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年の瀬・2023年

2023年12月30日(土)

今年も余すところ24時間余となりました。

2020年、21年、22年の年の瀬は、コロナ禍を嘆き、翌年の
収束を願い続けていましたが、今年は少し意識が変化して
います。

5月にコロナが5類に移行。その後、夏に第9波も押し寄せま
したが、それでも、これまでのように講座も休講にはならず、
感染対策は怠らず続けながらも、出掛けることに抵抗感が
無くなってきました。ただ猛暑で動きたくない夏ではありました。

秋になって第9波も収まると、殆どコロナ禍前の日常が戻って
来たような気がします。でも終息したわけではありませんし、
年明けには再び第10波の到来とならないよう、願うばかりです。

さて私の年の瀬、毎年のことながら、年賀状が追い付かない
ままでの年越しとなりそうです(;´д`)トホホ

昨年はそれでも講座関係は29日に出し終え、親戚・知人・友人
宛のものも31日には投函出来ました。今年はまた一昨年と
同じペースで、今日(30日)ようやく講座関係を投函し終えま
したが、親戚・知人・友人宛は、一言記入が手付かず状態で、
これからです。年賀状の出し方についても、考え時が来ている
のかもしれません。

手作りおせちは今年迄として、後期高齢者の仲間入りをする
来年からは、年末の作業を減らして、身体の負担を少なくする
方向に持って行きたいと思っています。

おなますやお煮しめは、三日目位のほうが味がしみて美味しく
なるので、今年は大晦日を待たず今日のうちに作ろうと予定
していましたが、夜になってガス台周りの大掃除をしていたら、
もう体力が残っていません。やはり明日に廻しました(;^_^A
終わっているのは黒豆と数の子だけです。

ゆとりを持った状態で、年の瀬のご挨拶をしてみたいと思う
のですが、ブログを書き始めて9年目になっても、まだ一度も
実現しておりません(*ノωノ)鬼が笑いそうですが、それを来年
の目標としておきます。

この一年、拙ブログにお付き合い下さり、有難うございました。
来年も引き続きよろしくお願い申し上げます。

どうぞ皆さま、お健やかに新年をお迎え下さいませ。


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実情とは異なる世間の噂

2023年12月25日(月) 溝の口「湖月会」(第175回)

今日で今年の仕事納めとなりました。明日からは、先ずまだ
手付かずの年賀状に取り掛からねば、と思っていますが、
どう頑張っても三が日の内に届くのは無理でしょうし、松が
取れてから届いたりしたら、却って恥ずかしいかも(^_^;)
毎年同じことを繰り返しては反省するのが、学習能力に
乏しい私の年の瀬です。

2023年最後の講読会は、溝の口の「湖月会」で、第2金曜日
クラスと同じ第50帖「東屋」を読みました。

左近の少将の結婚相手を、浮舟から常陸介の実子に替えた
ことを夫から告げられた浮舟の母は、浮舟の乳母と共に嘆き
口惜しがります。

母君が泣きながら事の次第を告げると、乳母は憤りながらも
「いえ、もしかしたらこの破談は幸いをもたらすかもしれません。
姫君(浮舟)の良さを心から受け止めて大事にしてくださる男君
にお引き合わせしたいですわ。一度ちらりとお見かけしただけ
ですが、あのご立派な大将殿(薫)が、所望なさっているとの
ことではありませんか。運に任せてご決心なさいませ」と、母君
に薫を薦めます。

それに対して母君は「とんでもない」と拒絶反応を示し、続けて、
「人の言ふを聞けば」(人が話しているのによれば)、と言って、
「大将殿(薫)は、右大臣(夕霧)、按察使大納言、式部卿の宮、
といったお歴々が熱心に婿に、とお望みになったのも聞き流して、
帝が大切になさっている皇女を手に入れなさったお方なのです」
と、薫の結婚観を世間の人がどのように考えているかを話します。

薫がなぜこれまで結婚に対して消極的だったかを、読者はよく
理解しています。幼い頃から自分の出生に疑念を抱き、仏教に
傾倒していたからです。結婚を願うようになったのは、宇治で大君
と出会ってからで、決して皇女との結婚というような高望みをして
いたからではありません。むしろ結婚した女二宮には愛を感じる
ことも無く、帝の顔を立てるために仕方なく結婚した、というのが
真実です。

こうした実情と乖離した噂が、さも本当のことのように独り歩きして
しまうのは、今の世でもよくあることだと思います。作者がその辺り
にも目を向け、物語の中に取り入れているのはさすがですね。


冬至

2023年12月22日(金)

今日は冬至。ここまで来ると、いよいよ年の瀬を感じますね。

これまで暖かな中で推移していた師走ですが、寒波の到来
で、昨日から外出時にダウンコートを着てマフラーをするよう
になりました。

午前中に、経鼻内視鏡による胃がん検診を受けて来ました。
経口から経鼻になって3回目です。もう慣れました。最初は
経口のような麻酔はしないということで、「凄く痛いのでは?」
と怯えていましたが、昔、麻酔無しで受けた経口内視鏡の
あの辛さは全く無く、終われば直ぐに帰れる(麻酔をすると
1時間安静にしていなくてはならない)のが気に入って、以後
は経鼻内視鏡で受けるようになりました。

年明けにもう一度、ピロリ菌再チェックの結果を聞きに行かね
ばなりませんが、これで今年の検診も無事終了しました。

夕食時には、我が家の冬至の定番料理「かぼちゃのいとこ煮」
を作りました。日付は替わってしまいますが、今夜は「ゆず湯」
にも入りたいと思っています。

     2023冬至
        かぼちゃに小豆を加えた「いとこ煮」


薫の青春の終焉

2023年12月20日(水) 湘南台「源氏物語を読む会」(第249回)

暖かなうちに推移していた師走も、余すところ10日となって、
日毎に加わる慌ただしさと共に、寒さもやってまいりました。
まだ年賀状も葉書を買っただけで手付かず状態。大掃除も、
おせち料理の準備も全く出来ておらず、我ながら「今年もまた」
で、嫌になります。

『源氏物語』の講読会の中で最も古い湘南台クラスは、今日で
第52帖「蜻蛉」を読み終え、第53帖「手習」に少し入りました。
だんだんとゴールが近づいております。

「蜻蛉」の巻の最後は、薫の独詠です。巻名もこの歌に由来して
います。

「ありと見て手にはとられず見ればまたゆくへもしらず消えし蜻蛉」
(そこにいると見ても手に取ることは出来ず、ようやく手に入れた
と思ったら、また行方も知れず消えてしまった蜻蛉であることよ)

ちょうど薫が、八の宮家ゆかりの女君たち(大君・中の君・浮舟)
とのいずれも辛い結果となった(大君は亡くなり、中の君は匂宮
夫人となり、浮舟もこの時点では自死したと思われている)ご縁
を、つくづくと思い続けてぼんやりと外を眺めていた夕暮れに、
蜻蛉がもの儚げに飛び交っているのを見て詠んだ歌です。

「ありと見て手にはとられず」は大君と中の君。見ればまたゆくへ
もしらず消えし」は浮舟のことを言っています。薫の思いが最終的
に行きつくのは宇治の八の宮の姫君たちでした。八の宮に娘と
して認められなかった浮舟も、ここへ来て、「かの一つゆかり」
(あの八の宮一族)として、薫の中に認識されていることもわかり
ます。

幼い頃から自分の出生に疑念を抱き、「おぼつかな誰に問はまし
いかにしてはじめも果ても知らぬわが身ぞ」(不安だ。一体誰に
訊けばよいのだろう。どうしてこの世に生まれて来て、先々どう
なっていくのか、わからない我が身であることよ)と、僅か14歳で
このような厭世的な歌を詠んでいる薫です。そして、八の宮の娘
たちとはいずれも蜻蛉のような儚い縁でしかなかった、と嘆く薫
は、27歳の秋を迎えていました。

恋しく思った三人の八の宮の娘たちを、儚い蜻蛉のような存在
だった、と位置付けることで、自らの青春に終止符を打たねば
ならなかった薫に、14歳の時の歌を重ねてみると、何とも物悲し
さが感じられてなりません。薫もまた傍から見れば、この上なく
恵まれた男君なのですが、人は上辺だけではわからないものだ
と、改めて思い知らされますね。

続く「手習」の巻では、何と死んだはずの浮舟が実は生きていた、
というところから物語が始まります。「蜻蛉」の「並びの巻」(時間
的に同時進行している巻)で、話は「浮舟」の巻に続く形となります。


思い悩む明石の父娘

2023年12月18日(月) オンライン「紫の会・月曜クラス」(第41回・通算88回・№2)

今日でオンライン3クラスの今年の講座は全て終了と
なりました。「紫の会」は、年頭にはオンラインクラスと
会場クラスの間に、まだ大分進度の差がありましたが、
予定通り上半期で追いつくことができ、その後また一度、
台風でズレが生じましたが、12月は3クラス共、同じ所を
読んで、無事新年を迎えられる運びとなりました。

今月の「紫の会」の講読箇所は、第14帖「澪標」の後半、
住吉大社での源氏と明石の君の邂逅、それによって、
明石の君の苦悩が深まる、という、この巻第3のポイント
となる場面でした。

源氏にとっては、自分が御願果たしに住吉詣をした丁度
その日に、明石の君が来合わせたことは、「住吉の神の
御しるべ」(住吉の神様のお導き)と思える喜ばしい出来
事でありました。一方、明石の君にとっては、決定的な
身分の隔たりを思い知らされる辛い出来事となりました。

源氏は京に戻って日数も経ぬうちに、明石に手紙を遣わ
されましたが、そこには、「このころのほどに迎へむこと」
(近いうちに京へ迎え取るつもりであること)が認められて
いました。

このまま源氏の勧めに従って、姫君と共に上京したところで、
果たして自分の身の置き所はあるのだろうか、と思い悩む
明石の君です。

父の入道にとっても、それは同じことで、源氏の仰せのまま
に手放してしまうのは、とても心配なのですが、かと言って、
このまま孫娘を明石のような田舎に埋もれさせてしまっては、
昔見た夢を信じてやってきたことが、すべて無に帰すること
になってしまいます。娘が都の高貴なお方と結ばれることを
何よりも望んでいた入道ですが、そうなってみると、却って
悩みが尽きない状態になっておりました。

明石の君は、「よろづにつつましう、思ひ立ちがたきことを
聞こゆ」(何かと気が引けて、決心がつかない旨を源氏に
申し上げた)という一文で、この話は一旦幕を閉じます。

次に明石の君が登場するのは、「蓬生」「関屋」「絵合」の
3帖を挟んで、第17帖「松風」となりますが、今日のところ
までを読んで、当時の読者はこの先をどのように想像した
でしょうか。

宿曜の占いもあることだから、明石の君と姫君は上京する
に違いない。でも、ここで嫌という程身分の違いを思い知ら
されたことが、彼女の京での立場を暗示しているのでは?
と、考えながら、次の登場を待つことになったのではないか、
と思われます。

本日の記事に取り上げた部分は、該当する本文も短いの
ですが、先に書いた「澪標の全文訳(13)」で通してお読み
いただければ、と存じます(⇒こちらから)。


第14帖「澪標」の全文訳(13)

2023年12月18日(月) オンライン「紫の会・月曜クラス」(第41回・通算88回・№1)

今月の「紫の会」は、第14帖「澪標」の第3のポイントである、
源氏の御願果たしの住吉詣に偶然来合わせた明石の君が
身分の隔たりを思い知らされる、という場面を読みました。
テキストの32頁・11行目~39頁・1行目迄です。全文訳も
3回に分けましたが、話の内容によって区切った為、今回は
短くなります(38頁・6行目~39頁・1行目)。
1回目は⇒こちらから、2回目は⇒こちらから御覧下さい。


入道の娘は、源氏の君ご一行のお通りをやり過ごし申し上げて、
翌日がお日柄も悪くなかったので、住吉明神に幣帛を奉納しました。
身分相応の願ほどきなども、何とか果たしたのでした。でもこの
住吉詣が、却って物思いを増すこととなって、明け暮れ余りにも
源氏の君との身分差のある境遇を思い嘆いておりました。

今頃は、源氏の君が京へお着きになるであろう、と思われるその日
から、日数も経ずに、源氏の君からのお使いがやってまいりました。
近いうちに、入道の娘と姫君を京に迎えるつもりであることをおっしゃ
っております。その手紙を見て、入道の娘は、「とても頼もし気に、
私共のことを人並みに扱っておっしゃって下さるようだけれど、さあ、
どうであろうか、親元である明石の浦を遠く離れ、中途半端な心細い
思いをするのではなかろうか」と、思い悩みます。

父の入道も、源氏の君の仰せの通り手放してしまうのは、とても気が
かりで、かと言って、このような田舎に埋もれて過ごすことを考えて
みると、却って何もなかった長年の暮らしよりも、悩みが尽きないの
でした。

入道の娘は、上京は何かと気掛かりで、決心がつき難い旨を、
源氏の君にお返事申し上げました。


「みをつくし」

2023年12月14日(木) オンライン「紫の会・木曜クラス」(第41回・通算88回・№2)

12月の「紫の会」は、会場クラスも、オンラインクラスも、
第14帖「澪標」の第3ポイントとなる「源氏と明石の君との
住吉詣での邂逅」を巡る場面を読みます。本来オンライン
の木曜クラスは第4木曜日が例会日ですが、今月に限り
第2木曜日に繰り上げましたので、本日例会を行いました。

源氏一行の権威に満ちた華々しい住吉神社での光景を
海上から目にした明石の君は、我が身との隔たりを痛い程
思い知らされ、その日の住吉詣を諦め、難波での禊をする
ため、舟をそちらへと差し向けたのでした。

惟光からそのことを知らされた源氏は、可哀想なことをした、
とお思いになり、せめて手紙でも遣って慰めてやりたい、と、
お考えになっていました。

堀江の辺りの「水脈(みを)つ串(くし)」(水脈に杭を立てて、
航路の目印にしたもの)をご覧になって、「今はた同じ難波なる」
と、思わず口ずさみなさいました。

この引き歌は、「百人一首」にも採られている元良親王の有名な
「わびぬれば今はた同じ難波なる身をつくしても逢はむとぞ思ふ」
(こんなに辛いなら、逢っても逢わなくても結果は同じ。それなら
この身が破滅しても、あなたに逢いたいと思う)です。

引き歌は、歌の引用されている部分よりもむしろ、引用されて
いない部分のほうに言いたいことのある場合が多く、ここでも
源氏が一番言いたかったのは「身をつくしても逢はむとぞ思ふ」
の部分だったはずです。

「水脈(みを)つ串(くし)」は、「身を尽くし」(命を懸ける)と同音
であることにより、和歌(特に恋の歌)で、掛詞として多用されて
います。

源氏のこのつぶやきから、その思いを察した惟光が、懐に用意
していた携帯用の柄の短い筆を、差し出したので、源氏は懐紙を
取り出して、
「みをつくし恋ふるしるしにここまでもめぐり逢ひけるえには深しな」
(命懸けであなたを恋慕っている証拠に、今日こうして難波で再会
するとは、前世からの深い宿縁によるものなのですね)
と書きつけて、惟光に渡したのでした。使いの者から受け取った
明石の君は、
「数ならでなにはのこともかひなきになどみをつくし思ひそめけむ」
(人数にも入らない私は、何につけても甲斐のないことと諦めて
おりますのに、どうして命を懸けてあなたのことをお慕いすること
になったのでしょう)
と、やはり「みをつくし」で返歌をしています。

巻名の「澪標」(みをつくし)も、この歌の贈答によるものです。

元良親王の古歌につきましては、「百人一首」のほうで紹介して
おります(⇒こちらから)。

また今日取り上げましたところの詳しい内容は、先に書きました
「全文訳(12)」をご覧いただければ、と思います(⇒こちらから)。


第14帖「澪標」の全文訳(12)

2023年12月14日(木) オンライン「紫の会・木曜クラス」(第41回・通算88回・№1)

今月のオンライン「紫の会」木曜クラスは、通常の第4木曜日
では28日となってしまい、あまりにも年末過ぎるので、2週繰り
上げて、本日12月の例会を行いました。講読箇所は会場クラス
と同じ32頁・11行目~39頁・1行目迄ですので、今日は12/11の
「全文訳(11)⇒こちらから」に続く、35頁・7行目~38頁・5行目
迄の全文訳となります。


源氏の君は、入道の娘が住吉に詣でたことなど夢にもご存知なく、
一晩中、様々な神事を奉納なさいました。本当に神様がお喜びに
なりそうなことを、すべてなさり、流謫の折に立てた願ほどきに加え
て、またとないほど奉納の楽や舞を、賑やかになさって夜を明かさ
れたのでした。

惟光のような辛苦を共にした家来たちは、心の中で、住吉の神の
ご加護をしみじみと有難く思っておりました。ほんのちょっと源氏の
君が車から外にお出になった時に、惟光はお側に参って申し上げ
ました。
「住吉の松こそものは悲しけれ神代のことをかけて思へば」(住吉
にお参りして岸の松を見ましても、先ず感無量でございます。昔の
ことを忘れられずに思いますので)

源氏の君は、本当にそうだ、と思い出されて、
「あらかりし波のまよひに住吉の神をばかけて忘れやはする(荒れ
狂った嵐に右往左往したが、住吉の神のご加護は決して忘れは
しない)霊験はあらたかなことだなぁ」
とおっしゃるのも、実にすばらしうございました。

惟光が、あの明石の君の舟が、この盛大さに圧倒されて立ち去って
しまったことを、申し上げると、源氏の君は、気の毒に、とお思いに
なりました。住吉の神様のお導きを思い出されることも一通りでは
ないので、わずかな手紙でも書いて慰めてやりたい、住吉まで
やって来ながら、却ってつらい思いをしていることであろうよ、と、
お思いでした。住吉神社を出立なさって、あちらこちら逍遥を存分に
お楽しみになりました。

難波での祓へなどは、殊に儀式も厳かにお勤めなさいます。堀江の
辺りをご覧になって、「今はた同じ難波なる」(命をかけても逢いたい
と思う)と、つい思わず口ずさみなさったのを、牛車の近くに居た惟光
がお聞きしたのでありましょうか、そんなご用もあろうかと、いつも通り、
懐に準備していた柄の短い筆などを、明石一行が、牛車を止めている
所で差し出しました。源氏の君は、気が利く、とお思いになって懐紙に、
 
「みをつくし恋ふるしるしにここまでもめぐり逢ひけるえには深しな」(命
懸けであなたを恋慕っている証拠に、今日こうして難波で再会するとは、
前世からの深い宿縁によるものなのですね)

と書いて、惟光にお渡しになったので、惟光は明石方の事情を知って
いる下男を使いに遣りました。馬を並べて、源氏の君のご一行が通り
過ぎるのを見るにつけても、入道の娘は、心が動揺するばかりだった
ので、ほんの一言であっても、源氏の君からのお手紙が、たいそうしみ
じみと勿体なく感じられて、涙にむせぶのでした。

「数ならでなにはのこともかひなきになどみをつくし思ひそめけむ」(人数
にも入らない私は、何につけても甲斐のないことと諦めておりますのに、
どうして命を懸けてあなたのことをお慕いすることになったのでしょう)

と、入道の娘は、源氏の君が田蓑の島で禊をお勤めになる際に用いる
木綿につけて、返歌を差し上げました。日暮れ時となりました。夕潮が
満ちて来て、入江の鶴も声を惜しまず鳴く頃で、しみじみと物悲しく感じる
折だからでありましょうか、源氏の君は人目も憚らず、入道の娘に逢い
たいとまでもお思いになっておりました。
 
「露けさの昔に似たる旅衣田蓑の島の名には隠れず」(涙にくれて旅の
衣を濡らすことは、昔流浪の旅をした時と同じで、田蓑の島という名だけ
では、身は隠れず泣き濡れていることだ)

と、お気持ちをお詠みになりました。お帰りの道々で、結構な名所遊覧を
なさり、賑やかにお楽しみになりますが、御心の中ではやはり気になって、
入道の娘のことを思い遣っておられます。遊女たちが集まってくると、
公卿と申し上げる方々でも、若い風流好きと思われる皆様は、遊女たち
に目をお留めになられるようです。源氏の君は、「しかし、どうであろう。
面白いことも、胸に沁みる情趣も、相手の女の人柄によるものであろう。
普通の恋愛沙汰であっても、多少なりとも浮ついたところがあれば、心を
留める拠り所もないものを」とお思いになると、遊女たちがいい気になって、
品を作って戯れているのも、つまらなくお思いになっておりました。


ご近所さんとの忘年会ランチ

2023年12月13日(水)

昨日の雨もすっかり上がり、今日は朝から雲一つない青空が
広がっていました。風もなく、師走とは思えない暖かな一日
でした。

先週の土曜日から、左腕を上げようとすると、「アイタタ!」で、
髪をとかしたり、着換えをしたりするのが、容易ではありません。
一昨日の仕事帰りに整形外科を受診したら「五十肩」と診断され
(「七十肩」という言い方はないのですね)、快復には3~4か月
かかると言われました。

そんな状態でも食欲には全く関係ないし、歩く事にも差し障りは
ありませんので、今日は1ヶ月半前から楽しみにしていたご近所
さんとのランチで、非日常を堪能してまいりました。メンバーは
半年前と同じ4人組です(前回の記事は⇒こちらから)。

10月にLINEで、また「ご近所さんランチ」をしませんか、という
お誘いがありました。もちろん喜んで。前回は電車で10分程
の所にあるイタリアンでしたが、今回は、お一人の方が行って
みたいと思っていると、「俊宣茶房」というレストランをご提案
下さったので、即座に全員賛成の手を挙げて決定。

日程調整をしていたところで、別のお一人から、電話をしてみた
ところ、11月どころか12月も上旬まではもう予約がいっぱいで、
候補日に挙げていた今日12/13がようやく予約可、との連絡が。
「ええーっ!でもそんなに予約が取れないということは、きっと
素敵なレストランなんでしょうね」と、いっそうワクワク感が高まり
ました。

最寄り駅は小田急線の「鶴川」という各駅停車しか停まらない駅
ですが、有名な白洲次郎・正子夫妻の旧邸宅「武相荘」も、ここが
最寄り駅となります。レストランは駅からタクシーで15分。結構遠い
ですよね。バスに乗ってもバス停からすぐというわけでもないらしく、
4人ですから、往復タクシーを利用しました。

着いた所は、文字通りの「一軒家レストラン」。辺り一面森林に
囲まれていて、まさに知る人ぞ知る、といった感じです。

     俊宣茶房⑤
   レストラン周辺の木立。今は冬枯れの季節ですが、
   青葉の生い茂る頃は趣あるでしょうね。木漏れ日
   が優しく差し込んでいました。

     俊宣茶房④
    お店の外観はモダンです。生垣のクリスマスの
    飾りつけが可愛らしい。

     俊宣茶房③
   客室の窓の外にはこのような光景が広がっています。

お料理は、オードブル2品、スープ、メインディッシュ、デザートの
コースで、4,500円。その一つひとつが、ここまで丁寧に作られて
供されるレストランはそうそうないのでは、と思われる品々でした。
シェフの方の心意気が感じられ、だからこそ、このような辺鄙な
場所(失礼)でも、1ヶ月半先まで予約が埋まっているというのも
納得出来ました。

外食の喜びの一つは非日常が味わえることだと思いますが、
「俊宣茶房」はすべてにおいて、それを満たしてくれるレストラン
でした。プラス楽しいお喋りでの2時間半余り。日頃の気忙しさも
忘れ、至福のひと時を過ごしてまいりました。

   俊宣茶房①
   基本的にはフレンチですが、メインディッシュは、
   和風の形も加わっています。
   「黒毛和牛のサーロインステーキ・デミグラスソース」 
   「銀カレイの包み焼き」
   「豆腐のゼリー寄せ」
   「ゆり根のご飯」・「味噌汁」・「漬物」。
   どれも◎の美味しさでした。特に「黒毛和牛の
   サーロインステーキ」はお肉が柔らかくて、都心の
   お店でこのコースだと、2倍のお値段になるのでは、
   と思いました。

自宅最寄り駅で電車を降り、これからもこの「ご近所さんランチ」
を楽しむ約束を交わして、夕飯の買い物の為スーパーに寄ると、
魔法が解けたシンデレラのような気分で、現実に引き戻されました。


住吉詣での邂逅

2023年12月11日(月) 溝の口「紫の会」(第73回・№2)

第14帖「澪標」は、大きく分けると、4つのポイントが描かれて
おり、今日はその3つ目のポイントとなる「明石の君が源氏の
ご願果たしの住吉詣に偶然来合わせ、余りもの身分の隔たり
を思い知らされる」というところを読みました。

源氏が明石から京に帰還して1年が経ちました。その間に
御代替わりがあり、源氏は新帝の後見人として内大臣の
位を得て、既に政界の第一人者として君臨するまでに
なっていました。

須磨で暴風雨の襲来を受けた際、住吉明神に多くの請願を
立て、そのご加護によって今に至った源氏は、勢い盛んな
有様で御願果たしのため、住吉詣をなさいました。

折から、毎年恒例の事として住吉神社に参詣している明石
の入道の娘が、去年今年と妊娠出産のためお参り出来なか
ったお詫びも兼ねて、思い立って舟でやって来たのでした。

岸に差し掛かる頃に、入道の娘の目に、世にも盛大な参拝
一行の姿が映ります。供人が「誰が詣でたまへるぞ」(どなた
がお参りになっているのですか)と尋ねたところ、「内大臣殿
の御願果たしに詣でたまふを、知らぬ人もありけり」(内大臣
殿〈源氏〉が御願果たしに参詣なさっているのを知らない人も
いるんだぁ)と、はかなきほどの下衆(取るに足らない下賤な
者)の、さげすむかのような言葉が返ってきました。

明石で見た源氏の腹心の家来、右近の尉や良清らも、当時
とは打って変わった何の憂いもなさそうな満ち足りた面持ち
で、晴れやかな姿を見せています。すべての様子からして、
源氏の京での権勢家ぶりが伝わってくるので、入道の娘は
このような中で自分のような者が少しばかりの奉納をしても、
神様も喜んでは下さらないだろうし、人並みにも思召しては
いただけないだろうと思い、かと言って、このまま明石に引き
返すのも中途半端なので、今日は難波でせめて祓だけでも、
と、舟をそちらへと差し向けたのでした。

源氏に供奉している人々の中にいる明石で見かけた者たちが、
いずれも見違えるほど威勢ある人物に見え、それに引きかえ
我が身はと言えば、下賤な者にまでバカにされる有様。源氏
との遥かな距離を、痛いほど思い知らされた入道の娘です。
源氏一行が素晴らしければ素晴らしいほど、明石の君の
惨めさが際立つ場面となっています。

  宗達「澪標」 (2)
国宝「源氏物語澪標図屏風」(俵屋宗達・静嘉堂文庫美術館蔵 )
に描かれた場面としてよく知られています。

詳しいストーリー展開は、先に書きました「全文訳・澪標(11)」
でお読みいただければと存じます(⇒こちらから)。


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