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今は昔に比べたら楽よねぇ

2016年12月16日(金) 溝の口「枕草子」(第3回)

前回は、日記的章段を年立てに従って読みましょう、ということで、
テキスト下巻の、第174段(村上天皇の御代の話)から読みましたが、
上巻下巻を行ったり来たりしながら読むのは却って大変、とのこと
でしたので、今回からは、段の順に読んで行くことにしました。

第1段は初回に読みましたので、今日は第2段~第5段の途中までを
講読しました。

第2段は、「ころは」(頃は)という類聚章段で、正月の行事の頃、
四月の葵祭の頃などについて、かなり長く書かれている段ですが、
行事そのものについてではなく、人々の様子が活写してあります
ので、まるで、風俗絵巻を見ているかのような面白さがあります。

第3段、第4段は数行にわたって書かれているだけの短い段ですが、
第4段の最後の一行にこう書かれています。

「これは、むかしのことなめり。いまは、いとやすげなり。」(こんなことは
むかしの話のようで、今はずっと楽そうです。)

この段は、「大切な息子を僧侶にした親御さんは気の毒だ」という書き出し
で、「出家するといつも精進料理の味気無い物ばかり食べて、眠るのも
自由にならず、年若い僧侶が女性に興味を持つことも許されない。」と
その理由を述べ、ましてや、当時は、病は物怪のしわざと考えられており、
修験者に加持・祈祷で物怪を退散させる、というのが一般的な考え方
でしたから、「修験者が祈り疲れて居眠りでもしようものなら、手厳しく
非難されて身の置き所もなく、辛いことだろう」と続いています。そして、
上記の一文となるのですが、要は「昔は厳格で大変だったけど、今は
随分気楽になっているわよね」という話です。

いつの時代でもあるのですね。千年はもとより、百年もの違いがあるわけ
ではありません。1generation の差だけなんですよね。「今どきの若い者は
だらしがない!」「昔は大変だったけど、今は楽よね!」。これって、千年前
(いやもっと前かも)から、変わらぬ現象というのが、何とも不思議な気が
してくる段です。

第5段は、「日記的章段」で、もうだいぶ後のほうの「長保元年」(999年)の
出来事です。まだ、最初の1/3ほどを読んだだけですので、この段のことは
次回で詳しくご紹介したいと思います。


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