fc2ブログ

第12帖「須磨」の全文訳(9)

2022年6月20日(月) オンライン「紫の会・月曜クラス」(第23回・通算70回・№1)

6月も早下旬となりました。いつもこのようなことを書いている気もしますが、
あと10日で、今年も半分が終わってしまうのですね。本当に早いです。

今月のオンライン「紫の会」の講読箇所は、221頁・3行目~227頁・1行目
迄ですが、本日の全文訳はその前半部分(221頁3行目~223頁・12行目)
です。後半部分は、第4木曜日(6/23)のほうで書きます。
(頁・行数は、「新潮日本古典集成 源氏物語二」による)


源氏の君は、夜がすっかり明ける頃にお帰りになって、東宮にもお便りを
差し上げなさいました。藤壺が、王命婦をご自分の代わりとして東宮に
付き添わせていらっしゃるので、そのお部屋に、と言って、
「今日、都を離れます。今一度参上せぬままになってしまったことが、多く
の嘆きの中でもとりわけ辛く感じられます。すべてをご推察の上、東宮に
言上なさってください。
いつかまた春の都の花を見む時うしなへる山賤にして(いつまた春の都
の花を見ることが出来るのでしょうか。時節に見捨てられた山賤の身で)」
と書いた手紙を、桜の殆ど花の散った枝にお付けになりました。王命婦が、
「このように書かれていますよ」とお目に掛けると、東宮は幼心にも真剣な
ご様子でいらっしゃいます。命婦が「お返事は何といたしましょうか」と申し
上げると、東宮は、「しばらく会わないだけでも恋しいのに、遠く離れてしま
ったら、ましてやどんなに」とおっしゃいます。何とも幼いお返事だこと、と、
命婦は東宮をいじらしく見申し上げておりました。

困った恋に御心を砕かれていた昔のことや、折々のご様子が、あれこれと
思い出されるにつけても、何の物思いもせずに源氏の君も藤壺もお過ごし
になれたはずの境遇を、自ら求めて思い嘆かれることとなったのが残念で、
まるで自分の心がけ一つの結果でもあるかのように、王命婦には思えるの
でした。お返事は、
「咲きてとく散るは憂けれどゆく春は花の都を立ち帰り見よ(桜は咲いたか
と思うと、すぐに散るのが悲しうございますが、過ぎ行く春はまた巡って
まいります。必ず都にお戻りになって、花咲く都をご覧下さいませ)時節が
巡り来れば」
と申し上げて、女房たちはしみじみとしたことを語り合いながら、東宮御所を
あげて、皆声を忍んで泣いておりました。

一目でも源氏の君を見申し上げた人は、このように気が弱くなっておられる
ご様子を、嘆き惜しまない者はおりませんでした。ましてや常日頃、二条院
に参じ慣れていた者は、源氏の君がご存じのはずもない下女やお便器掃除
の者まで、またとないような源氏の君のご庇護の許で過ごしてきたので、
しばらくの間でも、源氏の君を見申し上げぬ月日を送るのかと、思い嘆いて
おりました。

世間一般の人々も、源氏の君の不遇を誰がいい加減にお思い申し上げま
しょうか。七歳にお成りの時から、帝のお傍に夜も昼もお控えになっておられ、
奏上なさったことで聞き届けられないことはなかったので、源氏の君のお骨
折りに預からなかった者はなく、恩恵には誰もが感謝申し上げておりました。
それは身分の高い上達部や弁官などの中にも大勢いました。それよりも身分
の低い者は数知らぬほどいますので、皆その御恩を承知はしておりますが、
現実問題として源氏の君に味方すれば、直ぐに酷い仕打ちを受ける今の
ご時世を憚って、訪ねて来る者もいません。世の中は騒然として源氏の君を
惜しみ申し上げ、陰では朝廷を批判してお恨み申しているのですが、我が身
の安全を投げ打ってお伺いしたところで、何の甲斐があろうと思うからか、
源氏の君の許を訪れる人もなく、このような折は、我ながらみっともない程で、
恨めしく思われる人が多く、世間とは面白くないものだな、とばかり、何に
つけても源氏の君はお思いになっているのでした。


スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿

訪問者カウンター