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第7帖「紅葉賀」の全文訳(5)

2019年2月11日(月) 溝の口「紫の会・月曜クラス」(第35回・№1)

第7帖「紅葉賀」の3回目。21頁・11行目~29頁の9行目までを読みました。
その前半部分、21頁・11行目~26頁・13行目までの全文訳です。後半は
2/28に「紅葉賀」の全文訳(6)として書く予定です。
(頁・行数は、「新潮日本古典集成本」による)


源氏の君が宮中から左大臣邸に退出なさると、葵の上は例によって
端正に取り澄ましていらして、心優しく素直なご様子も無く窮屈なので、
源氏の君が「せめて今年からでも、少し夫婦らしく態度を改められる
お気持ちが見えましたら、どんなに嬉しいことでしょう」などと申し上げ
なさいますが、葵の上は、源氏の君がわざわざ二条院に女性を迎え
取って大切にしておられるという噂をお耳になさってからは、その人を
重々しく扱おうとお考えに違いないと、ますます親しみも持てず気詰まり
に思っておられるのでありましょう。そんな葵の上の気持ちにはわざと
気づかぬふりをして、冗談などおっしゃる源氏の君のご様子に、葵の上
も強情を張り通せず、お返事などを申し上げなさるところは、やはり
他の人とは格別に異なり優れておられました。

四歳ほど年長でいらっしゃるので、大人でいらして、気後れがするほど、
女盛りで非の打ち所がない感じでいらっしゃいます。「一体この方の
どこに不足がおありだというのだろう。自分の余りにも不届きな浮気
沙汰ゆえに、このように恨まれ申すことだよ」と、源氏の君は反省なさる
のでした。

同じ大臣と申し上げる中でも、世間の声望が重々しくていらっしゃる
左大臣が、北の方である内親王腹に儲けなさった一人娘として大切に
お育てになっておられるので、そのため葵の上はこの上もなく気位が
高くて、源氏の君が少しでもおろそかになさると、けしからぬこと、と
お思いになるのを、源氏の君のほうは、なにもそこまで崇める必要も
あるまい、といった態度をいつもお取りになるので、それが二人の御心
の隔てとなっていたのでありましょう。

左大臣も、源氏の君のこうした頼りにならないお心を、恨めしいとは
お思いになりながらも、源氏の君を拝見なさる時は、恨みも忘れて、
大切にお世話申し上げていらっしゃるのでした。

翌朝、源氏の君がお出かけになろうとしておられるところに顔を出されて、
源氏の君がお召し物を身に付けていらっしゃると、有名な石帯をご自身で
お持ちになってお出でになり、お着物の後をお直しするなど、御沓も手に
取らんばかりにお世話をなさっているのが、とてもお労しうございました。
源氏の君が「この帯は内宴などもあるようでございますので、その様な
時に使わせて頂きましょう」などとおっしゃると、左大臣は「なに、その時
にはもっと良いものがございます。これはただ目新しい感じのものです
から」と言って、無理に着用させなさいました。

本当にあれこれと大切にお世話申し上げて、そのお姿を拝見している
と生き甲斐が感じられて、たまさかのお通いでも、このような方を婿として
自分の邸に出入りさせて眺めることが出来る以上の幸せはあるまい、と、
左大臣は源氏の君をご覧になっているのでした。

源氏の君はそう方々にもお出かけにならず、宮中、東宮御所、一院の
おられる朱雀院程度で、その他には、藤壺のおられる三条の宮に
お出でになりました。「今日はまた格別お美しくていらっしゃいますこと」
と、女房たちが褒めそやしているのを、藤壺は几帳の隙間から、ちらりと
ご覧になるにつけても、胸をお痛めになることが多いのでした。 

藤壺のご出産が、十二月も過ぎてしまったのが気掛かりであるにつけ、
この一月にはいくら何でも、と、三条の宮でお仕えしている人たちも
お待ち申し上げ、帝におかれても、しかるべきお心づもりをなさって
おりましたが、何事もなくて、二月になりました。物の怪のしわざでは
ないか、と世間の人もうるさくお噂申しているのを、藤壺はひどく辛い
思いで、このお産の遅れによって、きっと我が身を滅ぼすことになるに
違いない、と、危惧なさるので、ご気分もたいそう苦しくて、お具合が
よくありません。源氏の君はいよいよそれと思い当たられて、安産祈願
のご祈祷などを、誰のためと事情は明かさずにあちらこちらのお寺に
ご依頼になっておりました。人の世が無常であるにつけても、このまま
はかない仲で終わってしまうのであろうか、とあれこれお嘆きになって
いたところ、二月の十日過ぎに、男御子がお生まれになったので、
これまでの心配もすっかり消えて、帝も三条の宮の方々もお喜びで
ございました。

よくぞ生き長らえたものだ、と思うと、情けないことではありますが、
弘徽殿の女御などが、呪うようなことをおっしゃっていると聞いたので、
自分が死んだとお聞きになったら、物笑いの種になろう、と気を強く
お持ちになって、次第に少しずつ快方にお向かいになりました。帝が早く
若宮をご覧になりたいというお気持ちは、この上ないものでございました。 

源氏の君の密かなお気持ちとしても、若宮のことがたいそう気掛かりで、
人のいない時を見計らって、「帝が若宮をご覧になりたがっておられます
ので、先ず私が拝見して、奏上いたしましょう」と申し上げなさいますが、
「まだ見苦しい頃ですから」と言ってお見せにならないのも、当然のこと
でございます。実は、もう呆れるほど、珍しいと思われるくらいに、源氏の
君に生き写しでいらっしゃる様子は、もう紛れもないことでありました。

藤壺は良心の呵責にさいなまれ、女房たちが拝見しても不審に思うで
あろうはずの出産時期のずれを、おかしいと気づかぬことがあろうか。
たいしたこともない些細な事でさえ、欠点を探し出そうとするこの世間で、
どんな悪い噂が終いには漏れ出てしまうことであろうか、と思い続けて
おられると、我が身ばかりが何とも情けなく思われるのでした。

源氏の君は、王命婦に時たまお会いになって、切ない言葉の限りを尽く
されますが、何の甲斐もあろうはずはございません。若宮のご様子を、
源氏の君がどうしてもご覧になりたいとおっしゃるので、「どうしてそんな
にまで無理をおっしゃるのでしょう。そのうち自然とご覧になれますで
しょうに」と申し上げながらも、思い悩んでいる様子は、王命婦とて並々
ならぬものがありました。憚り多いことなので、正面切っておっしゃる
ことも出来ず、「一体いつになったら直接お話申せようか」と言って
お泣きになるご様子が痛々しうございました。

「いかさまに昔むすべる契りにてこの世にかかるなかの隔てぞ(どの
ような前世からの宿縁で、現世でこのような二人の間に隔てがあるの
でしょうか)こんなことはとても納得できない」

と、源氏の君はおっしゃいます。命婦も、藤壺の思い悩んでおられる
ご様子などを拝見しているので、源氏の君をそっけなく突き放すことも
出来ずにおりました。
 
「見ても思ふ見ぬはたいかに嘆くらむこや世の人のまどふてふ闇
(若宮をご覧になっていらっしゃる御方も悩んでおられます。ご覧に
ならないあなたさまはまた、どんなにお嘆きのことでございましょう。
これが世の人の言う、子を思う故に迷う心の闇なのでしょうか)
おいたわしくも心休まる時の無いお二人でいらっしゃいますこと」

と、命婦は、そっと申し上げました。このようなことばかりで、どうしよう
もなく、源氏の君はお帰りになるものの、藤壺は世間の口の端の
うるさいことだからと、こうした源氏の君のご来訪を無茶なことだと
お思いにもなり、おっしゃりもして、王命婦のことも、昔お目を掛けて
おられたようには、気を許してお側にお近づけになりません。人目に
立たないように自然な態度で接してはおられますが、気に入らない、
とお思いになっている時もあるようなので、命婦はひどく心外な感じの
することもあるようでした。


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