fc2ブログ

源氏の須磨での住居

2022年6月23日(木) オンライン「紫の会・木曜クラス」(第23回・通算70回・№2)

第3月曜日のクラスのほうで、第12帖「須磨」の前半の終わりのところ
をご紹介しましたので、本日のこちらのクラスでは、後半に入った源氏
の須磨での住まいに関連したことを取り上げておきたいと思います。

26歳の晩春、3月20日過ぎに船路で須磨へと向かった源氏は、追い風
にも助けられて、翌日まだ明るいうち(午後4時頃)に須磨に着きました。

源氏の須磨での暮らしは、「おはすべき所は、行平の中納言の、藻塩
垂れつつわびける家居近きわたりなりけり」(お住まいになるところは、
行平の中納言が、涙にくれながら侘び住まいをしたと伝えられる住居に
近い辺りでした)、という一文から始まります。

ここに「行平の中納言(在原行平)」という実在の人物を持ってきたことで、
『源氏物語』がフィクションであるにも拘わらず、現実味を帯びてくる効果
が出ております。実際須磨には、源氏の住まいがここにあった、とされる
場所があります。JR「須磨」駅から北東方向へ6~7分歩いた所にある
「現光寺」というお寺です。

「海づらはやや入りて、あはれにすごげなる山中なり」(海からは少し離れ
ており、しみじみと寂しい山中だった)と書かれています。確かに海が見え
る場所ではありませんが、「山中」と言うにはあたらない(おそらく当時も)
と思います。

          現光寺①

     現光寺②
源氏が「わび住まいをしていたところと古来より語り継がれてきました」
と記されている、この「源氏寺碑」の説明文を読むと、ますます源氏が
物語中の人物とは思えなくなってきますね。

源氏の旅立ちから須磨に落ち着くまでの話、詳しくは先に書きました
「須磨」の全文訳(10)をご覧下さい(⇒こちらから)。


スポンサーサイト



コメント

No title

須磨駅から近いということで、やはり山中いう感じではないですね(^^;;
電車は海岸沿いを走り,乗車していてもとても気持ちの良いエリアですね。
また,帰省の際に行ってみたいと思います。

No title

 光源氏の住まいの跡・・・。面白いですね。自分の街や故郷が、テレビに取り上げられるとうれしいように、なにか証のようなものを置きたくなるのかも知れませんね。
 蘆山寺さま・・・・、まぁ、あそこは説得力ありますが・・。
 源氏物語の魅力の深さがなせるわざ、でしょうね。

No title

utokyoさま

コメントを有難うございます。

「現光寺」は観光スポットではないので、ひっそりとしています。でも、そんな境内で、蝉の鳴き声を聞きながら、千年前の世界に(話はフィクションですが)思いを馳せる、というのもいいものですよね。

今日の東京は猛暑日!観測史上最も早いそうです。熱中症に気を付けて過ごしましょうね。

No title

まっちゃんさま

コメントを有難うございます。

須磨、明石で、『源氏物語』ゆかりの地を巡っていると、史実もフィクションもごちゃまぜになってしまいます(笑)京都の夕顔の墓や落葉神社も同じかもしれませんが。おっしゃる通り、古より『源氏物語』が人々に愛読されてきた証なのでしょうね。

「蘆山寺」は、紫式部の曽祖父・藤原兼輔が「堤中納言」と呼ばれていたのですから、こちらは現実味がありますね。ちょうど今頃からがお庭の桔梗の見頃ですね。そうした機会を逃さずに訪れることのできる京都にお住いの方が羨ましいです。


コメントの投稿

訪問者カウンター