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第13帖「明石」の全文訳(14)

2023年6月22日(木) オンライン「紫の会・木曜クラス」(第35回・通算82回・№1)

今月のオンライン「紫の会」は、295頁・4行目~300頁・7行目までを
読みました。これで会場クラスと、オンラインの2クラス、すべての
足並みが揃いましたので、来月からは、この全文訳も、3回に分けて
書くようにいたします。今回は、6/19に書きました前半部分(⇒こちらから
に続く後半部分の(297頁・10行目~300頁・7行目)の全文訳となります。
(頁・行数は、「新潮日本古典集成 源氏物語二」による)


いよいよ源氏の君の出発が明後日となった夜、これまでは夜がすっかり
更けてからでしたが、此の夜ばかりはさほど遅くならないうちに岡辺の宿
へとお出かけになりました。

これまではっきりとご覧になったことの無い入道の娘の容貌などが、とても
優雅で奥ゆかしく気高い様子で、驚くほど素晴らしい女だったのだなぁ、と、
このまま見捨て難く、残念にお思いになります。しかるべき扱いにして都に
迎えよう、というお気持ちになられました。そのように約束してお慰めに
なります。

源氏の君のご容貌やお姿は、また改めて言うまでもありません。何年もの
勤行でひどく面窶れしておられるのが、却って言いようもない程素晴らしい
お姿で、辛そうなご様子で、涙ぐみながら、しみじみと先々迄の愛をお約束
なさるのは、ただこの程度のはかない幸せで終わったとしても良いのでは
ないか、とまで思われるのですが、源氏の君の素晴らしさにつけても、自分
の身の程を思うと悲しみは尽きません。波の音が、秋の風に響き合うのは、
やはり格別のものがあります。塩焼く煙がかすかにたなびいて、何もかもが
物悲しく感じられるこの明石の浦の景色でした。
 
「このたびは立ち別るとも藻塩焼く煙は同じかたになびかむ」(この度は別れ
別れになっても、藻塩を焼く煙が同じ方にたなびくように、やがてはあなたを
都にお迎えしましょう)と源氏の君がおっしゃると、
「かきつめて海士のたく藻の思ひにも今はかひなきうらみだにせじ」(かき
集めて海士が焚く藻のように、私の心は悲しみの物思いでいっぱいですが、
今は甲斐も無いこととて、お恨みも申しますまい)
と返歌をして、入道の娘はしみじみと泣き、言葉は少ないものの、しかるべき
お返事などは心を込めて申し上げます。

いつも聴きたがっておられた琴の音などを、どうしてもお聞かせ申し上げ
なかったことを、源氏の君はたいそうお恨みになります。「それでは、あなた
に対する形見の思い出となるよう、一曲だけでも私が弾きましょう」とおっしゃ
って、京より持って来られた琴の琴を、取りに使いをお遣りになって、格別に
風情ある曲をほのかに掻き鳴らしなさると、深夜の澄んだ音色は、たとえよう
もない程素晴らしいものでした。

入道は我慢しきれなくなって、箏の琴を手に取って御簾の内に差し入れたの
でした。娘自身も、ひとしお涙を誘われて止めようもないので、自然とその気
になったのでありましょう、忍びやかに箏の琴を弾く様子は、とても高貴な
気品を湛えていました。

藤壺の御琴の音色を、当代に比類のないものと思い申し上げておりましたが、
それは当世風で、ああ素晴らしい、と聴く人が満足して、容貌までが想像される
点で、本当にこの上ない御琴の音色でした。入道の娘のは、どこまでも音色が
澄み切っていて、奥ゆかしく、癪に障るほど、音色が優れておりました。

源氏の君のような音楽に精通した方のお心にも、初めて聴くしみじみと親しみ
を感じさせる、物珍しい曲などを、心残りに感じられる程度に途中までで弾き
さして、残念だとお思いになるにつけても、この何ヶ月もの間、どうして無理強い
をしてもいつも聴かなかったのだろうと、残念にお思いになりました。

心を込めて、再会のお約束ばかりをなさるのでした。「琴の琴はまた一緒に
合奏する時までの形見にここへ置いてゆこう」とおっしゃいます。娘が、
「なほざりに頼め置くめる一ことを尽きせぬ音にやかけてしのばむ」(いい加減な
お気持ちでおっしゃっている頼りに出来るような一言を、私はいつ迄泣きながら
思い出すことになるのでしょうか)
と、言うともなく口ずさんだのを源氏の君はお恨みになって、
「逢ふまでのかたみに契る中の緒の調べはことに変わらざらなむ」(再び逢う迄
の形見とお約束するこの琴の中の緒の調子と同じように、お互いの愛も特に
変わることがないようにと願っております)
と返歌され、この琴の音が狂わないうちに必ず再会しよう、と頼りにさせなさる
ようでした。けれど娘の身になれば、ただこの別れの辛さに胸が詰まってしまって
いるのも、本当に無理のないことなのでした。


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