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今月の光琳かるた

2023年2月28日(火)

ええっ、気づけば今日はもう2月の最終日ではありませんか!
このところずっと遅れがちな「光琳かるた」の入れ替えですが、
いくらなんでも末日に駆け込みになるなんて(;^_^A

毎月一首ずつご紹介してきた「百人一首」も、残り二首となり、
来月の順徳院の歌で終わりです。最後から二番目となる
「今月の光琳かるた」はこの歌です。

「思ひわびさても命はあるものを憂きに堪へぬは涙なりけり」
                       八十二番・道因法師
  82番・道因法師
  (恋に悩み苦しんでも、それでも命は長らえているのに、
  辛さに堪えられずこぼれ落ちるのは涙だったことよ)

82番の道因法師と83番の藤原俊成は、長寿繋がりでの配列
ではないかと思えるほど、当時としては珍しい90歳を超える
迄生きた二人です。今で言うなら110歳超え位に相当するか
と思われます。

道因法師の凄さは、老いてなお、和歌への執心ぶりが強く、
90歳まで現役を貫いたことでありましょう。まさに「生涯現役」
のお手本のような人で、鎌倉時代の説話集『古今著聞集』に、
そのエピソードが語られています。

承安2年(1172年)3月、京都白河の寺院で、藤原清輔(84番)
の主催で、和歌の「尚歯会」が開催されました。「尚」は尊ぶ、
「歯」は「よわい(=齢)」と同じ意味ですから、老人を敬って
長寿を祝うという、いわば敬老会。唐の詩人白居易(=白楽天)
が創始者ともいわれ、 平安時代初期には日本に伝わっていた
ようです。

『古今著聞集』がこの話を採り上げたのは、ふつうは漢詩の会を
催すのに、清輔たちが開いたのは和歌の尚歯会だったからだと
考えられています。集まった七叟(7人の老人)は、道因法師84歳
(正しくは83歳)、神祇伯顕広78歳、成仲宿禰74歳、藤原永範71歳、
源頼政69歳、藤原清輔69歳、大江維光63歳。今なら100歳代の
道因を筆頭に、90代、80代のお爺さん7人という感じでしょうね。

先ず主催者の清輔が、「散る花はのちの春ともまたれけりまたも
来まじきわがさかりはも」(散る花はこの先の春も待つことができる。
でも、また来ることがないのは我が身の盛りだよなぁ)と詠むと、
この日、第一の上席者となっていた道因が、すかさず次のように
詠みました。「待てしばし老木の花にこと問はむ経にける年は
たれかまされる」(ちょっと待てくださいな。 老木に咲いた花に
尋ねてみましょう。この中でだれが一番歳を取っているかと)。
「その歳で何しんみりしているんですか、私なんぞまだこれから
ひと花もふた花も咲かせようって思ってますよ」、という道因の
老人パワーあふれる歌ですね。

「人生百年時代」と言われるようになった今、道因法師の生きる
姿勢は、私も一人の高齢者として見倣うべきでは、と思っている
今夜です。


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コメント

No title

ばーばむらさき 様

82首目の作者道因法師に続く83首目の俊成が当時で90歳超えの長寿であったことだけでも驚きでしたのに、『古今著聞集』にあるという「和歌の尚歯会」に集まった方々の年齢にもビックリですね。わたくしも頑張らねば♪

変わり者とのお話も多く残る道因法師ですが、和歌に関して常に向上心を持ち続けたのも長寿の要因になっているのでは、と思われますね。

No title

ばーばむらさき様

お早うございます。光琳カルタ嬉しいです。

「和歌の尚歯会」とは!初めて知りました。平均寿命の短い時代に。
メンバーの源三位、源頼政は私がとても興味を持っている人物なのです。
辞世の句の「埋もれ木の花咲くこともなかりしに~」はこの会のこと思い出したのでしょうか?とか想像膨らみます。ありがとうございます。

No title

尚歯会で老人たちが集まって、
年をなげく歌をよんだり、まだまだと言ってみたり
なんとまぁ人間らしいことです。
むかし意味もわからず覚えるのが苦痛だったけど
こうして人の営みがみえると、覚えられる気がする・・・
いやもう無理ですけどね、笑

今は、医学の進歩や健康知識の浸透などで、実年齢の0.8倍くらいの年齢の体力がある方が多いという印象ですが、長生きするのであれば、健康寿命は伸ばしていきたいですね。
先人たちの気力にも、あやかりたいです(^^)

No title

keikoさま

コメントを有難うございます。

90歳まで歌人として現役を貫いた道因法師。今だってなかなか難しいと思われるのですが、800年以上昔の話ですから、もうびっくりですね。頑張らなくちゃぁ、と思わされますよね。

能因法師(69番)と道因法師、似ているのは名前ばかりではなく、どちらも「数寄者」として有名です。道因法師の場合は、老いてなお和歌への執心ぶりが数寄者と称される程だったのですが、おっしゃる通り、それがまた生甲斐でもあり、長寿の秘訣だった気もいたしますね。

No title

soubokuさま

コメントを有難うございます。

「和歌の尚歯会」(=「敬老歌会」)が860年近くも前に行われていたこと自体、すごいと思いますよね。

源頼政は「文武両道」で知られた人で、92番の二条院讃岐のお父さんですよね。私は「鎌倉殿の13人」は最後の5回位しか見なかったのですが、源頼政役は誰だったのでしょうか?

平等院で死を覚悟した時、白河尚歯会の折のことが頼政の脳裏に浮かんだのだとしたら、この会はいっそう意義深いものとなりますね。

No title

ツモリアさま

コメントを有難うございます。

「百人一首」の横道裏道「今月の光琳かるた」も、3月で終了ですが、ツモリアさまから最初のコメントを戴いたのも、「今月の光琳かるた」でしたね。

句会、歌会、古典講座、みな「尚歯会」的なところが多いかと思いますが、道因法師を見倣って前向きにやって行きたいですね。

No title

utokyoさま

コメントを有難うございます。

「健康寿命」を伸ばす、来年には後期高齢者の仲間入りをする私としては、切実な課題です。

この頃の年齢は、今なら20歳位プラスして考えて良いのかな、と思います。40歳で長寿の祝いをしていたのですから。となると、道因法師は100歳を超えて、まだまだ元気いっぱいだったということで、この前向きな姿勢、大事なのでしょうね。

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