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第二帖「帚木」の全文訳(9)

2017年2月13日(月) 溝の口「紫の会・月曜クラス」(第11回・№2)

本日読みました「帚木」の巻(80頁・10行目~87頁・9行目まで)の
前半に当たる部分(80頁・10行目~84頁・12行目)の全文訳です。
(頁・行数は、「新潮日本古典集成本」による)

ようやく今日は梅雨の晴れ間となりました。こうして宮中にばかり籠って
いらっしゃるのも左大臣のお気持ちを思うとお気の毒なので、源氏の君は
退出なさいました。左大臣邸の様子も、葵上の様子も、すっきりとして気品
があり、くずれたところが少しもなく、やはりこの人こそ、あの品定めで、
左馬頭らが捨て難い者として取り上げていた実直な妻としては頼りに出来る
であろう、とはお思いになるものの、余りにもきちんとした態度で打ち解けにくく、
気詰まりな程にとりすましていらっしゃるのが、源氏の君には物足りなくて、
中納言の君、中務などと言った人並み優れた若い女房たちに、冗談などを
おっしゃりながら、暑いのでくつろいだ格好になっておられるのを、女房たちは
「見る甲斐がおありな方」と、拝見しておりました。

左大臣もこちらにお出でになって、源氏の君がくつろいでいらっしゃるので、几帳を
隔ててお座りになり、お話しなさるのを、「暑いのに」と、源氏の君が有難迷惑そうな
顔をなさるので、女房たちが笑っています。それを「しっ、静かに」と、源氏の君は
制して、脇息に寄りかかっていらっしゃいました。まったく高貴な方らしい屈託のない
お振舞いではございませんか。

暗くなる頃に、「今夜は中神が宮中からこちらの方角に塞がっております」と、女房が
申し上げます。別の女房も「そうでした。いつもならお避けになる方角でしたわ」と言い
ますが、源氏の君は「二条院も同じ方角だし、どこへ方違へすればいいのかね、とても
気分も悪いのに」と言ってお休みになってしまわれました。「とてもまずいことですわ」と、
女房の誰彼が申し上げます。誰かが「紀伊守で、左大臣に親しくお仕えしている人の、
中川辺りにある家が、この頃邸内に水を引き入れて、涼しい木陰となっております」と
申し上げました。

源氏の君は「それは好都合だ。おっくうだから、牛車のまま門の中へ入れるところに
しておくれ」とおっしゃいます。こっそりとお通いになっておられるところへの方違へ
なら沢山ありましょうが、長いご無沙汰の後でせっかくお出でになったのに、方角が
悪いからという口実を設けて、他の女性の所へ行ったと、左大臣がお考えになるのも
お気の毒だと思われたのでございましょう。紀伊守にそのことをお申しつけになると、
お受けはしたものの、下がってから、「父の伊予守の家にも凶事を避けなければ
ならないことがあって、女たちが移って来ておりますので、手狭で失礼があっては
大変です」と、蔭で案じているとお耳になさって、源氏の君は「その人気に近いと
いうのが嬉しいね。女気のない外泊は心細い気がするので、ただその女たちの
几帳の後ろにお願いするよ」と、おっしゃるので、「ほんに、まずまずのお泊り場所
かもしれません」と、人々も言って、紀伊守邸に使いの者を走らせました。

ごく内密に、わざわざ大げさではない所を選んで急ぎご出発になったので、左大臣
にもお知らせせず、供にも親しい者だけを連れてお出でになりました。「急なことで」
と、紀伊守邸の者たちは迷惑がりますが、源氏の君の供人たちは誰も耳を貸そうとも
しません。寝殿の東面を綺麗にして、仮のお部屋がしつらえてありました。遣水の
趣向などに、それなりの工夫が凝らしてあります。田舎の家風の柴垣を巡らして、
庭の植え込みなどにも気配りが感じられました。風が涼しくて、どこからともなく
かすかな虫の声々も聞こえて来て、蛍が多く飛び乱れているというのは、なかなかの
風情でございました。

供人たちは、渡殿の下から湧き出ている泉を見下ろせる場所に座って、お酒を飲んで
います。紀伊守も忙しそうに接待の支度に奔走している間、源氏の君はのんびりと辺り
をご覧になって、昨夜、左馬頭が中流階級として特に話をしていたのは、この程度の家
のことなのだろうな、と思い出しておられました。

伊予介の後妻は、気位が高いというようにかねて聞いておられた娘なので、興味を
感じて聞き耳を立てていらっしゃいますと、この寝殿の西面に人の気配がします。
衣擦れの音がさらさらと聞こえて、若い女房たちの声がまんざらではありません。
さすがにこちらに気兼ねして、小声で笑ったりしている気配が、わざとらしい感じ
でした。

西面は、格子が上げてありましたが、紀伊守が「不用意な」と小言を言って下ろして
しまったので、西面の部屋の明かりが襖の上から漏れて来ている所へ、源氏の君は
そっとお寄りになって、向こう側が見えるか、とお思いになりますが、隙間もないので、
しばらく耳を澄ましてお聞きになっていますと、女房たちが、すぐ近くの母屋に集まっ
ているようです。ひそひそ話をお聞きになっていると、どうも自分のことを噂している
ようです「たいそうひどく真面目ぶって、まだお若いのに、ご身分の高い奥様が
いらっしゃるのがつまらないわ。でも、しかるべきお忍び所には、上手にこっそりと
お通いのようよ」などと言っているにつけても、源氏の君は、心の奥にただ一人の
方のことばかりを気にかけておられるので、まず胸がドキリとして、こんな折りに
人が自分の秘め事を噂するのを耳にしたなら、どんな気持ちになることであろうか、
などとお思いでいらっしゃいました。でも、別段何ということもないので、途中でその
立ち聞きはお止めになりました。

源氏の君が式部卿の宮の姫君に、朝顔をお贈りになった時の歌などを、少し言葉を
間違えて話しているのが聞こえて来ます。のんびりとした風情で、何かと言えば
すぐに歌をくちにする手合いのようだな、実際に逢ってみるとがっかりさせられるので
あろう、とお思いになっておりました。

紀伊守が出て来て、吊るしてある燈篭の数を増やし、灯火も明るく掻き上げなどして、
おやつのような物を差し上げました。源氏の君が「寝室のほうはどうなっているのかな。
そちらも用意が整っていないと興ざめな接待ということになろうよ」とおっしゃるので、
紀伊守は「何がお気に召しますか、とてもご満足いただけるようなことは無理でござい
まして」と、恐縮して控えています。端近な御座所に仮寝のようにしてお休みになると、
供人たちも寝静まりました。


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