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引き歌の受け止め方

2019年2月25日(月) 溝の口「湖月会」(第128回)

今回からこのクラスも光源氏の物語の最終章・第41帖「幻」の巻に
入りました。

2月8日のほうでも書きましたが、「幻」の巻は、紫の上亡き後の1年を
月次絵のように展開させている巻です。1月の源氏の様子はそちらで
ご紹介しましたので(⇨⇨「春来たれども悲しみは癒えず」)、今日はその
続きの2月、3月の場面から、となります。

旧暦の2月、3月は梅の花、桜の花、と春の花が盛りを迎え、特に春の
花を好んだ紫の上のことを、源氏だけではなく、孫の三の宮(後の匂宮)
も懐かしんでいます。暇に任せてそのまま三の宮と共に、源氏は女三宮
のもとへとお出でになりました。

源氏が「紫の上の住んでいた東の対の山吹が、植えた主が亡くなって
しまった春だとも気づかぬ様子で、例年よりも一段と見事に咲いている」
と、お話になると、女三宮は「谷には春も」とお答えになりました。

これは、清原深養父の「光なき谷には春もよそなれば咲きてとく散る
もの思ひもなし」(日の光が届かない谷間には、花咲く春も無縁だから、
咲いた花がすぐに散りはしないか、などという物思いもないことよ)の
歌を引いており、女三宮は尼の自分を卑下して、「春もよそなれば」
(花咲く春も既に出家の身の私とは無縁のことですので)と、答える
つもりで、「谷には春も」と、口にしたかと思われるのですが、源氏の
反応は異なっていました。

源氏は、紫の上を失った悲嘆に暮れての日々を送っているので、結句が
「物思ひもなし」と詠まれているこの歌を女三宮が引いたことに、無神経さ
を感じ、不快感を覚えたのです。

源氏は「紫の上なら、こんな何でもない受け答えをする時でも、先ず相手
の気持ちを慮って、感情を逆撫でするような返事など決してしなかった」と
思い出すにつけ、涙がこぼれるのでした。

「引き歌」を用いての受け答えの場合は、伝えたい核心の部分は引用せず、
その一首の別の部分を引くことが多いので、こうした誤解も往々にして
派生する可能性を秘めていたと思われます。

女三宮が、逆にそんな気の利いた皮肉を口に出来るような人でないことは、
源氏にも分かっていたはずなのに、これでは女三宮がちょっと気の毒な
気がします。紫の上を追慕する以外、何も考えられない今の源氏には、
生前の紫の上のように、どんな場合でも相手の気持ちを慮る、というのは
無理だったのでしょうか。


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