えも出来ません。

しかも昨夜は大きく揺れました。全国的に地震が多発しているような
気がします。自然災害は、いくら防災対策といっても限度があります
ので、コロナよりも怖いです。

そのコロナのせいで、『源氏物語』や『枕草子』の講読会は、長い間
休講を余儀なくされ、今月再開したクラスもありますが、溝の口の
クラスは、先月年内の休講が決まったので、年明けに再開できたと
しても、2年近いブランクが生じることになります。昨夏よりオンライン
での講読も始めましたが、まだ会場での再開を待っておられる方々
のほうが多いので、何とかこのブランクを埋める方法はないか、と
模索して、辿り着いたのが今日から始めることになったCD化でした。

私一人で、原文を音読し、現代語訳をつけて、必要な注釈があれば
それも入れていく、という形で進めることになりましたが、やはりお話を
して反応を窺いながら、ではないので、いつものような調子で喋るのも
難しく、この方法も慣れるには何回かかかりそうです。

12月までの例会日に当たる、第2金曜日と第4月曜日に録音(計6回)
をして、それをCDに書き込みます。会場、オンライン、に次いでのこの
三つ目の方法、皆さまからのご意見を戴きながら進めて行けたら、と
思っております。

今回は第46帖「椎本」の後半を読みましたが、次回は「椎本」を読み終え、
次の第47帖「総角」に入れるかと思います。

本日録音した箇所のポイント紹介までしていると、長くなりすぎるので、
オンラインクラスの第1回目をご参照くださいませ(⇒こちらから)。


哀しい女心

2021年10月6日(水) 溝の口「オンライン源氏の会」(第16回・通算156回)

今回からこのオンラインクラスには新しいお仲間が二人増えて、
14名となりました。スタート時には8名と、オンラインクラスの中で
一番少ない人数でしたが、ここへ来て逆に一番人数の多いクラス
となりました。

第47帖「総角」も終盤に入ってきました。宇治への紅葉狩の際に、
中の君の許を訪れることができなかった匂宮を恨み、更には京で
夕霧の六の君との縁談が進んでいるとの話を耳にし、ますます
「妹は弄ばれて捨てられた」と絶望的になった大君は、食べ物が
一切喉を通らなくなり、病の床に臥すようになってしまいました。

匂宮は中の君のことを大切に思う誠意はあるのですが、禁足を
命じられ、宇治へ行けずにおりますので、その気持ちは、宇治の
姫君たちには伝わりません。

11月になり、この年は「五節」が例年よりも早くに行われ、薫も公私に
渡り多忙を極めておりましたが、5、6日お見舞いの使者も遣わせず
にいると、大君のことが気がかりで、すべてを投げ打って宇治へと
赴いたのでした。「虫の知らせ」のようなものを感じたのかもしれま
せんね。

大君は、もう回復の見込みのない状態になっており、薫はここで大君
に付き添うことを申し出ます。以前なら考えられないことですが、大君も、
今更ながら薫の真心をしみじみと思い知り、直ぐ傍で看取られることを
拒否しませんでした。

「むなしくなりなむのちの思い出でにも、心ごはく、思い隈なからじと
つつみたまひて、はしたなくもえおし放ちたまはず」(私が死んだ後の
思い出にまで、強情で、思いやりのない女だったと思われたくない、
と気になさって、素っ気なく薫を押しのけたりはお出来にならない)。

やはり薫には好かれていたい。良い印象を残して死にたい。最初で
最後の、大君が薫に見せた切ない女心でした。

この先大君亡き後も、大君は永遠の女性として、薫の心に生き続ける
ことになります。


蓮華の座はどうなる?

2021年10月5日(火) 高座渋谷「源氏物語に親しむ会」(通算152回 統合102回)

コロナ禍に見舞われて1年と8ヶ月。20回あるはずの講読会の
うち、これ迄波の合間をぬって行えたのは、昨年の7月、10月、
11月、そして今年4月の4回でした。先月は、感染者数が減少
し始めたばかりで、まだちょっと、と例会は見送りましたが、
このところの不思議なほどの激減によって、今日は全員参加で、
半年ぶりの対面講座となりました。

このクラスは、今回から第38帖「鈴虫」に入りました。この巻は、
女三の宮と柏木の話の後日談的色彩が濃く、第37帖「横笛」で
気配が芽生え、第39帖「夕霧」で発展する、夕霧と落葉の宮の
恋物語(といっても、夕霧の一方的な恋慕ですが)とは繋がらない、
言わば、オペラの間奏曲のような巻です。

源氏50歳の夏、出家した女三の宮の持仏開眼供養が、源氏主導
のもと、見事に整えられた荘厳な室礼に囲まれて営まれました。

女三の宮の出家は、源氏にとっては不本意なものだっただけに、
「こうした仏事の支度を一緒にすることになろうとは、思っても
いなかった。せめて来世では極楽浄土の蓮の中で仲良く暮らせる
ように祈ってください」と言います。

ええっ?それって同じことを紫の上にも言いましたよね、と読者は
ツッコミたくなります。

第35帖「若菜下」で、源氏は紫の上に、「契りおかむこの世ならでも
蓮葉に玉ゐる露の心へだつな」(約束しておきましょう。この世だけ
でなく、来世でも、極楽の蓮の上に一緒に居ることを。ですから私に
露ほどの心の隔ても持たないでくださいね)と、歌を詠みかけている
のです。

紫の上は、この翌年に亡くなります。極楽では、蓮華の上に半座を
空けて同行の人(現世での伴侶)を待つのだそうです。源氏が逝く
のはその数年後。女三の宮は「宇治十帖」の最後迄存命ですから、
三人が極楽の蓮の上で鉢合わせするのはまだまだ先ですが、でも、
そうなった時、どうするんでしょうね?

現世と同じように、紫の上が遠慮してその座を譲るのか、それとも
女三の宮が、「結構です」と辞退するのか。

実際源氏が、「はちす葉をおなじ台と契りおきて露のわかるる
けふぞ悲しき」(来世では同じ蓮台に乗ろうと約束しても、今はその
葉に置く露のように一緒に居られないのが悲しい)と、歌を詠んだ
のに対し、女三の宮は、「隔てなくはちすの宿を契りても君が心や
すまじとすらむ」(共に蓮の宿に住もう、とお約束下さっても、あなた
のお気持ちは、私と一緒に住みたいとは思っていらっしゃらない
でしょう?)と返しています。さすがの女三の宮も、源氏の本心を
見抜いていますね。

もしかしたら、二人とも離れて行って、蓮の上には源氏一人が取り
残される?なんてことが、あってもよさそうな気もするのですが・・・。


今月の光琳かるた

2021年10月2日(土)

今日は台風一過の秋晴れとなりました。しかも緊急事態宣言が
全面解除となった最初の土曜日、観光地も多くの人出で賑わった
ようです。

さて、「今月の光琳かるた」ですが、紅葉の歌にはまだ少し早い
10月、「どの歌を取り上げようか、また悩ましいな」と思っていた
ところ、毎日訪問させていただいているブログで、数日前に、
レジンで作った東映映画のオープニングの立体模型を紹介して
おられる記事を拝見しました。そこでピ~ンとひらめきました。
「10月の光琳かるたはこれで決まりだわ」と。

「風をいたみ岩打つ波のおのれのみくだけてものを思ふころかな」
                         四十八番・源重之
   光琳かるた48番
 (風が激しいので、岩に打ち寄せる波が己一人で砕け散る
  ように、私も一人、つれないあの人のことを思い、千々に
  砕けて思い乱れるこの頃であることよ)

この歌を読むと、必ず思い浮かぶのが、東映映画のオープニング
画面なのです。

作者の源重之は、清和天皇の曽孫ですが、父の代で源氏姓を賜り
臣籍に降下した、所謂「清和源氏」の一人です。若くして歌人として
の名声を博し、「三十六歌仙」にも名を連ねておりますが、中央官僚
の道からは外れ、受領階級の役人として、地方官を歴任しました。

この歌の下の句「くだけてものを思ふころかな」は、

「山賎のはてに刈り干す麦の穂のくだけてものを思ふころかな」(山賎
が、八手に刈って干す麦の穂のように、私も砕けて物思いに耽っている
この頃であることよ)『好忠集』

「秋風のふけばかたよるいねの葉のくだけてものをおもふころかな」
(秋風が吹くと片寄ってしまう稲の葉のように、私も砕けて物思いに
耽っているこの頃であることよ)『古今六帖拾遺』読み人知らず

のように、同一の歌も少なくありません。本歌取りに好まれて用いら
れたフレーズのようです。しかしながら、『伊勢集』に見える、
「風ふけば岩うつなみのおのれのみくだけてものをおもふころかな」と
なると、もはや本歌取りの域を超えており、今なら完全に盗作と言われ、
問題になるでしょうね。崇徳院の「瀬をはやみ」(七十七番)⇒こちらから
とも類似しているとして、江戸時代にはこんな川柳も作られています。

「くだけてもわれても定家百に入れ」


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