fc2ブログ

第10帖「賢木」の全文訳(14)

2021年5月10日(月) オンライン「紫の会・月曜クラス」(第10回・通算57回・№1)

「紫の会」のオンライン講座も10回目となりました。

今回は、160頁・9行目~165頁・14行目までを読みましたが、今日の
全文訳はその前半部分(160頁・9行目~163頁・4行目)です。後半は
5/27に書きたいと思います。
(頁・行数は、「新潮日本古典集成 源氏物語二」による)


吹き通う風も近い程の所なので、源氏の君は朝顔の斎院にもお便りを
差し上げなさいました。女房の中将の君には、
「こうして旅の空に、物思いから身も心もさまよい出たのを、おわかりに
なるはずもないでしょうよ。」
など、恨み言をお書きになって、斎院宛には、
「かけまくはかしこけれどもそのかみの秋おもほゆる木綿襷かな(口に
するのも畏れ多いことですが、あの秋が思い出される木綿襷である
ことよ)昔を今に取り戻したくともあなたが斎院となられてその甲斐も無く、
それでも取り返せるもののように思われまして」
と、馴れ馴れし気に、浅緑色の唐紙に書き、榊に木綿を付けるなど、
神々しく仕立てて差し上げなさいます。お返事は、中将からは、
「この斎院御所では取り紛れることもなくて、これまでのことを思い出す
所在なさに任せて、あなたさまのことをあれこれとお偲び申し上げており
ますが、それも今となっては甲斐がないだけのことでして」
と、少し念入りに言葉多く書いてありました。朝顔の斎院のは、木綿の
片端に、
「そのかみやいかがはありし木綿襷心にかけてしのぶらむゆゑ(その昔
にどうだったとおっしゃるのですか、あなたが心に掛けて偲ぶとおっしゃる
事の仔細は)近い世にはなおさらでございます」
と書かれておりました。ご筆跡は繊細ではありませんが、巧みで、草仮名
なども上手くなったものだなあ、ましてや朝顔自身も年と共に美しくなって
おられることであろう、と、想像するにつけても心が騒ぐとは、神をも畏れぬ
恐ろしいことでございますよ。ああ、去年の今頃のことだったよ、と、野宮
での御息所との逢瀬の切なかったことなどを思い出されて、不思議と同じ
ようなものだと、神を恨めしくお思いになる源氏の君のお心癖は、見苦しう
ございますわね。

源氏の君が是非にとお望みになれば、ご結婚も可能だったはずの今迄は、
のんびりとお過ごしになられて、今となって、悔しいと思っておられるような
のも、妙なご性分ですよね。朝顔の斎院も、並々ではない源氏の君の
お気持ちはよく存じておられるので、時たまの源氏の君へのお返事などは、
余りすげなくはお扱いになれないようでした。これも斎院のお振舞いとして
は、少しいただけないことでしたよ。

源氏の君が、天台六十巻の経典をお読みになり、不審な箇所を僧に解釈
などさせてご逗留になっているのを、この山寺(雲林院)にとっては大した
光明を自分たちの勤行の力で出現させ申したとして、仏への面目が経つと、
身分の低い僧たちまでが喜び合っておりました。

ひっそりとこの世の無常を思い続けなさるにつけ、都に帰ることもおっくうに
なってしまいそうですが、紫の上のことをお考えになると、それが出家の
妨げとなっているので、長くもご滞在になれず、雲林院には誦経のための
お布施を盛大にお納めになったのでした。しかるべき者には皆、身分の
上下のすべての僧たちはもとより、その辺りの木こりにまで物を与え、
尊い功徳となることのすべてを尽くしてお帰りになりました。

源氏の君をお見送り申し上げると言って、あちらこちらに、みすぼらしい
柴刈り人たちも集まり座って、涙を流しながら、源氏の君を拝見しており
ました。黒い牛車の中で、喪服に身をやつしておられるので、お姿は
はっきりとは見えませんが、微かに窺えるご様子を、この世にまたとない
と思い申し上げていたようでございます。


スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿

訪問者カウンター