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薫と匂宮の心理戦

2023年6月21日(水) 湘南台「源氏物語を読む会」(第243回)

ここ数日、梅雨の晴れ間で心地良く過ごせたのですが、それも
今日までのようで、明日からはまた雨の日が続くことになりそう
です。

浮舟の失踪に騒然とする宇治の様子から始まった第52帖「蜻蛉」
ですが、薫が登場するのは、亡骸もないまま浮舟の葬儀が既に
終わってしまってからになります。

薫は浮舟の失踪時、母・女三宮の病平癒の祈願のため、石山寺
に参籠中でした。本来なら真っ先に弔問のお使いがあってしかる
べき薫から何の連絡もないのを、宇治の人々が世間体も情けなく
思っていると、宇治にある薫の荘園の人が石山寺に知らせに行き、
初めて知った、という事情があったからなのです。

なぜ自分に相談もなく、急いで簡略な葬儀をしてしまったのか、と
薫は悔やまれますが、今更言ったところで甲斐もないことでした。

匂宮は、突然の浮舟の死がショックで、体調を崩してしまわれ
ました。薫もお見舞いに参上します。そこから薫と匂宮の複雑な
心理戦が絶妙な筆致で描かれています。

匂宮は涙をこらえることが出来ず、流れ落ちるのをきまり悪く感じ
ながらも、「薫が自分の涙を浮舟を思ってのものだとは気づくまい」
とお思いでした。薫は当然わかっています。世間話をしているうちに
「いと籠めてしもはあらじ」(そんなにも黙っていることはあるまい)
と薫は思い、浮舟のことを匂宮に皮肉を交えて語り始めます。

①「昔御覧ぜし山里」(匂宮も昔お通いになったことのある宇治の
山里)に、大君に血の繋がりのある女性を住まわせていたですが、
彼女には②「なにがし一人をあひ頼む心もことになくやありけむ」
(私一人を頼りにする気持ちも特にはなかったのではないか)と
思っています。③「聞しめすやうもはべらむかし」(お耳になさった
こともおありでしょうね)と、立て続けに皮肉の言葉を投げかけ
ました。

薫としては、①は「最近もいらしたはずの宇治の山里に」、②は、
「あなたのことも頼る気持ちがあったようですね」、③は「お耳に
なさるという程度ではなかったのでしょうが」と言いたいところを、
それとなく皮肉で伝えた、ということになりましよう。

ここで初めて薫は泣きます。一度泣き出すと、涙というものは
止まらないものです。さすがに匂宮も、薫が自分と浮舟の密事
を知っているのでは、と気づいたものの、「昨日、その女性の事
はちょっと聞きました。あなたが公にしていない女性のことで、
お悔やみを申し上げるのも憚られて」と、何食わぬ顔でお答えに
なります。

薫はさらに、「あなたにはご紹介したいとも思っていた人でした。
でも二条院にもお出入りする縁故もございましたから、自然と
お目に留まったこともあったかもしれませんね」と、当てこすって、
帰って行ったのでした。

このような心理戦の場面が、千年も昔の物語上で描かれている
ことにも、『源氏物語』が出色の作品であることを感じますね。


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