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第14帖「澪標」の全文訳(3)

2023年9月11日(月) 溝の口「紫の会」(第70回・№1)

「紫の会」の会場クラスは、先月が台風の影響を考慮して
中止となったため、また少しオンラインクラスとのズレが
生じております。今回の全文訳は、オンラインクラスで8月
に読み終えた箇所(「澪標」の全文訳(1)と(2))の続きの
部分となります(16頁・12行目~18頁・7行目まで)。
(頁・行数は、「新潮日本古典集成 源氏物語二」による)


そうそう、そう言えば、あの明石で痛々しいご様子だったことは
どうなったかと、お忘れになる時はないので、公私にわたり、
お忙しいために、お心のままにお便りを遣わして尋ねておやりに
なることもできませんでしたが、三月の上旬頃に、この頃の予定
ではなかったか、とお思いになると、密かに不憫に感じられて、
明石に使いをお出しになりました。

使者はすぐに帰参して、「十六日に、女の子が安産でお生まれ
になりました」と、ご報告申し上げました。珍しく女の子だという
報告をお考えになると、源氏の君のお喜びも一方ならぬものが
ございました。どうして京に迎えて出産させなかったのであろうと、
残念にお思いになります。

嘗て宿曜で、「お子様は三人で、帝と后が必ず揃ってご誕生にな
るでしょう。三人の中で一番身分の劣る御子は、太政大臣となって
人臣最高の位を極めましょう」と、占い師が勘考申し上げたことが、
一つひとつ適中するようでした。総じて源氏の君がこの上ない位
に就き、天下をお治めになるはずだということを、あれほど優れた
多くの観相人たちがこぞって申し上げたにも拘らず、長年世情の
煩わしさに全てお諦めになっておりましたが、今の帝がこうして
無事に即位あそばしたことを、源氏の君は、願いが叶ったと、
嬉しくお思いでした。

源氏の君ご自身も、自分とは関わりのないことと思っておられる
帝位に就く件は、全くあり得ないことだとお思いになっていました。
大勢の皇子たちの中で、とりわけ愛しいものだと、父桐壺院は
お思いになっていましたが、臣下にしようと父院がお決めになった
お心の内を思うと、もともと帝位とは縁のない運命だったのだ、
新帝がこうして即位なさったのを、真相は誰も知らないけれど、
観相人の予言は誤りではなかった、と、源氏の君は内心お考えに
なっておりました。

今のこと、将来のことをお考えになるにつけ、住吉の神のお導きは、
本当にあの入道の娘も、ゆくゆくは后になる姫君を産むという並々
ではない宿世の持ち主で、あの偏屈物の父入道も、大それた希望
を持ったのであろう、そういうことならば、恐れ多い后の位に就くはず
の人が、明石のようなひなびた田舎で誕生したというのは、気の毒
でもあり、もったいなくもあることだなぁ、しばらくしたら京に迎えよう、
とお思いになって、二条の東の院の造営を急ぐよう、催促の仰せを
お出しになるのでした。


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コメント

No title

いよいよ源氏に、待望の女の子が生まれる場面ですね。この時代に御子がたった3人。しかも、数多くの女君と関わった源氏の君としては心許なく、この姫に対する期待はかなりのものだったことでしょう。宿曜を思い合わせれば尚更ですね。源氏の栄華を決定づける姫の誕生ではありますが、紫上贔屓の私としては、悲しくもあります。別れて暮らしていた期間に、他の女性に心を分けたことだけでも苦しい。それなのに、自分がいくら望んでも得られない子供まで授かってしまうわけですから。源氏が権勢の階段を着実に昇り始めると同時に、紫上の嫉妬の苦しみがスタートする。奥が深いですね~。

No title

吹木 文音 さま

コメントを有難うございます。

はい、いよいよ明石の姫君誕生のところを読みました。源氏に関するこの宿曜の占いは、必ず実現することを前提に書かれているはずですから、既に新帝となった秘密の男の子(冷泉帝)と、将来后の座を得るこの娘が、源氏を栄光へと導く役割を果たすことは、読者にも容易に察しがつきます。

明石で入道の娘と結ばれた、と手紙で知らされた時の紫の上のショックは大きかったと思いますが、子どもまで生まれたと聞かされた時の気持ちは如何ばかりだったかと、想像するだけで胸が痛みますね。産んだ側の明石の上も、この先身分差の壁に嫌という程泣かされますし、やはり共に「哀しみの女君たち」として生きて行くことになります。

でも、紫の上のこの辺りの嫉妬は、源氏も感じてるように可愛らしくもありますね。、

No title

この場面の紫の上の嫉妬を、源氏が「可愛らしい」と受け止めたことは、後々、彼女に大きな影響を与える気がします。良くも悪しくも源氏と密接して生きる紫の上。自分の感情よりも、周りの人、特に源氏を優先するあり方が次第に定まっていくきっかけになっているとは考えられませんか?勿論、もともとの紫の上の心癖であるとは思いますが、一層固まってしまったように思います。書や和歌を習うだけではなく、心の持ちよう。嫉妬のあらまほしきあり方まで、学習して(させられて)しまったように思うのです。哀しみの女君への階段を昇り始めた・・・とでも言うのでしょうか?ちょっと切ないです。

No title

吹木 文音 さま

重ねてのコメントを有難うございます。

源氏が紫の上に、明石での女児の誕生を告げ、紫の上が拗ねて嫉妬心を見せる場面は、まだこれから読む所で、ちょっと先走ってコメントしてしまいました🙇

実際に読んだ時にまた触れることになると思いますが、女性の理想的な嫉妬のあり方については、「雨夜の品定め」で、左馬頭が論じていますよね。「気づいているわよ」と、におわす程度にして、恨み言を言うにしても、憎らしくならないよう、それとなくやんわりと言うのが良い、と。

紫の上は聡明で、教育者としての源氏に、余すところなく応えられる資質を備えていました。源氏が理想的な嫉妬の仕方まで教えようとしたわけではないでしょうが、その折々の源氏の反応を感じながら、自分の身の処し方を体得して行った、というのは、充分に考えられることですね。

また、作者も早い段階で「女性の理想的な嫉妬のあり方」を示した以上、それを体現させる女君は、紫の上以外にはいなかったと思われます。

「嫉妬のあらまほしきあり方」まで身につけた紫の上が、「若菜上」で、見え透いた嘘をついて朧月夜の許を訪ねようとする源氏に、「すこし隔つる心添ひて」素知らぬふりをしているのが、いっそう哀れを誘いますね。

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