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人権無視が許されていた時代

2022年11月28日(月) 溝の口「湖月会」(第163回)

ドゥマゴサロン 第21回文学カフェ「時代を超えて愛される源氏物語
の奥深い魅力」のオンデマンド配信を、ようやく視聴し終えました。
その中で林望氏が、「宇治十帖」は「うじうじ」としていてじれったいの
だけれど、浮舟が登場すると俄然物語が面白くなる、といったことを
お話になっていましたが、私も同感です。今このクラス(第1水曜日の
オンラインクラス、第2金曜日のクラスも同じ)が読んでいる第49帖
「宿木」辺りまでが、その「うじうじ」なので、ちょっとダレてくるところも
ありますが、浮舟登場までもう少し。頑張って読んでまいりましょう。

匂宮と夕霧の六の君の結婚は、第三夜目の「露顕(ところあらわし)」
も無事に済み、相伴客として出席した薫も、自邸に戻って来ました。
このところ、中の君を匂宮に譲ったことを後悔して悶々と眠れぬ夜を
過ごしている薫ですが、さすがにこの夜は独り寝が寂しかったのか、
母・女三宮に仕えている女房の「按察使の君」のもとで、「その夜は
明かしたまひつ」(その夜は明かされた)のでした。

夜が明けると、何の未練も見せずに出て行こうとする薫に、恨めし気
な按察使の君でしたが、薫は適当にあしらって、按察使の君の部屋
を後にしました。

大君と出会う前の薫は、全く女性に興味が無かったのか、というと、
それは精神的な意味での話で、「召人(めしうど)」と呼ばれるお手付き
の女房が何人かはいると、第42帖「匂兵部卿」にも書かれていました。
その召人たちは、薫から特別な愛情を掛けられることがなくても、それ
を受け入れ、「気近くて見たてまつらばや」(お傍でお姿が見ていたい
ものだ)と、思う気持ちから、お仕えしているのでした。

幼い頃から自分の出生に疑念を抱き、結婚に対して積極的になれない
薫でしたが、召人となら、薫は結婚という形での責任を取る必要がない
ので、とても好都合な存在だったのでしょう。

でも、召人側からすれば、これは今なら人権問題に関わってくることでは
ないかと思われます。この段落の最後に、作者もこうした召人について、
「あはれなること、ほどほどにつけて多かるべし」(哀れなことが、それぞれ
の身分につけて多いようだ)と述べています。

浮舟も母親が召人だったがために、父・八の宮に認知してもらえなかった
のですが、誰もそれを非難する人もいなかった、そんな人権無視がまかり
通る時代でもあったのです。


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コメント

No title

「都合の良い女」という扱いをされた方が,昔からいらしたのですね・・・・
割り切ることができる女性はほとんどいないでしょうし、自己肯定感を高めて、相手に執着しすぎないことが大切だと思いました。
私も、良いご縁があるように、自分磨きをしていきたいです。

No title

utokyoさま

いつもコメントを有難うございます。

そうですね、今でもそういう扱いを受けている女性は存在するのでしょうね。

どのような環境の中にあっても、自分を見失うことなく生きて行くことは大切なことかと思いますし、誰でも声を上げることの出来る社会作りも大事かと思いますね。

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