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「三日夜の餅」

2022年11月11日(金) 溝の口「源氏物語を読む会」(第163回)

立冬も過ぎ、暦の上ではすでに冬となっているのですが、
このところずっと暖かで、穏やかな日が続いています。でも
これも今週までのこと。来週になると一気に気温が下がり、
冬を実感することになりそうです。

今日のこのクラスは、溝の口での会場が確保できず、普段
は殆ど使うことの無い新百合ヶ丘の市民館での例会となり
ました。久々のこととて、改札口を出た所でウロウロ。確認
せずにここだと思って入った建物にはそれらしきものは無し。
そこで教えてもらって、やっとこさ辿り着きました(;^_^A 

講読箇所はオンラインクラスと同じで、匂宮と夕霧の六の君
との結婚第三夜を中心に、第49帖「宿木」を読み進めました。

平安貴族社会では、結婚後も夫婦が最初から同居することは
少なく、夫が妻の所へ通って行く、いわゆる「通い婚」が慣例と
なっていたので、第三夜の「露顕〈ところあらわし〉(結婚披露宴)」
も主催者は妻の実家であり、その後の夫の生活を支えるのも
妻側の役割でした。

新婚第三夜に新郎新婦に供される「三日夜の餅」という祝い餅
の風習については、以前にも触れましたが、これも当然妻方で
用意されるものです。中の君が匂宮と結ばれた時、「露顕」の
ような祝宴までは無理であっても、周りの女房たちにも言われて、
そうした経験もない大君が、懸命に妹のために「三日夜の餅」の
用意をしていましたね。

源氏と紫の上の結婚は特殊で、いわば「野合」と呼ばれる正式
の手続きを踏んだ結婚ではなかったのですが、それでも源氏が
紫の上と結ばれた証として、惟光に命じて「三日夜の餅」を用意
させました。

今回の二人の結婚は、新婦の父親が時の権力者の夕霧です
から、「三日夜の餅」一つをとっても、「今めかしく」(モダンで
しゃれた感じに)整えられておりました。

新婦の家の火で調理された餅を食べさせることで、婿となった
新郎を同族化する意味を持っていたと言われています。

三枚のお皿に載せたお餅を、新郎は食いちぎらずに食べねば
ならなかった(切るのは縁起が悪いですものね)と言いますので、
喉に詰まらせないよう、口の中でモグモグ、お婿さんも結構大変
だったのではないでしょうか。


「紫式部の意識の変化」&「皆既月食」

2022年11月8日(火) 高座渋谷「源氏物語に親しむ会」(通算163回 統合113回)

今日は高座渋谷での『源氏物語』の講読会の後、月に一度
通院している整形外科のクリニックで、インフルエンザの
ワクチン接種を受けて来ました。

帰宅後、LINEを開けると、再来年の大河ドラマ「光る君へ」で
吉高由里子さん演じる「紫式部」の相手役となる「藤原道長」
に、柄本佑さんが決まったという話題で賑わっていました。

で、ブログ記事も、最初は別の箇所を取り上げるつもりだった
のですが、それなら今日は紫式部関連で行こうと思い、全く
裏付けのない、100%想像ながら、こんなタイトルで書かせて
いただくことにしました。

このクラスが講読中の第39帖「夕霧」も、終盤に差し掛かって
おります。

小野山荘で母・御息所が亡くなり、四十九日も過ぎて、季節も
秋から冬となりました。いくら熱心に言い寄られても、夕霧との
結婚の意思の無い落葉の宮は、もう京の一条の宮に戻ること
なく、ここで出家して暮らしたいと考えていました。

一方夕霧は、落葉の宮に一条の宮へとお戻り頂く日も決めて、
準備を着々と整えているのでした。

周りの女房たちは、落葉の宮が勝手に自分で髪を切って出家
することなどがないよう、「そのころは、御鋏やうのものは、皆
とり隠して」(その頃は、鋏の類は全部隠して)、落葉の宮を
監視しておりました。

それに対して落葉の宮は、「をこがましう、若々しきやうには
ひき忍ばむ」(愚かしくも、そんな子どもっぽいことをしてこっそり
と髪をおろしたりしようか)、と思っています。

自ら髪を切って落飾した女君となると、真っ先に思い出される
のは中宮定子ではないでしょうか。おそらく当時の読者にも、
定子の一件はスキャンダルとして認識されていたはずです。
それを「愚かしい子どもっぽい行為」と、落葉の宮を通して物語
の中に書いた作者は、明らかに中宮定子の行為を批判している
ことになります。

『源氏物語』の第1帖「桐壺」では、帝の寵愛を一身に集めながら、
若くして落命し、その後も帝がお忘れになることのない女性として
描かれているのが桐壺更衣です。中宮定子がモデルと考え得る
設定で、この時点では、作者・紫式部は中宮定子に同情を寄せて
いた気がします。

それが道長の娘・中宮彰子に仕えるようになり、道長をパトロン
として『源氏物語』を書き進めて行くうちに、定子に対する意識に
変化が生まれ、その結果、この「夕霧」の巻のような記述になった
のではないかと、私は考えています。

長くなってしまいますが、もう一つの記事、「皆既月食」です。

今日は朝から秋晴れの好天(暦の上ではもう冬ですが)。ほぼ
日本全国で見事な皆既月食が見られたようです。また、442年
ぶりという、天王星食との同時観測が出来るということで、期待
が高まっていました。さすがに天王星食のほうは肉眼では無理
で、YouTubeで見ました。

きっと今夜は綺麗な皆既月食の写真をお撮りになった方も大勢
いらっしゃると思いますが、恥ずかしながら、私も見ましたよ、と
いうことで・・・。

      皆既月食⑤
     19:00頃。まだすっかり月が欠けておらず、
     黄色く輝いている部分が残っています。

      皆既月食③
    20:00頃。皆既月食がピークになって、赤銅色
    に染まっています。お月様が小さくてこれでは
    わかりませんね(-_-;)


「静嘉堂@丸の内」の「響き合う名宝」展

2022年11月5日(土)

昨日の「2年10ヶ月ぶりの多摩川越え」の続きです。

楽しい3時間はあっという間。15:00なら余裕で、と思って予約
したつもりでしたが、とんでもない。展覧会へ行く3人の会計を
先にしてもらって、「お先に」と、「GRILL UKAI MARUNOUCHI」
を後にしました。

向かうところは「静嘉堂@丸の内」。世田谷区岡本にあった
「静嘉堂文庫美術館」が丸の内に移転し、「明治生命館」の
1Fに開設された展示ギャラリーです。レストランの入っている
ビルとは通りを1本挟んだだけですので、こんなにいい機会は
ないとチケット予約をしました。

入り口には既に大勢人が並んでいましたが、間もなく、「3時の
ご予約の方はどうぞ」、と案内があり、列を離れて入場しました。
が、思いの外の混雑ぶり。「第3・第4ギャラリーのほうから先に
ご覧ください」、と係の方に勧められ、そちらに回りました。私が
一番観たい俵屋宗達の「源氏物語関屋澪標図屏風」は、こちら
に展示されていました。

  宗達「澪標」②
        「源氏物語澪標図屏風」(俵屋宗達)

「関屋」のほうも一緒に、と思い、上下に並べてUPしたのですが
あれこれと書いてもくどくなるので、「関屋」はカットして、今回は
「澪標」のほうだけにしました。

宗達の「源氏物語関屋澪標図屏風」が、他の「源氏絵」と異なる
一番の点は、物語世界が前面に打ち出されているということだと
思います。

以前に『伊勢物語』を講読した時に、「宗達伊勢物語図色紙」を
中心として、「伊勢絵」ご紹介しながら読み進めましたが、第6段
の「芥川」でお見せした宗達の絵は、他の「伊勢絵」とは一線を
画していましたね。その場面における人物の内面が、絵の中に
見て取れる描き方でした(その記事は⇒こちらから)。

この「源氏物語関屋澪標図屏風」においても同じことが言えると
思います。「関屋」では空蝉が、「澪標」では明石の上が、どちらも
源氏と邂逅する場面(実際に顔を合わせることはありませんが)
です。桃山時代に描かれた土佐光吉の絵(「源氏物語画帖」)と
比べていただくと、その違いがよくわかります。

         土佐派「澪標」
           「源氏物語画帖」(土佐光吉)

宗達の絵は、「源氏物語画帖」に多く描かれている松も減らし、
金雲も配していません。真っ白な砂浜で、陸と海との境目を
際立たせ、源氏(陸の牛車)と明石の上(海の舟)との隔たりが
明確になっています。

明石の上は、海から住吉神社の賑わいを見て「どなたが詣でて
おられるのか」と尋ねさせたところ、「源氏の君がお出でになって
いることを知らない者もいるんだぁ」と、下々の者にまで馬鹿に
されて、源氏と自分との身分差を思い知らされ、そのまま難波
での祓へと舟を向けたのでした(『源氏物語』におけるこの場面)。

        静嘉堂@丸の内①
         ギャラリー入口への案内板。この
         「曜変天目」が何といっても、今回
         一番人気の展示品でしょうね。

会場を出ると、すぐそこが地下鉄千代田線の「二重橋前」です。
確かに多くの人にとって、岡本から丸の内への美術館の移転は
便利になったと思います。ただ私個人としては、単に遠くなったと
いうだけではなく、「曜変天目」も「源氏物語関屋澪標図屏風」も、
混雑とは無縁で鑑賞でき、また、あの降り注ぐ木漏れ日の中を
ゆったりと散策できる広大なお庭のあった岡本の「静嘉堂文庫
美術館」が懐かしく、惜しまれてなりません。


2年10ヶ月ぶりの多摩川越え

2022年11月4日(金)

コロナ禍ですっかり遠のいてしまった都心ですが、今日は表題に
書いた通り、2年10ヶ月ぶりに多摩川を越えました。我が家から
都心へ向かうには、どのルートを使っても多摩川を西から東へと
越えて行かなければなりません。実はこの2年10ヶ月前の多摩川
越え、というのも、『源氏物語』の講読会の新年会で、二子玉川迄
行ったに過ぎないので、「多摩川越え」と大きな声で言うのも、憚ら
れる話なのです。多摩川を越えて都心まで出掛けたとなると、何と
2019年以前、ということになります。

随分前から年に3回、会食を楽しんで来た昔の職場の講師仲間の
会ですが、コロナ禍で2年間ストップ。昨年11月に久々に行われた
時は、徳川美術館行きと重なって、参加出来ませんでした。私に
とっては、3年ぶりの嬉しい皆さまとの再会となりました。

ランチ会場は「GRILL UKAI MARUNOUCHI」。近年はここに定着
した感があります。ランチのお値段は、数年前に比べると2倍近く
になっていますが(まあ、この物価高の折から、これは仕方ないで
しょうね)、利便性、お料理の美味しさ、雰囲気の良さ、個室利用、
等を考えると、満足度の高いレストランです。

アミューズからデザートまで、お料理の写真も全部忘れずに撮った
のですが、今回はやはりこれをUPしておきたいと思います。和栗を
使った「金糸モンブラン」です。栗のお菓子には目が無い私のこと、
デザートメニューを見て、+550円にちょっと贅沢かな?という思い
が一瞬頭をかすめたものの、外すという選択肢はありませんでした。

       モンブラン①
     お部屋にこの機械が運ばれてきて、目の前で
     「金糸モンブラン」が一つずつ作られていきます。

   モンブラン②
   シフォンケーキ、メレンゲ、アイスクリームで出来た
   土台に金糸の和栗が掛かったモンブラン。文句なし
   の美味しさでした。

  リリー会④
  お開きの前に集合写真。10人中9人参加の本日の会。
  幹事さん、お世話さまでした!

この後、直ぐ近くの「静嘉堂@丸の内」で開催中の「響き合う名宝」展
を観に行きましたが、続けて書くと長くなりますので、明日にさせて
いただきますね。


夕霧の悔しさ

2022年11月2日(水) 溝の口「オンライン源氏の会」(第29回・通算169回)

早くも11月に入り、毎年のことながら、気持ちの上で次第に焦りを
覚えるようになってまいります。これから歳末にかけて、年に一度
のカーテンの洗濯を含め、諸々の大掃除、年賀状の準備(今年こそ
大晦日迄には投函を終えておきたい)、おせち料理をはじめ、お正月
に向けてのあれこれ、と、しなければならないことが目白押し。年々
衰えてくる体力を鑑み、どこかで「手作りおせち止めます宣言」も必要
なのかなぁ、などと考えているところです。

すみません、ここ迄は『源氏物語』とは全く関係の無い話でした。

今月の溝の口の先行3クラスは、国宝源氏物語絵巻「宿木」第二段に
描かれている場面まで読む予定でしたが、このオンラインクラスは、
脱線してはそこで盛り上がるため、今日もその手前で時間切れ(いえ、
既に20分時間オーバーしていました💦)。

夕霧の六の君と結婚した匂宮は、三日目の夜を迎えます。この日は、
「露顕(ところあらわし)」という、今の結婚披露宴に当たる祝宴を、
婿を迎えた妻方の主催で行うのが、平安貴族社会の習わしでした。

夕霧としては匂宮の手前、見栄えのする身内で宴席に花を添えたい
のですが、見渡したところ薫以上の人はおらず、薫を相伴の客として
誘いました。律儀な薫は早々と六条院に参上して、あれこれと夕霧
に相談しながら手を貸しているのでした。薫が実に淡々としていて、
「人の上に見なしたるをくちをしとも思ひたらず」(六の君が薫とでは
なく、匂宮と結婚したことを残念がるような素振りも見せず)なのが、
夕霧には面白くなく、「人知れずなまねたしとおぼしけり」(心の内で
何となく癪に障るとお思いでした)とあります。

薫には今上帝が女二宮の婿に、というご意向なので、夕霧は六の君
の婿に匂宮を、と決断したのでした。夕霧からすれば、「なぜ自分を
婿に、と最後まで望んでくれなかったのか」と、薫から六の君を手に
入れられなかったことを惜しむ態度を見せて欲しかったのですね。

今、薫は中の君を匂宮に譲ったことを後悔し、激しく動揺しています。
そんな様子が、この六の君と匂宮の結婚に対しても窺えたなら、夕霧
はさぞかし溜飲を下げたことでありましょう。


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