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光源氏の最期について

2022年8月3日(水) 溝の口「オンライン源氏の会」(第26回・通算166回)

今、このクラスが読んでいるのは第49帖「宿木」です。『源氏物語』では
いわば第3部に当たり、主人公は薫(表向きは源氏の息子、実父は柏木)
です。第2部の終わりとなる第41帖「幻」を最後に、光源氏は『源氏物語』
の中に姿を現すことはありません。「幻」のあとに巻名だけの「雲隠」(通常
これは巻としては数えない)があり、そこで源氏の死を暗示しているだけ
です。

「幻」での源氏は52歳で、薫は5歳です。「宿木」の巻で、往時を振り返り
中の君に語る薫は25歳。物語を20年遡ることになります。

源氏は亡くなる2、3年前に出家して、嵯峨の院に遁世したことが初めて
読者に知らされます。嵯峨の院は、源氏の営んだ嵯峨の御堂と考えられ、
第18帖の「松風」に、大覚寺の南と記されてもおり、今の清凉寺がモデル
だと言われています。

源氏が最愛の妻紫の上を失ったのが51歳の秋。次の一年、ひたすら紫の上
を追慕して過ごし、暮にいよいよ出家の決意が固まったところまで語られて
いるのが「幻」の巻で、おそらく翌年出家したと考えられることから、源氏は
53歳で俗世を捨て、六条院から嵯峨の院に移り住んだということになりましょう。

それから2、3年後ということは、源氏の享年は55、56歳だったと思われます。

一時は荒れ果てた六条院も、夕霧が住むようになり、明石中宮腹の女一の宮
や二の宮もお住まいとなさって、昔の有様に立ち返り、あれほど世を挙げて
嘆き悲しんだ源氏の死も、時と共に忘れ去られていった、と思うと、人の死を
悼む気持ちも限りある中で、自分にとっては、大君を亡くした悲しみは消える
時がない、と、薫は嘆くのでした。

「宿木」の巻は、薫の決して亡き人(大君)を忘れ得ぬ気持と、どうして中の君
と結婚しなかったのであろうか、と後悔する気持ちとが基軸となって、それが
繰り返されながら物語が進んで行きます。この源氏薨去の往時の回想も、
そうした薫が大君への思いを中の君伝える中での一つの挿話に過ぎないの
ですが、ようやく私たちは光源氏の最期の経緯を知ることができて、なるほど、
と思う場面となっています。サプライズ的なものが何も無いのも、ここでは
相応しい気がします。


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コメント

No title

 源融の山荘であった嵯峨・清凉寺は、彼自身が光源氏のモデルの一人ですから、嵯峨の院のモデルとしては最適なんでしょうね。同時に、清和天皇が出家ののち、病を得、静養した場所でもあり、考え合わせると嵯峨という土地はいろいろありますね。
 

No title

まっちゃんさま

コメントを有難うございます。

まっちゃんさまはこのお近くにお住まいなのですよね(いいなぁ・・・いつも言ってますけど)。

「清凉寺」には何度か足を運んでいますが、ここの阿弥陀如来さまのお顔は、本当に綺麗で、見惚れてしまいます。光源氏のモデルの一人とされる源融の顔を写したとされていますので、この美しさも頷けるのですが・・・。

やはり嵯峨野は見所の多い地ですね。

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