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柏木の惑乱

2017年8月11日(金) 溝の口「源氏物語を読む会」(第110回)

猛暑日となった一昨日から比べると、随分過ごし易い一日となりました。
もう22:00を過ぎた今は、窓を開け放していると風が冷たく感じられ、
半分位閉めました。でも、このまま涼しくなるなんてことはないでしょうね。

今日8月11日は「山の日」という、去年から始まった、まだあまり慣れない
祝日でしたが、今年のように金曜日に当たると、続けてお盆休みとなって、
お出掛けの人も多いことと思います。このクラスもお休みの方が9人(うち
5人は28日のクラスへ振替予定)あり、いつもより教室が広く感じられました。

いよいよ長い「若菜下」も終盤に差し掛かり、来月には読み終わる予定です。

柏木からの手紙を見つけた源氏がすべてを知って、数日が経ちました。
その後、源氏からは音沙汰がありません。女三宮は、これまでは源氏の
薄情さのせいだと思っていた途絶えも、今は自分のしでかした不始末の
せいだと分かるので、源氏の口から事実が告げられたら、父・朱雀院が
何と思われることだろう、と身の置き所もない思いでおられました。

このあたりが、女三宮の幼さを如実に語っています。事を打開するために
何かを考えるのではなく、親に告げ口をされることを恐れるのは子供です。
すでに女三宮も二十歳を過ぎた大人の女性なのですが、そうした思慮分別
が欠如したまま歳月を重ねていることがわかります。

一方、柏木にも、小侍従から、あの手紙が源氏の手に渡ってしまったことが
知らされます。

これまで源氏からは将来を嘱望され、特別に目を掛けて貰って来ただけに、
もう顔を合わせることも出来ないけれど、さりとて、源氏を避け続ければ、
世間も変に思うだろうし、源氏自身からも「ああ、やっぱり」と思われようと、
不安に苛まされているうちに、宮中に出仕することも適わない状態に陥った
のでした。

思えば、六年前の蹴鞠の日に、御簾の隙間からあのような立ち姿を見て
しまったこと自体、女三宮の不用意さが起こしたことであって、夕霧などは
軽蔑していたではないか、と今更にして、女三宮の浅はかさが見えても
来るのでした。しかしまた、源氏に知られてしまった以上、この先どうなるの
であろうか、と、女三宮を案ずる気持ちも念頭から離れることはありません
でした。

柏木の頭の中は惑乱しています。女三宮を責めたい気持ちも生じて来るし、
また、心配で仕方もないのです。

もとはと言えば、恋してはならない女性に恋をし、密通という罪まで犯して
しまった柏木の愚かさが招いたことではありますが、その愚かさこそが、
恋というものの本質でもあることを、この読み応えのある「若菜下」で、
作者は我々に教えてくれている気がいたします。


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