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グリルうかい丸の内・2023年

2023年11月29日(水)

昨日に比べると最高気温は5度程下がりましたが、それでも
この時季としては高めで、風も無く、絶好のお出掛け日和と
なりました。

コロナ禍の前は、年に3回行っていた昔の職場仲間の親睦会
も、年に一度晩秋の頃に、「今年も元気で会えて良かったね」
という会にして、もう年賀状の遣り取りも無しにしませんか?
とのご提案を受けて、今年の幹事さんが取り纏め、今日の
ランチを予約をしてくださいました。お一人は不参加でしたが、
昨年と同じ9人のメンバーで、場所も、もう定着した感のある
「グリルうかい丸の内」に集合しました。

一年ぶりにお会いしましたが、皆さまお変わりなく、本当に
「今年も元気で会えて良かったね」となりました。特に昨年、
「来年は90歳になるので、これからは参加できなくなるかも
しれない」とおっしゃっていた方が、全くお変わりなく、目も、
耳も、足腰も、少しの衰えも見えず、お肌はつやつや。皺も
シミも私のほうがよほどあるわ、という状態でいらっしゃる
のに、夢と希望が湧いてきました(元が違うのだから無理よ、
という声が聞こえて来そうですが💦)。

お食事は個室利用の場合は7,700円のコースから、となって
いますが、都心の中の都心ですし、そのお値段も納得できる
お料理ばかり。特に今回美味しい、と感じたのは、「季節の
スープ」と「紅葉鯛としいたけのグリエ」でした。

  20231129_グリルうかい⑫
  「季節のスープ」として提供された「栗のスープ」。
  栗好きな私なので、殊更美味しかったのかも。

  20231129_グリルうかい⑬
  「紅葉鯛としいたけのグリエ」。このお味は家では
  出せない、と思う絶妙な味わい。写真では隠れて
  見えない「皮ごと焼いた玉ねぎ」(皮は残しました
  が)も、もっと食べたいと思う美味しさでした。

  20231129_グリルうかい②
  珍しかったのが「木の子のカツレツ トマトソース」。
  言われなければ「ん?何のカツレツ?」ですね。
  サクッとした衣もトマトソースも美味です。

  20231129_グリルうかい⑦
     この白いキノコが使われているそうです。

デザートは、このお店に今の季節に行ったなら絶対外せない
と思っている「金糸のモンブラン」を選択しましたが、昨年、
+550円でも悩んだのに、今年は+880円。もっと悩みましたが、
やっぱり食べたいな、で、注文。プリンを注文されたお隣の席
の方と、両方を分け合っていただきました。でも去年のような
感動はありませんでした。金糸の量がちょっと少なくて、栗の
味わいが物足りなかったのと、何でも二度目となると、感動が
薄れるせいもあるのかと思います。その「金糸のモンブラン」に
つきましては、昨年の記事に書いていますので(⇒こちらから)。
  
  20231129_グリルうかい④
 解散前に、記念の集合写真を撮りました。照明の具合を
 見ると、反射してしまっているので、昨年写した、お部屋
 の反対側の方が良かったかな、と思います。次回の為に
 覚えておきましょう。

「二重橋前」駅に向かう途中の、「明治生命館」前に飾られた
クリスマスツリーがとても綺麗でした。

      20231129_グリルうかい⑩
      次々と色が変化するイルミネーション。
      しばし、スマホを向けながら見とれて
      おりました。

12:00開始で、解散は15:30。美味しいお料理をいただきながら、
尽きないお喋りで、楽しみな年中行事となった晩秋の親睦会。
来年も同じ11月29日に決まりました。また揃ってお目にかかれ
ますよう、元気に過ごしたいですね。


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達者な仲人口

2023年11月27日(月) 溝の口「湖月会」(第174回)

昨日の真冬のような寒さからは解放され、今日は日没後の
道を歩いても、「寒い」と震え上がるような感覚を味わうこと
はありませんでした。明日はまた20度以上に上昇するよう
です。このように気温が乱高下すると、外出する時、何を
着たらいいのか、と、悩みますね。

溝の口の第4月曜日クラス「湖月会」は、第2金曜日クラスと
同じ第50帖「東屋」の2回目。仲人が、左近の少将と常陸の
介の間を、いわゆる「仲人口」で上手く立ち回り、浮舟との
婚約を一方的に破棄させ、少将が常陸の介の実子と結婚
する話に持って行ってしまったところを読みました。

第2金曜日クラス(11/10)の時に書きましたように、ここでの
登場人物は3人だけ(左近の少将、仲人、常陸の介)です。
11/10の記事で予告をした通り、今回は仲人の言動を取り
上げておきたいと思います(11/10の記事は⇒こちらから)。

左近の少将が、常陸の介の実子ではない浮舟との縁組に
難色を示すのを見て取った仲人は、「本気で常陸の介の
実子との結婚をお望みなら、常陸の介が殊の外可愛がって
いる二番目娘にお取次ぎしましょう」と、少将にへつらいます。

少将の結婚観は、11/10の記事で述べた通りです。結婚の
目当ては常陸の介の財力のみだったので、仲人の提案に
簡単に乗ってしまいます。

あとは常陸の介が何と言うか、達者な仲人口が発揮される
場面です。

先ず仲人は、「少将殿はあなた様(常陸の介)のご威勢を頼り
にして求婚して来られたのに、お相手が継娘では、あなた様の
ご庇護を受けるのが難しいのではないか、としきりに申す者も
おりまして、少将殿は、年若いご実子との結婚をお許し頂ける
なら、というご意向でございます」と、常陸の介の自尊心をくす
ぐります。

常陸の介は、「少将と浮舟の縁談は妻が勝手に決めたことで、
自分よりも身分の高い少将が、自分を見込んでの求婚だとは
知らなかった。少将がそのようなご意向なら、喜んで愛娘を
差し上げましょう。ただ、私が邪魔立てして、少将のお気持ちを
踏みにじった、と妻に思われるのが気掛かりだ」と言いました。

脈あり、と見た仲人は、仲人口でもう一押しします。「少将殿は、
あなた様お一人の許可を求めておられます。少将殿は、人柄も
上品で、世間の評判も良く、真面目なお方です。将来性も十分
でございます。来年には四位になり、蔵人頭のポストも帝が保証
してくださっています」と、あり得ない話までして少将を持ち上げ
ます。

そして、「少将殿を婿にと望まれるお方もあちこちにいらっしゃる
ので、ここで渋られたりすると、他の家の婿になってしまわれると
思いますよ」と、常陸介の心にとどめを刺したのでした。

仲人もこの縁談を纏めることで、多くの見返りが期待できたので
ありましょう。今風の言葉を用いるなら、少将という人物を「盛る」
ことで、常陸の介を易々と説得してしまいましたが、もう一度ここ
を読む12/6に、その常陸の介の心情に触れておきたいと思い
ます。


「源氏物語のあらすじ」・・・第14帖「澪標」(その1)

2023年11月24日(金)

このところ11月下旬とは思えない暖かな毎日でしたが、
明日からは急に冬の寒さがやって来るとのことです。
ずっと小春日和続きなのに油断して、衣更えもしない
まま過ごしてきましたが、さすがにこのままでは不味い、
と思い、急ぎ今日の昼間、衣更えを済ませました。

『源氏物語』第14帖「澪標」の巻の全文訳も既に10回
まで書いておりますので、ここで「澪標」の4つのポイント
のうちの2つ(「朱雀帝の譲位と冷泉帝の即位」と「明石
の姫君の誕生」)までのあらすじをまとめておきたいと
思います。

「全文訳」では、2023年8月21日の 「澪標」(1)、8月24日の
「澪標」(2)、9月11日の「澪標」(3)、9月18日の「澪標」(4)
9月28日の「澪標」(5)、10月9日の「澪標」(6)、10月16日
「澪標」(7)、10月26日の「澪標」(8)に該当する部分と
なります。

「源氏物語のあらすじ」・・・第14帖「澪標」(その1)は⇨⇨こちらから


源氏の報復

2023年11月20日(月) オンライン「紫の会・月曜クラス」(第40回・通算87回・№2)

オンライン「紫の会」は、毎月第3月曜日と、第4木曜日の2回、
同じところを読み、所属クラスのほうに出られない場合は、
振替受講も可という形でやっておりますが、11月は第4木曜日
が祝日になったこともあり、23日の参加希望者が3名となって
しまい、今月のみ、木曜クラスの方全員に月曜クラスへの振替
をお願いし、1回でということになりました。

講読箇所は13日の会場クラスと同じ、花散里をはじめ、源氏と
関わりのある人たちの動静を伝えているところです。

その中で、源氏がこれまでの報復をしている相手が二人います。

一人は弘徽殿の大后。源氏の官位を剝奪し、須磨へと退去せ
ざるを得ないところまで追い込んだ張本人です。朱雀帝の御代
では権勢を振るった右大臣一派は、今や見る影もなく、政治は
源氏(内大臣)と、太政大臣(もとの左大臣)の二人が「御まま」
(思い通り)に動かすようになっていました。

敗北者の弘徽殿の大后に対し、源氏は異常なまでに、親切に
お仕えし、心遣いを見せるのでした。それは、却って大后が
お気の毒な程で、世間でも、あそこまでなさらなくても、と
噂をしていました。

これは、政治的優位に立った源氏の、大后に対する明らかな
嫌がらせと言ってよいでしょう。弘徽殿の大后にとっては、冷た
くあしらわれるほうがまだまし、と思えるような、屈辱的な源氏
の報復でした。

もう一人の報復の対象となったのは、兵部卿の宮(藤壺の兄・
紫の上の父)です。昔はとても仲の良い間柄でしたが、源氏の
須磨流謫の際、世間体ばかりを気にし、右大臣一派を慮って、
源氏に対しては勿論のこと、兵部卿の宮にとっては娘である
紫の上に対しても、とても冷たかったことが、源氏には許せな
かったのです。

兵部卿の宮は、中の君を冷泉帝に入内させたいとお考えでし
たが、源氏は力添えをして差し上げる様子を全く見せません
でした。

源氏は「なべての世には、あまねくめでたき御心」(大方の人に
対しては、分け隔てなく思い遣りのお気持ち)がおありですが、
それでも許せない、と思う人には、厳しかったことがわかります。

その他の人々の動静も含め、本日講読の後半部分の詳しい
内容は、先に書きました「澪標・全文訳(10)」をご覧下さい
(⇒こちらから)。


第14帖「澪標」の全文訳(10)

2023年11月20日(月) オンライン「紫の会・月曜クラス」(第40回・通算87回・№1)

11月のオンライン「紫の会」は、木曜クラス8名のうち5名が
振替受講を希望なさったため、残った3名の方にも、振替を
お願いして、全員月曜クラスでというイレギュラーな形に
なりました。

11/13の全文訳を記載した時には、今月も3回あるつもりで、
源氏が花散里に逢いに行った場面(⇒こちらから)のみに
してしまいましたので、今日の全文訳のほうが分量が多く
なっております。30頁・1行目~32頁・10行目までの全文訳
です。
(頁・行数は、「新潮日本古典集成 源氏物語二」による)


こうしたことがあるにつけても、あの五節をお忘れではありません。
もう一度逢いたいと気にかけておられますが、とても難しいことで、
こっそりと、という訳にもまいりません。

五節は、源氏の君との叶わぬ恋を諦めたことで物思いが絶えずに
いるのを、親はあれこれと思案して、縁談を持ちかけてもみますが、
当人は人並みの結婚生活を送ることは断念しておりました。

源氏の君は、気楽にくつろげる邸を造って、このような女性たちを
集め住まわせて、思い通りに養育なさるべき人が、出て来られた
ならば、そんな方の世話役にも、とお思いになっておられます。

二条の東の院の造作は、却って見応えのあるところが多く、当世風
でありました。風流心のある受領たちを選んで、各自に割り当てて、
工事を急がせなさいます。

朧月夜のことを、源氏の君はやはり諦めきれずにいらっしゃいました。
性懲りもなく、また昔のように、お気持ちを伝えたりなさいますが、
朧月夜のほうは、辛い出来事に懲りておられて、また昔のようにも
応じられることはありませんでした。そんなわけで、源氏の君は、
却って窮屈で、物足りなく、男女の仲を感じておられました。

朱雀院は、気楽なご心境になられて、四季折々に、趣ある管弦の
遊びなどをなさり、優雅なお暮らしぶりでいらっしゃいます。女御や
更衣たちは、みなご在位中と変わらずお仕えなさっていますが、
東宮の母君である承香殿の女御だけは、これ迄は取り立てて寵愛
をお受けになることもなく、朧月夜へのご寵愛に気圧されていらした
けれど、このような、打って変わっての素晴らしいご幸運で、院の
御所を出て、宮中で東宮に付き添っておられました。源氏の君の
宮中での宿直所は昔と変わらず淑景舎(桐壺)です。梨壺(昭陽舎)
に東宮はいらっしゃるので、隣同士のよしみで、何事もお話合い
なさって、源氏の君は東宮の後見をもなさっているのでした。

藤壺は、出家の身なので、また身分を改めて皇太后におなりになる
べきでもないので、上皇に准じて御封を頂戴なさいます。女院の
事務を取り扱う役人が任命されて、格別ご立派でございました。

藤壺は仏道の勤行、功徳ある仏事を行うことを日々の営みとして
お暮らしです。長年、世間を憚って、宮中への出入りも難しく、我が
子との対面もままならぬ嘆きで、心が塞いでおられましたが、今は
思い通りに宮中にお出入りなさるのも結構なご様子なので、弘徽殿
の大后は、辛いものはこの世だったことよ、と思い嘆いておられます。

源氏の君は、事に触れて、大后が気恥ずかしくなるほどよくお仕えし、
心遣いをして差し上げるのも、却って大后がお気の毒なほどなのを、
世間の人も、あそこまでなさらずとも、とお噂申し上げておりました。

兵部卿の宮は、数年来のお仕打ちが冷たく、心外ななさりようで、
ただ世間の取沙汰ばかりを気にしておられたことを、源氏の君は
恨めしいことと根に持っておられて、昔のように親しいお付き合いも
なさいません。大抵の人には、分け隔てなく思い遣りがおありの
源氏の君ですが、この兵部卿の宮家には、むしろお辛く当たられる
こともままあるので、藤壺は、兄君(兵部卿の宮)がお気の毒で、
不本意な事とお思いになっておりました。

政治の世界は、ただ二つに分けて、太政大臣とこの源氏の君とが
思い通りに執り行っておられました。権中納言(昔の頭中将)の
姫君が、その年の8月に冷泉帝の許に入内なさいました。祖父の
太政大臣が直接お世話をやいて、入内のお支度など、まことに
申し分のないものでございました。兵部卿の宮の中の君も、入内
させるつもりで、大切にお育てになっているとの評判ではあります
が、源氏の君は、入内に関して特別な配慮をお見せになることは
ありませんでした。一体、どうなさるおつもりなのでしょうか。


骨密度測定の結果

2023年11月18日(土)

今日はお天気も回復しましたが、風が強く、洗って干した
夏布団のカバーの洗濯ばさみが、風の勢いで外れて、
布団カバーがベランダの床に落下。洗い直さなくてはなり
ませんが、どこかに飛んで行ってしまわなくて良かったです。

午後から予約していた婦人科検診に行き、同じクリニックに
整形外科もあるので、今年は6年ぶりに骨密度の測定も
受けました。腰椎と大腿骨の骨密度を測ります。

大腿骨は6年前に比べ、若干数値が落ちて、若い人と比較
した数値は79%となっていました。でもまだ、同年代との
比較では、111%あるので、結果コメントには「バランスの
良い食事や適度な運動を心がけましょう」と、書かれている
だけでした。

腰椎のほうは、「素晴らしいです」と褒められました。6年前
よりも骨密度が上がっていたのです。「えっ、この歳になって
そんなことあるの?」と、驚きましたが、確かに数値は前より
も少し高くなっていました。同年代と比較した場合は、131%。
「何か特別なサプリでも飲んでますか?」と訊かれましたが、
何も飲んではいません。ただ、毎朝豆乳とヨーグルトだけは、
欠かさず摂っていますので、そう言いましたら、「それがいい
のだと思います。続けてください」、と言われました。

高血圧、高コレステロール、心臓肥大、不整脈、変形性膝
関節症、足底腱膜炎、緑内障、いっぱい抱えた身体なので、
まさか褒められることなど無いと思っていただけに、ちょっと
嬉しくなりました。


物語を振り返ってあれこれと・・・

2023年11月15日(水) 湘南台「源氏物語を読む会」(第248回)

今日も気温が15℃迄届かず、寒さを感じる一日となりましたが、
11月も半ばですから、あの月初めの夏日のほうが異常だった
のですよね。教室内にも弱めの暖房が入れてありましたし、
家でも朝晩、暖房機を使うようになりました。

このクラスは第52帖「蜻蛉」も終わりが近づいています。実は
途中休憩の時点では、「今回で読み終えられるかな」と思って
いたのですが、後半に入ってペースダウンした為、来月に持ち
越しとなりました。ここ迄来ると、何かきっかけとなる事柄が
出て来る度に、『源氏物語』の過去に読んだところを、皆さま
と一緒に振り返ってみたくなってしまうのです。

薫が、自分の母・女三の宮と、今上帝の女一の宮の身分差
を考えた時、女三の宮は女御腹(朱雀帝の藤壺の女御所生)、
女一の宮は后腹(今上帝の明石中宮所生)の違い程度では
ないかと思う、というところから、話が遡って、母親の身分が
娘の将来に関わる為、源氏や夕霧が、受領階級という出自
の低い母親を持つ明石の姫君(実母は明石の上)、六の君
(実母は惟光の娘・藤典侍)を、実母から引き離し、それぞれ
紫の上、落葉の宮に養女として育てさせた話になりました。

更には、そこに至るまでの明石の上、紫の上の複雑な思いや、
紫の上に慈しみ育てられて入内し、中宮にまで上り詰めた
明石の姫君が、穢れに触れることも厭わず、紫の上の手を取り、
最期を看取った場面にまで言及しているうちに、10分以上の
時間を費やしてしまいました。

それでも終わらず、柏木が、妻となった女二の宮(落葉の宮)
には満足できず、女三の宮を望んだのも、女三の宮の母親は
女御であったのに対し、落葉の宮の母親が更衣で、ワンランク
下の身分だったことや、父親の式部卿の宮(源氏の弟)が亡く
なって、明石中宮の許に女房として出仕した「宮の君」の話から
は、たとえ高貴な家柄に生まれようとも、後ろ盾を失えば零落を
余儀なくされる運命にあること、その関連で中の君の話云々で
時間切れ。と言うか、もうオーバーしていました(^_^;)

この余談に対しては、皆さまも、「ああ、そんなことがあった、と
いろいろ思い出せて良かった」と、おっしゃって下さいましたが、
調子に乗ってはいけませんね。来月は、「蜻蛉」の巻を前半で
読み終えて、後半は第53帖「手習」に入ります(宣言をしておく
と守れそうですので)。


一服の清涼剤のような存在

2023年11月13日(月) 溝の口「紫の会」(第72回・№2)

先週の火曜日は最高気温が27.5度まで上がり、夏日でした。
それが1週間も経たないうちに10度以上下がって、今日は
「木枯らし1号」まで吹き、冬の到来を肌で感じる一日となり
ました。夏から突然冬へ。まだ衣更えもしておらず、冬布団
も出していません。明日はそれに追われそうです。

今月の「紫の会」は、第14帖「澪標」で、ここまで御代替わり
に伴う源氏の政権掌握、明石での姫君誕生に伴う紫の上、
明石の君それぞれの思いなど、緊張した場面の連続だった
ところから一旦離れて、「花散里」、「五節の君」、「朧月夜」、
「新東宮」、「藤壺」、「兵部卿の宮」といった人々の近況が
語られる場面を読みました。

先ずは源氏が帰京後、初めて花散里の許を訪れた場面から
です。

源氏が須磨・明石の流浪生活を終えて、京に戻って来たのが
28歳の8月。そして今は翌年の5月となっています。その間も、
花散里とその姉・麗景殿の女御の生活面でのバックアップは
ずっと続けてはいますが、訪問するのは、ようやく「五月雨
つれづれなる頃」(梅雨時で所在ない頃)、公私ともにお暇に
なってからとなりました。

それも突然のことだったので、花散里は、何の準備を整える
間もなく、端近でぼんやりと外を眺めていたその状態のまま
源氏を迎え入れることになりましたが、花散里のそうした
自然体の振舞いは源氏の目に「いとめやすし」(とても感じが
よい)と映りました。

折から水鶏(くいな)が鳴いたので、花散里は
「水鶏だにおどろかさずはいかにして荒れたる宿に月を入れ
まし」(せめて水鶏だけでも戸を叩いて知らせてくれなかったら、
どうしてこのような荒れ果てた宿に月〈源氏の君〉を招き入れる
ことができたでしょうか)
と歌を詠み、それに対して源氏は、
「おしなべてたたく水鶏におどろかばうはの空なる月もこそ入れ」
(どの家の戸でも叩く水鶏の音に、見境なしに門を開けていたら、
いい加減な男も入ってくるかもしれませんよ)
と返しました。

出過ぎることなく、長の訪れがなかった恨みも抑えた挨拶の歌に、
源氏も安心感を覚えたのでありましょう。花散里が浮気などする
ことがないのを承知の上で、応酬する返歌を詠んでいます。

花散里は美貌の持ち主ではありませんが、「癒し系」の代表格と
して描かれています。

第11帖「花散里」で初めて登場した時も、それまでの「葵」・「賢木」
と続いた緊迫感を花散里が解きほぐしています。「一服の清涼剤
のような存在」、それが花散里に課せられた役割であろうかとも
思われます。

この場面、詳しくは先に書いた「澪標の全文訳(9)」でお読み
いただければ、と存じます(⇒こちらから)。


第14帖「澪標」の全文訳(9)

2023年11月13日(月) 溝の口「紫の会」(第72回・№1)

今月から、また会場クラスとオンラインクラスの足並みが揃い、
同じ箇所を講読し、振替受講も可能となりました。今月、来月、
1月と、続けてどちらのクラスからも、振替希望者があるので、
良かったと思っています。

今月は、現時点での源氏に関わりのある人々の状況を伝えて
いる箇所を読み、会場クラスでは久々の最後の全文訳の読み
上げをしました。

テキストの28頁・2行目~32頁・10行目までを読みましたが、
全文訳は3回に分けて書きますので、今日は28頁・2行目~
29頁・14行目までとなります。
(頁・行数は、「新潮日本古典集成 源氏物語二」による)


このように紫の上のご機嫌をお取りになっている間に、花散里への
お通いがすっかり絶えてしまったのは、お気の毒なことでありました。

源氏の君は公私にわたってご多忙で、身動きも思うままにならない
ご身分なので、世間を憚られるのに加えて、花散里から珍しくお目を
引くようなお便りもないため、慎重にしておられるようでした。五月雨
の雨で所在ない頃、公私ともにお暇になったところで、思い立って
花散里の許にお出でになりました。

源氏の君は直接お目に掛からなくとも、日々のことにつけて、万事に
気を配りお世話下さるのを頼りにして、お過ごしになっておられる所
なので、今風の女君のように、思わせぶりに、すねたり、恨んだり
なさるはずもないので、源氏の君も気楽そうです。

この数年の間に、いっそうお邸は荒廃して物寂し気にお暮しになって
おられます。麗景殿の女御にご挨拶を申し上げなさってから、花散里
がお住まいの西面の妻戸口に、夜が更けてからお立寄りになりました。

月の光がうっすらと差し込んで、いっそうあでやかな源氏の君のお振舞
のご様子は、限りなく美しくお見えになりました。花散里は、ますます
気が引けるけれど、端近でぼんやりと外を眺めておられたそのままの
状態で、源氏の君をお迎えになるご様子は、とても感じがよいのでした。

水鶏がすぐ近くで鳴いたので、
「水鶏だにおどろかさずはいかにして荒れたる宿に月を入れまし」(せめて
水鶏だけでも戸を叩いて知らせてくれなかったら、どうしてこのような荒れ
果てた宿に月〈源氏の君〉を招き入れることができたでしょうか)

と、とても親しみを覚える口調で、恨めしさを抑えておっしゃるのに好感が
持てて、どなたにもそれぞれに良い所があるものだ、だからこそ、却って
私も苦労なのだ、と源氏の君はお思いでした。
 
「おしなべてたたく水鶏におどろかばうはの空なる月もこそ入れ(どの家
の戸でも叩く水鶏の音に、見境なしに門を開けていたら、いい加減な男も
入ってくるかもしれませんよ)気掛かりですね」

とは、やはり言葉の上ではおっしゃるものの、花散里は、浮気ごとなど
疑われるようなご性格ではありませんでした、長年源氏の君のお帰りを
お待ちして過ごして来られたことも、源氏の君は決して疎かに思って
おいでではなかったのでした。

「空なながめそ」(空を眺めて物思いをなさいますな)と、お約束なさった折
のことなども、源氏の君が口になさると、花散里は、「どうしてあの時は、
別れをまたとない苦しみだとひどく思い嘆いたのでありましょう。辛い我が
身にとっては、あなたがご帰京になってからも、嘆かわしさに変わりは
ありません」と、おっしゃるにつけても、おっとりとして、可愛気があります。

いつものように、どこから出てくるお言葉なのでしょうか、尽きることなく
あれこれとねんごろに花散里をお慰めになるのでした。


左近の少将の結婚観

2023年11月10日(金) 溝の口「源氏物語を読む会」(第174回)

今月の溝の口の第2金曜クラス、第4月曜クラス、そして
来月の第1水曜のオンラインクラスは、一旦は浮舟との
結婚を決めた少将が、常陸介の実子との縁組を望み、
仲人がその意向を常陸介に伝え、常陸介がそれに応じる、
という、登場人物が三人だけの、場面を読みました。

一昨日(11/8)のオンラインクラスで書いた、第50帖「東屋」
の続きとなります。

三人の登場人物のうち、今回は「左近の少将」を、11/27に
「仲人」を、12/6に「常陸介」を、それぞれ取り上げてご紹介
していきたいと思います。

いよいよ左近の少将が、浮舟の許に婿として通い始める日
が決まった段階で、浮舟の母・中将の君は、浮舟が常陸介
の実子ではないことを仲人を通して告げました。「そんなこと
は聞いていない。実子ではない娘の婿に、常陸介が大した
後見をしてくれるとも思えない」と、少将は、仲人に不満を
ぶつけます。ここまでが前回読んだところです。

少将の結婚が常陸介の財産目当てのものであるとわかった
仲人は、「常陸介の実娘をお望みなら、そちらになさっては
いかがですか?二番目の娘を、常陸介は殊の外可愛がって
おいでのようですから」と、少将に持ち掛けます。

少将は、こちらから求婚しておきながら、異父妹に乗り換える
のもみっともないことではあるが、自分がこの結婚に対して、
最初から期待しているのは、常陸介の財力であると、言い切り
ます。

「もはら顔容貌のすぐれたらむ女の願ひもなし」(専ら美人だと
いうような女を求める気持ちは、さらさらない)と、結婚相手の
女性本人には条件をつけるつもりのないことを伝え、「家柄が
良く、優雅な女など、零落した名門の姫君がいくらでもいる。
でもそんな女と結婚しても、いい暮らしは出来ない。私は生活
に困ることなく生きて行きたいと願っているのだ」と、仲人に
自身の結婚観を語り、「常陸介がそれで承知するなら、実子の
ほうにしよう」と、仲人の提案にいとも簡単に乗ったのでした。

左近の少将の結婚観は明確です。妻となる女性の美貌や家柄
など不要。一番大事なのは豊かな生活が送れることで、狙いが、
妻の実家の経済力(当時の通い婚では、妻の実家が夫の世話
も引き受けていた)ただ一点だったことがわかります。

何とも無節操な男、という印象ですが、やはり先立つものが無け
れば、と考えるのは、いつの時代にあっても同じことでありましょう。
この少将は、以前に通っていた妻の家が裕福ではなかったため、
贅沢な生活をさせてもらえず、縁を切ったという経緯もあるので、
今度こそ、と思ってのことだったのでしょう。今でも男女を問わず、
金銭面を重要な結婚条件として挙げる人は少なくないでしょうし、
それを一概に悪い、と決めつけることもできない気がします。


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