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良識ある女房の見解

2021年12月10日(金) 溝の口「CD源氏の会」(第5回・通算145回)

今、このCDクラスでは第47帖「総角」の前半を、オンラインクラスでは
同じ「総角」の終盤を読んでおりますので、11月22日の記事はCDクラス、
12月1日の記事はオンラインクラス、そして今日はまたCDクラスと、話
が進んだり戻ったりすることになり、申し訳ありません。

前回(11/22⇒こちらから)は、大君が弁に語った非婚の論理を中心に
書きましたが、最後に「今の我々からすると、弁の考え方が一番常識的
な気がするのですが、次回はその弁が、大君を説得しようとするところ
から読んでいくことになります」と記しました。ですから、今回は弁の見解
を取り上げておきたいと思います。

ここも原文をそのまま載せると長くなり過ぎるので、少し要約した現代語
で、ご紹介します。

「姫様(大君)のご意向は、重々承知いたしておりますが、中納言様(薫)
は、『とてもそんな風に考え直すことなど出来ない。中の君には匂宮が
ご執心だから、私はそのお世話をさせていただきたいと思っております』
とおっしゃっております。このような結構な縁組は、ご両親が揃っておられ、
あれこれ奔走なさったところで望める話ではございません。このままで
おられたら、とてもご将来が心配でございます。亡き父上様も、中納言様
とのご結婚はお望みでしたから、ご遺言に背くことにはなりません。後見
してくださる方に先立たれて、路頭に迷うようなことになってしまうのは、
身分を問わずによくあることです。あれほどご立派なお方(薫)が真心を
こめて熱心におっしゃってくださることを、無下にお断りになってしまって、
お望み通り出家なさったとしても、仙人のような暮らしはお出来になります
まいに」

と、弁は大君を説得しようと試みました。最後の「行いの本意をとげたまふ
とも、さりとて雲霞をやは」(予てからお望みの出家を遂げられたところで、
雲や霞を食べて生きてはいけないでしょうに)の部分は、ご主人様に対して
僭越な発言かとも思われますが、その他は極めて常識的な見解と言えるの
ではないでしょうか。

それでも、くどくどと説得しようとする弁を、大君は、「いと憎く心づきなしと
おぼして、ひれ伏したまへり」(とても憎く不快に思われて、うつぶして
しまわれた)のでした。

一般的な考え方とは乖離した大君の姿は、余りにも頑なで、哀れでさえ
ありますが、その一方で、透き通ったような崇高さも感じられます。そこには
こうした比較によって、大君の特異性を際立たせる効果も作用している
気がいたします。


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