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第10帖「賢木」の全文訳(19)

2021年7月22日(木) オンライン「紫の会・木曜クラス」(第12回・通算59回・№1)

首都圏での新型コロナの感染急拡大に歯止めがかかりません。
半年前の第3波の頃、「あと数日で入院患者数が病床数を上回る
ことになる」、と言われていた時の恐怖感が蘇ってまいります。

7月のオンライン「紫の会」は、月曜クラス・木曜クラス、共に
170頁・13行目~175頁・9行目までを読みましたが、前半部分は
月曜クラス(7/12)に書きましたので(⇨⇨こちら)、今日は後半部分
の172頁・13行目~175頁・9行目までの全文訳となります。
(頁・行数は、「新潮日本古典集成 源氏物語二」による)


次第に人の気配も静まって、女房たちが鼻をかみながら、所々に寄り
集まっています。月は煌々と明るく、雪が月光を浴びて光っている庭の
様子にも昔のことが偲ばれるので、源氏の君はとても耐え難くお思いに
なりますが、たいそうよく気持ちをお静めになって、「どのようなご決心
からこのように急にご出家なさったのですか?」と申し上げなさいました。
「今初めて考えたことでもありませんのに、物騒がしい事態になって
しまったので、折角の覚悟も乱れそうで」などと、例によって、王命婦を
介して申し上げなさいます。

御簾の中の様子は、大勢集まってお控えしている女房の衣擦れの音も、
ひそやかに、と殊更気をつけて、身じろぎしながら、如何にも悲し気な、
堪えかねるように御簾越しに漏れ聞こえて来る様子を、源氏の君は、
無理もないと、しみじみとした思いでお聞きになっておりました。

風が激しく吹きすさんで、御簾の内の匂いは、たいそう奥ゆかしい黒方
の香りが染みついて、名香の煙の香りもほのかに混じっています。
源氏の君のお召し物の匂いまでもが香り合って素晴らしく、極楽浄土が
思いやられるような夜の有様でございました。

東宮からのお使いも参りました。先日の東宮のあどけないお話ぶりを
思い出し申し上げなさると、固いご決意も堪え難くて、お返事も出来ずに
いらっしゃるので、源氏の君がお口添え申し上げなさったのでした。

誰も誰も、そこに居る者は皆、心が静まらない折なので、源氏の君は
思っておられることどもを、口に出せずにいらっしゃいます。
「月のすむ雲居をかけてしたふともこの世の闇になほやまどはむ(今宵の
月のように、心澄むご境地をお慕いしても、私はやはりこの世の煩悩に
惑うことになるのでしょう)と思われますので、甲斐の無いことでございます。
ご出家をご決心なさったことの羨ましさは、この上なく」
とだけ申し上げなさって、女房たちが近くにお控えしているので、様々に
思い乱れる心中さえ、はっきりと申し上げられず、鬱々としていらっしゃる
のでした。
「おほかたの憂きにつけてはいとへどもいつかこの世を背き果つべき(一体に、
世の中が辛く思われて出家いたしましたが、いつこの世を捨て切ることが
できるのでしょうか)私とて煩悩を断ち切ることができなくて」
など、お返事の一部分は取次の女房の心遣いでありましょう。源氏の君は
哀しみばかりが尽きないので、胸が苦しくてご退出になりました。

二条院に戻られても、源氏の君は東の対で一人横になられて、眠ることも
出来ず、ご自分も出家したいとお思いになるにつけても、東宮のことだけが
気がかりでならないのでした。

せめて母宮(藤壺)だけでも公的な立場を立派にして東宮の後ろ楯となれる
ように、と桐壺院がお考えだったのに、この世の辛さに堪えきれず出家して
しまわれたので、中宮の地位にそのまま就いていらっしゃることも叶うまい、
私までもが東宮を見捨ててはなるまい、と、思案にくれて夜を明かされる
ことはこの上ないことでございました。

今は、このような仏道での必要なお道具類を調達して差し上げよう、と
お思いになるので、年内に用意をさせなさいます。王命婦も藤壺に従って
出家したので、源氏の君は命婦に対しても懇ろにお見舞いをなさいました。

これらを詳しく話し続けると大袈裟なことになるので、語り手の女房が省略
したようです。とは言え、人が出家するといった折にこそ、いい歌が詠まれる
こともありますのに、物足りないことでございます。

源氏の君が藤壺の許へと参上なさるのも、今は遠慮も薄らいで、藤壺の
ほうも、取次を介さず、ご自身でお返事をなさることもありました。ずっと心に
深く思い占めていたことは、決して源氏の君の心から離れはしないものの、
尼となってしまわれて、もう叶うことではなくなったのですよね。


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