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第10帖「賢木」の全文訳(17)

2021年6月24日(木) オンライン「紫の会・木曜クラス」(第11回・通算58回・№1)

今月のオンライン「紫の会」は、月曜クラス・木曜クラス、共に
166頁・1行目~170頁・12行目までを読みましたが、前半部分は
月曜クラス(6/14)に書きましたので(⇨⇨こちら)、今日は後半部分
の168頁・10行目~170頁・12行目までの全文訳となります。
(頁・行数は、「新潮日本古典集成 源氏物語二」による)


源氏の君は、頭の弁が口ずさんだことを思い出すと、気が咎め、
今の情勢を面倒にお思いになって、朧月夜にお便りを差し上げる
こともなく、久しく時が経ってしまいました。

初時雨が、早くもその気配を見せ始めた頃、どのようにお考えに
なったのでしょうか、朧月夜のほうから、
「木枯の吹くにつけつつ待ちし間におぼつかなさのころも経にけり」
(木枯らしが吹く度に、お便りがあるかとお待ちしている間に、待ち
遠しく思う時も過ぎてしまいました)
と、お便りをなさいました。時節に相応しいお便りが、しみじみと
心を打つ上に、無理をしてこっそりと書かれたであろう朧月夜の
お気持ちもいじらしいので、お便りを持参した使いを引き止めさせて、
唐紙をいろいろと入れさせている御厨子を開けさせなさって、特別な
紙を選び出されて、筆なども念入りに整えていらっしゃるご様子が
あでやかなのを、お傍に居る女房たちは、どなたにお書きになって
いるのだろう、と、突き合っていました。
 
「お便りを差し上げてもお逢いすることも叶わず甲斐の無いのに懲りて、
ひどく弱気になってしまいました。そんな自分を情けなく嘆いております
うちに、
あひ見ずてしのぶるころの涙をもなべての空の時雨とや見る(あなたに
逢えなくて、恋忍んで泣いている頃の涙が時雨となっているのに、それ
を普通の時節の時雨とご覧になるのですか)
このように心を通わせることができるなら、物思いに耽って眺める長雨
の空でも、逢えぬ辛さを忘れることでありましょう」
などと、つい心こまやかな文面になってしまうのでした。他にもこのように
時節に事寄せてお便り申し上げる女たちは多いようですが、薄情では
無い程度にお返事をなさって、朧月夜に対してほどには、源氏の君の
お心に深く染み入るお便りはなかったようでございます。

藤壺は、桐壺院の一周忌の法要に続き、法華八講の準備をあれこれと
心配りなさっておられました。

11月の上旬、桐壺院の御命日の日には、雪がたいそう降りました。
源氏の君から藤壺にお便りがございました。
「別れにしけふは来れども見し人にゆきあふほどをいつとたのまむ」
(桐壺院とお別れした日は、今日また巡って来ましたが、亡き院に
お目にかかれるのはいったいいつのことと頼みにすればよいのでしょう)
どちらでも、今日はもの悲しくお思いになっておられる頃で、お返事が
ありました。
「ながらふるほどは憂けれどゆきめぐり今日はその世に逢ふここちして」
(桐壺院亡き後、この世に生き永らえているのは辛いのですが、
巡って来た一周忌の今日は、ご在世中のような気がいたします)

取り立てて気を遣われたのでもないお書きぶりですが、上品で気高い
気がするのは、源氏の君の思い込みなのでありましょう。藤壺の書体は
個性的でも無く、今風というわけではありませんが、人よりは格別に
お書きになっておりました。今日は藤壺への思いも封印して、心にしみる
雪の雫に濡れながら涙がちに勤行なさっているのでした。


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