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第四帖「夕顔」の全文訳(5)

2017年8月14日(月) 溝の口「紫の会・月曜クラス」(第17回・№1)

本日講読しました第四帖「夕顔」(140頁・6行目~149頁・14行目)の
前半部分(140頁・6行目~145頁・1行目まで)の全文訳です。
後半は8/24(木)に書きます。 
(頁・行数は、「新潮日本古典集成本」による)

八月十五日の夜、中秋の名月の光が、隙間の多い板葺きの屋根からは
すっかり射し込んできて、源氏の君は、見慣れていらっしゃらない住まいの
様子も珍しい上に、明け方近くになったのでありましょう、近隣の家々から
聞こえて来る卑賎の男たちの声に目を覚ましなさると、「ああ、なんて寒いん
だろう。今年は不作だから商いもさっぱりで、田舎への買い出しに行く気にも
なれなくて、本当に心細いことだよ。北隣さん、聞いておられるかい?」などと
言い交わしているのが聞こえてきます。全く頼りないそれぞれの生計のために、
起き出して気忙しく立ち騒いでいるのも間近なのを、夕顔はとても恥ずかしく
思っておりました。体裁を気にして格好をつけようとする人なら、消え入って
しまいたくなるような住まいの様子でしたでしょうよ。でも、夕顔はおっとりと
していて、辛いことも、嫌なことも、きまり悪く感じるようなことも、気に病んで
いるふうでもなく、当人の仕草や様子は、とても品が良くあどけなくて、
この上なく乱雑な近隣の不作法を、何のことだかわかってもいないような
態度なので、却って恥ずかしがって赤くなったりするよりは、罪がないように
源氏の君には思えました。

ごろごろとなる雷よりもおどろおどろしく踏み鳴らしている唐臼の音も、すぐ
枕もとのように感じられるので、「ああ、やかましい」と、源氏の君もこれには
閉口なさっていました。何の物音かおわかりにもならず、とても異様で嫌な音だ、
とだけお聞きになっているのでした。いろいろとごたごたしたことばかりが多う
ございました。

白栲の衣を打つ砧の音も、かすかにあちらこちらから聞こえて来て、空を飛ぶ
雁の声も加わって、感に堪えないようなことも沢山あります。縁に近い御座所
なので、遣戸を引き開けて、源氏の君は夕顔と共に、外をご覧になります。
手狭な庭にしゃれた淡竹があり、庭の植え込みに置いた露は、やはりこのような
所でも、同じようにきらめいておりました。虫の声々が入り混じって、日頃は、
壁の中のような近くにいるコオロギでさえ、遠くで鳴いているように聞き慣れて
いらっしゃるのに、庭の鳴き声がまるで耳に押し付けたかのようにうるさく
聞こえるのを、却って風変わりで面白い、とお思いなのも、この女への愛情の
深さ故に、全てのことが許される気がなさったのでございましょうね。

夕顔は、白い袷に、薄紫の着慣れた表着を重ねて、はなやかではない姿が
たいそう可愛らしく、はかなげな感じがして、どこがどうと取り立てて優れている
点もないのだけれど、ほっそりとしなやかで、ちょっと物を言う雰囲気が「ああ、
いじらしい」と、ただもういとしく思われるのでした。余りにも純粋な感じなので、
もう少し気取ったところがあってもいいのに、と、源氏の君はご覧になりながら、
やはりもっとくつろいでこの女と一緒に過ごしたい、とお思いになるので、
「さあ、この辺りに近い所で、気楽に夜を明かそう。こんな所でばかり逢うのは
やりきれないよ」とおっしゃるので、夕顔は、「とてもそんな。急ですもの」と、
たいそうおっとりと言ってすわっておりました。

源氏の君が、二人の仲は来世までも、と頼りにさせなさると、打ち解けて来る
心根などが、不思議な程、他の女とは様子が違っていて、男女のことに
慣れている人とも思えないので、他人の思惑を気になさることもお出来にならず、
右近を呼び出して、随身を呼ぶようにお命じになり、牛車を縁側まで引き入れ
させなさいました。この家の女房たちも、源氏の君の夕顔へのお気持ちが
いい加減ではないのを知っているので、不安を覚えながらも、源氏の君を
ご信頼申し上げておりました。
 
夜明けも近くなっていました。鶏の声などは聞こえなくて、御嶽精進なので
しょうか、ただ年寄りじみた声で額ずいているのが聞こえて来ます。とても
しみじみと、朝露がはかなく消えてしまうのと何も変わらない人の世で、
老人が何を欲張って我が身のご利益を願っているのか、と、源氏の君は
お聞きになっておりました。「南無当来導師」と拝んでいるようです。
「ほら、あれをお聞きなさい。あの老人だって、この世だけとは思っていない
のですよ」と、しみじみとお感じになって、

「優婆塞が行ふ道をしるべにて来む世も深き契り違ふな」(優婆塞が修行する
仏の道に導かれて、来世までも二人の深い約束を守ってくださいね)

長生殿で誓ったという古い昔の例は不吉なので、比翼の鳥に生まれ変わる
約束とは全く異なる趣で、弥勒菩薩が出現なさる未来までも、と、誓いを立て
なさいます。そんな遠い先までのお約束は、とても大げさなことでございました。
 
「前の世の契り知らるる身の憂さにゆくすゑかねて頼みがたさよ」(前世からの
因縁も思い知られるような私の身の上の辛さに、未来のことなどとても頼みに
できそうにございませんわ)

こうした歌の方面も、実際、この女は頼りなさそうでした。

入るのをためらっている月と同じように、不意に行く先も分からず出かける
ことを夕顔はためらっていますので、源氏の君があれこれと説得なさって
いるうちに、急に月が雲に隠れて、明けて行く空がたいそう趣深いことで
ございました。明るくなってみっともないことにならないうちに、と、例によって
源氏の君は急いでお出ましになり、軽々と夕顔を牛車にお乗せになりました
ので、右近も同乗いたしました。その辺りに近い某院にお着きになって、
管理人をお呼び出しになっている間、荒れ果てた門の忍ぶ草が生い茂って
いるので思わず見上げてしまう程、この上もなく鬱蒼としております。
霧も深く、露もしとどに置いているところに、牛車の簾までも巻き上げなさった
ので、源氏の君のお袖もたいそう濡れてしまいました。

「まだこんなことは経験したことがないのだけれど、何かと気苦労なものだなぁ。
いにしへもかくやは人のまどひけむわがまだ知らぬしののめの道(昔の人も
こんなふうにさ迷い歩いたのだろうか、私はまだこれまで知らなかった明け方の
恋の道行だが) あなたは経験がおありですか」

とおっしゃいます。夕顔は恥ずかしがって、
 
「山の端の心も知らでゆく月はうはの空にて影や絶えなむ(あなたのお気持ち
もわからないのに付いて来た私は、途中で消えてしまうのではないでしょうか)
心細くて」

と言って、とても恐ろしくて気味悪そうにしているので、あの立て込んでいる
住まいに慣れているからだろう、と可笑しく思いになっておられました。


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