第13帖「明石」の全文訳(7)
2023年3月20日(月) オンライン「紫の会・月曜クラス」(第32回・通算79回・№1)
日本各地での桜の開花宣言が相次ぐ今日この頃ですが、これから
週末にかけて、雨の日が続くようで、気掛かりですね。
今月のオンライン「紫の会」の講読箇所は、第13帖「明石」の丁度
真ん中辺り(278頁・13行目~285頁・8行目まで)となります。今日
の全文訳は、その前半部分(278頁・13行目~282頁・2行目)です。
後半部分は、第4木曜日(3/23)のほうで書きます。
(頁・行数は、「新潮日本古典集成 源氏物語二」による)
夜がすっかり更けてゆくと共に、浜風が涼しくて、月も西のほうに
傾くにつれて一段と澄み切って、しめやかな雰囲気に、入道は
源氏の君に打ち明け話をすっかり申し上げて、この浦に住み
始めた頃の心づもりや、来世の極楽浄土を願う仏道修行の様子
などを、少しずつお話して、この娘のことを尋ねられもしないのに
自分から話し出すのでした。源氏の君は面白く思われるものの、
さすがにしみじみとお感じになるところもありました。
入道は、「まことに申し上げ難いことではございますが、あなた様
がこのような田舎にかりそめにも移っておいでになりましたのは、
長年この老法師のお祈り申し上げている神仏が、私を不憫に思召
して、しばらくの間、あなた様にご心労をおかけ申しているのでは
ないかと思われるのでございます。その訳は、私が住吉の神様を
お頼り申し上げるようになって、今年で十八年になります。娘が極
幼少でございました時から、思うところがございまして、毎年春と
秋には必ず住吉神社に参詣いたしております。昼夜の六時の勤行
でも、自らの極楽往生の願いは、それはそれとして、ただ娘のこと
について、高い望みをお叶え下さい、と祈っております。前世の
因縁が拙くて、私自身はこのように残念な下賤の身となったので
ありましょうが、私の親は、大臣の位を保っておられました。私は
自分から進んでこのような田舎の民となり果てました。子孫が次々
と、そのように落ちぶれていったならば、末はどのような身の上に
なりますことやら、と悲しく思っておりますが、この娘は、生まれた
時から期待するところがございます。どうにかして都の高貴な方
に縁付け申そう、と深く願っておりますので、こうした身分なりに、
多くの人の恨みを買い、私としても辛い目に遭うことも多々ござい
ますが、決して苦しみとは思っておりません。私の生きております
限りは、及ばずながらも、大事に育ててやりましょう。このまま私が
先立ちましたならば、海に身を投げて死んでまえ、と遺言しており
ます」などと、全てをそのままここに伝えるのも憚られるようなこと
をあれこれと、泣きながら源氏の君に申し上げました。源氏の君も、
いろいろと辛い思いをし続けておられる折でもあるので、涙ぐみ
ながらお聞きになっていました。
源氏の君が、「無実の罪を着せられて、思い掛けない世界に
さすらうのも、どうした罪の報いかと、不審に思っておりましたが、
今宵のお話と照合してみると、本当に深い前世からの因縁が
あったのだと、しみじみと感じられることです。どうして、こんな
にもはっきりとおわかりになっていたことを、今までおっしゃって
くださらなかったのでしょう。都を離れた時から、この世の無常さ
にも嫌気がさし、勤行以外のことには目もくれずに月日を過ごし
て来て、すっかり気力も萎えてしまいました。こういう人がおられる
ということは、ちらりと耳にしながら、こんな落ちぶれた私を縁起
でもない、と、相手にもしてくださるまいと、自信を無くしていました
が、そういうことでしたら、私を娘御にお引き合わせ下さるという
ことなのですね。心細い独り寝の慰めにもなりましょう」とおっしゃ
るのを、入道はこの上なく嬉しいと思っておりました。
「ひとり寝は君も知りぬやつれづれと思ひあかしの浦さびしさを
(独り寝とおっしゃいますが、あなた様もおわかりでしょうか。所在
無く物思いに夜を明かす明石の浦に住む娘の寂しさを)ましてや
長の,年月、娘の事を案じて胸もつぶれる思いをしてまいりました
私の気持ちをお察しくださいませ」
と、申し上げる入道の様子は、身を震わせているものの、さすがに
品格は失われていませんでした。源氏の君が「それでも、浦住まい
に慣れておられる方は私ほどではありますまい」とおっしゃって、
「旅衣うらがなしさにあかしかね草のまくらは夢もむすばず」(明石
の浦での旅寝の悲しさに夜を明かしかねて、夢を結ぶこともありま
せん)
と、打ち解けてお気持ちをお伝えになるご様子は、実に魅力があり、
言いようもないお美しさでございました。入道は数え切れないほど
あれこれと源氏の君にお話しましたが、煩わしいので、ここまでに
いたします。
入道の言葉もわざと誇張表現をして書きましたので、いっそう愚か
で偏屈な入道の性格も、顕著になったことでありましょう。
日本各地での桜の開花宣言が相次ぐ今日この頃ですが、これから
週末にかけて、雨の日が続くようで、気掛かりですね。
今月のオンライン「紫の会」の講読箇所は、第13帖「明石」の丁度
真ん中辺り(278頁・13行目~285頁・8行目まで)となります。今日
の全文訳は、その前半部分(278頁・13行目~282頁・2行目)です。
後半部分は、第4木曜日(3/23)のほうで書きます。
(頁・行数は、「新潮日本古典集成 源氏物語二」による)
夜がすっかり更けてゆくと共に、浜風が涼しくて、月も西のほうに
傾くにつれて一段と澄み切って、しめやかな雰囲気に、入道は
源氏の君に打ち明け話をすっかり申し上げて、この浦に住み
始めた頃の心づもりや、来世の極楽浄土を願う仏道修行の様子
などを、少しずつお話して、この娘のことを尋ねられもしないのに
自分から話し出すのでした。源氏の君は面白く思われるものの、
さすがにしみじみとお感じになるところもありました。
入道は、「まことに申し上げ難いことではございますが、あなた様
がこのような田舎にかりそめにも移っておいでになりましたのは、
長年この老法師のお祈り申し上げている神仏が、私を不憫に思召
して、しばらくの間、あなた様にご心労をおかけ申しているのでは
ないかと思われるのでございます。その訳は、私が住吉の神様を
お頼り申し上げるようになって、今年で十八年になります。娘が極
幼少でございました時から、思うところがございまして、毎年春と
秋には必ず住吉神社に参詣いたしております。昼夜の六時の勤行
でも、自らの極楽往生の願いは、それはそれとして、ただ娘のこと
について、高い望みをお叶え下さい、と祈っております。前世の
因縁が拙くて、私自身はこのように残念な下賤の身となったので
ありましょうが、私の親は、大臣の位を保っておられました。私は
自分から進んでこのような田舎の民となり果てました。子孫が次々
と、そのように落ちぶれていったならば、末はどのような身の上に
なりますことやら、と悲しく思っておりますが、この娘は、生まれた
時から期待するところがございます。どうにかして都の高貴な方
に縁付け申そう、と深く願っておりますので、こうした身分なりに、
多くの人の恨みを買い、私としても辛い目に遭うことも多々ござい
ますが、決して苦しみとは思っておりません。私の生きております
限りは、及ばずながらも、大事に育ててやりましょう。このまま私が
先立ちましたならば、海に身を投げて死んでまえ、と遺言しており
ます」などと、全てをそのままここに伝えるのも憚られるようなこと
をあれこれと、泣きながら源氏の君に申し上げました。源氏の君も、
いろいろと辛い思いをし続けておられる折でもあるので、涙ぐみ
ながらお聞きになっていました。
源氏の君が、「無実の罪を着せられて、思い掛けない世界に
さすらうのも、どうした罪の報いかと、不審に思っておりましたが、
今宵のお話と照合してみると、本当に深い前世からの因縁が
あったのだと、しみじみと感じられることです。どうして、こんな
にもはっきりとおわかりになっていたことを、今までおっしゃって
くださらなかったのでしょう。都を離れた時から、この世の無常さ
にも嫌気がさし、勤行以外のことには目もくれずに月日を過ごし
て来て、すっかり気力も萎えてしまいました。こういう人がおられる
ということは、ちらりと耳にしながら、こんな落ちぶれた私を縁起
でもない、と、相手にもしてくださるまいと、自信を無くしていました
が、そういうことでしたら、私を娘御にお引き合わせ下さるという
ことなのですね。心細い独り寝の慰めにもなりましょう」とおっしゃ
るのを、入道はこの上なく嬉しいと思っておりました。
「ひとり寝は君も知りぬやつれづれと思ひあかしの浦さびしさを
(独り寝とおっしゃいますが、あなた様もおわかりでしょうか。所在
無く物思いに夜を明かす明石の浦に住む娘の寂しさを)ましてや
長の,年月、娘の事を案じて胸もつぶれる思いをしてまいりました
私の気持ちをお察しくださいませ」
と、申し上げる入道の様子は、身を震わせているものの、さすがに
品格は失われていませんでした。源氏の君が「それでも、浦住まい
に慣れておられる方は私ほどではありますまい」とおっしゃって、
「旅衣うらがなしさにあかしかね草のまくらは夢もむすばず」(明石
の浦での旅寝の悲しさに夜を明かしかねて、夢を結ぶこともありま
せん)
と、打ち解けてお気持ちをお伝えになるご様子は、実に魅力があり、
言いようもないお美しさでございました。入道は数え切れないほど
あれこれと源氏の君にお話しましたが、煩わしいので、ここまでに
いたします。
入道の言葉もわざと誇張表現をして書きましたので、いっそう愚か
で偏屈な入道の性格も、顕著になったことでありましょう。
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