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第13帖「明石」の全文訳(6)

2023年2月23日(木) オンライン「紫の会・木曜クラス」(第31回・通算78回・№1)

今月のオンライン「紫の会」の講読箇所((274頁・4行目~278頁・12行目)
の前半部分は2/20に書きましたので(⇒こちらから)、今日は後半部分
(276頁・2行目~278頁・12行目)の全文訳となります。
(頁・行数は、「新潮日本古典集成 源氏物語二」による)


年老いた入道は、涙を堪えることが出来ず、岡辺に琵琶と箏の琴を取り
に行かせて、入道は俄か琵琶法師となって、とてもおもしろく珍しい曲を
一、二曲弾きました。源氏の君に箏の琴をお勧めしたので、源氏の君が
少しお弾きになるにつけても、何を演奏なさっても源氏の君は素晴らしい、
と入道は感嘆申し上げておりました。

そうたいして上手でもない楽器の音でも、その折次第で素晴らしく聞こえる
ものでありますが、はるばると遮るものの無い海辺である上に、かえって
春秋の花紅葉の盛りの頃よりも、ただ何ということもなく、青々と茂っている
木陰があでやかであるのに、水鶏が鳴いたのは、「誰が門さして」と、源氏
の君は感興を催されるのでした。

音色もこの上なくよい楽器のあれこれを、入道がやさしく弾き鳴らすのにも
源氏の君は興味を示されて、「箏の琴は、女が優しい風情でくつろいで弾く
のがいいものです」と、一般論としておっしゃったのに、入道は勘違いして
微笑んで、「あなた様がお弾きあそばす以上に、人を惹きつける演奏が
どこの世界にございましょう。私は、醍醐天皇のご奏法を弾き伝えること、
三代目になります。ふがいない出家の身で、俗世のことはすっかり捨て
忘れてしまっておりますが、ひどく気がめいる折々には、箏の琴をかき
鳴らしますのを、不思議に見よう見まねで弾く者がございまして、それが、
自然とあの亡き親王のご奏法に似通っているのでございます。山住みの
田舎者のこととて、松風を琴の音と聞き誤っているのかもしれません。
何とかして、この琴の音を、そっとお耳に入れたいものでございます」と
申し上げるやいなや、身を震わせて涙を落しているようでした。

源氏の君が「私の琴の音を琴だとお聞きになるはずもない場所で、
つまらないことをしてしまいましたね」と言って、琴を押しやりなさると、
「不思議に、昔から箏の琴は、女が巧みに弾くものでした。嵯峨天皇
のご伝授で、女五の宮が、当時名声が高くていらっしゃったのですが、
その御流儀では、これといって弾き伝えている人はいません。全て今
の世で、名人との評判を取っている人々は、ただ通り一遍の自己満足
程度にすぎませんが、こちらでこうして由緒ある奏法をお伝えになって
おられるというのは、実に興味深いことですよ。ぜひともお聞かせいた
だきたいものです」とおっしゃいます。入道が「お聞きになるのに、何の
差し障りがございましょうか。御前にお呼びになっても構いません。
商人の中にいてすら、古曲を賞翫した人はおりました。琵琶こそ、本当
の音色を弾きこなす人は、昔も滅多におりませんでしたが、娘は全く
難なく弾きこなしまして、心に沁みる弾き方など、格別の趣がございます。
どうやって見よう見真似で覚えるのでしょうか。娘の琵琶の音が荒々しい
波の音に交るのは、悲しくも思われますものの、あれこれと積もる嘆かわ
しさが、紛れる折々もございます」などと風流ぶっているので、源氏の君
は面白いとお思いになって、箏の琴を琵琶と取り換えてお与えになりま
した。

本当にとても巧みに弾くのでした。現在では聞くことの無い奏法を身に
つけていて、手さばきはたいそうひどく唐風で、ゆの音色が深く澄んで
おりました。ここは明石の浦で、伊勢の海ではないけれど、「清き渚に
貝や拾はむ」などと、声の良い供人に歌わせて、源氏の君ご自身も、
時折拍子を取って、声を合わせなさるのを、入道は琴を途中で弾き
止めて、賞讃申し上げます。おやつなどを、目新しい趣向を凝らして
源氏の君の御前に差し上げ、供人たちにお酒を無理に勧めたりして、
自然と日頃も苦労も忘れてしまいそうな今宵の様子でありました。


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