桜を求めて
2022年3月30日(水)
一昨日の術後1週間の検査でゴーグルも外せるようになったので、
昨日、今日と、桜を求めて近くをウロウロ歩き回っています。まさに
「世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし」、と
いったところでしょうか。
日曜日の朝刊に挟まれていたタウン紙に、今年も近隣の桜の名所
案内が載っていました。去年はこれを見る前に、道を間違えて辿り
つけなかった桜並木に昨日は行ってみました。ところが、桜並木と
呼べる所はごく一部。全く咲く気配のない木も結構あって、ここの桜
大丈夫かな?と、心配になりました。

全長500m位の桜並木の中で、この辺りが
一番咲いていたところ。

ここはちょっと可哀想な感じ。まだこれから
なのか、もう一度確認に来ようと思いながら
スマホのシャッターを押しました。
今日は駅の反対側の公園へと向かいました。園内にはお茶室も
あり、落ち着いた雰囲気の公園です。高座渋谷の『源氏物語』の
講読会を、このお茶室を借りて行ったこともあります。桜の木の
本数は多くはありませんが、大木なので、満開の桜は見事です。

昨日も今日も「花曇り」。やはり青空の下で咲き誇る
桜を撮りたいですね。とは言っても、腕は悪いし、
安物スマホだし、ピンボケばかりじゃ意味ないかな?

手前の枝垂れ桜が見応えがあるとのことなので、
これが満開になる頃、お天気の良い日にもう一度
行ってみたいと思います。
最後に、食いしん坊の私らしく、「花」だけではなく、「団子」のほうも
紹介させてください。通販で取り寄せました。

私好みのお菓子が半額クーポン付き!
迷わずポチ、です(笑)

和菓子ですが、コーヒーにも合いそう。
明日はカフェオレと共にいただきます。
一昨日の術後1週間の検査でゴーグルも外せるようになったので、
昨日、今日と、桜を求めて近くをウロウロ歩き回っています。まさに
「世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし」、と
いったところでしょうか。
日曜日の朝刊に挟まれていたタウン紙に、今年も近隣の桜の名所
案内が載っていました。去年はこれを見る前に、道を間違えて辿り
つけなかった桜並木に昨日は行ってみました。ところが、桜並木と
呼べる所はごく一部。全く咲く気配のない木も結構あって、ここの桜
大丈夫かな?と、心配になりました。

全長500m位の桜並木の中で、この辺りが
一番咲いていたところ。

ここはちょっと可哀想な感じ。まだこれから
なのか、もう一度確認に来ようと思いながら
スマホのシャッターを押しました。
今日は駅の反対側の公園へと向かいました。園内にはお茶室も
あり、落ち着いた雰囲気の公園です。高座渋谷の『源氏物語』の
講読会を、このお茶室を借りて行ったこともあります。桜の木の
本数は多くはありませんが、大木なので、満開の桜は見事です。

昨日も今日も「花曇り」。やはり青空の下で咲き誇る
桜を撮りたいですね。とは言っても、腕は悪いし、
安物スマホだし、ピンボケばかりじゃ意味ないかな?

手前の枝垂れ桜が見応えがあるとのことなので、
これが満開になる頃、お天気の良い日にもう一度
行ってみたいと思います。
最後に、食いしん坊の私らしく、「花」だけではなく、「団子」のほうも
紹介させてください。通販で取り寄せました。

私好みのお菓子が半額クーポン付き!
迷わずポチ、です(笑)

和菓子ですが、コーヒーにも合いそう。
明日はカフェオレと共にいただきます。
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虫の知らせ
2022年3月28日(月) 溝の口「CD源氏の会」(第12回・通算152回)
このCD講座は、会場でのスタートの時間に録音を始めることにして
います(自宅で録音するのだからいつでもいい、と思うと、私のこと
とて、だらけてしまいそうなので)。13:30から開始して、1時間前後の
所で前半を終え、10分位休憩して、また後半を1時間を目安に録音
します。ですから終了するのは、16:00少し前位になります。
今日はその後、白内障の術後1週間の検査を受けに眼科クリニックへ。
経過は順調で、洗顔、洗髪の許可が出ました。きっと医師からそれを
告げられた時、私のたるんだ頬は、更に緩んでいたことと思います。
夕食後に1週間ぶりの洗髪と洗顔。さっぱりしました!
CDは今月までで終了、来月からは会場での再開を予定しておりました
が、やはりまだ会場での参加に、二の足を踏まれる方もかなりおられる
とのことで、もう1ヶ月CDでの講座の延長と相成りました。4月になって、
まん延防止等重点措置の解除、年度末や春休みでの人の移動の増加
にも拘わらず、収束傾向になっていたなら、5月からは会場での再開と
したい、と幹事さんもおっしゃっております。ぜひそうなって欲しいですね。
本日の講読箇所は、あの10月上旬の、匂宮の宇治への紅葉狩から
約1ヶ月が経ったところから。その間、匂宮の訪れは無い上に、匂宮と
夕霧の六の君との縁談も進められていると知り、大君の体調はさらに
悪化していました。
この年は五節なども例年よりも早く行われる年で、中納言という要職に
ある薫も多忙を極めておりました。宇治へ毎日のようにお見舞いの使者
を差し向けておられましたが、大君の具合も少し良さそうだ、ということで、
5、6日間が空いてしまい、「いかならむ、とうちおどろかれたまひて、わり
なきことのしげさをうち捨ててまでたまふ」(どんなお具合だろうか、と急に
胸騒ぎがなさって、どうしようもなく多忙な状態であるのを放り出して宇治
へと参上なさった)のでした。
これを「虫の知らせ」というのでしょうか。行ってみると既に大君は回復
の見込みのない病の床に伏しておりました。ここから薫は大君の最期
まで看取ることになるのですが、あらゆる手を尽くして大君に生きていて
欲しいと願う薫と、もはや生きる望みを捨てている大君の、それぞれの
痛々しい思いが語られてゆく、「総角」の最終章となります。
来月の2回で、CDクラスも「総角」を読み終えられると思います。
このCD講座は、会場でのスタートの時間に録音を始めることにして
います(自宅で録音するのだからいつでもいい、と思うと、私のこと
とて、だらけてしまいそうなので)。13:30から開始して、1時間前後の
所で前半を終え、10分位休憩して、また後半を1時間を目安に録音
します。ですから終了するのは、16:00少し前位になります。
今日はその後、白内障の術後1週間の検査を受けに眼科クリニックへ。
経過は順調で、洗顔、洗髪の許可が出ました。きっと医師からそれを
告げられた時、私のたるんだ頬は、更に緩んでいたことと思います。
夕食後に1週間ぶりの洗髪と洗顔。さっぱりしました!
CDは今月までで終了、来月からは会場での再開を予定しておりました
が、やはりまだ会場での参加に、二の足を踏まれる方もかなりおられる
とのことで、もう1ヶ月CDでの講座の延長と相成りました。4月になって、
まん延防止等重点措置の解除、年度末や春休みでの人の移動の増加
にも拘わらず、収束傾向になっていたなら、5月からは会場での再開と
したい、と幹事さんもおっしゃっております。ぜひそうなって欲しいですね。
本日の講読箇所は、あの10月上旬の、匂宮の宇治への紅葉狩から
約1ヶ月が経ったところから。その間、匂宮の訪れは無い上に、匂宮と
夕霧の六の君との縁談も進められていると知り、大君の体調はさらに
悪化していました。
この年は五節なども例年よりも早く行われる年で、中納言という要職に
ある薫も多忙を極めておりました。宇治へ毎日のようにお見舞いの使者
を差し向けておられましたが、大君の具合も少し良さそうだ、ということで、
5、6日間が空いてしまい、「いかならむ、とうちおどろかれたまひて、わり
なきことのしげさをうち捨ててまでたまふ」(どんなお具合だろうか、と急に
胸騒ぎがなさって、どうしようもなく多忙な状態であるのを放り出して宇治
へと参上なさった)のでした。
これを「虫の知らせ」というのでしょうか。行ってみると既に大君は回復
の見込みのない病の床に伏しておりました。ここから薫は大君の最期
まで看取ることになるのですが、あらゆる手を尽くして大君に生きていて
欲しいと願う薫と、もはや生きる望みを捨てている大君の、それぞれの
痛々しい思いが語られてゆく、「総角」の最終章となります。
来月の2回で、CDクラスも「総角」を読み終えられると思います。
気づきの「けり」
2022年3月24日(木) オンライン「紫の会・木曜クラス」(第20回・通算67回・№2)
須磨下向の二、三日前、先ず致仕大臣(もとの左大臣)邸を訪れ、
一泊した源氏は翌日、まだ夜が明けきらないうちに自邸である
二条院に戻りました。
源氏に仕えている女房たちは、このような事態になったことを、
思い嘆く他なす術もありません。親しい家来たちは須磨へと
源氏のお供をする覚悟をして、家族との別れを惜しむために
帰宅しているらしく、二条院は閑散としています。以前は所狭し
と二条院に押しかけて来ていた人たちも、今は右大臣一派の
顔色を窺い、寄り付こうとしないので、源氏は改めて「世は憂き
ものなりけり」(世間は情けないものだなぁ)と思い知るのでした。
「けり」は、「過去」と「詠嘆」の助動詞ですが、「詠嘆」をもう少し
細かく分けると「気づき」の「けり」というのがあります。「気づき」
ですから、今まで認識はしていたけれど、改めて気づかされた、
という時に使われます。
失脚した者に対して、世間は手の平を返したような冷たさを
見せる、ということを、源氏も理解はしていたつもりだったが、
今自分がそうした立場に立たされて、改めて「ああ、世間とは
こんなにも薄情なものだったのだなぁ」と気づいた、それが
「けり」という助動詞によって表されているのです。
あまり文法に拘る読み方はしていないつもりですが、ここは
まさに源氏の心情を的確に示した助動詞「けり」の用法「と
いうことで、ちょっと触れておきました。
本日読みましたところ、詳しくは先に書きました全文訳にて
ご覧いただければ、と思います(⇒こちらから)
須磨下向の二、三日前、先ず致仕大臣(もとの左大臣)邸を訪れ、
一泊した源氏は翌日、まだ夜が明けきらないうちに自邸である
二条院に戻りました。
源氏に仕えている女房たちは、このような事態になったことを、
思い嘆く他なす術もありません。親しい家来たちは須磨へと
源氏のお供をする覚悟をして、家族との別れを惜しむために
帰宅しているらしく、二条院は閑散としています。以前は所狭し
と二条院に押しかけて来ていた人たちも、今は右大臣一派の
顔色を窺い、寄り付こうとしないので、源氏は改めて「世は憂き
ものなりけり」(世間は情けないものだなぁ)と思い知るのでした。
「けり」は、「過去」と「詠嘆」の助動詞ですが、「詠嘆」をもう少し
細かく分けると「気づき」の「けり」というのがあります。「気づき」
ですから、今まで認識はしていたけれど、改めて気づかされた、
という時に使われます。
失脚した者に対して、世間は手の平を返したような冷たさを
見せる、ということを、源氏も理解はしていたつもりだったが、
今自分がそうした立場に立たされて、改めて「ああ、世間とは
こんなにも薄情なものだったのだなぁ」と気づいた、それが
「けり」という助動詞によって表されているのです。
あまり文法に拘る読み方はしていないつもりですが、ここは
まさに源氏の心情を的確に示した助動詞「けり」の用法「と
いうことで、ちょっと触れておきました。
本日読みましたところ、詳しくは先に書きました全文訳にて
ご覧いただければ、と思います(⇒こちらから)
第12帖「須磨」の全文訳(4)
2022年3月24日(木) オンライン「紫の会・木曜クラス」(第20回・通算67回・№1)
一昨日、無事に白内障の手術も終わり、まだゴーグルの掛けっ放し、
1日4回複数の目薬を点す、顔や髪が洗えない、等々の不自由さは
ありますが、パソコンの画面も見えますし、オンライン「紫の会」の
木曜クラスの講座もさほど困ることなく、予定通りのところまで読み
進みました。洗ってもいない超すっぴん顔のバアさんが、ゴーグル姿
で、恥を晒してしまいましたが・・・そっか、ビデオをOFFにしておけば
良かったんだ!今頃気づいても遅いですね(-_-;)
講読箇所は、205頁・12行目~210頁・2行目迄で、月曜クラスと同じ
です。前半部分は21日に書きましたので(⇒こちらから)、今日は
後半部分(207頁・12行目~210頁・2行目)の全文訳を記しておきます。
(頁・行数は、「新潮日本古典集成 源氏物語二」による)
若君(夕霧)の乳母の宰相の君を使者として、大宮からのご挨拶が届け
られました。「直接ご挨拶も申し上げたいのですが、悲しみにくれて思い
乱れ躊躇っておりますうちに、たいそう夜深いうちにお帰りあそばすご様子
なのも、以前とはすっかり変わってしまった気持ちばかりがいたしまして。
可哀想な人がぐっすり眠っております間も、しばらくお待ちいただけること
もなく」と申し上げなさったので、源氏の君はお泣きになって、
「鳥部山もえしけぶりもまがふやと海士の塩焼く浦見にぞ行く」(鳥部山
で葵の上を葬った、あのときの煙に似ているのではないか、と海士が
塩焼く須磨の浦を見に行くのです)
お返事というのでもなく、口ずさみなさって、「明け方の別れは、ただもう
このように物思いを尽くすものであろうか。わかっていてくださる方もあり
ましょうね」とおっしゃると、宰相の君は「いつだって、別れという言葉こそ
辛いものといたします中にも、今朝はやはり比べるものもなく、辛く思われ
ることでございますよ」と、鼻声で申し上げ、ほんにとても悲しそうな様子
でした。「大宮に申し上げたいことも、よくよく心の内にはございますが、
ただもう悲しみに心も閉ざされておりますことをお察しくださいませ。
寝入っている若君のことは、もう一度顔を見るにつけても、却って未練が
出て、この辛い都を離れ難く思われるに違いありませんので、気を強く
取り直しまして、急ぎお暇いたします」と申し上げなさいました。
源氏の君が致仕大臣邸を後になさる時のお姿を、古くからお仕えして
いる女房たちは、覗いて見ておりました。西の山の端に傾きかけた月が
とても明るいので、源氏の君がいっそう優雅でお美しく、悲しみに沈んで
おられるご様子は、虎や狼でさえ、泣いてしまいそうでございました。
ましてや、源氏の君が幼くていらっしゃった頃から、見馴れ申し上げて
きた女房たちなので、これまでとは打って変わったご境遇を、たいそう
悲しいと思っているのでした。
そうそう、そういえば、大宮からのお返事です。
「なき人の別れやいとど隔たらむ煙となりし雲居ならでは」(あなたが
須磨へ行ってしまわれたら、亡き娘との別れはいっそう遠いものとなり
ましょう。同じ煙でも都の空の煙ではないのですから)
この歌の大宮の悲しみも加わってただもう胸に迫ることばかりで、源氏の
君がお帰りになった後までも、不吉なまでに女房たちは泣いておりました。
二条院にお帰りになると、源氏の君のお部屋である東の対の女房たちも、
昨夜はうとうとともしなかった様子で、所々に集まって座り、あきれ果てん
ばかりの世の情勢を思い嘆いている様子です。侍所には、親しくお仕え
している者は皆、源氏の君のお伴をして須磨に参るはずの心づもりをして、
家族との別れを惜しんでいる頃なのでしょうか、人の姿もありません。
そうではない人たちは、源氏の君の許を訪れるのも厳しいお咎めがあり、
厄介なことが多くなるので、嘗ては窮屈に感じられるほど集まった馬や
牛車の影形もなく寂しいので、世間は情けないものだなぁ、と、源氏の君
は思い知らされなさるのでした。
台盤なども、片側は塵が積もって、畳も所々上げて裏返してあります。
自分がいる今でさえこんな有様なのだから、ましてや今後はどんなに
荒れてしまうことだろう、と源氏の君はお思いになっておりました。
一昨日、無事に白内障の手術も終わり、まだゴーグルの掛けっ放し、
1日4回複数の目薬を点す、顔や髪が洗えない、等々の不自由さは
ありますが、パソコンの画面も見えますし、オンライン「紫の会」の
木曜クラスの講座もさほど困ることなく、予定通りのところまで読み
進みました。洗ってもいない超すっぴん顔のバアさんが、ゴーグル姿
で、恥を晒してしまいましたが・・・そっか、ビデオをOFFにしておけば
良かったんだ!今頃気づいても遅いですね(-_-;)
講読箇所は、205頁・12行目~210頁・2行目迄で、月曜クラスと同じ
です。前半部分は21日に書きましたので(⇒こちらから)、今日は
後半部分(207頁・12行目~210頁・2行目)の全文訳を記しておきます。
(頁・行数は、「新潮日本古典集成 源氏物語二」による)
若君(夕霧)の乳母の宰相の君を使者として、大宮からのご挨拶が届け
られました。「直接ご挨拶も申し上げたいのですが、悲しみにくれて思い
乱れ躊躇っておりますうちに、たいそう夜深いうちにお帰りあそばすご様子
なのも、以前とはすっかり変わってしまった気持ちばかりがいたしまして。
可哀想な人がぐっすり眠っております間も、しばらくお待ちいただけること
もなく」と申し上げなさったので、源氏の君はお泣きになって、
「鳥部山もえしけぶりもまがふやと海士の塩焼く浦見にぞ行く」(鳥部山
で葵の上を葬った、あのときの煙に似ているのではないか、と海士が
塩焼く須磨の浦を見に行くのです)
お返事というのでもなく、口ずさみなさって、「明け方の別れは、ただもう
このように物思いを尽くすものであろうか。わかっていてくださる方もあり
ましょうね」とおっしゃると、宰相の君は「いつだって、別れという言葉こそ
辛いものといたします中にも、今朝はやはり比べるものもなく、辛く思われ
ることでございますよ」と、鼻声で申し上げ、ほんにとても悲しそうな様子
でした。「大宮に申し上げたいことも、よくよく心の内にはございますが、
ただもう悲しみに心も閉ざされておりますことをお察しくださいませ。
寝入っている若君のことは、もう一度顔を見るにつけても、却って未練が
出て、この辛い都を離れ難く思われるに違いありませんので、気を強く
取り直しまして、急ぎお暇いたします」と申し上げなさいました。
源氏の君が致仕大臣邸を後になさる時のお姿を、古くからお仕えして
いる女房たちは、覗いて見ておりました。西の山の端に傾きかけた月が
とても明るいので、源氏の君がいっそう優雅でお美しく、悲しみに沈んで
おられるご様子は、虎や狼でさえ、泣いてしまいそうでございました。
ましてや、源氏の君が幼くていらっしゃった頃から、見馴れ申し上げて
きた女房たちなので、これまでとは打って変わったご境遇を、たいそう
悲しいと思っているのでした。
そうそう、そういえば、大宮からのお返事です。
「なき人の別れやいとど隔たらむ煙となりし雲居ならでは」(あなたが
須磨へ行ってしまわれたら、亡き娘との別れはいっそう遠いものとなり
ましょう。同じ煙でも都の空の煙ではないのですから)
この歌の大宮の悲しみも加わってただもう胸に迫ることばかりで、源氏の
君がお帰りになった後までも、不吉なまでに女房たちは泣いておりました。
二条院にお帰りになると、源氏の君のお部屋である東の対の女房たちも、
昨夜はうとうとともしなかった様子で、所々に集まって座り、あきれ果てん
ばかりの世の情勢を思い嘆いている様子です。侍所には、親しくお仕え
している者は皆、源氏の君のお伴をして須磨に参るはずの心づもりをして、
家族との別れを惜しんでいる頃なのでしょうか、人の姿もありません。
そうではない人たちは、源氏の君の許を訪れるのも厳しいお咎めがあり、
厄介なことが多くなるので、嘗ては窮屈に感じられるほど集まった馬や
牛車の影形もなく寂しいので、世間は情けないものだなぁ、と、源氏の君
は思い知らされなさるのでした。
台盤なども、片側は塵が積もって、畳も所々上げて裏返してあります。
自分がいる今でさえこんな有様なのだから、ましてや今後はどんなに
荒れてしまうことだろう、と源氏の君はお思いになっておりました。
逆説的悲しみの吐露
2022年3月21日(月) オンライン「紫の会・月曜クラス」(第20回・通算67回・№2)
源氏が須磨に下向したのは、26歳の晩春(3月の20日過ぎ)でした。
それに先立ち、源氏は京に残る人たちとの別れを惜しみます。先ず
最初に訪れたのは致仕大臣(もとの左大臣)邸です。亡き妻・葵上
所生の若君(夕霧)も、この祖父母のもとで養育されています。
致仕大臣は、今回の源氏が官位を剥奪され、自ら須磨へと退居
せねばならぬところまで追い詰められたのは、右大臣方に無実の
罪を着せられたことに他ならないと思っているので、許しがたい事
なのです。桐壺院が源氏を重用するようにと、あれ程朱雀帝に強く
ご遺言なさったにも拘わらず、それが反古にされてしまっている
現実に、致仕大臣は涙を禁じえません。そして、このように言うの
です。
「過ぎはべりにし人を、世に思うたまへ忘るる世なくのみ、今に悲しび
はべるを、この御ことなむ、もしはべる世ならましかば、いかやうに
思ひ嘆きはべらまし、よくぞ短くて、かかる夢を見ずなりにけると、思う
たまへなぐさめはべる」(亡くなった葵の上のことを、決して忘れること
なく、今に至る迄悲しんでまいりましたが、この度の事を思いますに、
もしこの世に生きておりましたなら、どんなに思い嘆きましたことか、
よくぞ短命で、こんな悲しい夢を見ずに済んだことだ、と思って自分を
慰めております)と。
葵の上の早世を誰よりも悲しんでいるのは、その両親である致仕大臣
と大宮のはず。我が子が若くして逝ってしまったことを良かったなどと
思う親はありません。それをここでは、「あの子は短命だったおかげで、
あなたがこんな運命になるのを見ずに済んだのだ、と、今はそう思って
自分を慰めています」と、源氏に語っているのです。
この逆説的な悲しみの吐露が、致仕大臣の悲しみがどれほど深いもの
であるかを物語っており、単に「あの子が今生きていたら、どんなに辛く
思い嘆いたことでしょう」と言うよりも、ずっとずっと読者の心に響いて
くる表現だと思います。逆説的な表現は、時にこうした効果を生むもの
なのですね。
そう言えば、「世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし」
(世の中に桜の花が皆無だったならば、春の心はどんなにかのんびりと
していられるであろうに)(在原業平・『古今和歌集』)も、見事な逆説的
表現で桜を称賛しております。東京での開花も発表になりました。
今年もその季節の到来です。
この致仕大臣の話、詳しくは先に書きました全文訳にてご覧下さいませ
(⇒こちらから)。
源氏が須磨に下向したのは、26歳の晩春(3月の20日過ぎ)でした。
それに先立ち、源氏は京に残る人たちとの別れを惜しみます。先ず
最初に訪れたのは致仕大臣(もとの左大臣)邸です。亡き妻・葵上
所生の若君(夕霧)も、この祖父母のもとで養育されています。
致仕大臣は、今回の源氏が官位を剥奪され、自ら須磨へと退居
せねばならぬところまで追い詰められたのは、右大臣方に無実の
罪を着せられたことに他ならないと思っているので、許しがたい事
なのです。桐壺院が源氏を重用するようにと、あれ程朱雀帝に強く
ご遺言なさったにも拘わらず、それが反古にされてしまっている
現実に、致仕大臣は涙を禁じえません。そして、このように言うの
です。
「過ぎはべりにし人を、世に思うたまへ忘るる世なくのみ、今に悲しび
はべるを、この御ことなむ、もしはべる世ならましかば、いかやうに
思ひ嘆きはべらまし、よくぞ短くて、かかる夢を見ずなりにけると、思う
たまへなぐさめはべる」(亡くなった葵の上のことを、決して忘れること
なく、今に至る迄悲しんでまいりましたが、この度の事を思いますに、
もしこの世に生きておりましたなら、どんなに思い嘆きましたことか、
よくぞ短命で、こんな悲しい夢を見ずに済んだことだ、と思って自分を
慰めております)と。
葵の上の早世を誰よりも悲しんでいるのは、その両親である致仕大臣
と大宮のはず。我が子が若くして逝ってしまったことを良かったなどと
思う親はありません。それをここでは、「あの子は短命だったおかげで、
あなたがこんな運命になるのを見ずに済んだのだ、と、今はそう思って
自分を慰めています」と、源氏に語っているのです。
この逆説的な悲しみの吐露が、致仕大臣の悲しみがどれほど深いもの
であるかを物語っており、単に「あの子が今生きていたら、どんなに辛く
思い嘆いたことでしょう」と言うよりも、ずっとずっと読者の心に響いて
くる表現だと思います。逆説的な表現は、時にこうした効果を生むもの
なのですね。
そう言えば、「世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし」
(世の中に桜の花が皆無だったならば、春の心はどんなにかのんびりと
していられるであろうに)(在原業平・『古今和歌集』)も、見事な逆説的
表現で桜を称賛しております。東京での開花も発表になりました。
今年もその季節の到来です。
この致仕大臣の話、詳しくは先に書きました全文訳にてご覧下さいませ
(⇒こちらから)。
第12帖「須磨」の全文訳(3)
2022年3月21日(月) オンライン「紫の会・月曜クラス」(第20回・通算67回・№1)
今月のオンライン「紫の会」の月曜クラスは、三連休と重なったこともあり、
木曜クラスへの振替希望も多く、参加者が5名だけだったので、雑談で
盛り上がり、あまり読み進められませんでした。相変わらずダメな私です。
今日の講読箇所は、205頁・12行目~210頁・2行目迄で、その前半部分
(205頁・12行目~207頁・11行目)の全文訳を記しておきます。後半部分
は第4木曜日(3/24)のほうで書きます。
(頁・行数は、「新潮日本古典集成 源氏物語二」による)
致仕大臣は、昔のお話や亡き桐壺院のこと、故院が源氏の君のことを
お考えになり、帝にご遺言なさったご意向についてなどお話なさって、
直衣のお袖も目からお放しになれないのに対して、源氏の君も気丈に
涙をこらえることがお出来になりません。若君が無心に人々の間を歩き
廻って、どなたにも親しくなついておられるのを、源氏の君はたまらなく
お感じになっていました。
「亡くなった葵の上のことを、決して忘れることなく、今に至る迄悲しんで
まいりましたが、この度の事を思いますに、もしこの世に生きておりました
なら、どんなに思い嘆きましたことか、よくぞ短命で、こんな悲しい夢を
見ずに済んだことだ、と思って自分を慰めております。お小さい若君が、
こんな年寄りたちの中に残られて、父君であるあなたに慣れ親しまれる
ことの出来ない年月が続くことになられるであろう、と思われますのが、
何にも増して悲しうございます。昔の人も、本当に罪があって罪科に処せ
られるばかりではありませんでした。やはり前世からの因縁で、異国の
朝廷でも、無実の罪で処せられることは沢山ございました。ですが、
それだって、誰かの讒言があってそうしたことも起こったのです。ところが
此度のあなたの場合は、どう考えても思い当たる節がありません」などと、
あれこれとお話を申し上げなさいました。
三位の中将もそこにお出でになって、お酒などを召し上がっているうちに、
夜も更けてしまったので、源氏の君はお泊りになって、女房たちを御前に
侍らせて、お話をさせなさいます。他の女房たちより格別に源氏の君が
密かに情けをおかけになっている中納言の君が、口に出して言いたくても
言えず、悲しみにくれている様子を、源氏の君は人知れず可哀想に、と
お思いになっておりました。皆が寝静まった頃に、中納言の君だけを召して、
情けをお交わしになりました。今夜はこの人のことがお目当てでお泊りに
なったのでありましょう。
夜が明けたので、暗いうちにお帰りになりますが、有明の月がたいそう
趣深く見えております。花の咲いている木々が次第に盛りを過ぎて、
僅かに芽吹いた若葉の木陰が、月の光に白く輝いている庭に、
うっすらと辺り一面に霧がかかり、どこということなく霞んでいる様子は、
秋の夜の風情よりも一段とまさっているのでした。源氏の君は簀子の
隅の高欄に寄りかかってしばらくお庭をぼんやりとご覧になっています。
中納言の君は、お見送り申し上げようとするのでしょうか、妻戸を押し
開けて控えておりました。「またお逢いするのは、考えるとたいそう難しい
ことです。このような別れがある仲だとは思いもせずに、気軽に逢えたはず
の月日を、いかにものんびりと構えて過ごしたことですよ」などと源氏の君が
おっしゃるので、中納言の君はお返事も申し上げられず泣くのでした。
今月のオンライン「紫の会」の月曜クラスは、三連休と重なったこともあり、
木曜クラスへの振替希望も多く、参加者が5名だけだったので、雑談で
盛り上がり、あまり読み進められませんでした。相変わらずダメな私です。
今日の講読箇所は、205頁・12行目~210頁・2行目迄で、その前半部分
(205頁・12行目~207頁・11行目)の全文訳を記しておきます。後半部分
は第4木曜日(3/24)のほうで書きます。
(頁・行数は、「新潮日本古典集成 源氏物語二」による)
致仕大臣は、昔のお話や亡き桐壺院のこと、故院が源氏の君のことを
お考えになり、帝にご遺言なさったご意向についてなどお話なさって、
直衣のお袖も目からお放しになれないのに対して、源氏の君も気丈に
涙をこらえることがお出来になりません。若君が無心に人々の間を歩き
廻って、どなたにも親しくなついておられるのを、源氏の君はたまらなく
お感じになっていました。
「亡くなった葵の上のことを、決して忘れることなく、今に至る迄悲しんで
まいりましたが、この度の事を思いますに、もしこの世に生きておりました
なら、どんなに思い嘆きましたことか、よくぞ短命で、こんな悲しい夢を
見ずに済んだことだ、と思って自分を慰めております。お小さい若君が、
こんな年寄りたちの中に残られて、父君であるあなたに慣れ親しまれる
ことの出来ない年月が続くことになられるであろう、と思われますのが、
何にも増して悲しうございます。昔の人も、本当に罪があって罪科に処せ
られるばかりではありませんでした。やはり前世からの因縁で、異国の
朝廷でも、無実の罪で処せられることは沢山ございました。ですが、
それだって、誰かの讒言があってそうしたことも起こったのです。ところが
此度のあなたの場合は、どう考えても思い当たる節がありません」などと、
あれこれとお話を申し上げなさいました。
三位の中将もそこにお出でになって、お酒などを召し上がっているうちに、
夜も更けてしまったので、源氏の君はお泊りになって、女房たちを御前に
侍らせて、お話をさせなさいます。他の女房たちより格別に源氏の君が
密かに情けをおかけになっている中納言の君が、口に出して言いたくても
言えず、悲しみにくれている様子を、源氏の君は人知れず可哀想に、と
お思いになっておりました。皆が寝静まった頃に、中納言の君だけを召して、
情けをお交わしになりました。今夜はこの人のことがお目当てでお泊りに
なったのでありましょう。
夜が明けたので、暗いうちにお帰りになりますが、有明の月がたいそう
趣深く見えております。花の咲いている木々が次第に盛りを過ぎて、
僅かに芽吹いた若葉の木陰が、月の光に白く輝いている庭に、
うっすらと辺り一面に霧がかかり、どこということなく霞んでいる様子は、
秋の夜の風情よりも一段とまさっているのでした。源氏の君は簀子の
隅の高欄に寄りかかってしばらくお庭をぼんやりとご覧になっています。
中納言の君は、お見送り申し上げようとするのでしょうか、妻戸を押し
開けて控えておりました。「またお逢いするのは、考えるとたいそう難しい
ことです。このような別れがある仲だとは思いもせずに、気軽に逢えたはず
の月日を、いかにものんびりと構えて過ごしたことですよ」などと源氏の君が
おっしゃるので、中納言の君はお返事も申し上げられず泣くのでした。
「台湾産パイナップル」
2022年3月17日(木)
昨夜の地震には驚かされました。先日、11年前の話をブログでも
取り上げたばかりなのに、悪夢再び?と、今回は自宅のテーブル
の下に潜ってハラハラしながら、テレビの画面を見つめていました。
今日は東京西部と、川崎市にお住いの方からのメールに、停電の
ことが書かれていました。真っ暗な時間帯に突然の停電。お二人共
戸惑われたようで、やはり日頃からこうしたことへの備えも大切だと
思い知りました。
さて、表題の「台湾産パイナップル」ですが、昨年も訪問先のブログで
知って「食べてみたい」と思い、何度か買って美味しさを堪能しました。
今年も少し前に、台湾産パイナップルのことを記事になさっている
ブログを拝見し、スーパーで気をつけていたところ、一昨日出てました。
カットして冷蔵庫で冷やし、朝のフルーツに加えました。パイナップルと
ヨーグルトって相性がいいと思うんですよ。

少々熟し過ぎの感あり、でした。

イチゴ、バナナ、りんご、パイナップルにヨーグルトを
掛けて。盛り沢山なカットフルーツにヨーグルト、が、
朝食(ブランチ)の定番となっています。
昨夜の地震には驚かされました。先日、11年前の話をブログでも
取り上げたばかりなのに、悪夢再び?と、今回は自宅のテーブル
の下に潜ってハラハラしながら、テレビの画面を見つめていました。
今日は東京西部と、川崎市にお住いの方からのメールに、停電の
ことが書かれていました。真っ暗な時間帯に突然の停電。お二人共
戸惑われたようで、やはり日頃からこうしたことへの備えも大切だと
思い知りました。
さて、表題の「台湾産パイナップル」ですが、昨年も訪問先のブログで
知って「食べてみたい」と思い、何度か買って美味しさを堪能しました。
今年も少し前に、台湾産パイナップルのことを記事になさっている
ブログを拝見し、スーパーで気をつけていたところ、一昨日出てました。
カットして冷蔵庫で冷やし、朝のフルーツに加えました。パイナップルと
ヨーグルトって相性がいいと思うんですよ。

少々熟し過ぎの感あり、でした。

イチゴ、バナナ、りんご、パイナップルにヨーグルトを
掛けて。盛り沢山なカットフルーツにヨーグルト、が、
朝食(ブランチ)の定番となっています。
後ろめたさの裏返し
2022年3月14日(月) CD「紫の会」(第5回 通算53回)
1ヶ月前の2月14日に、このCD「紫の会」の録音をした時は、立春から
10日経っても厳寒の日が続き、雪の話をしました。それが1ヶ月後の
今日はどうでしょう。もう夏日の一歩手前まで気温が上がり、外へ出る
のにコートも要らない陽気となりました。どちらも季節外れもいいとこで、
こんな極端な気候になるのも、やはり地球温暖化がどこかで影響して
いるのでしょうか。
このクラスは第10帖「賢木」に入って5回目。桐壺院の崩御をきっかけに、
再び源氏に言い寄られ、このままでは逃れ切れない危うさを感じた藤壺
は、出家を決意し、東宮に別れを告げるため、宮中に参内したのでした。
まだ数え年6歳の東宮は、出家の意味もよく理解できません。それでも
母に「見たてまつらむこともいとど久しかるべきぞ」(お目にかかることも
今よりいっそう間遠になりましょうよ)と言われると、会えない時は恋しくて
ならないのに、と涙がこぼれ落ちるのを恥ずかしがって横を向くそのお顔
が、「ただかの御顔を脱ぎすべたまへり」(ただもう源氏のお顔をそっくり
そのままお移ししたようでした)だったのです。
藤壺はそれを見て、「いとかうしもおぼえたまへるこそ心憂けれ」(本当に
これほどまでに源氏の君によく似ておられるのがつらい)と思い、世間の
口やかましさが空恐ろしく感じられるのでした、とあります。
東宮が源氏と瓜二つであることが、藤壺にとっては恐怖の種となっている、
というのです。それは源氏に生き写しであることから、東宮の実の父親が
源氏だと、世間が憶測して噂となったらどうしよう、と藤壺が危惧している
ことを意味しています。
表向きには、源氏は桐壺帝の第2皇子、東宮は第10皇子で、二人は兄弟
ということになっています。兄弟でそっくり、というのもよくあることで、他人
は源氏と東宮が似ているから親子なのではないか、と疑ったりするはずは
ありません。ただ藤壺がそう思っているだけなのです。
この辺りがやはり作者の手腕というべきで、人の心理を上手く捉えています
ね。心にやましさを抱えているからこそ生じる恐怖で、いわば後ろめたさの
裏返し、と言えるのが、この時の藤壺の心理状態だったと思えます。
1ヶ月前の2月14日に、このCD「紫の会」の録音をした時は、立春から
10日経っても厳寒の日が続き、雪の話をしました。それが1ヶ月後の
今日はどうでしょう。もう夏日の一歩手前まで気温が上がり、外へ出る
のにコートも要らない陽気となりました。どちらも季節外れもいいとこで、
こんな極端な気候になるのも、やはり地球温暖化がどこかで影響して
いるのでしょうか。
このクラスは第10帖「賢木」に入って5回目。桐壺院の崩御をきっかけに、
再び源氏に言い寄られ、このままでは逃れ切れない危うさを感じた藤壺
は、出家を決意し、東宮に別れを告げるため、宮中に参内したのでした。
まだ数え年6歳の東宮は、出家の意味もよく理解できません。それでも
母に「見たてまつらむこともいとど久しかるべきぞ」(お目にかかることも
今よりいっそう間遠になりましょうよ)と言われると、会えない時は恋しくて
ならないのに、と涙がこぼれ落ちるのを恥ずかしがって横を向くそのお顔
が、「ただかの御顔を脱ぎすべたまへり」(ただもう源氏のお顔をそっくり
そのままお移ししたようでした)だったのです。
藤壺はそれを見て、「いとかうしもおぼえたまへるこそ心憂けれ」(本当に
これほどまでに源氏の君によく似ておられるのがつらい)と思い、世間の
口やかましさが空恐ろしく感じられるのでした、とあります。
東宮が源氏と瓜二つであることが、藤壺にとっては恐怖の種となっている、
というのです。それは源氏に生き写しであることから、東宮の実の父親が
源氏だと、世間が憶測して噂となったらどうしよう、と藤壺が危惧している
ことを意味しています。
表向きには、源氏は桐壺帝の第2皇子、東宮は第10皇子で、二人は兄弟
ということになっています。兄弟でそっくり、というのもよくあることで、他人
は源氏と東宮が似ているから親子なのではないか、と疑ったりするはずは
ありません。ただ藤壺がそう思っているだけなのです。
この辺りがやはり作者の手腕というべきで、人の心理を上手く捉えています
ね。心にやましさを抱えているからこそ生じる恐怖で、いわば後ろめたさの
裏返し、と言えるのが、この時の藤壺の心理状態だったと思えます。
11年目も同じ第2金曜日
2022年3月11日(金) 溝の口「CD源氏の会」(第11回・通算151回)
あれから11年が経ちました。今日は第2金曜日ですので、コロナ禍で
なければ、溝の口で皆さまと『源氏物語』を読んでいたはずです。
今はその日を使って私一人で録音をし、翌日それをCDに書き込んで
送付する形となっていますが、今日は録音をしながら、11年前と同じ
第2金曜日だわ、と思っておりました。
毎年3月11日の午後2:46には、市役所からの有線放送で「黙祷」の
時間が知らされます。在宅していれば、合わせて黙祷を捧げることに
しています。今日はちょうど録音の前半を終えて、後半に入る前の
時間に黙祷が出来ました。
「東日本大震災」が起こった時も、講座開始から1時間余りを経過し、
休憩に入ったところでした。当日はもちろん後半は中止となりましたが、
それどころか、帰宅難民となられ、近くの小学校で一夜を過ごされた
方もありました。私も帰宅できたのは、日付が変わる頃でした。
被災地では今も38,000人もの方が避難先で暮らしておられるとのこと。
Yahoo!とLINEで「3.11」と検索すると、それぞれ10円の寄付になると
知り、早速しました。既に1千万回を超えています。
本日録音した箇所でキーポイントとなるのは、宇治への紅葉狩の際、
匂宮が中の君の許を訪れることなく帰京してしまったことで、妹は匂宮
に捨てられた、と思い悩む大君が、匂宮と夕霧の娘・六の君の縁談の
話を耳にして更に落ち込んでしまう、という場面でしょうか。その結果、
大君は死に至る病の床に臥すことになるのですから。
このことについては、オンラインクラスで読んだ時に取り上げております
ので、今日は3.11関連の話で長くなっておりますし、そちらでお読み
いただければ、と思います(⇒こちらから)。
あれから11年が経ちました。今日は第2金曜日ですので、コロナ禍で
なければ、溝の口で皆さまと『源氏物語』を読んでいたはずです。
今はその日を使って私一人で録音をし、翌日それをCDに書き込んで
送付する形となっていますが、今日は録音をしながら、11年前と同じ
第2金曜日だわ、と思っておりました。
毎年3月11日の午後2:46には、市役所からの有線放送で「黙祷」の
時間が知らされます。在宅していれば、合わせて黙祷を捧げることに
しています。今日はちょうど録音の前半を終えて、後半に入る前の
時間に黙祷が出来ました。
「東日本大震災」が起こった時も、講座開始から1時間余りを経過し、
休憩に入ったところでした。当日はもちろん後半は中止となりましたが、
それどころか、帰宅難民となられ、近くの小学校で一夜を過ごされた
方もありました。私も帰宅できたのは、日付が変わる頃でした。
被災地では今も38,000人もの方が避難先で暮らしておられるとのこと。
Yahoo!とLINEで「3.11」と検索すると、それぞれ10円の寄付になると
知り、早速しました。既に1千万回を超えています。
本日録音した箇所でキーポイントとなるのは、宇治への紅葉狩の際、
匂宮が中の君の許を訪れることなく帰京してしまったことで、妹は匂宮
に捨てられた、と思い悩む大君が、匂宮と夕霧の娘・六の君の縁談の
話を耳にして更に落ち込んでしまう、という場面でしょうか。その結果、
大君は死に至る病の床に臥すことになるのですから。
このことについては、オンラインクラスで読んだ時に取り上げております
ので、今日は3.11関連の話で長くなっておりますし、そちらでお読み
いただければ、と思います(⇒こちらから)。
ブログを始めて丸7年
2022年3月9日(水)
今日3月9日は「サンキュウ」なので、「ありがとうを届ける日」なのだ
そうです。近頃は語呂合わせで「○○の日」というのが多くなっている
気がしますが、「サンキュウ」はとてもわかり易くていいですね。
私がブログを始めたのは、2015年の3月9日。ちょうど今日で丸7年
になりました。開始時に「サンキュウ」を意識したわけではありません
が、こうして7年間続けて来られたのも、訪問してくださる方々あって
こそです。心より「ありがとう」を届けたいと思います。
ブログの名前通り、『源氏物語』が大好きな私ですので、これからも
『源氏物語』をはじめとする古典文学中心の、どちらかと言えば
(言わなくても)マニアックなブログですが、引き続きご訪問頂ければ
嬉しく、励みとなります。よろしくお願い申し上げます。
その今日ですが、眼科クリニックで白内障の手術前の検査を受けて
来ました。先月の末に左目が痛くなり(これまでもドライアイがひどく
なると目に痛みが出ていました)、昨年までお世話になっていた眼科
クリニックが閉院してしまったので、新しいクリニックに行ったのですが、
そこで白内障がかなり進んでいるので手術するよう勧められました。
日常生活でさほど不便を感じているわけでもないのですが、4月から
会場での講座が全面再開となれば、必ず術前術後の診察と重なる
日が出てくると思われるので、3月22日に手術を受けることにしました。
ドライアイで痛かったのは左目ですが、手術するのは右目です。
昨日、訪問先のブログに紹介されていたファミマの「桜スイーツ」。
中でも「桜のロールケーキ」が美味しそうで、買えたらいいな、と
思っていたら、その眼科クリニックのお隣の大きなコンビニがファミマ
でした。帰りに立ち寄ってgetしてきました。明日の朝のカフェオレの
お供に、と、楽しみにしています。

今日3月9日は「サンキュウ」なので、「ありがとうを届ける日」なのだ
そうです。近頃は語呂合わせで「○○の日」というのが多くなっている
気がしますが、「サンキュウ」はとてもわかり易くていいですね。
私がブログを始めたのは、2015年の3月9日。ちょうど今日で丸7年
になりました。開始時に「サンキュウ」を意識したわけではありません
が、こうして7年間続けて来られたのも、訪問してくださる方々あって
こそです。心より「ありがとう」を届けたいと思います。
ブログの名前通り、『源氏物語』が大好きな私ですので、これからも
『源氏物語』をはじめとする古典文学中心の、どちらかと言えば
(言わなくても)マニアックなブログですが、引き続きご訪問頂ければ
嬉しく、励みとなります。よろしくお願い申し上げます。
その今日ですが、眼科クリニックで白内障の手術前の検査を受けて
来ました。先月の末に左目が痛くなり(これまでもドライアイがひどく
なると目に痛みが出ていました)、昨年までお世話になっていた眼科
クリニックが閉院してしまったので、新しいクリニックに行ったのですが、
そこで白内障がかなり進んでいるので手術するよう勧められました。
日常生活でさほど不便を感じているわけでもないのですが、4月から
会場での講座が全面再開となれば、必ず術前術後の診察と重なる
日が出てくると思われるので、3月22日に手術を受けることにしました。
ドライアイで痛かったのは左目ですが、手術するのは右目です。
昨日、訪問先のブログに紹介されていたファミマの「桜スイーツ」。
中でも「桜のロールケーキ」が美味しそうで、買えたらいいな、と
思っていたら、その眼科クリニックのお隣の大きなコンビニがファミマ
でした。帰りに立ち寄ってgetしてきました。明日の朝のカフェオレの
お供に、と、楽しみにしています。

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