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「心の鬼」と「心の闇」

2019年2月11日 溝の口「紫の会・月曜クラス」(第35回・№2)

いつ雪が降り出してもおかしくないような寒空の下、今日はいつもの
溝の口の高津市民館が使えず、新百合ヶ丘にある麻生市民館まで
出掛けての講読会となりました。

源氏19歳の2月、かねてより懐妊中の藤壺は、無事に男児を出産
しました。源氏との間の不義の子です。

年内にも出産予定のはずが、ここまで延びたのも、もちろん表向きには
帝の御子となっているからで、この出産時期のずれや、生まれた若宮の
お顔がびっくりするほど源氏に生き写しであることに、藤壺は人知れず
心が咎め、苦しくてなりません。原文では「御心の鬼にいと苦しく」と
あります。「心の鬼」とは、「良心の呵責」というような意味です。

片や源氏は、おそらく我が子であろう若宮にひと目会いたいと願いますが、
「心の鬼」に怯える藤壺がそのようなことを承知する訳がありません。
源氏はただ一人事情を知っている王命婦に、

「いかさまに昔むすべる契りにてこの世にかかるなかの隔てぞ」(どの
ような前世からの宿縁で、現世でこのような二人の間に隔てがあるの
でしょうか)

と、苦しい気持ちを吐露します。「この世」には「現世」の意と「子の世」の
意が掛けられています。お二人それぞれの悩みがわかるだけに、王命婦
も源氏にそっけない態度は取れず、

「見ても思ふ見ぬはたいかに嘆くらむこや世の人のまどふてふ闇」(若宮
をご覧になっていらっしゃる御方も悩んでおられます。ご覧になれない
御方はまた、どんなにお嘆きのことでございましょう。これが世の人の言う、
子を思う故に迷う心の闇なのでしょうか)

と、そっと申し上げたのでした。

当時は「心の闇」と言えば、「子のことを案ずる親心」という共通の認識が
ありました。それは藤原兼輔によって詠まれた「人の親の心は闇にあらね
ども子を思ふ道にまどひぬるかな」(人の親の心は闇ではないのだが、
子どものことを思うと真っ暗闇の道に迷ってしまうのであるよ)の歌が、
人々の間に浸透していたからなのです。因みにこの歌は、「源氏物語」の
中で最も多く(26回)引き歌として使われており、作者藤原兼輔は紫式部
の曽祖父にあたります。

罪を犯した二人が、「心の鬼」・「心の闇」を抱えたまま、物語は続いて
行きます。

この場面全体の話は、先に書きました⇨⇨「紅葉賀」の全文訳(5)をご参照
くださいませ。


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