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六条御息所とも文を交わす

2022年8月15日(月) オンライン「紫の会・月曜クラス」(第25回・通算72回・№2)

源氏が須磨に退居して約2ヶ月。暮らしにも慣れて、季節も五月雨
(今の梅雨)の頃となり、いっそうのもの侘しさに京が恋しく思われ、
源氏は、紫の上をはじめとして、藤壺、朧月夜、花散里などと文を
交わされるのでした。

そして本日の講読箇所の冒頭には、「まことや、騒がしかりしほどの
まぎれに漏らしてけり」(そうそう、そう言えば、須磨にお移り以来の
何かと騒がしいのに取り紛れて、お話するのを忘れておりました)、
とあって、斎宮となった娘と共に伊勢に下った六条御息所にも、
源氏は文を持たせた使者を遣わしたのだ、と語り始められます。

源氏からの手紙の内容は書かれていませんが、御息所からの
「うきめかる伊勢をの海士思ひやれ藻塩垂るてふ須磨の浦にて」
(辛い日々を送っている伊勢の私を思い遣ってくださいませ。涙に
くれておられるという須磨の浦で)という返歌からしても、京の女君
たちへの文同様に、「須磨の浦で涙にくれて過ごしている」と、
源氏は侘しさを訴えたものと思われます。

情趣溢れる御息所からの返書を見て、源氏は後悔します。「ひとふし
憂しと思ひきこえし心あやまりに、かの御息所も思ひうむじて別れ
たまひにし、とおぼせば、今にいとほしうかたじけなきものに思ひきこえ
たまふ」(一つだけ嫌だと思われた自分の判断の誤りで、あの御息所も
情けなく辛いと思い、私と別れて行かれたのだ、とお思いになると、
今になって、お気の毒で、申し訳ないことをしたと思われるのでした)と。

源氏が「ひとふし憂し」と思ったのは、御息所が生霊となったのを見て
しまったことを言っているのですが、それを自分の「心あやまり」だと
反省しているのです。確かに御息所を生霊となるところまで追い込む
そもそもの要因は、源氏自身の御息所を疎んじる態度にあったからに
違いありませんものね。

そして御息所へのお返事には、「かく世を離るべき身と、思ひたまへ
ましかば同じくはしたひきこえましものを」(このように都を離れねば
ならない身の上だとわかっていましたなら、いっそあなたの後をお慕い
申せばよかったのに)などと書いて、歌にも、「伊勢人の波の上漕ぐ
小舟にもうきめは刈らで乗らましものを(こんな憂き目を見るくらいなら、
伊勢にお供すれば良かった)と詠むのです。

随分と身勝手な甘言だと思いますが、こういう言葉が一番御息所の心
に響くことを、源氏は承知していたのでしょう。プレイボーイの真骨頂
と言えるのかもしれませんね。

この御息所と源氏の手紙の遣り取りの場面、詳しくは「須磨の全文訳
(13)」をご覧下さいませ(⇒こちらから)。


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コメント

No title

 いま、ちょっと須磨に行きたいんです。でも京都からは2時間近くかかるし・・・と二の足を踏んでます。私の場合は「あれは大将軍とこそ見まいらせ候へ。~返させたまへ」なんですが・・・。須磨寺行きたいですね。

No title

まっちゃんさま

コメントを有難うございます。

まっちゃんさまが須磨へ、とおっしゃっているのは、『青葉の笛』の一番の歌詞となっているところですね。『青葉の笛』の一番、二番の歌詞となっている「敦盛最期」、「忠度都落ち」、「忠度最期」、いずれも『平家物語』屈指の名場面だと思っております。

いらっしゃったなら、ぜひ「現光寺」へもどうぞ。ここで源氏が藻塩垂れつつ女君たちへの手紙をしたためていたんだなぁ、なんて想像してみるのも楽しいものですよ(すみません🙇、例によって現実もフィクションもごちゃまぜです💦)。

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No title

こんにちは、じつは私も偶然YouTubeで「茄子のチーズ焼き」を見て作ったばかりでした!!
不思議な偶然ですね。

牛すじ肉のバルサミコ酢煮、さっぱりとして胃に優しく、でも美味しそう❣
早速まねっこしなくては(笑)

毎日のメニューに頭を悩ませていますので、皆さんのブログを訪問して、アイデアを
いただいています。

No title

スミレさま

コメントを有難うございます。

スミレさまと偶然の一致、何だか嬉しくなっちゃいました!お皿もいくつか同じ物を使っていますし、前世からのご縁があるのでしょうか?(笑)

スネ肉は、他の部位に比べるとお安いですし、煮込むと美味しいですよね。自家製のパンとご一緒に召し上がってくださいませ、きっと合うと思います。

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