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源氏が「心くらべ」に負けたのはなぜか

2023年4月27日(木) オンライン「紫の会・木曜クラス」(第33回・通算80回・№2)

先月のこのクラスの記事は、「源氏と入道の娘の『心くらべ』」
というタイトルで書きました(⇒こちらから)。今月講読した
ところで、その決着がついています。

「心くらべ」とは、意地の張り合い、根競べ、という意味合いを
持った言葉です。

源氏はプライド、世間体、紫の上への後ろめたさ、良清への
配慮などから、入道の娘を自分の許に侍らせ召人(お手付き
の女房)にしようと、考えていました。

一方の娘は、そもそも身分差のあり過ぎる源氏と結ばれた
ところで、それは源氏が明石に居る間の慰め相手となるだけ
であって、将来長きに渡って源氏に愛され続けることなどあり
得ない、と認識しており、気位の高さでは都の高貴な姫君にも
劣らない娘は、安易に源氏に靡く気には到底なれないのでした。

季節は秋となっています。源氏が須磨から明石へと移って
来たのは、晩春の3月13日でした。入道が源氏に初めて
娘の話をしたのが初夏の4月。その後文通が始まっている
ので、「心くらべ」も既に3ヶ月余に及んでいることになります。

思えば、京を離れて1年半近く、源氏は「独り寝」の夜を重ねて
来ました。紫の上に逢いたい気持ちを抑えに抑えて過ごし、
これ以上寂しさに耐えられなくなっていたのでしょう。秋という
殊更侘しさの募る季節も、その気持ちを駆り立てたようです。

源氏は「『このころの波の音に、かのものの音を聞かばや。
さらずは、かひなくこそ』など、常にのたまふ」(「この頃の波の
音に乗せて、そなたの娘の奏でる琴の音が聴きたいものだ。
そうでなくては、この秋という季節の甲斐もなかろう」と、常に
入道におっしゃるのでした)とあります。「常にのたまふ」という
のは、源氏が始終、そのよう入道におっしゃっていたわけです
から、そこには「段取りさえしてくれたら、自分が娘の所へ
行ってもよい」との意思表示が見て取れます。

入道は源氏の意を汲んで一人奔走し、8月13日の夜に源氏を
迎える準備を整えたのでした。

夜更けを待って、馬で娘の居る岡辺の宿へと向かいましたが、
途中、入江に映る月の光を見て、源氏は、このまま馬を駆って
京の紫の上に逢いに行きたいと思っておりました。これによって、
源氏の気持ちが向いている相手はやはり紫の上であり、入道
の娘に対しては、あくまで今の侘しさを慰めて欲しいだけなのだ、
ということがわかりますね。

この辺りにつきまして、詳しくは先に書きました「明石の全文訳
(10)」をご覧頂ければ、と存じます(⇒こちらから)。


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コメント

No title

自分が退屈凌ぎの相手だと認識させられるのは、かなり辛いですね・・・・
私も、雑に扱われると困惑するので、周囲の方に対してもそのようなことがないようにしていきたいと考えております。

No title

utokyoさま

コメントを有難うございます。

この時代の身分差は想像を絶するものがあり、当初、源氏は入道の娘を明石に居る間だけの慰み者と考えていたでしょうし、そうなっても誰からも責められることも無かったのですよね。

今はそのような差別は許されないでしょうが、相手に対する思い遣りは、身分とは無関係に必要だと思いますね。

No title

こんにちは。

入道の娘さんは、私に似ているかもしれません。
妙に高いプライドに、自分で呆れることもあります。

でも、彼女の行動は健明に思います。

No title

こすずめさま

コメントを有難うございます。

プライドを高く保つことも、大切だと思います。へりくだるほうは簡単ですから。

ここでは源氏は一歩譲った形で、入道の娘の所へ通うことにしましたが、それは娘のプライドの高さが、辛うじて身分差婚の最初の壁を乗り越えさせたということでしょうね。

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