fc2ブログ

恒例となったブログの書籍化

2023年2月10日(金)

この冬(と言っても、暦の上ではもう春になっていますが)初めての
積雪となり、予定していた溝の口の「源氏の会」が中止になりました。

それで、この記事はいつ書こうかな、と思いながらなかなか出番が
なかったのですが、今日は講読会についてのお話もありませんし、
もう5年間、毎年お願いしているブログの書籍化のことを書いておく
ことにいたしました。

1月31日まで送料無料サービス、という案内メールを頂いていた
ので、先月の下旬、それを利用して昨年1年分を1冊の本の形にして
もらいました。いつも同じ表紙で、写真をUPしても何の代わり映えも
しないのですが、本扉を開くと、「2022年」と入っているので、これで
昨年度版だということがわかります。

2020年度版182頁、2021年度版222頁、2022年度版260頁と、
徐々に頁数が増えているのも、コロナ禍での講読会の状況を反映
しています。

発注から書籍化されて送られてくるまでの日数の速さは、最初から
変わらず、三日後には手許に届いています。ブログ出版局に会員
登録をすると、前年度の発注パターンが残っているので、注文迄の
工程がとても楽になりました。

これからも、ブログを続けている限り、本の形にして残して置きたい
と思っております。

       2023ブログの書籍化①
             表紙は毎年同じです。

   2023ブログの書籍化②
   本扉に年度を入れていただくようになって、表紙を
   めくればいつの年のものか、すぐにわかるように
   なりました。
   

薫からの詰問の手紙

2023年2月8日(水) 湘南台「源氏物語を読む会」(第239回)

先月のこのクラスの講読箇所紹介記事では、薫が匂宮と
浮舟の密通を知る迄の巧みなストーリー展開について
述べました(⇒こちらから)。

今回はその続きとなりますが、事の真相を知った薫は、
どのように対処しようとしたのでしょうか。

正妻にも浮舟の存在を告げ、京に住まわせる了解まで得て、
準備を進めて来た薫です。そのような事情も十分承知して
いるはずの匂宮の裏切りに、激しい憤りを覚えるのですが、
直接匂宮にそれをぶつけることは、自分の恥を晒すことにも
なるので、怒りの矛先は浮舟に向けられ、詰問の手紙を送り
ます。

薫の手紙はごくあっさりとしたもので、
「波越ゆるころとも知らず末の松待つらむとのみ思ひけるかな
(まさかあなたが私以外の男に心を移しているなんて思いも
寄らず、私を待ってくれているとばかり思っていましたよ)
人に笑はせたまふな(私を世間の笑い者にしないで下さいな)」
とだけ書いてありました。

とうとう薫の知るところとなってしまった、と思うと、浮舟は何と
返事をしてよいかわかりません。下手な言い訳などすれば、
それは匂宮との関係を認めたことになるし、かと言って、無視
することも許されません。結局、浮舟は「所違へのやうに見え
はべればなむ。あやしくなやましくて何ごとも」(宛先が間違え
られて届けられたようですので。妙に気分もすぐれないので、
何も申せません)と書き添えて、手紙を元通りにして、そのまま
返したのでした。

薫はそれを見て、「さすがにいたくもしたるかな」(随分と上手く
言い逃れをしたものだな)と、浮舟に対して、これまでにない
才気を感じます。

苦悩が浮舟を成長させ、そんな浮舟に薫が愛着を覚えるという、
皮肉な構図が浮かび上がってきますね。

薫とすれば、浮舟がこの先匂宮を拒絶し、何事もなかったかの
ように振舞ってくれれば、丸く収まると考えた上での行為だった
のかもしれません。でもこの薫からの手紙は、いっそう浮舟を
追い詰め、浮舟は死を願うようになるのです。

「浮舟」の巻も終盤が近づいて来ました。薫か匂宮か、どちらか
一人を選ぶことが出来るなら、浮舟はここまで苦しまずに済んだ
はずなのですが、選ぶことが出来なかったのが、彼女の限界と
言えましょう。ただ、そこにまた人間の本質が垣間見える気も
するのです。


ちょっと残念な梅の花

2023年2月6日(月)

2021年は2月4日に紅梅が、2月6日に白梅が、それぞれ見頃と
なっているのをブログにUPしました。2022年は2月8日に満開の
白梅、2月12日に七分咲きの紅梅をブログ記事としています。

今年は1月末に「自然の森の白梅が満開になっている」と、耳に
したので、気にはなっていたのですが、なかなか足が運べずに
いました。

このところ、訪問先のブログでも、開花した梅の綺麗なお写真を
載せておられる方も多く、あまりのんびりとしていたら、散って
しまうかも、と今日、もう16時近くになっていましたが、日もだいぶ
長くなっているので、行ってみました。

今年の梅は噂通り、早かったようです。紅梅も白梅も、もう盛りは
過ぎてしまっていました。紅梅は、日当たりのよい南側の花が
ほとんど散って、北側の花は、まだだいぶ残っている状態でした。

       紅梅2023
     北側から撮ったので、綺麗に咲いているように
     見えますが、よく見ると、花の散った跡も目立ち
     ます(写真がピンボケなので梅にとっては好都合?)

更に数分歩いて、1週間余り前に満開だったという白梅のほうへ。

       白梅2023
      こちらは満開の時は、大木なので真っ白に
      枝が覆われるのですが、かなり枝が目立つ
      までに散ってしまっていました。

ふと足元に目を移すと、白梅が見下ろしているような場所に水仙
が咲いていました。

       水仙
      「私は今が一番綺麗よ」と言っているようです。


恵方巻

2023年2月3日(金)

今日は節分。明日から暦の上では春ですね。まだしばらくは、
余寒厳しい日も続くでしょうが、「春」と聞くだけでも、凝って
いた身も心もほぐれてくる気がします。

我が家で節分に恵方巻を食べるようになったのはいつからか、
はっきりと憶えていないのですが、孫たちが手巻寿司を喜んで
作るようになってからは、毎年一緒に、手巻きで各自が好みの
恵方巻を作り、その年の恵方を向いて食べるのが、年中行事
の一つとなっていました。

2020年の2月3日は、まだコロナが身近に迫っているという感じ
ではなく、この年までは恵方巻を楽しみました。2021年、22年は、
スーパーで売られているものを買って来て、形だけの恵方巻で
済ませましたが、今年はちょっと頑張って、手巻き寿司用の具材
を全部揃え、イワシの丸干しと、イチゴゼりーもセットにして、
隣町の息子の家にも届けました。

なぜか私のスマホの着信音量がゼロになっていて、折角貰った
電話には全く気付かず残念だったのですが、LINEで、嫁や孫から
「すごく美味しかった」「スペシャルパーフェクト恵方巻セット」など
とメッセージが届き、喜んでもらえたことが嬉しく思えました。

私も、自分で好みの具材を入れた恵方巻を作って食べ、その後、
ご近所迷惑にならないよう、極々小さな声で「鬼は外、福は内」
と、豆を撒きました。

  恵方巻
  1/2枚にした海苔に、鮪、真鯛、イカ、イクラ、卵焼き、
  きゅうり、大葉、の7種の具材を入れた恵方巻です。

7種の具材を海苔で巻くことで、福を巻き込むそうですから、
これで、縁起良く幸せな春が訪れる、と信じたいですね。


匂宮の疑惑

2023年2月1日(水) 溝の口「オンライン源氏の会」(第32回・通算172回)

明後日は節分。このところ寒さが続いていますが、春はもうすぐ
そこまで来ているのですね。

オンライン「源氏の会」は、第49帖「宿木」の後半に入りました。

危うく迫って来る薫から逃れた中の君でしたが、翌日は久々に
匂宮が二条院に戻って来られました。夕霧の六の君との結婚後、
中の君の許へは夜離れが続き、そのために中の君は苦悶し、
宇治へ帰りたいとまで思い詰めていたのでした。

匂宮も、しばらくぶりに会うと、中の君の可憐さにいっそう愛おしさ
を覚えます。お腹が少しふっくらとし始めており、匂宮にとっても
この中の君の懐妊中の御子が第1子となるので、なおのこと、
中の君にとめどなく尽きせぬ愛をお誓いになります。

中の君も昨夜の一件で、薫ばかりを頼っていてはいられない、と
思い、匂宮にいつもより寄り添っておられると、匂宮も「限りなく
あはれと思ほしたる」(この上なくしみじみといとしくお思いになる)
のでしたが、「かの人の御移り香の、いと深くしみたまへる」(薫の
御移り香が、とても深く染みついている)のにお気づきになりました。

さあ、そこから匂宮の疑惑は広がり、中の君を責め始められます。
薫とは何事もなかったのだけれど、中の君としては、返事に窮して
しまいます。すると、ますます匂宮は、聞くに堪えないような言葉を
中の君に浴びせかけられるのでした。

中の君は利口な人ですから、薫の移り香のことも気にして、予め
下着の単衣なども着替えていたのです。それでも、薫の身体から
発する香りが染みついていた、と作者はわざわざ説明しています。

「また人に馴れける袖の移り香をわが身にしめてうらみつるかな」
(あなたが他の人と馴れ親しんだ袖の移り香を、我が身にしみこま
せてお怨みすることですよ)

と、匂宮に歌を詠みかけられ、あんまりだ、と思いながらも、黙って
いるのもどうかと思われて、中の君は返歌をしました。

「みなれぬる中の衣とたのみしをかばかりにてやかけ離れなむ」
(今まで馴れ親しんできた仲だとあなたのことをお頼りしておりました
のに、こんな移り香くらいのことで、これっきりとなってしまうので
しょうか)

とても巧みに匂宮のあらぬ疑いを批判し、濡れ衣を晴らそうとして
いるのがわかる歌ですね。歌を詠んで、泣いている中の君の姿を
見て、たとえ過ちがあったとしても許してしまいそうだ、と思う匂宮
ですが、それはこの歌の中に、事実を感じ取ってもおられたから
でありましょう。

第2金曜日と第4月曜日に会場での対面講座で、同じ個所の講読
をしますので、この続きはその2回でまたご紹介したいと思います。


訪問者カウンター