第13帖「明石」の全文訳(12)
2023年5月25日(木) オンライン「紫の会・木曜クラス」(第34回・通算81回・№1)
今月のオンライン「紫の会」は、289頁・10行目~295頁・3行目までを
読みました。前半部分の全文訳は5/15に書きましたので(⇒こちらから)、
今日は後半部分の(292頁・6行目~295頁・3行目)を記しておきます。
紫の上が、風の便りにでもこのことをお耳になさったら、冗談にもせよ、
隠し立てをしたのだと不愉快な思いをなさることになろう。それでは
お気の毒だし、合わせる顔もない、と源氏の君がお思いになるのも、
あまりといえばあまりなご愛情の程というものですよね。
これまでも、こうした自分の浮気沙汰を、紫の上がさすがに真剣に
恨みなさった折々のことを思うと、どうして、あのようなつまらない
気まぐれな浮気沙汰を起こして、紫の上に辛い思いをさせてしまった
のであろうか、などと、昔を今に取り返したい思いで、入道の娘と
お逢いになるにつけても、紫の上への恋しさは慰めようもないので、
いつもよりお手紙を心を込めてお書きになって、最後に、
「そうそう、そう言えば、我ながらそんなつもりもなかったつまらない
浮気沙汰で、あなたに嫌な人だと恨まれたあれこれのことを、思い
出すだけでも胸が痛むのですが、またしても奇妙なはかない夢を
見たことでございます。このように問われもしないのに、自分から
申し上げておりますことに、隠し隔ての無い私の心の内をお察し
くださいな。あなたを忘れないと誓ったことに嘘偽りはありません」
などと書いて、
「何事につけても
しほしほとまづぞ泣かるるかりそめのみるめは海士のすさび
なれども(しっとりと涙に濡れて、先ずあなたのことを思って泣け
てくることです。かりそめの逢瀬は私にとって慰めではあっても)」
と、書かれていたお返事には、拘りなく可愛らし気な書きぶりで、
お終いに、
「隠しきれずに打ち明けてくださった夢お話につけても、思い当たる
ことは沢山ありますが、
うらなくも思ひけるかな契りしを松より波は越えじものぞと(何の
疑いも無くあなたを信じていたことです。末の松山を波が越える
ことはないものと)」
穏やかな調子ではあるものの、恨みを込めて仄めかしておられる
のを、源氏の君は、たいそうしみじみと、手紙をずっと手に取った
ままご覧になって、その後長い間、お忍びのお通いもなさいません
でした。
入道の娘は、怖れていた通りになったので、今こそ本当に海に身を
投げてしまいたい気がしていました。老い先も短そうな親だけを頼り
にして、いつか人並みの境遇になれるはずの身の上だとも思って
いなかったけれど、ただ何ということも無くぼんやりと過ごして来た
これまでの年月は、一体何事に心を悩ませたであろうか、このような
ひどい物思いをせねばならない結婚になることだったのだと、前から
想像していたよりも、あれこれと悲しく思われるけれど、何気なく
振舞って、好ましい態度で源氏の君にはお逢い申し上げているの
でした。
入道の娘をいとしく思う気持ちが、月日が経つにつれて増して行かれ
ますが、大切な紫の上が、不安な中で年月を送っておられることを
思うと、心穏やかではなく、こちらのことを思っておいでになるであろう
ことがとても心苦しいので、源氏の君は独り寝が多くてお過ごしでした。
絵をあれこれと沢山お描きになって、それに心の内をあれこれと書き
つけ、紫の上からの返事が聞けるような体裁になさいました。
源氏の君がお描きになった絵は、見る人の心に沁み入るに違いない
出来栄えでありました。どうしてお互いのお気持ちが通じ合うのか、
紫の上も、しみじみと悲しく心の晴れようもなく思われなさる折々は、
同じように絵を描き集めなさりながら、そのままご自分のご様子を
日記のように書き入れておられました。お二人の身の上はどうなって
行かれるのでしょうか。
今月のオンライン「紫の会」は、289頁・10行目~295頁・3行目までを
読みました。前半部分の全文訳は5/15に書きましたので(⇒こちらから)、
今日は後半部分の(292頁・6行目~295頁・3行目)を記しておきます。
紫の上が、風の便りにでもこのことをお耳になさったら、冗談にもせよ、
隠し立てをしたのだと不愉快な思いをなさることになろう。それでは
お気の毒だし、合わせる顔もない、と源氏の君がお思いになるのも、
あまりといえばあまりなご愛情の程というものですよね。
これまでも、こうした自分の浮気沙汰を、紫の上がさすがに真剣に
恨みなさった折々のことを思うと、どうして、あのようなつまらない
気まぐれな浮気沙汰を起こして、紫の上に辛い思いをさせてしまった
のであろうか、などと、昔を今に取り返したい思いで、入道の娘と
お逢いになるにつけても、紫の上への恋しさは慰めようもないので、
いつもよりお手紙を心を込めてお書きになって、最後に、
「そうそう、そう言えば、我ながらそんなつもりもなかったつまらない
浮気沙汰で、あなたに嫌な人だと恨まれたあれこれのことを、思い
出すだけでも胸が痛むのですが、またしても奇妙なはかない夢を
見たことでございます。このように問われもしないのに、自分から
申し上げておりますことに、隠し隔ての無い私の心の内をお察し
くださいな。あなたを忘れないと誓ったことに嘘偽りはありません」
などと書いて、
「何事につけても
しほしほとまづぞ泣かるるかりそめのみるめは海士のすさび
なれども(しっとりと涙に濡れて、先ずあなたのことを思って泣け
てくることです。かりそめの逢瀬は私にとって慰めではあっても)」
と、書かれていたお返事には、拘りなく可愛らし気な書きぶりで、
お終いに、
「隠しきれずに打ち明けてくださった夢お話につけても、思い当たる
ことは沢山ありますが、
うらなくも思ひけるかな契りしを松より波は越えじものぞと(何の
疑いも無くあなたを信じていたことです。末の松山を波が越える
ことはないものと)」
穏やかな調子ではあるものの、恨みを込めて仄めかしておられる
のを、源氏の君は、たいそうしみじみと、手紙をずっと手に取った
ままご覧になって、その後長い間、お忍びのお通いもなさいません
でした。
入道の娘は、怖れていた通りになったので、今こそ本当に海に身を
投げてしまいたい気がしていました。老い先も短そうな親だけを頼り
にして、いつか人並みの境遇になれるはずの身の上だとも思って
いなかったけれど、ただ何ということも無くぼんやりと過ごして来た
これまでの年月は、一体何事に心を悩ませたであろうか、このような
ひどい物思いをせねばならない結婚になることだったのだと、前から
想像していたよりも、あれこれと悲しく思われるけれど、何気なく
振舞って、好ましい態度で源氏の君にはお逢い申し上げているの
でした。
入道の娘をいとしく思う気持ちが、月日が経つにつれて増して行かれ
ますが、大切な紫の上が、不安な中で年月を送っておられることを
思うと、心穏やかではなく、こちらのことを思っておいでになるであろう
ことがとても心苦しいので、源氏の君は独り寝が多くてお過ごしでした。
絵をあれこれと沢山お描きになって、それに心の内をあれこれと書き
つけ、紫の上からの返事が聞けるような体裁になさいました。
源氏の君がお描きになった絵は、見る人の心に沁み入るに違いない
出来栄えでありました。どうしてお互いのお気持ちが通じ合うのか、
紫の上も、しみじみと悲しく心の晴れようもなく思われなさる折々は、
同じように絵を描き集めなさりながら、そのままご自分のご様子を
日記のように書き入れておられました。お二人の身の上はどうなって
行かれるのでしょうか。
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コメント
No title
嫉妬する紫上に可愛らしさを読む源氏。六条御息所のようにおどろおどろしい発露ではないからこそ、自制するのでしょう。紫上にも、少しは気持ちに余裕があったのでしょうか。仄めかすしかない哀しさ、自制してしまう心情が哀れです。身分の低い明石の女君を下に見る気持ちと、流謫による別離の悲しみを裏切られた想いとが重なり合って、純粋に女としての嫉妬に悩む・・それが明石の女君と紫上との関係の基になっている気がします。この後も源氏はやらかしますが(笑)、女としての嫉妬、存在不安に怯えることが加わった嫉妬、さらには、人生を共にしてきた源氏に絶望し、それでも愛し続け、自らのプライドも守り続けなければならなかった苦しい嫉妬。紫上の想いの襞がどんどんこまやかになっていきますね。う~ん、切ない・・。
No title
吹木 文音さま
コメントを有難うございます。
「あれほど自分への愛を誓いながら、流謫の地で浮気って何?」源氏の告白に紫の上はそう思ったはずです。でも彼女は露骨な嫌味をぶつけたりはしません。それが却って源氏には応えたのでしょうが。
「仄めかすしかない哀しさ、自制してしまう心情が哀れです。身分の低い明石の女君を下に見る気持ちと、流謫による別離の悲しみを裏切られた想いとが重なり合って、純粋に女としての嫉妬に悩む」←ホントにその通りだと思います。
夫以外に頼れる人がいない紫の上は、源氏の帰京後も、いっそう他者の気持ちを優先するようになってゆきますね。最期までそうでした。昨日「御法」を読みましたが、紫の上の生涯を辿る時、切なさに胸が詰まりますね。
コメントを有難うございます。
「あれほど自分への愛を誓いながら、流謫の地で浮気って何?」源氏の告白に紫の上はそう思ったはずです。でも彼女は露骨な嫌味をぶつけたりはしません。それが却って源氏には応えたのでしょうが。
「仄めかすしかない哀しさ、自制してしまう心情が哀れです。身分の低い明石の女君を下に見る気持ちと、流謫による別離の悲しみを裏切られた想いとが重なり合って、純粋に女としての嫉妬に悩む」←ホントにその通りだと思います。
夫以外に頼れる人がいない紫の上は、源氏の帰京後も、いっそう他者の気持ちを優先するようになってゆきますね。最期までそうでした。昨日「御法」を読みましたが、紫の上の生涯を辿る時、切なさに胸が詰まりますね。
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