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第14帖「澪標」の全文訳(4)

2023年9月18日(月) オンライン「紫の会・月曜クラス」(第38回・通算85回・№1)

9月、10月は、会場クラスとオンラインクラスとの進度調整も
あるので、今日は意識的に講読量は少なめにして、全文訳
も読み上げ、それでも時間ピッタリに終わることができました
(私にしては珍しいです)。

「澪標」の全文訳(3)に書いた18頁・8行目~19頁・2行目迄
は、この後の内容紹介で取り上げますので、その部分を
今回の全文訳(4)に移しました。それに、20頁・8行目迄を
加えての全文訳となります。20頁・9行目~22頁・6行目迄は
9/28(木)のクラスで書くことにいたします。
(頁・行数は、「新潮日本古典集成 源氏物語二」による)


あのような田舎では、まともな乳母というのは見つけ難いであろう、
と、源氏の君はお思いになっておりました。故桐壺院にお仕えして
いた宣旨の娘が、父親は宮内卿の宰相でしたが既に亡く、母の
宣旨も亡くなって、頼りになる身内もいない身の上で暮らしていた
けれど、見込みのない結婚をして子どもを産んだとお耳になさって
いたのを、先方に親しいつてがあって、何かの折にこの事を話して
いた女房を、源氏の君はお呼びになって、その者を介して宣旨の
娘に乳母となるようお約束なせなさいます。

宣旨の娘はまだ若く、世慣れておらず、日々通う人もない荒れた家
で物思いがちに過ごす心細さだったので、乳母として明石に下る事
を深く考えることもなく、源氏の君にご縁がある話なら一途に結構な
事だと思い、ご奉公する旨を仲介の女房に申し上げさせたのでした。
源氏の君はたいそう不憫なことだと一方ではお思いになりながら、
宣旨の娘を明石に出発させなさいました。

その日、源氏の君は他の用事のついでに、たいそうこっそりと隠れて、
宣旨の娘の家にお出でになりました。

あのようにお引き受けはしたものの、やはり明石に下るというのはどう
したものかと思い乱れていた宣旨の娘ですが、源氏の君のご来訪が
もったいなくて、すべての心配事を紛らわせて、「ただ仰せのままに」と
申し上げるのでした。旅立ちに支障のない吉日だったので、急がせて
出発させなさり、「明石まで下れというのは、奇妙な思いやりのないこと
だと思うであろうが、私には格別の考えがあってのことなのだ。私自身
も思い掛けない侘住いに晴れない思いで暮らしていた、そんな例も
あったのだからと思って、しばらくの間我慢してください」などと、事の
いきさつを詳しくお話になりました。

宣旨の娘は桐壺帝の御前に時々出仕していたことがあったので、
お見かけになったこともありましたが、今はすっかりやつれてしまって
おりました。家の状態も言いようもなくひどく荒れ果てて、さすがに
大きな屋敷で木立などが気味悪いほどに茂っていて、こんな所で
どうやって過ごして来たのだろう、と思われます。

宣旨の娘の様子は、若々しく美しいので、お見過ごしにはなれません。
何やかやとお戯れになって、「あなたを明石へ行かせたりせず、
取り戻したい気がします。あなたはどうですか?」と、おっしゃるに
つけても、本当に同じことなら、源氏の君のお側近くにお仕えできる
ならば、辛い身の上も慰められることであろう、と宣旨の娘は見申し
上げておりました。
「かねてより隔てぬ仲とならはねど別れは惜しきものにぞありける
(以前より親しい仲として付き合ってきたわけではないが、別れは
名残の尽きないものであることよ)
追いかけて行きたい気持ちだ」と、源氏の君がおっしゃると、宣旨の
娘はにっこりと笑って、
「うちつけの別れを惜しむかことにて思はむかたにしたひやはせぬ」
(突然の別れが惜しいなどとおっしゃる出まかせの口実に、本当は
恋しいお方がおいでになるほう(明石)へいらっしゃりたいのでは
ありませんか)
と、場慣れした返歌を申し上げたので、なかなかの者だ、と源氏の君
は感心なさったのでした。


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コメント

No title

都の事情に通じ、宮中にも出仕した経験のある、侘び住まいの娘。実にタイミング良く出会ったものですね。明石の方の慰め役としても、導き役としても適任です。
それにしても、どのような立場にある女性であっても、その美質を見抜き、するりと言い寄ってしまう源氏の色好みぶりはさすがです。スマートで、趣きがあります。源氏に対する返歌に表れた乳母の才気にも感じ入ります。
作者は、ふたりの歌のやり取りを通して、その場の空気や人物像までさらりと描いていますね。お見事としか言えません。

No title

吹木 文音 さま

コメントを有難うございます。

高貴な出自ながら、両親を亡くし、妻として認めてくれないような男の子を産んで、途方に暮れていた宣旨の娘を、明石の姫君の乳母としてスカウトした源氏の選択に誤りがなかったことを読者にも知らしめる場面となっていますね。

源氏もやはり直接自分の目で確かめてから、明石へと送り出したかったのでしょうね。その結果、容姿も、才気も、后の位を予言されている娘の乳母として全く不足なし。安心して明石へと向かわせました。

明石側でも、こうした源氏の心遣いに、源氏が不在となった中での出産で、不安も頂点に達していたのが、喜びに変わって行くきっかけとなっていますね。

作者の場面設定の巧みさには、唸らされるばかりです。

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