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今月の光琳かるた

2022年3月6日(日)

関東地方では、昨日「春一番」が吹きました。いよいよ本格的な春の
訪れとなりましたが、ウクライナのニュースが流れる度、冬に戻される
ような気分になりますね。「今月の光琳かるた」をどれにしようか、と
選んでいる時、「夜もすがらもの思ふころは」の文字が目に入り、全く
次元の異なる話ではありますが、ウクライナの人たちも一晩中眠る事
もままならず、苦しみ続けておられるに違いない、と思い、この歌を
「今月の光琳かるた」といたしました。

「夜もすがらもの思ふころは明けやらぬねやのひまさへつれなかりけり」
                         八十五番・俊恵法師
     百人一首・85番
(一晩中あの人への恋しい思いに苦しんでいる頃は、いつまで経っても
 夜の明けきらない閨の隙間までもが、つれなく感じられることよ)

あれ?この歌の3句目は「明けやらで」では?と思われる方も多いのでは
ないでしょうか。実は、出典の『千載和歌集』は「明けやらぬ」で、俊恵法師
の家集『林葉和歌集』も「明けやらぬ」です。「百人一首」の写本でも室町期
までの古いものは殆ど「明けやらぬ」なので、原形は「明けやらぬ」のほうだ
と思われますが、近世以降は「明けやらで」と書かれているものが大半です。

「ぬ」は、打消しの助動詞の連体形なので、「明けやらぬ」は「ねやのひま」
に掛かり、夜長の季節限定となってしまいます。恋に思い悩み眠れない女
の気持ちも、「明けやらで」のほうがよく伝わってきます。普通は後世の人が
いじると改悪になることが多いのですが、この場合は改良となっていると
言えそうです。勿論、爆撃や空襲警報におびえる夜を過ごさねばならない
今のウクライナの方々にとっても、なかなか暗い夜が明けないの、だと
思います。

俊恵法師は、71番の「大納言経信」を祖父とし、74番の「源俊頼朝臣」を
父とする、親子三代に渡って唯一「百人一首」に入集した歌人です。
祖父の経信は郊外の別荘で風雅な生活を楽しみ、政治に関しては熱心
でなかったので、すでに父・俊頼の代には公卿の座を外れておりました。
しかし、俊頼は院政初期の歌壇の重鎮として、5番目の勅撰和歌集である
『金葉和歌集』の撰者となったのをはじめ、数々の功績を残し、次世代の
歌人たちに多大な影響を及ぼしました。俊恵が17歳の時、その俊頼が
亡くなり、俊恵は出家して東大寺の僧となりました。

その後20年余り、俊恵法師の歌人としての活動は乏しく、現在伝わって
いる1,100首余の歌の大半は、40歳以降に詠まれたものです。

白川の自坊を「歌林苑」と名付け、そこに藤原清輔(84番)・寂蓮法師(87番)
・殷富門院大輔(90番)など多くの歌人を集めてさかんに歌会・歌合を開催し、
俊頼亡き後、衰退に向かっていた歌壇に大きな刺激を与えました。『方丈記』
の作者の鴨長明の歌の師としても知られており、長明の歌論書『無名抄』には
俊恵法師にまつわる多くのエピソードが残されています。


「ひな祭り」

2022年3月3日(木)

今日は「ひな祭り」。

我が家は子どもは息子一人、孫も男の子が二人。お雛様が大好きで、
あちらこちらの美術館へも足を運んできましたが、家の中でお雛様を
飾る機会には恵まれずにおりました。

それが昨年の暮、高校の同期生で今オンライン「紫の会」に参加して
くださっている方から、とても可愛い手作りのお雛様をプレゼントして
いただきました。

その日からずっと飾る日を待っていました。うふふ、今年はブログで
お雛様の写真がUPできるなんて、嬉しいな。

    お雛様
    ここは古風な私です。男雛が向かって右、女雛が左。

夕飯には恒例の「ちらし寿司」を作りました。これはお雛様が無い時
から、ずっと3月3日の定番料理です。

     ちらし寿司
    芝エビはスーパーで見かけた時に買って、殻と背ワタを
    取って冷凍しておきます。いろんな料理に使えて便利です。


国宝「源氏物語絵巻」早蕨段

2022年3月2日(水) 溝の口「オンライン源氏の会」(第21回・通算161回)

3月の声を聞くと、やはり本当の春が来たように感じます。それでも
「暑さ寒さも彼岸まで」と申しますから、まだ寒の戻りがあるかも
知れません。油断はできませんね。

第48帖「早蕨」に入って3回目。今回は国宝「源氏物語絵巻」早蕨段
に描かれている場面を読みましたので、それをご紹介しておきたいと
思います。

中の君が、匂宮の二条院へと引き取られるのが2月上旬(後で7日と
わかりますが)と決まり、宇治に残る弁の尼(弁は大君の死後、出家
して尼となっています)と、中の君は歌を詠み交わし、別れを惜しみ
ます。

弁の尼「人はみないそぎたつめる袖の浦にひとり藻塩を垂るるあまかな」
(他の女房たちは皆明日の晴れ着の準備に余念がないようですが、
その中で一人悲しみの涙にくれている尼の私でございますよ)

中の君「しほたるるあまの衣に異なれや浮きたる波に濡るるわが袖」
(涙にくれている尼のあなたの衣と私の衣に違いがありましょうか。
寄る辺ない波のような私の衣の袖も涙に濡れているのです)

中の君は京での匂宮との生活に不安を感じ、いずれここに戻って来る
ことになるかもしれないが、しばらくの間でも弁の尼を一人宇治に残す
のが辛いので、京に顔を見せに来て欲しいと言います。そして大君の
形見のお道具類などを、全て弁の尼にお与えになりました。

   国宝「源氏物語絵巻」早蕨段
   右側の几帳を左下まで延ばし、画面を二つに分けると、
   京への移転を喜びその準備に勤しむ女房たちと、別れ
   を惜しむ中の君(左上)と弁の尼(左下)とに分かれます。
   女房たちは装束の色も明るく、まさに「明」と「暗」を対照
   させた構図となっています。

   昨秋、徳川美術館で巻物に戻った形で展示されているの
   を観ましたが、機会があればぜひ本物をご覧頂きたいと
   思います。


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