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逆説的悲しみの吐露

2022年3月21日(月) オンライン「紫の会・月曜クラス」(第20回・通算67回・№2)

源氏が須磨に下向したのは、26歳の晩春(3月の20日過ぎ)でした。
それに先立ち、源氏は京に残る人たちとの別れを惜しみます。先ず
最初に訪れたのは致仕大臣(もとの左大臣)邸です。亡き妻・葵上
所生の若君(夕霧)も、この祖父母のもとで養育されています。

致仕大臣は、今回の源氏が官位を剥奪され、自ら須磨へと退居
せねばならぬところまで追い詰められたのは、右大臣方に無実の
罪を着せられたことに他ならないと思っているので、許しがたい事
なのです。桐壺院が源氏を重用するようにと、あれ程朱雀帝に強く
ご遺言なさったにも拘わらず、それが反古にされてしまっている
現実に、致仕大臣は涙を禁じえません。そして、このように言うの
です。

「過ぎはべりにし人を、世に思うたまへ忘るる世なくのみ、今に悲しび
はべるを、この御ことなむ、もしはべる世ならましかば、いかやうに
思ひ嘆きはべらまし、よくぞ短くて、かかる夢を見ずなりにけると、思う
たまへなぐさめはべる」(亡くなった葵の上のことを、決して忘れること
なく、今に至る迄悲しんでまいりましたが、この度の事を思いますに、
もしこの世に生きておりましたなら、どんなに思い嘆きましたことか、
よくぞ短命で、こんな悲しい夢を見ずに済んだことだ、と思って自分を
慰めております)と。

葵の上の早世を誰よりも悲しんでいるのは、その両親である致仕大臣
と大宮のはず。我が子が若くして逝ってしまったことを良かったなどと
思う親はありません。それをここでは、「あの子は短命だったおかげで、
あなたがこんな運命になるのを見ずに済んだのだ、と、今はそう思って
自分を慰めています」と、源氏に語っているのです。

この逆説的な悲しみの吐露が、致仕大臣の悲しみがどれほど深いもの
であるかを物語っており、単に「あの子が今生きていたら、どんなに辛く
思い嘆いたことでしょう」と言うよりも、ずっとずっと読者の心に響いて
くる表現だと思います。逆説的な表現は、時にこうした効果を生むもの
なのですね。

そう言えば、「世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし」
(世の中に桜の花が皆無だったならば、春の心はどんなにかのんびりと
していられるであろうに)(在原業平・『古今和歌集』)も、見事な逆説的
表現で桜を称賛しております。東京での開花も発表になりました。
今年もその季節の到来です。

この致仕大臣の話、詳しくは先に書きました全文訳にてご覧下さいませ
(⇒こちらから)。


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コメント

No title

我が子が悲しみに暮れているのを見るのは、胸が張り裂けそうになりますよね・・・・

桜の花も、散っていくのを見るのは辛いのですが、記事を拝見して、それだけ満開の桜に感動したということなのだなと気づきました。
連日雨模様のようですが、通りがかりに見る桜を楽しみにしたいと思います。

No title

ばーばむらさき様

おはようございます。高知は今日は雨です。
先だって満開になった早い桜はもう散ってしまうかも。
でもほとんどの桜はまだ蕾なので、雨の心配をしなくてすみます(笑)

在原業平の歌は人の感情をストレートに美しく歌いますね。
昔、情緒纏綿たる男ありける、です。
私は平安からの桜を歌った数々の名歌に(江戸の俳句にも)
桜に対する想いをはぐくまれた気がします。

須磨の巻、続きが楽しみです。


No title

utokyoさま

いつもコメントを有難うございます。

どんな時代であっても、子が親よりも先立つ以上の不幸はないと思います。

この真冬のような寒さに、開花し始めた桜もびっくりしているのではないでしょうか。おかげで少し長く桜が楽しめそうですね。


No title

soubokuさま

コメントを有難うございます。

今にも雪に変わりそうな雨が降り、この辺りの最高気温は5度の予想で、もう真冬に逆戻りです。暑さ寒さも彼岸まで、って言いますのにね。

古典の世界を見ても、日本人が如何に桜を愛でて来たかがわかりますね。本日、これから白内障の手術を受けますので、しっかりと見えるようになるまで、桜が散らずに待っていて欲しいと思います。



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