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源氏の京への帰還決定

2023年6月19日(月) オンライン「紫の会・月曜クラス」(第35回・通算82回・№2)

「紫の会」で講読中の第13帖「明石」ですが、今日は源氏
にとって、運命の転換点となる「召還の宣旨」が出るところ
から読み始めました。

明石で入道の娘と結ばれ、娘に心惹かれながらも、京で
一人寂しく暮らしている紫の上に対する後ろめたさから、
積極的に通うこともなく、月日は流れて行きました。

翌年(源氏はここで28歳)、都では朱雀帝が、ご自身の
御目の病、相次ぐ神仏のお告げめいた不穏な出来事、
母・弘徽殿の大后の体調不良、などが重なって、譲位を
お考えになっていました。そうなった時、現東宮の後見役
を務められるのは源氏唯一人なので、帝は源氏の召還
を決心なさったのでした。これまで帝が源氏の召還を口
になさる度、弘徽殿の大后に反対され、実現しなかった
のですが、ついに帝は、母の諫言に背いて宣旨を下され
たのです。7月20日過ぎのことでした。

京から須磨へと下向したのが26歳の3月20日過ぎ。翌年
の3月13日に入道の迎えに従い、明石へと移り住みました。
入道の娘と結ばれたのが、同年8月13日でした。それから
約1年、京を離れてからですと、2年4ヶ月後ということに
なります。

必ず帰京できると信じてはいても、それがいつかも分からず、
不安な中で日々を送ってきた源氏にとって、安堵と喜びは
この上ないものであったに違いありません。一方で、それは
入道の娘との別れを意味するものでもありました。折から
娘には懐妊の兆候が現れています。ここへ来て、源氏は
毎夜娘の所へ通い続けていますが、娘の悲しみがそれで
癒されるはずもなく、嘆きは増すばかりです。

それでも、我が子を身籠っているにも拘らず、入道の娘を
伴って帰京しようという考えは、源氏にはありません。後に
この母娘は京に迎え取られますが、このまま捨てられても
文句の言えない立場だったのです。またそれを責める人も
いない時代だったことは、「宇治十帖」の浮舟が、父・八の宮
に認知してもらえなかったことからもわかります。今の世では
凡そ許されるはずもない身分差別が当たり前の、平安貴族
社会の一面も映し出していると思われます。

この辺りの本文は、先に書きました「明石の全文訳(13)」で
ご確認いただければ、と存じます(⇒こちらから)。


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コメント

毎日暑いですねー

新しく始めたビオトーㇷ゚のイベントとか 趣味の事で毎日忙しく
こうして ゆっくりできる時間は毎日22時過ぎてしまいますが
「哀しみの女君たち」を 
少しずつ 当時の情景とかも考えたりしながら楽しませて頂いてて

そして
もう 何度目になるかわからない源氏物語を読みたいな~と
ただ 毎日寝るのも深夜になってしまうこの頃なので
今の所は時間が無く でも、
こちらで 
ほんのひと時でも源氏物語の世界に入れるのを楽しみにしています(*´▽`*)❀

今度 源氏物語を読むときには もっと深い世界が広がるような気がして
凄く楽しみにしています (⁎˃ᴗ˂⁎)

No title

ま~ねんさま

嬉しいコメントを戴き、有難うございます。

私も「深夜族」でして、まだこうしてパソコンを開いている状態です(^_^;)

『源氏物語』の愛読者、という共通項を持つ方とお知り合いになれたことを喜んでおります。日々のブログも、きちんとした学術的な裏付けのないまま勝手なことを書いておりますが、これからもよろしくお願いいたします。

またお時間が許すようになってから、ご無理なく、ゆっくりと『源氏物語』をご再読下さいませ。読む度に新しい発見があるのも、『源氏物語』の魅力だと思っております。



No title

本当に、今の時代だと、女性を雑に扱っているということで大問題になりますね・・・・
感情の赴くまま行動することで周囲を傷つけていないかは、よく考えなければいけないですね。

No title

utokyoさま

コメントを有難うございます。

本当に今なら大問題になりますよね。いくら世間で評価の高い男性でも、自分の子供を身籠っている女性を見捨てるなんてことをしたら、絶対に許されませんものね。

差別社会とは言っても、この時代に比べれば、良くなっていると思います。

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