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第7帖「紅葉賀」の全文訳(6)

2019年2月28日(木) 溝の口「紫の会・木曜クラス」(第35回・№1)

第2月曜日のクラス同様、こちらも第7帖「紅葉賀」の3回目。
21頁・11行目~29頁の9行目までを読みました。その後半部分、
27頁・14行目~29頁・9行目までの全文訳です。前半部分に
つきましては、こちらをご覧ください。⇨⇨「紅葉賀全文訳(5)」
(頁・行数は、「新潮日本古典集成本」による)
 

四月に藤壺は若宮と共に参内なさいました。日数の割には成長が
お早くて、次第に寝返りなどをなさいます。呆れるほど間違いようも
ない源氏の君にそっくりな若宮のお顔立ちを、帝はお考えも及ばぬ
こととて、他に類ない美しい者同士は、なるほど似通っているもの
なのだろう、とお思いになっておられました。帝が若宮をいつくしみ、
大切になさることはこの上もございません。

源氏の君をどの皇子よりもご寵愛になりながら、世間の人のご賛同を
得られそうにもなかったので、立坊も叶わず終わったことを、物足りなく
残念に思われて、源氏の君が臣下としては勿体ないお姿、お顔立ちに
成長して来られたのをご覧になるにつけて、お労しくお思いなのを、
こうした高貴なお方所生の若宮が、源氏の君と同じ美しさでお生まれに
なったので、「疵の無い玉」と思って大切になさるので、藤壺は何につけて
も、気持ちの晴れる時も無く、不安な思いであれこれとお悩みになって
おられました。
 
例によって源氏の君が藤壺のもとで管弦の遊びなどをなさっている時に、
帝が若宮を抱いてお出ましになり、「私には皇子は大勢いるけれど、
そなただけを、このような幼い時から朝晩見て来た。それ故、その頃が
思い出されるからであろうか、若宮は実にそなたによく似ている。とても
小さい時は、皆ただもうこうしたものであろうか」と言って、若宮をたまらなく
可愛いとお思いになっておられるのでした。

源氏の君は顔色が変わる気がして、恐ろしくも、もったいなくも、嬉しくも、
しみじみとも、様々な感情が交錯する思いがして、涙がこぼれ落ちそうで
ありました。若宮が声を上げたりして笑っておられるのが、とても恐ろしい
程可愛いので、源氏の君は我ながら、この若宮に似ているのなら、自分も
たいそう大切なものとして重んじたい、というお気持ちになられるのは、
自惚れが過ぎると言うものでしょうよ。藤壺はとてもいたたまれない思いに、
汗も流れていらっしゃいました。源氏の君はなまじ若宮を拝見して、却って
気持ちがかき乱れるようなので、退出なさったのでした。

二条院の東の対で横になられて、どうにもならない辛さを静めてから、
左大臣邸に伺おうとお思いになりました。お庭の植え込みが一面に
何となく青々としている中に、撫子の華やかに咲き始めているのを
折らせなさって、王命婦の許にこまごまとお書きになったようでした。

「よそへつつ見るに心はなぐさまで露けさまさるなでしこの花(若宮に
なぞらえて見ても、心は晴れず、却って涙にくれて、露けさが増す
この撫子の花であることよ)若宮がお生まれになったら、と思っており
ましたが、そうなっても何の甲斐もない二人の間柄でしたので」

と、そのお手紙にはありました。ちょうど人がいない時だったのでしょうか、
命婦は藤壺にそれをお見せして、「ただほんの一言だけでもお返事を」と
申し上げると、藤壺も心の内にとても悲しくしみじみと身にしみてお感じに
なっている折から、
 
「袖濡るる露のゆかりと思ふにもなほ疎まれぬやまとなでしこ」(あなたの
お袖の濡れる露に縁のあるものと思うにつけても、やはりこの大和撫子を
愛おしむ気持ちにはなれません)

とだけ、墨の色も薄く、途中で筆を止めたかのようなお歌を、命婦は喜び
ながら源氏の君に差し上げましたが、いつものことなのでお返事は戴けまい、
と力なくぼんやりと横になっておられた時に届いたので、源氏の君は胸が
ときめいて、たいそう嬉しいにつけても涙がこぼれ落ちるのでした。


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