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今月の光琳かるた

2022年11月26日(土)

このところずっと遅れがちな「今月の光琳かるた」ですが、11月も
残り5日となっての更新です(-_-;)

枯葉が舞い、「秋も去ぬめり」と感じることが多くなっている今の
季節には相応しい歌かと思います。

「契りおきしさせもが露を命にてあはれ今年の秋もいぬめり」
                      七十五番・藤原基俊
  75番・藤原基俊
 (私がいる限り頼りにしていなさい、とお約束下さったその
  儚い露のようなお言葉を、命をつなぐ頼みの綱としており
  ますうちに、ああ、今年の秋も空しく去ってしまうようです)

この歌、次の『千載集』の長い詞書を読まなければ、つれない男
の薄情さを恨む恋の歌と思ってしまいますよね。

「律師光覚、維摩会の講師の請を申しけるを、度々もれにけれ
ば、法性寺入道前太政大臣に恨み申しけるを、しめぢが原のと
侍りけれども、またその年ももれにければ、よみてつかはしける」
(律師光覚を維摩会の講師に、と申請したのだが、度々選に漏れ
たため、法性寺入道前太政大臣に愚痴をこぼしたところ、『任せて
おけ』とのことだったのだが、その年の秋も光覚は選に漏れて
しまったので、詠んで遣わした歌)

「律師光覚」は、作者藤原基俊の息子です。「維摩会の講師」とは、
藤原氏の氏寺「興福寺」で『維摩経』を講読する法会の講師を務め
ることをいいます。「維摩会の講師」を務めると、宮中の「最勝会の
講師」への道が開けていましたから、その決定権を持つ氏の長者
の法性寺入道前太政大臣(76番の歌の作者・藤原忠通)と、和歌
を通して近しい間柄にあった基俊にとっては、忠通が引き受けて
くれた以上間違いない、と期待していたはずで、「しめぢが原の」
が何の当てにもならない口約束だったことを知った時の落胆は、
計り知れないものがあったに違いありません。「しめぢが原の」は、
「なほたのめしめぢが原のさしも草わが世の中にあらむかぎりは」
(やはり私を頼っていなさい。しめぢが原のさしも草のように、
それほど願っているなら叶わぬことはあるまい。私がこの世に
生きている限りは)の歌を引いて、承諾の意を示しています。

この時の基俊は、もう80歳に手が届く高齢。大臣家の出身であり
ながら、「人に誇りて当世を見下し、とかくに人を非難することを
好まれければ、それにつけて謗りを得らるる事多し」(尾崎雅嘉
『百人一首一夕話』)(プライドが高く世間を見下し、何かと非難
するのを好んだので、それにつけて悪く言われることが多かった)
という性格が災いしてか、官位が上がらなかったこともあり、
せめて息子だけは出世させたいという思いが強かったのかも
しれません。

たとえ「親バカ」と言われても、というのが、この歌を詠んだ時の
基俊の心境ではなかったかと思われます。今の世でも、息子の
就職にコネを使って、頭を下げてお願いしている父親は珍しく
ないはず。いつの世にも親は子の行く末が心配でならない証し
ともいえましょう。


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コメント

No title

ばーばむらさき様

楽しみにしている光琳カルタです。

「あはれ今年の秋もいぬめり」と嘆ずる親心には同情しますね。
でもホントこの基俊さんは評判が良くないようで、ライバル源俊頼の悪口ばかり言っていたとか?
そしてこの歌も技巧が多く私には教えられるまで意味が分からない、
心に入ってきません。定家好みなのでしょうか?
それでも「あはれ今年の秋もいぬめり」の言葉だけはしみじみ共感します。

No title

soubokuさま

コメントを有難うございます。

拙い百人一首の裏話を、毎月「楽しみにしている」と言っていただき、嬉しいです。

この歌は詞書を読んで作詠の背景を知らなければ、恋の歌と思ってしまいますね。

源俊頼と藤原基俊は、共に院政期の歌壇をリードした歌人で、基俊が俊頼をライバル視して、それでも俊頼のほうが一枚上であった話が『無名抄』にいくつか載せられています。ただ、鴨長明の師は、俊頼の子・俊恵法師なので、俊頼側に立って書かれている可能性もありますが、基俊が協調性に欠ける性格であったことは間違いないようですね。そんな基俊でも、子を思う「心の闇」に惑う父親だったのがこの歌からは感じられ、「秋はいぬめり」という季節感と相俟って、哀れを誘います。

No title

ばーばむらさきさま、こんにちは。

光琳カルタのお話、この歌自体も私はうろ覚えでしたし、こんな背景があったとは知りませんでした。知る、ということは本当に楽しく、面白いですね。

過日奈良行きのこと、ご報告しましたが、飛鳥や斑鳩、平城京などのことを忘れていた、というか知らなくて、これじゃマズイ!とその時代を扱った小説や解説書を読みました。読み続けるうちに古の人々が頭の中で動き出ししゃべり出し、次第に近しいものとなりました。石舞台を行ったときは石を撫でながら、馬子さん、来たよと心の中で言ったりして。

喜怒哀楽や愛憎、親心などなど、根っこのところは変わらないんでしょうね、いつの時代でも。

今日は少し寒いです。午後からは5回目のワクチン接種に行ってまいります。

お忙しいと思いますが、くれぐれもお体大切になさってください。


No title

萩原さま

コメントを有難うございます。

平安時代の歴史も好きですが、それ以前のほうがよりロマンが感じられて、大学でも最初は上代のゼミに入っていました。

明日香の石舞台、もう何十年も前のことですが、萩原さまと同じです。あの石に触れた時、その時代の人と同じ物に触れている感動で身体が震えたのを、今でも憶えています。

ブロ友さんの記事で知った「恋ふらむ鳥は」を図書館で予約しています(あと2人待ち)。

5回目のワクチン接種をなさった方も多くなってきましたね。私は打つ度に副反応が強くなっているので、できれば6ヶ月以上間を空けたくて、まだ予約もせずに様子見の段階です。

12月になると途端に寒くなるそうです。どうぞご自愛の上お過ごしくださいませ。

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