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絶望への追い打ち

2021年9月1日(水) 溝の口「オンライン源氏の会」(第15回・通算155回)

まるで9月になるのを待っていたかのように、急に暑さが影を潜めて、
本格的な秋の始まりを感じさせる一日となりました。

このオンラインクラスは、先月まで第2金曜日を例会日としてやって
まいりましたが、もともと第2金曜日は会場での例会日です。高齢者
へのワクチン接種も終わり、9月からは会場での講座が全面再開と
なる予定でしたので、今月からオンラインクラスは、第1水曜日に
移行しました。結果として、9月はまだ会場での再開が見送りと
なったので、移行しなくてもよかったのですが、この際、いつ会場が
再開となっても対応できるよう、第1水曜日とすることにいたしました。

第47帖「総角」も残り1/4ほどのところまできました。宇治への紅葉狩
の折、匂宮が中の君の許を訪れることができなかったために、大君は
「中の君は匂宮に捨てられ、宮家としての誇りも失われてしまった」と
絶望し、病に伏すようになりました。

禁足を命じられた匂宮の足は遠のいたまま。大君の体調を案じて宇治
へと見舞いに出かけたのは薫でした。

その薫の従者の一人が、八の宮家に仕える若い女房といい仲になって
おり、寝物語に、「匂宮と夕霧の六の君との縁談がまとまり、年内にも
ご結婚の運びとなるらしい」と、語りました。

思慮深い女房なら、このような話を大君の耳に入れてはいけない、と
気遣いをするところでしょうが、宇治の山里の落ちぶれた宮家に仕える
若いに女房にそれは望めません。京のビッグニュースとばかり、同僚の
女房たちに得意げに話してきかせました。

それを聞いていた大君、案の定、「もうこれでお終いだ。やはり妹は、
匂宮が高貴な姫君を正妻となさるまでの慰めものに過ぎなかったのだ」
と、更なる絶望の淵へと追い込まれてしまったのでした。

ここで作者は大君に対して、「いとど」(いっそう)という語を頻繁に使用
しています。この話を聞いて「いとど胸ふたがりて」(いっそう胸が塞がって)、
「いとど身の置き所なきここちして」(いっそうもうなす術もない気がして)、
「いとど世に立ちどまるべくもおぼえず」(いっそうこの世に生きながらえ
られるとも思えない」と、すべて、これまでの絶望的状態がさらに深まった
ことを表しています。

こうして読者も大君がいっそう(「いとど」です)追い詰められていくのを
実感しつつ読み進めることになりますので、やはり作者の見事な手法の
一つと言えましょうね。


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